親衛令嬢戦記 作:中途半端なミリオタ
※※※必ずお読み下さいますよう、お願い致します※※※
・本作品は、皇女戦記という作品に影響を受けており、又過去に同一作者が投稿していた作品のリメイクになります(皇女戦記と投稿主作品の折衝作品とでもいうべきでしょうか)
・上記の通り、皇女戦記にも影響を受けていますので、類似点が発生する可能性がありますので、ご注意下さい。
・原作は基本的に網羅してますが、ミリタリー知識についてはかつての自分の知識を調べてアップデートしつつ、本当に知らない分野についてはAI頼みな部分が多いです。予めご了承下さい。
・皆様、アニメ版が一番身近だとは思いますが、一部漫画版やアルカディア版の設定も取り扱います。
・タグのガールズラブは割とガチ寄りです。
・AI本文利用のタグをつけてますが、概要をAIに作ってもらって、それを半分以上の加筆修正して投稿しています。ハーメルン的には微妙なラインですので、念の為つけております(元が3000字程度なのを1万字にしているのですが、いずれにしてもAIを利用している事実は変わりませんので)
以上の点をご留意の上、本編をお読み下さい。
批判コメントは受け付けません。
第零話:神を信じるには、少しばかり遅すぎた
第零話:神を信じるには、少しばかり遅すぎた
神など存在しない――。
少なくとも、彼女はそう考えていた。
神が存在するというならば、人類史とはいささか悪趣味に過ぎる。
疫病があり、飢饉があり、戦争があり、民族が民族を殺し、国家が国家を焼き、理想を掲げた人間が別の理想を掲げた人間を絞首台へ送る。
それを天上から眺めながら、人間に慈愛を説く存在がいるというのなら、それは神ではなく、随分と趣味の悪い観客ではないか。
だから、彼女は神を信じていなかった。
――祈らなかった。
――願わなかった。
――救いなど期待しなかった。
代わりに、彼女が信じたものがある。
――制度。
――秩序。
――組織。
そして……数字だった――。
数字は嘘をつかない。
人間は嘘をつく。
政治家も、軍人も、宗教家も、企業家も、歴史家でさえ嘘をつく。
だが一日に工場から何台の車両が出たかという数字は、少なくともそれ自体には思想がない。
――何人の兵士に何発の弾薬を届けられるか。
――1両の車両を製造するのに何時間必要なのか。
――1個師団を1日動かすために燃料を何トン必要とするのか。
その答えは、信仰では変化しない。
もっとも……それを扱う人間が数字を改竄すれば、話は別であるが――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼女の名は、もう意味を持たない――。
少なくとも、この物語が始まった瞬間には。
彼女は日本で生まれた。
特別裕福でもなければ、貧しくもない家庭だった。
大学を出て、製造業に勤め、そこで生産管理を担当した。
納期に追われ、営業に急かされ、現場に怒鳴られ、上司には数字を詰められるだけの、ごく普通の会社員。
ただし……一つだけ――。
趣味が少々、普通ではなかった。
軍事史……それが彼女の興味の矛先だった。
特に二十世紀前半。
――世界大戦。
――軍需行政。
――機甲戦。
――兵站。
――国家総動員。
そして、ドイツ。
帰宅すれば本棚に並んだ洋書と資料。
休日には軍事博物館。
旅行先でも城より要塞、教会より軍港。
映画を見ても登場人物の恋愛ではなく背景に映った車両の型式が気になる。
恋愛などにも興味はなく、彼女の興味の矛先は全てそちらに向いた。
数少ない親友から――。
「本当に好きだねえ……」
と言われれば、笑って答えた。
「まあ、趣味ですから」
だが、それだけではなかった。
彼女はナチス・ドイツという国家を、歴史的失敗例として研究すると同時に、その組織的外観にひどく惹かれていた。
――統一された軍装。
――巨大な式典。
――階級。
――徽章。
――儀礼。
国家の中にもう一つ国家を作るような親衛隊という組織。
能力主義を装いながら、狂信と権力闘争を内包した巨大機構。
