石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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動力源としての天神質の利用
動力源としての天神質の利用 1


 報告書の清書の担当者は私になった。正気だろうか。議事録をもとに何人かが作った草案にあちこち手が入れられて大まかなまとめができたので、あとは記録やっている人がそのあたりわかっているだろうからよろしく、ということだった。

 

「……君ならいい」

 

 そう言って私の前に立っているのはダムノニーシャー研究所のウォートル。参考にと呼ばれた理論家だが、今日の委員会でもずっと無口だった。

 

「あの、私は一介の記録係です」

 

 そう言って私は少し周囲に視線を走らせるが誰もいない。うん、彼を置いてみんな酒でも飲みに行ったのだろう。

 

 半年ばかりの面倒な議論の結果、季節はそろそろ冬になろうとしていた。ちょうど核熱炉のぬくもりが欲しくなってくる時期である。

 

 海軍動力諮問第十三委員会技術部会は積み上げられた測定結果から、構築は可能だという結論を出した。そしてその過程で積み上がる膨大な問題も出てきた。この書類全部機密扱いなんですがね。この手のものに必要な金がかなり雑に出されているあたり、海軍というのは良いものだ。

 

 一つ、大きさ。今のところかき集められる天神質(テューシャフト)と炭質(コールシャフト)塊によって構築は可能だと思われるが、具体的な大きさについてはまだ数倍の範囲がある。となれば徐々に塊を組んでいきながら中性子(ニュートラオン)放出量を分析していかなければならない。

 

 二つ、中性子(ニュートラオン)による健康問題。中性子(ニュートラオン)は水質(ワータシャフト)によく防がれる。防がれるということはもともと中性子(ニュートラオン)の持っていた熱量が他の核の運動となるか、あるいは中性子(ニュートラオン)を吸収した核が不安定になるかということで、どちらにしろ熱量を抱えた荷電粒子が生まれる。そんなものが複雑な化学系にもたらす影響は、まあ碌なものではないだろう。

 

 このあたりについては専門家の話を聞くのが良さそうだ、というところで落ち着いている。夜嵐連盟(ニクトゲール)。この共同連邦における女性労働者の元締めとしての名前が有名であるが、一応は保険と統計についての専門家集団である。決してうちのフィーマが年会費を払って活用している便利組織や貸本屋の類ではない。

 

 ただまあ、あの組織は厄介なんだよな。まだ初代ウェレウ女男爵が爵位を持っていないぐらいの頃であるが、首府(トゥーン)を流れる川が汚水で氾濫したことがあった。そして、彼女はそれを解決してしまったのだ。

 

 政府有力者に対する手紙。新聞を用いた世論の構築。土木関係者からの聞き込み。脱水症の拡大の分析と瘴気分布の地図。これらを複数の経路で、女王陛下に伝えたのである。

 

 そこからは素早かった。下水道と法律の整備が進み、何人かの責任者がその職を失い、そして議会と省庁において夜嵐(ニクトゲール)よ吹くなかれと恐れられるようになったのだ。歩く戦争省、規範と論拠の兵器廠、陸軍名誉最高看護総監などという言葉は当時の人々のものであるが、まあ大まかに間違ってはいなかったと言っていいだろう。

 

 ああはいはい、英雄物語は実際に現場で働いた人たちを軽視することになるし、そもそも彼女が動かなければ対応できなかったことを恥じるべきなんでしょう。そのあたりはフィーマから聞いていますよ。看護学校に入った時に女男爵手ずから切ってくれた髪を今でも大事にしているような人が夜嵐連盟(ニクトゲール)上層部にいることからもわかるように、彼女がもう名前を使いたくないと故郷のウェレウで名もなき墓の下で眠っている横で、彼女の名前は使われ続けているのである。ああはなりたくないね。別に死後に煉獄かどこかでしばらく過ごすのだろう平凡な罪人たる私ではあるが、死後に煩わされることを想像すると少し嫌になる。

 

 ああはいはい、英雄物語は実際に現場で働いた人たちを軽視することになるし、そもそも彼女が動かなければ対応できなかったことを恥じるべきなんでしょう。そのあたりはフィーマから聞いていますよ。看護学校に入った時に女男爵手ずから切ってくれた髪を今でも大事にしているような人が夜嵐連盟(ニクトゲール)上層部にいることからもわかるように、彼女がもう名前を使いたくないと故郷のウェレウで名もなき墓の下で眠っている横で、彼女の名前は使われ続けているのである。ああはなりたくないね。

 

 別に死後に煉獄か微睡みの中かでしばらく過ごすのだろう平凡な罪人たる私ではあるが、死後に煩わされることを想像すると少し嫌になる。うちのところの教会はあまりその手のことについて語っていないので古い信仰の言説に頼るしかないのです。うちのところのやってることは言うほど新しくないけどな。酔うための葡萄酒のために荘厳な見た目の古い革袋を維持するなよ。

