石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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動力源としての天神質の利用 7

 ラドウィックから教えてもらった新聞を読む。核熱炉の可能性を政府が真剣に検討しているし、有識者も可能性について語っている、様々な企業が王認自然学会(ザ・クウェーンズ・フェローシップ)を通した支援を行っており、共同連邦(コモンウェルス)の科学技術の先進性が発揮されるといいな、とのこと。

 

 最後の一文は嫌味だろうな。一応頑張ってはいるんだよ。問題が山積しているだけで。

 

「……お嬢様はそれ読めるんですか?」

 

 数式というか記号がびっしりと並んだ手紙をつまんで嫌そうな顔をしながらフィーマが言う。

 

「少し計算術(レックンクラフト)関連の教科書をまとめ読みしたからなんとかわかる、半年後にはどうなるか全くわからない」

 

「雑ですね……。計算哲学ではないでしょうね?」

 

「あのあたりはよくわからない分野だから」

 

 数学の記号が使われているはずなのだが読んでもあまり理解できなかった。いや、数式の一つ一つの意味はわからなくはないのですよ。ただ汎用機械をどう仮定するか、その上で計算量を酷く大雑把に扱うようなものはどこまで実用性があるか考えてしまって読む気力が減ってしまったのです。

 

 一応それなりに私は実学が好きだ。式だけで扱える論理が嫌いというわけではないが、そういうものは現実に反映されてこそだろう。土台となる数学的知識がその後に生まれる現実の問題を解きほぐすための糸口をくれることもあるから、一概に応用だけやれとは言わないが。

 

 そして送られてきた手紙は計算哲学に比べればわかりやすい。多少簡略化された計算手(レックナー)記法による、統計的手法に基づく中性子(ニュートラオン)の運動計算の方法だ。先月私が適当にこうやったらいいんじゃないのみたいなことを編集長名義の後記で書いたら反論が送られてきた。

 

 大陸帝国(コンチネンタル)の計算手(レックナー)からである。あなたの方法は原理的に無駄が多いし数字の出し入れをしすぎている、そもそもこの程度であれば内部に持っておくだけで十分であって、いちいち保存や出力をする必要もない、上の桁だけとって吐き出すようにすれば下の桁の計算時間を有意義に使える、みたいなことがつらつらと。

 

 いや、本職の人に見てもらうことはそこまで考えていなかったんですよ、これを各地の研究機関とかが自分のところの計算手(レックナー)とか運算機関(レックニングエンジン)とか使って解いてくれたらいいなというぐらいだったのです。

 

「……見事なものだとは思うけれどもなにやったらこれ思いつくんですかね」

 

 私はそう言って息を吐く。各地からやってきていてまとめなくちゃいけない論文はそれなりに量があるのでともかく目を通さねばならない。要約の作成や翻訳の少なくない割合、それと事務作業を外注できたとしても結局私が主たる論評とかを書かないとこの雑誌の意味はないのだ。

 

 国際集成(レペルトーリオ・インテルナツィオナーレ)。私が作り上げた核物理学(フィジカ・ヌクレアーレ)分野における最も先進的であり先鋭的な雑誌である。これは間違いない。他にやろうとした人がいないので。やってもいいのですし資金や技術の支援もしますし何なら看板だって信頼できるのであれば渡したいぐらいなのですが、誰も新規参入してくれない。

 

 そして世界で書かれている論文の内容はかなり実務寄りになってきた、気がする。物理学とは何だったのかという話だ。例えばいま手にあるのは蒸気用配管における中性子(ニュートラオン)による劣化について。まあ考えてみればこれをどうにかしないと核熱炉は作れないのだが、その論文はなかなかこちらに痛いことを言ってきていた。

 

 特殊鋼の会社がやったもので、通常の合金だとかなり厳しいんじゃないかとのこと。あのですね、うちの雑誌は宣伝媒体じゃないんですよ。いっそのこと掲載料を取ってやろうか。論文か手紙を載せるのに金が必要で、そしてその確認は無償で行われ、そして売りつける時に金を回収する。おお、特権的立場を活用した実に素晴らしい搾取的市場構築じゃないか。