もちろん……歴史を知っている。
何をした国家だったのかも。
何を引き起こしたのかも。
どれだけの人間を殺したのかも知っている。
だからこそ彼女は、自分の嗜好を他人にはあまり話さなかった。
ただ……歴史を遠くから眺めている限り、それは安全だった。
「政治思想は別として、組織として見ると実に興味深い」
そう言うこともできた。
「もう少し軍需行政、権力闘争が合理的なら、戦争の推移も違っただろうね……」
などと、コーヒー片手に語ることもできた。
自分が爆撃されるわけではないし、自分が前線へ送られるわけでもなければ、自分が徴用工になるわけでもなし。
過去というものは、現在に生きる者にとって非常に安全な娯楽である。
彼女はその事実に、生前中……一度も真剣に向き合わなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の帰宅は遅かった――。
時刻にして、23時15分。
「あぁ……今日もこの時間か――」
彼女はそう呟き、駅を出たところでスマートフォンを確認する。
メールが7件に、業務連絡が3件あった。
うち明日の会議資料に関する修正依頼が1件。
そしてどうでもいい広告が2件。
その中に1つだけ目を引くものがあった。
母親からだ。
『今度の日曜帰ってくる?』
というメッセージ。
「……あとで返そう」
彼女は再度呟いた。
疲れていただけ……。
――別段、絶望していたわけではない。
――仕事が嫌いなわけでもない。
――人生に不満があったわけでもない。
ただ、今日はいつも以上に疲れていた。
だから……横断歩道の信号が青になったとき――右から接近する光に、気付くのが遅れた。
――ブレーキ音。
――悲鳴。
――眩しいヘッドライト。
その三つを認識した瞬間、彼女は奇妙なほど冷静だった。
(ああ――まずい……)
そう、思った。
次の瞬間。
世界がひっくり返った――。
◇
痛みはなかった。
少なくとも、記憶にはない。
あるのは光だけだった。
白い……いや、白という言葉さえ正確ではない。
――何もない。
――壁がない。
――床がない。
――天井がない。
なのに、自分はどこかに立っている。
「……病院?」
声が響かなかった。
いや……響くという概念そのものがない。
彼女は自分の手を見た。
そこに手はあった。
勿論、服も着ているし、見覚えのある帰宅途中のコートだった。
ただし鞄はないし、スマートフォンもない。
身体には傷一つない。
「……夢か」
最初に出た結論はそれだった。
当然である。
トラックか乗用車か、とにかく何かに轢かれたはずなのに、自分が無傷で立っているのだ。
夢と考える方が合理的だった。
『夢ではない』
「……」
――声。
男とも女とも……老人でも、子供でもなく、近くから聞こえたようにも思えるし、遥か上空から響いたようにも思える。
彼女は周囲を見回した。
「誰ですか?」
『問いを持つ者よ』
「質問しているのはこちらですが……」
一拍。
『……』
奇妙な沈黙。
彼女は眉を寄せた。
「あなたが誰で、ここがどこなのか……それを説明してください」
『死した人間とは、もう少し取り乱すものではないか』
「死んだんですか?」
『そうだ』
「なるほど……」
それだけだった。
自分でも驚くほど反応が薄かった。
だが、他にどうしろというのだ……・泣いたところで生き返るなら泣くし、叫んだところで助かるなら叫ぶ。
ならば、現状確認を優先する方が合理的だ。
「では、死後の世界ということですか」
『そう理解して差し支えない』
「あなたは?」
『神である』
彼女は黙った。
『神である』
「聞こえていますよ?」
『ならば、何故黙る』
「……いえ」
彼女は腕を組んだ。
「思っていたより随分、自己申告制なのだな、と……」
『……何?』
「神を名乗るだけなら、誰でも出来ます」
『不信心な』
「死ぬ直前まで無神論者でしたので」
声の主が不快になった。
表情など見えないのに、それだけは分かった。
『ならば問おう』
空間が震えた。
『汝は神を信じるか』
彼女はほとんど間を置かなかった。