 

 ウォートルは私を見たままずっと机の向こうに立っている。帰っていいかな。というかお前も酒飲みに行けよ。あと数回で技術部会は終わりなんだからさ。

 

「……ミス・バクスター。君は大学を出たかね?」

 

「卒業資格はありませんよ、名門大学というものは学び舎を浴場か何かと勘違いしているようです」

 

「……そうか」

 

 なんだよ。もう少し会話をしたいという意志を見せてくれ。いや、彼の中では必要な情報が得られたということだろうか。それなりに皮肉交じりではあるんだがな。

 

「報告書については来週までに全員分を刷っておきます。孔紙帯(ホールテープ)起こしすれば海軍のほうでまとめてくれるといいますから」

 

 一応機密なので完成したら途中で使ったものとかは全部燃やせとかになっているのですが、そうしてしまえば会議の証拠がなくなるというのに本当にいいんですかね、と思う。ここで私が一行、国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)の重要性に鑑みて潤沢な資金によって支えるべきであるとかいう一文を差し込んでも気がつかれないんじゃなかろうか。

 

「君の文章は読みやすい」

 

「それはどうも」

 

 お前の理論は綺麗だが理解しにくいよ、とは言えなかった。綺麗な理論を作るのがどれだけ難しいか、私は知っている。大学時代の課題で、一つだけ良いと思えたものを作れたことがあった。対称性を綺麗に持った、並べた渦の解だった。教科書にも載っていない、自分で作ったもの。まあ既に業界では知られていたもので、それにその解が実際には非常に作りにくい不安定なものだったということを教授から言われたんですがね。

 

 ウォートルの数学模型はそういう綺麗なところがある。対称性をちゃんと考えている。まあだからといって時間について対称な模型をあんまり雑に立てられても実体が想像できないので困るんですがね。因果律を壊すな。とはいえ微小振動力学あたりが時間対称性を認めた結果なぜかその粒子は過去のみならず未来をも知っているかのように振る舞うと解釈することもできるので、案外物理の世界ではそういうものがないのかもしれない。




(1) The stabilisation or control of the chain reaction so that only a minute fraction (although a large amount of energy by ordinary standards) of the available energy is released in a continuous way. Unless it is controlled, the reaction will multiply so rapidly that an explosion will occur. (The explosion would be violent but only comparable with that of an equal weight of high explosive. It will not be similar to the 'uranium bomb' for in the present case the reaction is propagated by thermal neutrons, therefore relatively slowly, and the system will fly apart and the process will stop before an appreciable fraction of the available energy has been released.) Methods of stabilising the reaction have been considered and it is unlikely that any serious difficulty will be encountered.
(2) The extraction of the large amount of heat developed by the system without hindering the chain reaction.
(3) Protection against radio-active effects. The products resulting from the fission process are radio-active and the quantities produced will be so large that the radio-active effect of the 'boiler' in operation will be equivalent to that of some tons of radium. Very careful protection will be necessary.

(1) 利用可能なエネルギーのごくわずかな一部分のみが(通常の基準では膨大なエネルギーではあるが)連続的な方法で放出されるようにするための、連鎖反応の安定化または制御。制御されなければ、反応は急速に増幅し、爆発が発生してしまう。(爆発は激しいものとなるが、同重量の高性能爆薬による爆発と同程度にとどまる。これは「ウラニウム爆弾」と類似したものとはならないだろう。なぜなら、本事例では反応が熱中性子によって、したがって比較的緩やかに伝播し、利用可能なエネルギーの相当部分が放出される前に反応プロセスが停止してしまうからである。)反応を安定化させる方法は検討されており、何らかの深刻な困難に直面する可能性は低い。
(2) 連鎖反応を阻害することなく、反応系内で発生する膨大な熱を取り出すこと。
(3) 放射線による影響に対する防護。核分裂の過程で生成される物質には放射能があり、その生成量は非常に多いため、稼働中の「原子炉」が及ぼす放射線影響は、数トンのラジウムに匹敵するものとなる。極めて厳重な防護措置が必要である。
放射性の影響に対する防護。核分裂過程の生成物は放射性であり、生成量は非常に多いため、稼働中の「汽缶(ボイラー)」の放射性の影響は数トンのラジウムと同等になるだろう。極めて慎重な防護が必要とされるだろう。

M.A.U.D. COMMITTEE. Report by M.A.U.D. Committee on the use of uranium as a source of power. London: Ministry of Aircraft Production, 1941.
M.A.U.D.委員会『動力源としてのウラニウムの利用に関するM.A.U.D.委員会報告書』、1941年
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