「所属が変わっているけど、前から?」
私は送られてきた大陸帝国科学院の雑誌を見ながら言う。代表著者はエニオ・ガルディだが、その下には化学系のよく名前を見る人がずらりと並んでいる。所属は大陸帝国科学院付属核物理学研究室。聞いたことのない場所だ。
「さあ」
フィーマが言う。
「……せめて新設の案内ぐらい回してほしいものね」
そうぼやいて、私は棚の中の紙片を漁る。こういう作業は実は結構外部に任せられるようになっている。規格化のお陰で世界どこでもこの種の紙は同じ大きさで作られているので、各地で作られたものを海を越えて共有することができるのだ。細かい処理とかは人員を大陸帝国科学院が出してくれているので甘えている。いや、助かるんですよ本当に。
そういう管理は帝府のほうでやってくれている。運営の手紙はこちらに、論文の原稿はあちらに、というわけだ。写しをこちらにも送ってもらっているので雑誌は増え続けているのだけれどもね。
とはいえ、そうやって作った時間とか余裕とかも私の副業のせいでどんどん削られている。ようやく海軍動力諮問第十三委員会技術部会報告書の修正が終わって最終版ができたわけだが、これを色々なところに回すのは政治部会のほうの結論が出てからである。まあ、この報告書と委員会をなかったことにして全部焼き捨てて忘れて明日から普通の日々を過ごそう、という結論が出る方向にはならなさそうなのだが。
そして論文に目を戻す。今まで出された放射性核種の性質を各種の補正を入れて整理したものだ。このあたりで机を経由した中性子の影響を抑えるために色々な工夫と作業環境の整備がされて、その結果がかなりそのまま世界中で使われている。
面白い話として測定の一つは飛行船用に作られた船渠でされたというものがある。巨大で覆いのある空間で、ということだ。そこの天井から吊るした測定機材で、遠隔から観察できるようにした上で実験したのだとか。とはいえ空気自体からも影響があるのでそのあたりを色々補正して、という前処理が必要になっている。だからこそ規格化しておけばそのあたりの係数をそのまま使えて便利なのだ。
あとは純度の高い鉄の机を使うとか、周囲からの反射を抑えるようにするとか、距離を変えて減衰した要素だけを見るとか、酸の気体を詰めた特殊な放電管を使うとか、減速材をいっぱい使ったりとか、そういう細かい工夫が重ねられている。
このあたりは公開されているので、やろうと思えば企業とかでも核物理学に参加できる。というか参加しているところがある。黒鉛とかの品質を強調するなら中性子の測定とかを手元でできたほうがいいし、何よりできた品を買ってもらえますからね。
一応こちらとしてもそのあたりのことはやっていて、応用科学取引組合がちまちまと小銭を稼いでいる。少なくとも人件費ぐらいは自分で稼ぐことができている手のかからない法人になっていた。海軍が入ったからもう少し高値にしてやろうか、と思わなくもないがこういうところであまり品のないことをするものではないな。
「このあたりかな」
過去の雑誌を取り出し、エニオのやつの肩書を確認しておく。大学名義だ。パンと腿肉の街とかいう美味しそうな、そして実際に料理が美味しかったあの南の脊梁同盟。懐かしいな。また行きたいな。仕事が落ち着いたらね。仕事を落ち着かせるために超爆弾を三陣営の開発中心拠点に落とせばいいという発想が出てきたのでかなり疲れているな。趣味のために趣味を破壊してどうする。
「ねえ、フィーマ」
私は雑誌を棚に戻して声をかけた。
「なんでしょうか」
「新元素の存在について、どう思う?」
様々な方法で化学的分離が行われた結果、中性子を受けた天神質がどう崩壊するかの系譜は明らかになってきた。どうやら特定の核種ができやすいらしいが、ではなぜその核種が選ばれるのかはよくわかっていない。大陸帝国のほうの魔女の一人が数秘術みたいな話を手紙で送ってきていて、一応掲載はしてあるが理論的裏付けがないので噂話の枠だ。
精密な質量測定をそれぞれで行って熱量に消えている分を求めるとかしたほうがいいのだが、そのためにはまず分離技術の確立が必要だ。このエニオの論文はそのあたりで有用だろう。多めに刷って各地に流しておいてやるか。本当はこういうものを取りまとめるのが私の仕事だったのかもしれないが、それは帝府でもそれなりにできるからな。それも向こうの予算で。嬉しい。
「できたところで不安定なんじゃないですか?」
「周期表を見れば見当はつくでしょう、ある程度は」
「上のあたりってなんか色々とごちゃごちゃしてろくに分離できないものですよ」
「それもそうね」
やはりこういう意見って大事だな。となれば化学的分離にも限界があるのかもしれない。ただでさえ重い核だと中性子の重さであるとか、あるいは電荷であるとかの影響が小さくなってきて電磁的な方法でも分離が面倒なのだ。
もしもっと不安定な核種があれば燃料にできるかもしれない、みたいな話はある。雷神素に中性子を当てるとそこから二回ほど第二種崩壊が起きて天神質233になるのだが、これも分裂を起こすのではという仮説がある。仮説なのはそもそも作るのも確かめるのも大変だから。同じ核に対して崩壊のために追加でもう一回、つまりは合計二回当てなければならないこと、二回目の第二種崩壊に時間がかかることなどのせいでうまくいっていない。証拠として出されているのも雷神素の箔から崩壊後らしい線が出ている霧箱写真だからな。
このあたりは実験と検証を繰り返していくしかない。そしてこれは核熱炉の具体的な建造とは微妙にずれているがあって困る情報でもない、しかし他所に流して惜しむほどでもないというところなので結構各地の雑誌に投稿されるのだ。そういうのをまとめておくと、実際に炉を作る時にきっと助かることになる、と思う。
These values of critical masses are still quite uncertain, particularly those for 49. To improve our estimates requires a better knowledge of the properties of bomb materials and tamper: neutron multiplication number, elastic and inelastic cross sections, overall experiments on tamper materials. Finally, however, when materials are available, the critical masses will have to be determined by actual test.
これらの臨界質量の値は、特に49に関するものについては、依然として極めて不確実である。推定の精度を向上させるには、中性子増倍率、弾性・非弾性散乱断面積、ならびに封止材材料に関する包括的な実験といった爆弾の材料および封止材の特性について、より詳細な知見が必要となる。とはいえ材料が入手可能となった時点で、臨界質量は実際の実験によって決定されなければならないであろう。
SERBER, Robert. The Los Alamos primer. Notes taken by E. U. Condon. Santa Fe: Project Y, Manhattan District, 1943. Report LA-1.
ロバート・サーバー『ロスアラモス入門』、1943年