「いいえ」
断言――空間が静まる。
『……何故だ』
「根拠がありませんので」
『今、汝は神と対話している』
「あなたが神であるという根拠にはならない」
『人を死後の世界へ導き、魂と対話する存在を前にしても尚か……』
「高度な技術を持った宇宙人という可能性もあります」
『……』
「あるいは死に際の脳が見せている幻覚」
『……』
「異世界転生を扱った創作に影響された死前幻覚、という可能性もありますね」
『……汝は』
声が低くなった。
『面倒な人間だ』
「よく言われます」
嘘だった――そこまで頻繁には言われない。
◇
『では――』
声が響く。
『見せよう……』
世界が変わった――。
ほんの一瞬だった。
彼女は駅前に立っていた。
「……?」
いや、違う……立ってはいない。
上空から見ているようだ。
横断歩道に人だかりがあり、道路には救急車。
そして……死者に被せる白い布と、そこから伸びた自分の細くとも太くもない脚に靴。
見覚えがある。
何故なら昨日買ったばかりだった。
数少ない休暇を使ってわざわざ買いに行ったものだ。
「……ああ」
彼女は理解した。
本当に死んだんだと――。
画面が切り替わる。
病院にいる母親に父親……2人とも泣いている。
母親の手にはスマートフォンと、自分が返さなかったメッセージ。
『今度の日曜帰ってくる?』
未読のまま――そこで初めて……胸の奥が痛んだ。
死んだことではなく、返事をしなかったことが。
母はただ……ごめんなさい、ごめんなさい……と泣いている。
恐らく自分がこれを見ていたせいだと思い込んでいるようだ。
「……これは」
『幻覚か?』
「……」
『科学で説明できるか?』
彼女は黙る。
さらに景色が変わる。
――宇宙。
――星々。
――時間。
――生と死。
自分には理解できない何かが、猛烈な速度で流れていく。
――恒星が生まれ、そして消える。
――人が生まれ、そして死ぬ。
――歴史が積み重なり、そして忘れられる。
……理解できない。
本来、人間の脳で認識できるものではない。
それでもこれが『見せられている』ということだけは理解できた。
やがて白い空間へ戻る――。
『さて』
声。
『汝は神を信じるか』
彼女は長く黙っていた。
――そして。
「質問を変更してもらえますか」
『何?』
「信じる、という言葉が曖昧です」
『……何?』
「あなたが存在するか、という意味なら」
彼女はゆっくりと言った。
「認めます」
空間がわずかに明るくなる。
『ほう』
「少なくとも私という存在より上位の力を持ち、死後の私を認識し、私の理解を超えた現象を起こせる何者かが存在する……」
一度息を吐く。
「それは認めざるを得ません」
『ならば』
「ただし……」
彼女は続けた。
「あなたが善であることまでは認めません」
空気が止まった。
『汝は神を前にして、善悪を問うのか』
「それは当然でしょう……」
『神こそが善の基準である』
「それは神の立場から見た話でしょう?……人間から見れば違います」
彼女は言う。
「仮に……あなたが世界を作った存在だとしても、人間にとって有害なら人間はあなたを悪と評価するでしょう」
『傲慢だ』
「人間ですので」
『神に造られた存在が』
「……製造者が製造物から必ず愛されるという法則はありませんし、工場で作られた機械が、設計者に感謝する義務もありません」
そこで……彼女は自分で少し笑った。
「まあ、機械は感情を持ちませんが」
『汝は神を工場主に例えるのか』
「分かりやすかったので」
『極めて不敬だ』
「存在を認めただけでも大きな進歩だと思います」
『……』
しばらく沈黙。
やがて声が言った。
『――少なくとも、あの男よりはましか……』
「……男?」
『汝には関係のないことだ』
「……そうですか」
彼女は深追いしなかった。
後に、彼女はその『あの男』が誰であったのかを知る。
そして、その瞬間から彼女の第2の人生は、彼女が想像もしなかった形で、1人の少女と交錯することになるのだが……。
それはまだ先のお話――。
『人は信仰を失った』
声が言う。
