石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

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動力源としての天神質の利用 8

「……まずいことになった」

 

 キージスが死にそうな顔で私に言う。

 

「具体的には?」

 

 私もこの後そう遠くないうちにそういう顔をすることになるだろうから、私は紅茶を飲み込んで覚悟を決めた。

 

「ハッパム提督が、来る」

 

「なるほど、そういう顔をするのも仕方がないわね」

 

 私は息を吐いた。ああまったく、大物案件というのは数えるほどしか経験したことがないんだよ。もちろん計画したことなんてない。

 

 階級のある社会において、階級の間に引かれた線を踏み越えるというのは難しい。特に軍人であれば。上の方への直訴というのはしばしば美談として語られるが、それは規範を破る行為なのだ。秩序を守るためにはそういう逸脱に対して必ずどこかで釣り合いを取るような行為をしなければならない。

 

 とはいえ、こういう認識は部外者が他所の世界を見る時のものだ。このあたりは大君藩国(タイクーンダム)と共同連邦(コモンウェルス)の間で行われた相互観察に詳しい。互いに相手のことをある点では卓越しており、またある点では野蛮であり、そして少なくない点で共通していると見なしている。まあ、こういう比較をしたいのであれば川の南側に行けばいいという話ではあるが。

 

「……来週の会合に来る、と言ってくれたのがせめてもの救いだろうか」

 

「今回の会合で一旦話が通せるわね」

 

「とはいえ全然進んでいないからな……」

 

 必要な調整が、色々と滞っている。例えば核熱炉を実際に組み立てるとなるとそれなりの場所が必要になる。大きさとしては倉庫一つで足りるのだが、ではそこらへんの倉庫で暴走したら周囲一帯が吹っ飛んで近寄れなくなるような危険な代物を作ることができますか、と言えば大抵は否だ。

 

 こういうのは律儀に許可を取れば取るほど良くないことになる。そしてさらに良くないことに、黙ってやって問題が起きたほうが大抵は面倒になるのだ。ああ、どうにかならないかなこのあたりの問題。

 

「……来週までに持ってこれる成果を並べて、進捗があると主張するあたりで」

 

「そこまであけすけに事情を説明できるほど信頼関係が築けている相手が少ない」

 

「逆に考えるのよ、ここで弱みを見せた上で助けてくれと言えば、さすがに断る紳士は少ないわよ」

 

「そういうものかね……」

 

 キージスはこのあたり疑り深いな。私は一応色々な外交関係者を見てきたが、その観点から言えば真に機械のように、冷酷に理性と利益にのみ基づいて動ける人間はいない。歯車の間の潤滑剤や隙間なしでは、運算機関(レックニングエンジン)は焼き付いて止まってしまうのだ。

 

 ともかく、それらしい成果を出さねばならない。逆に言えば誰も逆らえない偉い人が来る時というのは、今まで積み上げてきた面倒事をひとまず片付ける時でもあるのだ。

 

「さて、現状の整理と各員に割り振るべき仕事を決めましょう」

 

 そう言って私は笑顔を作る。客観的に見ればあまりよろしくない状態であるが、そういう時こそ笑顔を浮かべるべきなのだ。優雅に振る舞えば大抵は問題のほうが逃げてくれるのである。

 

 資金、責任、保険、調整。やるべきことは多いが、誰が何をやるかが決まっていない。今集まっている人たちはそれぞれ所属組織があり、それぞれの組織の管轄というものがある。貿易と製造、予算と運用。そういったものの隙間に、核熱炉というものがある。

 

 誰が何をどのぐらい引き受けるか、というのをうまくやることはかなり難しい。外交においても調整が失敗して後々続く後悔であったり確執に繋がることは珍しくない。とはいえ、ここの人たちは少なくとも同じような背景を持っている。似たような大学を出て、似たような繋がりを持ち、そして実際に知り合いになったわけで。

 

 きっと彼らならこの難題も解決できるだろう、と私は信じることにする。まあキージスの顔を見るとそうとでも信じないとやっていけないというのもあるが。

 

「……こうやって整理すると、案外やるべきことは少ないんだな」

 

 書き出された紙を見ながらキージスは言う。これも後で燃やしておかないといけないんだよな。灰皿とかでいいだろうか。

 

「人間は焦ると色々と慌てて物事が見えなくなる。そのあたりを忘れずにね」

 

「政治部会なんてものを作らなければ良かった気もするが……」

 

「ハッパム提督に対して核熱炉は可能です、なんて言ってみなさいよ」

 

「できると言ったのだから今すぐやれ、ぐらいのことは言うだろうな。もちろん彼もその手の予算だの理屈だのがわかっていないわけじゃないが」

 

「わからないことを選べる、というのは大物の証拠ね」

 

 ある種の暴走だ。自分の勘を中心に突っ走り、他人に面倒事と後始末を押し付ける。そしてしばしば、そういう人物が成功するのだ。その上で、面倒事と後始末をやった人間にはそういう突っ走ることができないことが多いからしばしば面倒になるのである。

 

 賭けでも同じだ。信じられるかどうか怪しいもの、未知のもの、可能性が曖昧なものに対して全力をつぎ込む、ということができる人とできない人がいる。私はできない側の人間だ。趣味はどういう結果が出ようが楽しめるものであるからな。

 

 その趣味がここまで来てしまったというのが怖い。核熱炉なんて中性子(ニュートラオン)を見つけた頃には想像もしていなかった。確かに放射性物質が出す熱量の話はあったし、そこから何かを引き出すという発想はあったが、それは月に行くとかそういう類の話ではないですか。もしかしたらそう遠くないうちに行けるのかもしれないが、そういう意味ではなく。

 

「……俺達もよくわからないが作ろうとか、よくわからないが価値があるとか、そういうふうに言えればいいんだがな」

 

「ある程度は言っていいと思うよ」

 

 嘘ではない範囲で、ということだ。やったことを堂々と言う。真であることを述べる。それ以上はしない。弱点を語る時はたしかにそこに限界があると一回落とした上でそれでもなお、という方法もあるがこれについては熟練者でも失敗するという話があるのでほどほどにしたい。

 

 本当にこのあたりは弁務使から聞いた話が役に立っているな。しかし私は母方の陣営にも父方の陣営にもあまり貢献できていない。たかだか核物理学の世界を回したところで、世界はもっと他のところで動いてしまっているのだ。




A president being elected, he must be conducted to the chair between his mover and seconder, and the meeting is then constituted for business. But when a particular chairman has been long previously announced as intending to preside, no election on the spot takes place, for those persons who disapprove of his superintendence must be considered to dissent from one of the main elements of the meeting, and should absent themselves, or collect into a separate assembly of their own, as they have no right to disturb the arrangements publicly notified beforehand.

議長が選出されると、その人物は提案者と賛同者に付き添われて議長席へと案内されなければならず、そしてその集会はその時、議事のために構成される。一方、あらかじめ特定の人物が議長を務めることが予告されている場合には、その場での選挙は行われない。というのも、彼の指揮監督を不服とする人々は、その集会の主要な構成要素の一つに異議を唱えているとみなされなければならず、彼らには事前に公に通知された段取りを乱す権利などない以上、会議に出席しないか、あるいは別途自分たちで集会を設けるべきだからである。

A MAN OF THE WORLD. Court etiquette. London: Charles Mitchell, 1849.
ある世間の紳士『宮廷作法』、1849
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