石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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動力源としての天神質の利用 2

「お嬢様、これを」

 

 恭しくラドウィックが封筒から取り出したのは、何枚かの写真と図だった。

 

「……電圧の発生装置に見えるけれども、これが?」

 

「連合議会(コングレス)のほうで、この種の機械が大量に買い付けられたようで」

 

 そういえばラドウィックの知り合いは連合議会(コングレス)のほうにいるんだったな。とはいえ、これは別に驚くべきことではない。何をやろうとしているのかはかなり明白である。

 

「人造黒鉛で作っているるつぼの値段とか調べておいて」

 

 連合議会(コングレス)は黒鉛に進んだ、ということだ。これで水質(ワータシャフト)2を選んだのは大陸帝国(コンチネンタル)だけ、ということになる。

 

 ここ半年、国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)を見ていれば各陣営で核熱炉の開発が開始されたのは読める。読めるだけだ。具体的な情報について、微妙に各陣営が出し渋っている気配がある。

 

 本当はこのあたりを上手く協力してやりたいのだが、それはそれで難しい。例えば我らが共同連邦(コモンウェルス)は人造黒鉛を半ば諦めている。高温で処理することで高密度化と不純物を揮発させる効果があるのだが、それを避けるとなると今度は大型化が避けられない。

 

 かわりに天神質(テューシャフト)の原料となる閃瀝鉱はかなり上質なものをまとめて手に入れた。「闇の中心」の鉱山会社が輸出のために倉庫に保存していたものを横取りしたような形である。なお鉱山のほうからの産出については今のところ連絡を取るために陸軍を派遣するべきかみたいな話になっているらしい。

 

 なんで知っているかと言えば、このあたりの政治調整を行う部会を聞いているからですよ。こっちでも記録係をやらされている。ミーズ君、代わってくれてもいいんだよ。

 

 政治部会のほうでは陸海軍、各分野の企業、それに外交や植民地の担当者まで集まっている。彼らは基本的に現場の人たちだ。彼らには彼らに見えるものがあるし、同時に彼らにはどうしても見えないものがある。とはいえ、他人が真剣にやっている時に隣から口出しするのは憚られるので程々にしておこう。

 

「核熱炉でしょうか?」

 

「それ以外に使い道はないと思う」

 

「……兵器には、成り得ないのですか?」

 

「不可能ではない、とは思う。ただし安定したものとして運用するなら相当苦労することになるはず」

 

 半年前から色々と計算値が更新された。各地の計算が全部私のところに通ってきているし、各地で核熱炉のためにされたのだろうなという測定を見れば色々と見当がつくのだ。参考までに超爆弾作成の費用の見積もりは数倍になった。思ったより分離が難しそうだ。

 

「そういうものですか」

 

「あと兵器にするより先に普通に炉が作れるはずなのよね」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「水質(ワータシャフト)2を含む水か、あるいは炭質(コールシャフト)を使って十分に中性子(ニュートラオン)を減速させなければ天神質(テューシャフト)235を分裂させることはできない。そして一度の併合反応と分裂で天神質(テューシャフト)が放出する中性子(ニュートラオン)の数を考えれば、『不純物』である天神質(テューシャフト)238がもし少なければ、あるいは天神質(テューシャフト)235の濃度が高ければ、反応はより容易に発生する」

 

「それが爆弾の原理でしたな」

 

「そう。けれどもそこまで濃度を高くしなくとも、適切な減速材の候補が増えるようにすればいい」

 

 私の言葉に、ラドウィックは納得できていないようだ。そんなに難しい話かな。

 

「……何が使えるようになるのですか?」

 

「水よ。そこらへんにあるような」

 

 天神質(テューシャフト)235の濃度を倍にできれば、理論上は普通の水を中性子(ニュートラオン)の減速材として使う炉を作ることができる。こうすれば人造黒鉛とか特殊な蒸留とかに頼る必要がなくなるのだ。かわりに「燃料」の値段が相当なものになる。溶媒と溶質の関係を考えればいい。濃度を倍にするためには、溶媒の半分を取り除かねばならないのだ。