『文明は豊かになった。科学を得た。衣食に困らず、疫病を退け、夜を昼に変えた』
白い空間に、都市が浮かんだ。
――摩天楼。
――自動車。
――航空機。
――インターネット。
『そして神を不要とした』
「それは……そうでしょうね」
『何故だ』
「必要がなくなったからでは?」
『それこそ傲慢だ』
「現象としては自然です」
彼女は淡々と言った。
「飢饉が起きれば雨乞いをする。灌漑技術が発達すれば水利行政を行う」
『……』
「病気になれば神へ祈る。医学が発達すれば病院へ行く」
『……』
「戦争に勝ちたければ祈願する。近代国家なら参謀本部と軍需省を整備する」
『信仰を行政機構と比較するな』
「しかし、人間が何かに救いを求めるという意味では似ています」
『違う』
「果たして、そうでしょうか?」
『神は人を導く』
「国家もそう主張します」
『神は人に意味を与える』
「思想もそうです」
『神は秩序を与える』
その言葉で……彼女は少しだけ表情を変えた。
「秩序……ですか?」
『そうだ』
「……なるほど」
『何だ』
「いえ」
彼女は考える。
――秩序。
それは彼女が好む言葉だった。
――混沌より秩序。
――偶然より計画。
――無規律より規律。
――個々人の気分より制度。
「仮に……」
彼女は言った。
「あなたが世界に秩序を与える存在なのであれば……」
『……であれば?』
「ある程度の敬意を払う理由にはなるでしょう」
『ある程度……か』
「全面的服従とは言っていません」
『……』
「神が存在する。それは認める」
一つ。
「神が人間より上位の力を持つ。それも認める」
二つ。
「ならば、その力に敬意を払うことは合理的です」
三つ。
『信仰とは合理性で行うものではない』
「私はそういう人間です」
『知っている』
皮肉めいた返答だった。
まるで、かつて同じような存在に出会っているかのように。
『では汝に問う』
風景が消える。
『もう一度生きたいか』
初めて。
彼女は即答しなかった。
「……生き返れるのですか」
『元の世界には戻れぬ』
「では?」
『別の世界』
「異世界転生……というやつですか」
『その言葉で構わない』
あまりにも創作じみていた。
だが……今さら否定する理由もない。
「条件は?」
『条件?』
「無償ですか?」
『……』
「こういう場合、何か目的があるのでは?」
『汝は本当に』
声が疲れている。
『物事を素直に受け取れない人間だな……』
「企業勤めが長かったので」
『契約書でも要求するつもりか』
「可能なら」
『ない』
「……口頭契約は好きではありません」
『ないと言っている』
「では転生の目的は?」
少しの間があった。
『信仰を知れ』
「……」
『人として生きよ』
「……普通ですね?」
『苦難を知れ』
「それは嫌です」
『祈りを知れ』
「努力します」
『神を知れ』
「もう存在は認めました」
『信仰せよ』
「……それは保証できません」
『……』
「嘘をついて約束する方が不敬でしょう?」
『口だけは回る』
「ありがとうございます」
『褒めていない』
また少しの間があった。
なので彼女が動く。
「転生先について聞いても?」
『許す』
「時代は?」
『汝の世界の20世紀初頭に近い』
彼女の目が変わる。
「技術水準は?」
『蒸気、内燃機関、航空機、無線』
「……国家制度」
『帝政』
「戦争は?」
『やがて起こる』
彼女は黙った。
『怖いか』
「……いいえ」
それは嘘ではなかった。
むしろ……胸の奥で何かが動いた。
――20世紀初頭。
――帝政。
――戦争。
――近代化の途中。
――軍需。
――鉄道。
――自動車。
――無線。
――航空機。
それは――。
彼女が生前、何百冊もの資料で眺めてきた時代に酷似している。
『喜んでいるな』
指摘される。
「……まさか」
『魂は嘘をつかぬ』
「……」
『汝は戦争を好むのか』
「違います」
今度は即答。
「戦争そのものは非効率です」
『ほう』
「人も資源も壊す。生産設備も交通網も破壊する。経済的には最悪に近い」
『ならば何故』
「その中で国家がどう動くかには興味があります」
