石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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ミス・バクスターに伝えられたし 10

 久しぶりに、本気の計算をした。何回も検算をした。多くの産業系の資料も漁った。

 

 そして、ついに報告ができた。

 

「……趣味ですよね?」

 

 清書を読みながらフィーマは呟く。

 

「空想科学小説の枠だよ、明らかに」

 

 超爆弾。一度に熱量を放出できるのなら、それをもし瞬時に起こすのならどうなるかというものだ。具体的には火薬の連鎖反応に相当する。一つの分子が分裂した時に放出された熱量が、次の分子の発火を引き起こすのと同じだ。

 

 最近連合議会(コングレス)の方から送られてきた天神質(テューシャフト)235と天神質(テューシャフト)238についての論文。分裂を引き起こすのは天神質(テューシャフト)235のほうらしい。ほんの僅か、百に一つを少し下回る程度の量しか含まれていない。

 

 化学的に分離することはまず不可能。物理的分離についても手間がかかりすぎる。このあたりは熱蒸留による同位体分離について大陸帝国(コンチネンタル)がまとめていた。というか向こうは黒鉛ではなく水質(ワータシャフト)2を使おうとしているようだ。悪くない選択だと思う。石油蒸留とかの知見もあるからな。

 

 あとは連鎖反応を起こすだけの塊の大きさの桁を計算する。ざっと千単位質量(グラーヴォ)。天神質(テューシャフト)の密度を考えれば私の体積と同じぐらいの天神質(テューシャフト)235の塊を用意すれば、連鎖反応を起こして大爆発となり、研究室どころか街を一つ消し飛ばすのには十分である。

 

 おお、恐ろしい兵器だ。当然ながら火薬庫に火花を突っ込んだら爆発して一帯が吹っ飛ぶものである。問題はこれだけの濃縮をするのにどれだけ手間がかかるかということだ。

 

 今の最良の方法よりもさらに良い条件を揃えるとして、その上で計算された費用は戦艦が数隻作れると出てきた。なら戦艦を作るよな。

 

 いやまあ軍事的価値は理解しなくはないですよ? 例えば特殊な飛行船を一つ用意して、それに新型爆弾を搭載し、夜闇に紛れて相手首都に近づき、落とし、爆発させる。あるいは普通に堂々と貨物として持ち込んでもいい。やけに重い貨物なんて珍しくもないからな。適切な荷車があれば数人で運べるぐらいの重さである。運んだ人間の健康については保証をしておりません。

 

「冗談が多くありませんか?」

 

 フィーマが原稿をめくりながら言う。

 

「そうでもしないとこの爆弾を使う場面を考えられないのよ」

 

 これだけのことができる組織は企業でもないだろう。国家がその総力を賭して、ようやく一つ作れるかどうかだ。となれば、狙う相手は他の陣営となる。狙うべきは軍事施設、工業地帯、あるいは首都。

 

 そして、大抵の陣営には複数の大都市があるのだ。一つ消し飛ばしたところで、残りが徹底抗戦を叫べば終わらない戦争の始まりだ。なによりこんな非紳士的な兵器を使う陣営を信じられるかとなり、三大陣営で静観していた残り一つが宣戦布告をすることになる。

 

 すなわちこの爆弾はまともな組織しか作ることができず、まともな組織は使うことができない代物である。もちろん物理が値下がりすればこのぐらいの分離を屋根裏部屋でできるようになるかもしれないし、うまい具合に液体にした天神質(テューシャフト)を電気とか磁気とかで分離する手段が見つかるかもしれないが、それはそれとして面倒ではありそうだ。

 

「人間というものは残酷ですからねぇ、これを兵器で使う戦争が起こるかもしれませんよ」

 

「その頃にはこの爆弾よりももっと効率いいものができているわよ、光媒質(エーテル)の大穴とか」

 

 重力による作用を組み込んだ光媒質(エーテル)理論において、数学上よくわからない解が出てくる。媒質を伝わる波の速さよりも素早く流れ込むという現象は、素直に捉えれば北の海で起こるという大渦か何かである。なおあの解は回転は考慮していなかったはずだ。

