石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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動力源としての天神質の利用 6

「……計算できるのかこれ?」

 

 よくある拡散方程式、ではない。原理上解析的に扱えないんじゃないかという気配さえある。じゃあどうすればいいのかについては見当もつかない。

 

 必要なのは核熱炉の中における中性子の動きである。もちろん実験して確かめればいいのだが、それをやるためには材料の見積もりが必要で、そのためには計算をしたいという問題がある。

 

 もちろん海軍には金がありますよ、多めに材料があったらその分を次の炉であるとかより大きな炉に使えるので無駄にはなりませんとも。だからといってものには限度というのがあるのだ。

 

「これはそういうこと詳しい人に話を聞きに行くか……」

 

 数学者によって計算できないなら、残る方法は三つしかない。計算手(レックナー)、運算機関(レックニングエンジン)、あとは微分機関(ビシェディングエンジン)である。

 

 計算手(レックナー)の場合は彼女たちをある程度まとめて雇っているところに紹介してもらって計算をやってもらうとかだろう。手間がかかる。中性子の密度を分割した空間と時間ごとに求めるから相当面倒になるし速度に限界があるな。

 

 運算機関(レックニングエンジン)はもう少し楽だ。一度やることを決めてしまえば機械が全部自動でやってくれる。いや、全部というのは言い過ぎた。しかしこちらのほうはどうやって命令を作るかの問題である。このあたりの腕前は計算手(レックナー)依存なのでやはりその手の専門家に聞くしかない。

 

 微分機関(ビシェディングエンジン)はこれらとはちょっと別の機械になる。というよりそもそもこの手の対比をするのであれば運算機関(レックニングエンジン)とは何であるかを説明する必要があるだろう。

 

 足し算と掛け算とか、そういうものを片っ端からやりたいとする。参考までに引き算とは負の数の足し算であり、割り算とは逆数の掛け算であり、あるいは指数や対数を用いればより広い計算も取り入れられるし、掛け算も桁をずらしながらの足し算なので結局足し算なのだが、ともかくここでは足し算と掛け算だけを考えるとしよう。

 

 段付きの歯車を回転させることで計数を行う、というのは基本だ。親歯車が一回転、十歯分動くとする。それと子歯車の噛み合う場所をずらすことで一歯も噛み合わない状態から全部の十歯が噛み合うようにすることもできる。あとは噛み合った結果によって次の噛み合う場所を動かす、みたいなことを組み合わせれば結構色々なことができる。

 

 軍関係ではこの手の計算は求められがちだった。例えば砲。遠くを狙う時に、毎回諸元を計算していては間に合わない。距離から砲の仰角をすぐに出せる表が求められるのだ。あとは潮の満ち干きとかもそう。それと天文学関係でも求められるね。あるいは統計。保険業務を回すためには多くの計算をこなさなくちゃいけない。会計分野でも最終的にまとめるとなると人間が入り込んで間違える可能性を減らせるなら減らしたくなるのだ。

 

 まあともかく、運算機関(レックニングエンジン)は数を扱うのである。なので誤差という概念が一次的にはない。六と七を足せば十三になるのであって、十二を超えるが十三に足りない、なんてことはないのだ。ただ、それは誤差がないことではないのが難しい。扱える桁数に限界があるので、例えば掛け算を続けていけば下のほうの桁の情報がどんどん失われていくのである。

 

 離散的に数を扱うので、機械的な部品の位置の誤差が吸収される、ということでもある。これを突き詰めて部品点数を削減するためには十進法ではなく三進法で扱うべきという意見もあるが、人間に読みやすい形に戻すことができないので良くない。

 

 これに対して微分機関(ビシェディングエンジン)の発想は異なる。六と七を足したいならば、物理量同士を足し算すればいいのである。例えば六単位質量(グラーヴォ)の水と七単位質量(グラーヴォ)の水を足して、その重さを測定すればいいのだ。

 

 整数の足し算であると誤差が出てくる分面倒そうに見えるが、微分機関(ビシェディングエンジン)が得意とするのはその名のとおりに微分の計算をするときだ。宇宙の法則はどうやら微積分でできるらしく、それならその現象を利用してしまえというものである。電気、流体、あるいは機械を用いて連続量を扱う微分機関(ビシェディングエンジン)は、一部の物理学や工学の分野でたまに使われているのだ。