『同じではないか』
「違います」
彼女は少し強く言った。
「私は……人が死ぬのを見たいわけではない」
『だが、戦争機構に惹かれる』
「……否定はしません」
『軍隊』
「はい」
『国家』
「はい」
『制服』
……一瞬。
「……はい」
『親衛組織』
「……」
『図星か』
「趣味です」
『歴史上、ろくなものを生まなかったぞ』
「歴史は承知しています」
『ならば学べ』
「そのつもりです」
答えた。
本当に。
心の底から。
その時は、そう思っていた――。
『汝には記憶を残す』
「本当に?」
『知識も』
思わず息を呑む。
それはあまりにも大きい。
「理由を聞いても?」
『試練だ』
「恩恵の間違いでは?」
『そう思うならば、そう思えばよい』
声に何か含みがある。
彼女は気付いたが、追及しなかった。
『ただし』
「はい」
『完全な記憶ではない』
「当然ですね」
『人間の脳に収まる範囲となる』
「十分です」
自分が暗記した本を一字一句再現できる必要はない。
原理が分かればいい。
――標準化。
――工程管理。
――品質管理。
――大量生産。
――モジュール化。
――統計。
――兵站。
――無線。
――機械化。
――企業統合。
――軍需行政。
自分はそれらを知っている。
少なくとも、転生先の人間より何十年か先の答えを。
そこでふと思う。
「魔法はありますか」
『ある』
「……あるんですか?」
『ある』
「それを先に言ってください」
『何故だ』
「前提条件が変わります」
『……』
「既存技術体系に魔法が加わるなら、工業化への影響を再計算しないと」
『汝は』
また声が呆れる。
『自分が何歳から始まると思っている』
「成人では?」
『赤子だ』
「……」
沈黙。
「赤子」
『そうだ』
「新生児?」
『そうだ』
「言葉も話せない?」
『当然だ』
「権限も?」
『あるわけがない』
「資産は?」
『生家次第だ』
「……」
『何だ』
「いえ」
彼女は初めて、心の底から困った顔をした。
「思ったより難易度が高いなと」
『生家には多少恵まれよう』
「多少?」
『貴族だ』
「階級は?」
『汝が知る必要はない』
「重要です」
『何故だ』
「発言権が違うので」
『子供だぞ』
「子供でも家格は重要です」
『……伯爵家だ』
「上々ですね」
『喜ぶな』
「では財産は?」
『そこまで聞くな』
「工業資本との関係は」
『転生してから調べろ!』
初めて、神らしき存在が声を荒らげた。
彼女は少し笑った。
「失礼しました」
『まったく……』
「最後に一つ」
『まだあるのか』
「転生先で、あなたに祈れば返事はありますか」
空間が静かになる。
『何故聞く』
「確認です」
『信仰する気になったか』
「部分的には」
『……部分的』
「あなたの存在は認めます」
『それは先ほど聞いた』
「転生させてもらえるのであれば、その恩には感謝します」
『ほう』
「なので、礼くらいは言います」
『それだけか』
「それ以上を要求しますか?」
『……』
「では」
彼女はわずかに頭を下げた。
「ありがとうございます」
生前、神に向かって一度も言ったことのない言葉。
だが……不思議と抵抗はなかった。
本当に転生させてもらえるなら、それは恩恵だ。
恩恵を受けた相手に礼を言うという、人として当たり前のただそれだけのこと。
『祈れば』
声が少し穏やかになった。
『時に聞こう』
「毎回ではない?」
『神を便利な通信装置だと思うな』
「了解しました」
『……そして』
声が言う。
『いつか理解するだろう』
「何を?」
『信仰とは、取引ではない』
彼女は少し考え。
「それは転生先で検討します」
『本当に可愛げがない』
光が強くなる。
自分の身体が薄れていく。
「ああ、そうだ」
『何だ』
「転生先であなたを何と呼べばいいです?」
『神でよい』
「宗派が複数あった場合、混乱します」
『好きに呼べ』
好きに。
彼女は少し考える。
「では……」
口元がわずかに笑う。
「存在X」
『……何故そうなった』
「正体不明の上位存在なので」
『我は神だと言っている!』
