爆発で意識飛んだと思ったら顎殴られて意識飛びかけた 作:なはは
シャワーを出て、部屋に戻る。体のことは今は考えない。どうせ考えても状況は変わらない。
黒瀬恋としての記憶が、次に何をすればいいか教えてくれる。午後は柔軟だ。自室でやるらしい。
床に座って、足を開く。子供の体は柔らかい。前の俺よりも柔らかいような気がする。体の感覚が違いすぎて戸惑いっぱなしだが、そこに関してはとても良いと思う。
柔軟を続けていると、ドアをノックされた。
「セレン。いるかしら」
沙希だ。セレンと言うのは、恋の愛称のようだ。恋の記憶では、稽古外ではこう呼ぶらしい。
「……はい」
返事をすると、沙希が入ってくる。道着ではなく、Tシャツとスウェットだった。
「体調はどうかしら」
言いながら顎のあたりを見てくる。さっき殴られた場所だ。
「大丈夫です」
「そう、ならいいわ。何かあればすぐに言いなさい」
沙希の稽古は厳しい。実際、道場では容赦がなかった。
だがこうやって娘の様子を確認しに来ている辺り、同時に優しさもあるようだ。
強さを求める家だが、そこまで過酷ではないのか。今日の稽古が早めに終わったのも、俺が頭を強く揺らしたからだろう。まあぶん殴った張本人だが。
沙希の後ろから別の声がした。
「大丈夫かい? セレン」
記憶を辿る。
彼は黒瀬ダニエル、父親だ。穏やかな性格で、優しい父親。ダニエルも俺が心配で様子を見に来たようだった。
「大丈夫だよ。柔軟だけ」
言葉が勝手に恋の口調に変換される。
沙希には敬語、ダニエルには砕けた口調で恋は喋っていたみたいだな。
ダニエルは安心した顔をした。沙希に視線を送る。沙希は小さく頷く。
「今日は柔軟が終われば好きにしていいわ。セレンは休んで。念の為、夜にまた見る」
「はい」
沙希はそれだけ伝えた後、部屋を後にする。 ダニエルもそれに続いて出ていく。
俺は足を伸ばしたまま、黒瀬恋の記憶を漁る。
この状況だと分からないことが多すぎる。何故俺の意識がこの体にあるのかもそうだが、そもそも俺が生きていた時代と同じ時代なのか。俺はどうなったのか。
恋の記憶を辿ると、少なくとも今が日本で、スマホも電車もあるのは分かる。俺が死ぬ直前の世界と、生活の水準は近い気がする。
ただし、同じかどうかは分からない。記憶の端を触ると、学校のクラスや、街行く人、男の数が妙に少ない。恋はそれを当たり前として覚えている。俺の感覚だと、そこが一番違う。戦争で男性が減ったのか? と思ったが、戦争があったという記憶はない。
一方で自分の記憶の方は、そこまで出てこない。軍にいたような気がする。爆発したような気がする。それ以上は、名前も顔も出てこない。
……考えても、今すぐ答えは出ないな。
柔軟の残りを済ませる。昨日までの恋も、毎日これをやっていたはずだ。体が手順を覚えているので、その通りにやる。
一通り終えて、ベッドに座った。
沙希は夜にもう一度来るらしい。それまでに、分かっていることだけ整理しておく。今は黒瀬恋として動けている。母親は厳しい。父親は優しい。それだけ分かれば当分は良いだろう。