 

 とはいえこういうものが存在するだろうということは昔から言われている。数学的に書いたところで存在するかどうかはわからない。もしかしたら明日あたりに暗黒の彗星が近寄って来て地球の大気を丸ごと持ち去ってしまうかもしれない。ああ怖い怖い。

 

「とはいえ、これを学術雑誌に載せるんですか?」

 

「手紙欄に匿名で載せるだけよ、一応匿名投稿は受け付けているから」

 

 というより名前を書かない馬鹿がいたので晒しただけなんですがね。あと一部の趣味人はそうするのが美徳だと思っているので匿名にすることも多い。一応筆跡から分類してはいるのでたぶん同一人物だろうみたいな人はわかります。

 

 しかし核物理学もなかなか楽しいことになってきた。海軍が出した金は王認自然学会(ザ・クウェーンズ・フェローシップ)への寄付金とかとしてあちこちに流れ、そして各種の実験とか測定とかに使われる。全部秘密裏にやるよりも業界全体を活性化させるべきだ、という意見をどこかの議事録を取る担当者が進行役に伝えたらしい。

 

 海軍動力諮問第十三委員会なるものものしい組織も、そろそろ報告書がまとまる頃である。なんと驚くべきことに、ちゃんと運用できる可能性が高いのだ。しかし金属天神質(テューシャフト)と炭質(コールシャフト)の塊をいい感じに積み上げていけばいつかは自分から熱を生み出すようになる、というのはなかなか怖いものである。

 

 しかしここで問題となるのが時定数だ。火薬は一気に燃え上がるが、石炭はちょうどいいぐらいに温かいまま燃え続けてくれる。逆に天神質(テューシャフト)はそのままではあまり温かくない。

 

 中性子(ニュートラオン)放出の遅延性についての計算はまだ続いているが、どうやら一度中性子(ニュートラオン)を当てた天神質(テューシャフト)はなかなか冷めにくいらしい。どこかで天神質(テューシャフト)より重い元素ができていてその崩壊になっているのか、あるいは中性子(ニュートラオン)を抱えた過飽和な天神質(テューシャフト)核ができているのかはわからないが、これをうまく使えるなら制御できるとは思う。しかしこの割合がもし小さいなら、ちょっと踏み込めばすぐ暴走するような危なっかしい代物しかできない可能性は普通にあるのが怖いところである。




As regards the reliability of the conclusions outlined above, it may be said that they are not based on direct experiments, since nobody has ever built a super-bomb yet, but they are mostly based on facts which, by recent research in nuclear physics, have been very safely established. The only uncertainty concerns the critical size for the bomb. We are fairly confident that the critical size is roughly a pound or so, but for this estimate we have to rely on certain theoretical ideas which have not been positively confirmed. If the critical size were appreciably larger than we believe it to be, the technical difficulties in the way of constructing the bomb would be enhanced.

上述した結論の信頼性に関しては、未だ誰も超爆弾を製造したことがないゆえにそれらは直接的な実験に基づいてはいない、と言うことができるかもしれないが、しかしそれらは原子核物理学における近年の研究によって極めて確実に立証されてきた事実に大部分基づいている。唯一の不確実な点は、その爆弾のための臨界寸法に関することである。我々は臨界寸法はおよそ一听(半キログラム)程度であるとかなり確信しているが、しかしこの推定のために我々は明確には確認されていない特定の理論的着想に頼らざるを得ない。もし仮に臨界寸法が、我々がそうであると信じているよりもかなり大きいとすれば、その爆弾を製造する途上にある技術的困難は増大するであろう。

FRISCH; PEIERLS. On the Construction of a “Super-bomb” based on a Nuclear Chain Reaction in Uranium. 1940.
オットー・ロベルト・フリッシュ、ルドルフ・エルンスト・パイエルス『ウラニウムにおける核連鎖反応に基づく「超爆弾」構築について』、1940年
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