「それはあなたの自己申告です」
『汝は先ほど認めたではないか!』
「神
『訂正しろ』
「検討します」
『今すぐ――』
声が遠ざかる。
白い世界が砕ける。
最後に聞こえたのは。
『もう一人もそうだったが、何故こうも――』
という、妙に人間臭い愚痴だった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初に感じたものは……寒さだった。
次に、苦しい。
押されている。
狭い。
何かに包まれている。
何だ……何が起きている。
考えようとする……だが頭が働かない。
身体が自分の身体ではない。
いや、違う。
小さい……あまりにも小さい。
そして、光。
眩しい。
空気が肺へ流れ込む。
猛烈な苦痛。
「――――!」
叫んだ。
言葉にならない。
泣き声?……自分の口から……ということは。
「生まれました!」
誰かが叫ぶ。
「奥様、女の子です!」
女?泣いている。
男……何かを言っている。
知らない言語……いや、聞いたことがない。
まったく……本当に意味が分からない。
(……本当に)
頭の中だけで、彼女は呟いた。
(本当に赤子からなのか)
最悪だった。
存在Xは……
――数時間後。
彼女は柔らかな布に包まれ、誰かの腕の中にいた。
――若い女性。
顔色は悪く、疲れ切っている。
――おそらく、母親。
その横に男で、30代ほど。
軍服ではないが、仕立てのいい服。
――おそらく、父親。
その後ろにメイド服などを着た人間が何人もいる。
――確実に使用人。
(貴族)
そこは事前情報通り。
部屋も広く、家具も立派だった。
照明は……。
(電灯……ではない?)
――ランプ。
だが室内設備はかなり近代的で、19世紀末から20世紀初頭程度。
予想通り。
(まず言語習得)
第1目標。
(次に家族構成)
第2に。
(財産、家格、政治制度、産業構造)
第3に。
(軍制、外交情勢)
第4に。
(技術水準)
これが最重要。
泣くしかできない赤子が、頭の中では既に調査項目を列挙している。
母親が微笑んだ。
優しい顔だった。
何かを言うが、残念ながら意味は分からない。
だが、1つだけ……何度も同じ音を聞いた。
「アイリスディーナ」
アイリスディーナ。
アイリスディーナ。
確かに、そう呼んでいる。
(……名前か)
どうやら。
第2の人生における自分の名のようだ。
アイリスディーナ。
悪くない――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜――。
誰もいない。
乳母も眠っている。
月明かりが窓から差している。
アイリスディーナことアイリスは、小さな目を開けていた。
眠れない。
赤子の身体は眠りたがっているが、意識は冴えていた。
――死亡。
――存在X。
――転生。
――貴族。
――異世界。
――魔法。
すべて……現実なのだろう。
――ならば。
自分は2度目の人生を得た。
――偶然ではない。
少なくとも、あの存在によって――そこで彼女は、ほんの少しだけ迷った。
――そして。
心の中で言う。
(……存在X)
返事はない。
(聞いているかどうかは知りませんが……)
妙な気分だった。
祈り――人生で初めての。
(転生については、感謝します)
沈黙。
(ただし、あなたが善なる神かどうかについては保留します)
当然、返答はない。
(そして信仰についても)
少し考える。
(努力はします)
これも返答はなし。
まずはこの程度でいい。
アイリスは目を閉じようとした。
その時だった。
『聞いている』
「――ッ!?」
赤子の身体がびくりと動く。
乳母が目を覚ます。
「どうなさいました、お嬢様?」
意味は分からない。
アイリスは泣くしかない。
「ぁ……あ……!」
『静かにせよ』
そう言われるが、アイリスは返さずにいられない。
(誰のせいですか!)
『祈ったのは汝だ』
(本当に返事するとは思わないでしょう!)
『先ほど、時に聞くと言った』
(初回から来るとは思わない!)
『信仰の第一歩だ』
(ただの驚愕です!)