 

 それは大変なことである。とても。ただ、その程度であればなんとかなる可能性はなくはない。化合物として気体にした天神質(テューシャフト)を用いて、それを拡散か遠心分離で質量の違いをもとに分離しようという試みはある。成功した例はない。なにせ腐食性が強い上に生半可な分離では検出が難しいのである。

 

「……それはそれで、脅威ですな」

 

「ただ、私としてはそういう形で炉ができるとしたら海軍とかの動力用のものになるとは思うわね。濃縮すれば大きさを小さくできる」

 

「かわりに手間と金がかかるわけですか」

 

「石炭よりは安くはなると思うけれどもね」

 

 この手の金銭の計算をすると、天神質(テューシャフト)が抱える熱量がつくづく恐ろしくなる。もちろん天神質(テューシャフト)の質量のうち熱量に換算されるのはほんの僅かであるが、それでも家にあるような天秤で精密にやれば検出できるほどの差なのだ。千分の一であるので、ちゃんとした校正と調整をやったうえで、風のない場所で注意して、と色々と手間を掛ける必要があるだろうが。

 

「そういえば、大陸帝国(コンチネンタル)のほうでも蒸留塔がいくつも建てられているようですな」

 

「硫化水質(ワータシャフト)を使うものね。言われてみれば確かに計算自体は大学生の宿題になるようなものだけれども」

 

 分光学を通して微視熱力学を扱う話になる。赤外領域における分光結果から光媒質(エーテル)熱振動を出せばいい。気体と液体の違いからくる補正が必要ではあるが、それを入れれば温度によって水質(ワータシャフト)2が化学平衡の中でどちらの物質に寄りたがるかを計算することができる。

 

 まあこちらのほうは効率がいいかわりに硫化水質(ワータシャフト)に対応するための特殊な鋼が必要なのだがね。特殊と言っても炭質(コールシャフト)含有率の低い低不純物鋼と、あとは特殊な不銹鋼とかだが。そしてなぜかこのあたりは大陸帝国(コンチネンタル)というか河川同盟(レーノスブント)化学協会のあたりが強いのだ。相談役のミスヴィッツは時々この手の論文の謝辞に出ているので、あれこれ仕事をさせられているのだろうな。




Die 5 Messwerte von Geib ergeben als Mittelwert

K = 2,48 ± 0,01 bei 10o C.

Die hier angegebene Fehlergrenze ist etwas grösser als die, die sich aus den von Geib für die einzelnen Messwerte angegebenen Fehlergrenzen ergibt, so dass die Genauigkeit dieses Mittelwertes einen Fehler von höchstens wenigen ‰ zulassen sollte. Aus diesem Mittelwert und dem berechneten Wert für A erhält man

K1= 1,010 e505/RT   (3)

und somit nur eine geringfügige Abweichung von der von Geib angegebenen Beziehung.

ガイブによる5つの測定の平均値は

$$K= 2{,}48 \pm 0{,}01 \quad \text{bei } 10^\circ \text{C}.$$
ここで示された誤差範囲はGeibが個々の測定値に対して示した誤差範囲よりもいくぶん大きいため、この平均値の精度は最大でも数‰の誤差を許容するはずである。この平均値と計算された $A$ の値から、

$$K_1 = 1{,}010 \, e^{505/RT} \tag{3}$$
が得られ、ガイブが示した関係式からわずかな偏差しか得られない。

SUESS, Hans. Das Gleichgewicht HDO + H2S = H2O + HDS: Die Berechnung der Temperaturabhängigkeit der Gleichgewichtskonstante aus den Messungen von K.H. Geib und Vergleiche mit den Ergebnissen von Grafe, Clusius und Kruis.
ハンス・ズュース『平衡 HDO + H2S = H2O + HDS: K.H. ガイブの測定値に基づく平衡定数の温度依存性の計算、ならびにグラフェ、クルシウス、クルイスの結果との比較』
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