 

「……それで、どう思いますか。ミセス・ブラッケン」

 

 うちの屋敷の女中長はこの手のことについてそれなりに詳しい。間違いなく私よりも。

 

「計算をすると容量が足りないでしょうね」

 

 彼女は紙に数字を書きながら言った。

 

「容量?」

 

「覚えておくことのできる数、と言えばいいでしょうか」

 

「ああはい、でもそれは孔紙帯(ホールテープ)でもいいのでは?」

 

「書き込みと読み取りには時間がかかります。一回の計算において、直前の時間の状態から求めるとなるとかなりの量の計算結果をまとめておく必要があります」

 

「最終的に欲しいのはそこまでの量じゃないのに……」

 

「一杯のスープを作るための手間のようなものです。まとまった分量を作るのであればいいものができる、ということは多く、それを考えれば一杯だけ欲しいと言われても鍋一つ分作るほうがかえって安くなるのですよ」

 

「そういうものか……」

 

 ミセス・ブラッケンが言うなら諦めるしかないのだろうか、と私は息を吐いた。

 

「……この手の問題は物理学の話で見たことがありますが」

 

「えっ、知らない」

 

「拡散の問題を粒子の運動とみなして解くものです」

 

「……あー、相互作用を考えない?」

 

「一つ一つの粒子の動きを見ます」

 

「……その分計算量が膨大にならない?」

 

「相互作用を考えなくて良いので、大量の並列計算が可能です」

 

「おお、それなら容量も少なくてすむ」

 

 保存しておきたいのは位置と速度ぐらいだものな。そうなれば四つか。あとはどういう時に衝突して、速度が変わるかをうまく式にすればいいのか? いや違うな、衝突を確率で出すべきか。乱数表の問題だな。

 

「……乱数表を運算機関(レックニングエンジン)に組み込むことはできますか?」

 

「そういう時は最後のほうの桁を適当に掛け算すればいいのです」

 

「……頻度の計算ぐらいはしておかないとな」

 

 やはりこういうのは専門家に相談すると話の見通しが良くなるな。あとは少しまとめてみたら海軍のほうがどうにかしてくれるだろう、きっと。




I append a tentative "computing sheet" for the calculation above. It is, of course, neither an actual "computing sheet" for a (human) computer group, nor a set-up for the ENIAC, but I think that it is well suited to serve as a basis for either. It should give a reasonably immediate idea of the amount of work that is involved in the procedure in question.
I cannot assert this with certainty yet, but it seems to me very likely that the instructions given on this "computing sheet" do not exceed the "logical" capacity of the ENIAC. I doubt that the processing of 100 "neutrons" will take much longer than the reading punching, and (once) sorting time of 100 cards, i.e., about 3 minutes. Hence, taking 100 "neutrons" through 100 of these stages should take about 300 minutes, i.e., 5 hours.

上記の計算のために暫定的な「計算表」を添付しておく。もちろん、これは(人間)計算手(computer)集団のための実用的な「計算表」でもなければ、ENIAC(電子式数値積分計算機)向けの初期設定(set-up)そのものでもないが、どちらの基礎としても十分に役立つものと考えている。これにより、当該の手順に含まれる作業量について、おおよその見当が即座につくはずだ。
まだ確言はできないが、この「計算表」に示された指示群は、ENIAC(電子式数値積分計算機)の「論理的」な容量を超えない可能性が非常に高いと思われる。100個の「中性子」の処理に、100枚のカードの読み取り・穿孔・整列にかかる時間、つまりおよそ3分よりも大幅に長い時間がかかるとは思えない。したがって、100個の「中性子」にこれら100の段を通過させるには、約300分、すなわち5時間ほどかかる見込みである。

VON NEUMANN, John. [Letter to R. Richtmyer]. 1947. In: Statistical Methods in Neutron Diffusion (LAMS-551)
ジョン・フォン・ノイマンよりロバート・デイビス・リヒトマイヤーへの手紙、LAMS(ロスアラモス原稿)-551『中性子拡散における統計的手法』より
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