存在Xは答えず、すぐに気配が消えた。
乳母がアイリスを抱き上げてあやす。
あやされながら、彼女は赤子とは思えぬほど深刻なことを考えていた。
(……本当にいるんだな)
改めて……その事実が胸に落ちた。
――神。
いや……存在X。
少なくとも、自分の世界観には今後神らしき存在は実在する。
この一項を書き加えなければならない。
完全な無神論者であった女はこの日、信仰者にはならなかった――だが、無神論者ではなくなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから数年。
アイリスディーナ・グレーフィン・フォン・ヴァルトハイムは育った。
ヴァルトハイム伯爵家は、帝国でも中堅以上の家格。
父は産業行政と鉄道事業に関係を持つ官僚貴族だ。
領地には炭鉱があり、鉄道があり、小規模だが機械工場まであった。
果たして偶然だろうか?
偶然にしてはあまりにも……。
(都合がいい)
5歳のアイリスは、父の書斎から見つけた鉄道年鑑をめくりながら考える。
存在Xの差配だろうか。
勿論のこと聞いても答えない。
言葉を覚え、文字を覚え、歴史を学んだ。
――帝国。
――皇帝。
――列強。
――軍隊。
――魔導師。
――航空機。
――内燃機関。
――無線。
――列車。
――大砲。
そして……世界情勢。
資料を読むほどに、1つの確信が生まれていく。
それは……この世界は確実に戦争へと向かっている。
それも小規模なものではない。
――国家と国家。
――工業力と工業力。
――人口と人口。
――鉄道と鉄道。
――工場と工場。
――国家総力戦。
自分が前世で何度も学んだ、まさにあの時代。
父の書斎で机の上に広げられた帝国鉄道網。
これは確実に完璧ではないだろうその地図を、アイリスは小さな指でなぞった。
東に西、国境に工業地帯や炭田に鉄鉱山……軍需工場に主要幹線。
だが彼女は思う。
まだ足りない、と。
全然足りない。
――規格も。
――輸送力も。
――生産力も。
――行政機構も。
全てが非効率。
――無駄。
――重複。
――旧弊。
彼女には見えてしまう……前世の知識を持っているから。
何が起きるか、どうすれば改善できるか……その一部が。
ただし、今の自分は5歳である。
――爵位もない。
――官職もない。
――軍歴もない。
誰も5歳児の軍需改革案など聞かない。
アイリスは机に頬杖をつく。
「権力が必要ね」
小さな声を、その言葉を、偶然通りかかった侍女が聞いた。
「……お嬢様?」
「なんでもないわ」
――ニコリ。
完璧な5歳児の笑顔に、首を傾げて去っていく。
アイリスは再び地図を見る。
権力……自分にはない。
ならば、持っている人間を探せばいい。
そして、使わせてもらえばいい。
――貴族。
――大臣。
――軍人。
――皇族。
そこまで考え、自分で少し笑った。
(まあ……急ぐ必要はないわね)
時間はあるはずだ。
戦争まで……おそらく十年近く。
十年……前世の知識を生かし、伯爵家、そして帝国。
何より神から与えられた2度目の人生。
だがしかし、十分だ……と彼女は思う。
窓の外を見る。
遠くに、ヴァルトハイム領を走る汽車が煙を吐いている。
――黒煙。
――鉄。
――蒸気。
大量生産の時代、総力戦の時代、そう……これから来る時代を、彼女は知っていた。
だからこそ……。
――まだ見ぬ皇女も。
――まだ見ぬ帝国も。
――まだ見ぬ戦争も。
彼女は知らなかった……自分がそのすべてを変えてしまうことを。
――帝国の工場を変え。
――鉄道を変え。
――軍隊を変え。
――皇女の傍らに立ち。
やがて……。
――皇帝でも。
――政府でも。
――参謀本部でもない。
一人の皇女だけに忠誠を誓う巨大な軍隊を作り上げることを。
そして……その軍隊が最後には、帝国を守るために、帝国へ銃口を向けることを。
この時のアイリスディーナ・グレーフィン・フォン・ヴァルトハイムは知らない。
ただ一つだけ、確かなことがある。
まだ5歳の幼女は地図を見ながら……心の中で。
神ではなく、未来に向かって、こう呟いた。
(今度は……もっと上手くやれる……生きてやる――)
その言葉を存在Xが聞いていたかどうか……アイリスには分からなかった――。