 

 この発想において問題となるのは論文の査読制度のあたりである。一応編集長が手紙の管理をやっているということになっているし、ちゃんとした総説みたいなものは事前にダムノニーシャー研究所などに送ってそちらで確認している事実関係と相違ありませんかと問い合わせたりしているが、大抵は私の一存だ。そして私にお金が入ってくるわけではない。経費で全部飛んでいってこちらが持ち出すという状況はしばらく変わる気配がないのだ。

 

 三十五号目の原稿を作っているともう三年になるのか、という気分になる。色々あったな、と思うのは年齢のせいだろうか。あるいは眼の前の現実から目をそらしたいからだろうか。

 

 必要な知識が増え続けている。分離や抽出のための化学は工業分野にまで入り込んでいる。例えばこちら、腐食性の天神質(テューシャフト)化合物の気体を熱対流させることで微妙な重さの違いでかすかに分離できたことを検出したという。いやあの、その一機作るだけで相当な費用がかかってますよね、と怯えたくなる代物の写真も添えられていた。これだから連合議会(コングレス)は。

 

 冶金。核熱炉を作る時には最終的には何らかの方法で熱を取り出さないといけない。その過程では当然配管が必要だ。先ほど読んだものとは別に、炉の中にどうやって管を通すべきかみたいなものもある。

 

 もちろん、それぞれの陣営はある程度の機密を抱えている。しかしあまり隠すと評判が悪くなると思っているのか、ちまちまと出してくれているので我々共同連邦(コモンウェルス)のほうの研究者もかろうじて追いつけているのである。

 

 しかしもう少し論文が来なくなるかと思ったらそんなことはなかったな。うちのところは海軍経由で金だけ回して計画は秘密だが促進して公表を求めているし、大陸帝国(コンチネンタル)のほうは魔女が圧力をかけているとかだろう。連合議会(コングレス)のほうも一応は公共の知の促進であるとかそういう建前で基金が動いているらしいからな。いやあ、これでもし部外者には情報を出さないようになっていたら第二回国際核物理学会議を首府(トゥーン)でやるべく各所に圧力をかけているところだった。




All calculations do not admit, like this one, of the operations of the same nature being performed in groups together. Probably very few do so without exceptions occurring in one or other stage of the progress; and some would not admit it at all. The order in which the operations shall be performed in every particular case is a very interesting and curious question, on which our space does not permit us fully to enter. In almost every computation a great variety of arrangements for the succession of the processes is possible, and various considerations must influence the selection amongst them for the purposes of a Calculating Engine. One essential object is to choose that arrangement which shall tend to reduce to a minimum the time necessary for completing the calculation.

全ての計算が、今回のように、同種の演算を組としてまとめて実行することを許容するわけではない。おそらくその進行のいずれかの段階で例外が生じることなしにそうできるものはごくわずかであろうし、中にはそれをまったく許容しないものもあるだろう。個々の個別事例において演算が実行される順序は、極めて興味深く好奇心をそそる問いであるが、これについて私たちの紙幅は十分に立ち入ることを許さない。ほぼすべての計算において、一連のプロセスの連続的な配置には極めて多様な可能性が存在し、計算機関という目的に照らせば、それらの中からの選択にはさまざまな考慮事項が影響を及ぼすに違いない。一つの本質的な目的は、計算の完了に必要な時間を最小限に短縮することに資するような、そうした配置を選択することにある。

LOVELACE, Ada Augusta. Note B. In: MENABREA, Luigi Federico. Sketch of the analytical engine invented by Charles Babbage Esq. Translated by Ada Augusta Lovelace, with notes by the translator. Scientific Memoirs: Selected from the Transactions of Foreign Academies of Science and Learned Societies, and from Foreign Journals. 1843, vol. 3, pp. 701–706.
オーガスタ・エイダ・ラブレス『付記B』、ルイジ・メナブレア『チャールズ・バベッジ氏によって発明された解析機関の概略図』より、1843年
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