墨を垂らしたような真っ暗な空に小さな星々が瞬き、時折流れ星が駆けていく。
瓦礫の街で焚き火を囲む多種多様な種族の傭兵たちから少し離れた場所で、側頭部から夜空の様な黒い角を生やした赤毛の男が紫煙を吐いた。
「今日も冷えるねぇ」
誰に話しかけるでもなく呟いた独り言が、焚き火を囲む傭兵たちに届くことはなかった。
男の手には、へこみだらけのステンレス製のマグカップ。
湯気が立ちのぼるマグカップに唇を近づけ、男は残りのスープを喉の奥へと流し込んだ。
「ふぅ……温まる」
そう安堵するような声とは真反対に、男の表情は能面のように冷たく感情のない人形のようであった。
男は手にした煙草を吸い尽くそうとしたとき、焚き火の向こうにある仮設テントの奥から大柄なサルカズの女が姿を見せた。
「お前たち、よく聞け!」
瓦礫の街によく通る、耳心地の良い低い声が響く。
焚き火を囲む男たちが一斉に立ち上がり、女の方へと振り向いた。
女はこの傭兵団のリーダーであった。
「明日の夕刻、軍事委員会の本隊と共にバベルの主力部隊と交戦する!ここが踏ん張りどころだ!」
サルカズの女の視線が煙草をふかす赤毛の男をにらみつける。男は意に介した様子もなく、ひらひらと手を振った。
「サルカズもそれ以外の種族も明日を乗り切り、戦果を上げればテレシス様から多額の褒美をいただける!しっかり励め!」
女の言葉に傭兵たちの士気が高まり、拳を振り上げようとしたときだった。
「先生!持病の腰痛が酷いんで、明日は有給貰っていいですかー?」
場違いな言葉に傭兵たちは冷水を浴びせられたような顔で一斉に振り返った。その視線の先には赤毛の男がニヤけ面で手を上げている。
「━━っ貴様ぁ!」
「なになに?なんでそんなに怒ってるのよ?せっかくの美人が小じわで台無しよ?」
「誰のせいだと思っている!ラース!」
ラースと呼ばれた男はカラカラと笑いながら、苛立ちを募らせる傭兵たちの合間を散歩するような足取りで歩く。
不敵な笑みで女の前に立ったラースは、焚き火に吸殻を投げ入れる。
「明日って俺ちゃんの誕生日なんだ♡それに、ロドスの本隊ってサングラスのオッサンとかだろ?やだよ、あいつら強いんだもん。他は雑魚だけど」
「何のために貴様を雇い入れていると思ってる!その強者を任せるためだろうが!」
「おおっ!そうだったの?俺はてっきり、この美声が聞きたくて雇ってくれたもんかと……とほほ」
ふざけ倒すラースの態度に、怒りで女の額に青筋が浮かぶ。
「リーダーちゃんも君たちも、そんなに肩ひじ張らず戦いなよ。真面目にやったって負ける時は負けるのよ?」
「俺たちが雑魚だって言いたいのか!」
「少なくとも、俺よりは雑魚ちゃん♡」
「てめぇ、このクソトカゲが!」
傭兵の一人がラースへと掴みかかろうとする。
「おっと」
「ぶふぇっ!」
ラースが軽く身を捩ると、傭兵は地面へと盛大に転がった。
「あら、もうおねむの時間?じゃあ、俺もそろそろ寝ますかね」
「待て!」
「やだ♡それに明日の意気込みからして、なにか策があるんだろ?夕刻までゆっくり休ませてもらうよ。グッナイ」
ラースは振り返ることもなく、腰から生えた黒い尻尾を揺らしながら自分のテントへと戻っていった。