海軍動力諮問第十三委員会政治部会は今日も今日とて微妙に進んだり進まなかったりしている。各所の調整に時間がかかるのは仕方がないが、それでも参加者のやる気みたいなものは明らかに最初から比べると減っている。
理由については色々考えられるのでよくわからないしどれか一つと決めるのも難しい。例えば既に核熱炉の話が新聞にたまに出るようになっていて今更機密だの何だのの問題ではなくなっているから、とか。
思った以上に、まだ明確な形としては問題が起こっていない。個人的には噂が流れた時点で石炭系の企業が行動を起こすと思ったのだが、ここにいる人々の口ぶりを見るにそうではないようだ。もしそういう問題があれば嬉々として誰かに責任を押し付けるようなことを言ってる人がいただろう。
そんなわけで会議終わりにキージスとゆったりとしたお茶の時間である。ミーズ君が淹れてくれたお茶はなかなかの高級品だ。温度管理とかもちゃんとやっているんだな。こういうところはきちんと研究系の手つきができているのである。キージス君は確かそのあたりの助手も学会内でやらされていたと聞く。何でも屋だな。
「……疲れた」
椅子の上でとろけているようなキージスを見て、私は同情を抱かざるを得なかった。ここまで彼を苦しめている核技術というやつは一体何なのだろう。科学技術は人類に恩恵を与えるかもしれないがその急速な発展は問題を伴うことがある。安易に翻訳して流通させて面白いものが見れたらいいなとか思っている人はその罪の重さを自覚するべきではないだろうなか
「ハッパム提督の方の動きは?」
私は紅茶を飲みながら聞く。ちょうどいい温度。すぐ冷めてしまうので、注いでもらったらすぐに飲むのが一番いい。おまけで砂糖煮の果物を塗った硬めの焼き菓子をかじる。
「……個人的に俺に話を聞きに来ることが、月に一回程度」
「避けられない?」
「避けるなと上司からの命令でね……」
「命令なら仕方がないわね」
命令というのは実に便利なものだ。特に言われる側にとっては。そりゃまあ理不尽なことを指示されることもあるでしょうが、命令というのは原則責任を取る側がいて、そういう人が権限を移譲した上でやってくることであるべきですからね。そうでない人間は人の上に立つ資格などない。何も生み出さず利益のみを貪る寄生的有財人の醜悪さときたら。よし、この話やめよう。私が幸せにならない。
「隣から見ていると二人ともすごい仕事ができるように思うのですが」
そう言ってくれるのは総帥の従僕のミーズ君。
「総帥と比べれば私はほとんど仕事していないわよ」
私は言う。あの人は本職の実験屋で、その経験と勘をある程度持ったまま折衝ができている人だ。最初から交渉というか後ろ暗い取引を前提として考える私とは違って真っ当な人物であるし、何より話がうまい。相手を騙して丸め込むとかその場の雰囲気で説得するとかではなく、難しかったがいい話を聞いたと相手に思わせるような難易度調整をやってくるのだ。それも複数の種類の観客がいる舞台の上で。
あれは才能だと思う。もちろん努力もあるのだろうが、私がどれだけやったところであの域に到達できるかはわからない。たぶんできない。努力したところでどうにもならないものが世界にある、というのを認めない人もいるが、私は素直に認めたい。
「……ホイットマール卿であれば、彼らに核熱炉が具体的に何であるかをもっとうまく説明できたのかもしれないな」
キージスが言う。まあ技術部会の報告書の質が悪かったら私のせいではなくキージスのせいになるわけだからな。緊張というか重圧も大きいのだろう。その分立場も大きいし名前も出るじゃないかと思ったがそもそもこれは機密報告書だった。一部の人にしか回されないはずの代物である。いつ新聞社が複製を手に入れてもおかしくない、という意味だ。
「彼らもかなりそれがどういうものかは理解している気がするけどね。特に船乗っている人は」
「海軍との繋がりもあるからな、給炭不要の軍艦というのは夢ではあるのだろうさ」
熱量保存則と水の抵抗を考えれば、船を動かすためには膨大な熱量が必要である。そしてそれを石炭で供給する場合には、たとえかなりの自動化があったとしても少なくない人間の手作業が必要なのだ。
場合によってはかなり上位の階級ですら一人の労働力として参加するのだ。やってられないぐらいの重労働である、というのは噂では聞いている。
しかしもしそれを完全に機関として組み込んで、黒鉛か
「あと煙突?」
「煙が見えなくなるのは嬉しいが相互の連携をどうするかが問題になりそうだな、気球と光通信が前提となるかもしれん」
「核熱炉を積んだ戦艦がぷかぷかと気球を浮かせているのは可愛らしくていいわね」
「飛行船のような形式にできるんじゃないかという話もある。ハッパム提督がそのあたりにそこまで興味がないのが幸いだったが……」
「いるものね、飛行機があれば艦隊の戦力は大きく低下するのではないかという話してる人」
「対飛行砲という概念もないからな、そもそも研究もできん」
「貴重な飛行機乗組員を実験で失うわけにはいかないものね」
「大きな砲をすり抜けて近づいてくる船のための機関砲さえ、軽快な飛行機に勝てるかどうか……」
「陸地近くだと警戒するべきかもしれないわね、そんな面倒な時代にならないことを祈るしかないけれども」
そういう話をしていたらちょっとミーズ君が引いていた。なんだよ今更良識者ぶって。我々が作ろうとしているのは数千人の詰まった棺桶を海底に送るための巨大な砲を動かすための熱源なのだぞ。別にそれを恥じるつもりはないし、他人の仕事を嘲るのは紳士や淑女のやることではないが、やるならやるできちんと覚悟を持っておかないと死んだり殺されたりする人たちに面目が立たないではないか。こちらは後方でのうのうと生きているのだし。
あの夜(7月11日)以降、ドイツのブローム・ウント・フォスは大西洋航路向けの
Lord FISHER. Memories. London: Hodder and Stoughton, 1919.
ジョン・アーバスノット・フィッシャー『回想録』、1919年