アイの天使 作:adcd
この世には2つの対比表現が数多くある。強者と弱者、狩るものと狩られるもの。それぞれの価値観によってそれらは変わるが、ただ一つ、明確な事実がある。
私は弱者であり、それはこの先覆らないということである。
スパニ王国。絶対王政がいまだ残る伝統ある王国であり、豊かな土壌に恵まれ、農業が盛んな穏やかな国でもある。
しかし現在王国には不吉な噂が流れている。魔力の扱い方を理解できるようになる年齢の13歳前後、子どもたちの中から時折行方不明になる子たちがいるという。
友達と集まっているとき、親から頼まれたお使いの途中、はたまた夜中に用を足しに行く最中。彼らはこつ然と消えた。すぐに気づいた友人や両親が探し、王国兵士にも創作の願いを出すが、王国兵士の必死の捜索も虚しく、原因は未だ不明であるという。
王国中心にある王都、そこには魔法学校がある。貴族の多いその学校では、13歳を迎えた少年少女の中で、魔力を持ちそれを扱えるもののみが通うことができる。
13際の小さな領地の貴族の子、ユーリもそのうちの一人であった。
「今日の宿題も多くて大変だねー」
「今回は特別多かったわね。あなたはギリギリにやるから、遅れないように注意するのよ」
「はーい...」
私ことユーリは魔法学校の生徒である。田舎の貴族であった実家から思い切って王都にある魔法学校を受験し、合格したことを家族全員で喜んでいたのもつかの間、私を待ち受けていたのは難解な授業とそれについてくる膨大な課題だった。
「うぇー、実家の穏やかな暮らしが恋しいよ...」
「せっかく遠い実家から通わせてもらっているんだから、もっとちゃんとしなさい」
私を諭してくれているのはアン。王都に住む大貴族の娘でありながら、田舎生まれの私にも優しく接してくれるとても優しい少女。ちょっとお小言が多い気もするけど、それも私のことを思って行ってくれているので、ありがたい限りである。
「アンはいいよね、頭いいもん」
「私のお家では学校に通う前からお勉強させられるから、学校に入ってすぐユーリに負けてはいられないわ」
「はー、やっぱりお貴族様は違うねー」
「あなたも田舎とはいえ由緒正しき貴族でしょうに...」
アンは実家も大きく、いろいろなプレッシャーもあるんだろうけど、それを一切感じさせない。わたしもああいう貴族だったらな、とちょっとだけうらやましい。もちろん、わたしも一応貴族なので、これ以上は望まないけど。それに、家族のみんなも優しいし、私は今の現状に満足していた。
授業が終わって下校の時間。みんな学校が終わると授業中の様子が嘘のように元気になり、どこかにいってしまう。まあ私もそのうちの一人だけど。
「はー、学校終わり!スイーツ食べに行こーっと!」
「甘いものもいいけど、宿題もちゃんとやるのよ」
「言わなくてもわかってるってぇ...」
ちょっとだけ盛り下がった気を持ち直して、前から目をつけていたお店のパンフレットを取り出す。
「むふー」
「あら、大通りにできた新しいお店?」
「あれ、知ってるの?」
「ええ、こないだうちに挨拶がてらお菓子を持ってきてたわ」
さすがは貴族令嬢、新しいお店ができた時には一番に届けられるらしい。羨ましい限りです。ただ、そうなると今回は1人で行くことになる。自慢じゃないけど、友達はすくないのだ。
「じゃあ私も食べてくる!アンが食べるぐらいなら相当美味しいだろうしね」
「私が食べるから美味しいとかはないと思うけど...」
「まぁ、確かに美味しくはあったわ。おすすめはマカロンね」
「おー、楽しみ」
雑談もそこそこに、私はそのお店へと向かう。放課後ということもあって少し日が傾いてはいたけど、甘いもの欲は抑えられないのです。
食べ終わってお店を出る。マカロンは予想以上の美味しさだった。さすがアンが食べるだけはある。
外はもう暗い。私の家は学校の近くなので、ここから15分ほどは歩くことになる。慣れない場所で少し不安だけど、街頭を頼りに行けば問題はないと思う。
ぽつぽつと、雨が降り出してきた。傘は持っていないので、急いで帰ることにする。どうせ15分くらいなら、走り切れる算段だ。
「もー、どうしてちょうどこの時間に...」
「あれ...?」
少し遠く。帰り道の途中、木の下に誰かが傘も刺さずに佇んでいる。あかりもそんなになくて、コートを着込んでいる人だからか少し怪しく、怖く感じる。でも雨が降ってるし、迂回はしたくない。このまま走ってつっきっちゃおう。
「...」
「え!?」
そんな私の甘い考えは、一瞬にして私の足をすくった。コートの人を横切った直後、何かに口を塞がれた。それがコートの人の手と気づくのに数秒かかった。その後に、脇腹に凄まじい熱さを感じた。
(あつい?いまあめがふっているはずなのに...)
それが私の思考の最後だった。
「...ふぅ」
息を吐く。少しして、この子の脈がなくなったことを確認してから脇腹に刺したナイフを抜く。これで第一目的は達成。ターゲットの始末は完了。この後はこの死体を持ち帰らなければならない。
「...」
雨が降ってくれたのは幸運だった。この雨の中だと多少の音は紛れるし、流れ出た血も洗い流される。今のうちに帰らなければならない。私は死体を担ぎ、転移魔法を唱えた。
「被験体、I-10の帰還を確認。死体を所定の場所へ下ろせ」
転移が終わった瞬間、無機質な機械音声が流れる。この音声が私にとって唯一の会話できるものである。実際には命令されるだけではあるが。だけど、それでも自分の存在を認めてくれるのは嬉しいことである。
「はい」
従順に指定された担架へ死体を下ろす。この後この死体がどこに行くか、どうなるのかを私は知らない。だがそれでいい。ただ言われた通りに命令をこなすだけ。
それが私の存在価値だった。
「次の呼び出しまで待機せよ」
「はい」
これで今回の任務は終わり。任務が終われば、自由にしていい。といっても、私に与えられた個室の中だけではあるけれど。
自分に与えられた個室へ戻る。ドアを開けると、オートロックがかかった。このロックは内側からかけられたものではなく、私を閉じ込めるためのものだった。この施設にいるときは、魔法も封じられるので、次の任務が来るまではここに閉じ込められる。
部屋の隅で膝を抱えて座る。真っ白い壁、天井。消えることのない白い明かり。1人用にしては無駄に広く、家族が住むリビングのような広さのなにもない部屋。それが私の世界の全てだった。
「...」
このまま時が過ぎるのを待つ。
ただただ、時が過ぎるのを待つ。
永遠とも思える時間が流れる。
私はこの時間が嫌いだった。真っ白い、なにもない部屋に1人。出ることもできない。何かすることも、できることもない。ただただ部屋の隅に座って、白い壁や天井を見続けるだけ。
少しずつ、自分が曖昧になっていく。本当に自分が存在しているのかもわからなくなってくる。もしかして、今までの出来事は全て夢で、これが現実なのだろうか。ただ、なにもない空間で、死ぬこともできず。ひとり孤独に、時間が過ぎるのを感じる。
一生このままなのだろうか。少しずつ、焦りや不安が襲ってくる。もしかして捨てられたのだろうか。死ぬまでこの部屋で閉じ込められるだけなのだろうか。そもそも私は死ぬことができる体なのだろうか。
「はぁっ、はあっ...」
目が回ってきた。息も苦しい。もしかして前回の命令をうまく遂行できなかったのだろうか。私が何かミスをして、その罰として捨てられこのままなのだろうか。
「ごめんなさい...ごめんなさい...」
わけもわからずに謝る。誰に向けてるのか、何についてなのかもわからない。ただ必死に許しを請う。
ごめんなさい。
どうか、私を認めてください。
どうか、私を見つけてください。
お願いします。
お願いします...
許しを請い、祈り続ける。
時間は進んでいるのだろうか。もしかしたら止まっているんじゃないだろうか?私は死んでいるんじゃないだろうか。ここは地獄で、終わりのない苦しみを味合わせられつづける場所じゃないんだろうか。
「ごめんなさい、ごめんなさ...」
けたたましいサイレンが聞こえた。ビーッ、という不安を煽る音。
けれど、今の私にとっては神の啓示にも等しい、救いの鐘の音だった。
「ありがとうございます、ありがとうございます...!」
部屋のロックが解除される。自動的に扉が開き、いつもの命令を受ける場所は移動することを促される。
ああ、神は私を見捨てなかった。
私は存在していてもいいのだ。
神様、ありがとうございます。
私を見つけてくれて。
私を認めてくれて。
「被験体、I-10。次の命令だ。そのファイルに載っている少女を殺せ」
「はい!わかりました!」
次の命令が下される。
ファイルを見てみると、次のターゲットの情報が書いてある。
名前はユナ。年齢11歳。居場所は...
「魔王城...?」
「ターゲットは当代魔王だ。お前の転移魔法先を近くに設定する。他にも狙ってくる奴がいるだろう。そいつらも殺して構わない」
「はい!」
確実に殺さなければならない。私の存在価値を示すために。
そのためだったら、私はなんでもできる。
私は決意を胸に、転移魔法を起動した。