「頼む、勉強教えてくれ!」
放課後になり帰ろうとする私の進路を塞ぎながら石崎が頭を下げてくる。期末テストまで残り二週間。赤点で即退学のこの学校では石崎のような成績が悪い生徒にとっては死活問題なのだろう。
「…悪いけど他を当たってくれる?」
そう言って石崎を避けて帰ろうとする私に石崎は回り込んでくる。
「ちょ、マジで頼むって。金田にも断られてマジで困ってんだ。飯奢るから!な?」
「別にポイントに困ってないから。」
そう言って帰ろうとする私に今度は龍園が声をかけてくる。
「おい、名草。その馬鹿に勉強教えてやれ。」
「嫌よ。」
「…良いのか?俺の頼みを断って。」
…まあ確かにコイツには中学時代に借りがある。返さないのも気持ち悪いか。
「…はぁ。どこがわかんないの?」
「教えてくれんのか?助かるぜ!ありがとな!」
「じゃあ私は教室借りていいか坂上先生に聞いてくるから。石崎はわかんないとこどこか確認しておいて。」
そう石崎に伝え私は職員室へ向かい坂上先生の許可をもらう。どうやら部活が終わる18時までなら好きに使って良いらしい。私は教室に戻り扉を開ける。すると石崎以外にも二人生徒が残っている。椎名さんと西野さんだ。
「あ、月下さん。私も教室使って良い?この時期、図書室混んでて席確保するの大変でしょ?」
そう西野さんが尋ねてくる。特に断る理由もないので頷き石崎の元に向かうと今度は椎名さんが話しかけてきた。
「もしよろしければ石崎君にお勉強を教えるの手伝わせてください。こう言っては何ですけど成績は良い方なので役に立つと思いますよ。」
「マジか!頼むぜ椎名。俺マジでやばいんだよ。」
…断るつもりだったが石崎が了承した以上話が拗れる方が面倒か。私はじゃあよろしくと一言だけ返しておいた。
勉強を始めて一時間ほど経ち、まだ少し早い気もするが一度休憩を取ることにした。私はともかく石崎のように日頃から勉強する習慣がない人間に無理矢理詰め込んでも寧ろ非効率だろう。10分だけ休憩しようと提案すると石崎はちょっとトイレ行ってくると言い教室から出て行った。椎名さんと二人で(正確には西野さんも居るので三人だけど)待たされて気まずい。向こうもそう思ってたのか話しかけてきた。
「私なりのお礼のつもりだったのですけどお邪魔でしたか?」
「…お礼?」
心当たりがないので思わず聞き返す。何か感謝されるようなことをした覚えがない。
「はい。もう一カ月以上前のことですが図書室でAクラスの方々に色々言われてる時に庇ってくださったと一之瀬さんから聞きましたので。」
「…そんな事もあったっけ?あんまり覚えてないから気にしないで。」
「そうですか。あれから図書室に来られないので気にしてらっしゃるのかと思ってましたが余計なお世話でしたね。すみません。」
そんな話をしているとトイレから石崎が帰って来た。手には飲み物を二つ持っている。
「わりぃ、遅くなって。これ勉強教えてくれたお礼だ。」
そう言って私と椎名さんにミルクティーを渡してくる。椎名さんはありがとうございます。と受け取っていたが私はダイエットをしてるからと断った。するとそうかと言って石崎は西野さんの方へ向かいそのままミルクティーを渡した。
「あ、西野これやるよ。」
「アンタ、人に断られたものは渡すべきじゃないでしょ。まあ貰うけど。」
「んだよ。結局貰うんじゃねえか。」
そんなやりとりを終えて席に着く。そろそろ勉強を再開しよう。そんな事を考えてる私に石崎が話しかけて来た。
「そういや月下ってまだ龍園さんのこと好きなのか?」
「はぁ?んなわけないでしょ。あれのどこに惚れる要素があるわけ?」
素っ頓狂な質問に思わず語気が強くなる。てかそもそもまだ好きってなに?昔好きだった前提の質問なのおかしいでしょ。
「いやだってお前俺が勉強教えてくれって言った時は断ったのに龍園さんに言われたらすぐ言う事聞いてたじゃねえか。」
「…それはちょっとアイツに借りがあったから。別に深い意味なんてない。」
そう言って私は水を飲む。やっぱ勉強教えるのなんて断れば良かったかな。
「え?でも付き合ってたんだろ?龍園さんになんか月下と仲良いですけど知り合いですか?って聞いたら元カノって言ってたし。」
「ごほ…げほっ…は?龍園がそう言ってたの?」
私はむせて水を吹き出しそうになる。アイツ、余計な事言いやがって。まるっきり嘘ってわけでもないのがまた腹立つし。
「あぁ。もしかして嘘だったのか?」
「いやまぁ、嘘ってわけじゃないけど…」
「なんだ。じゃあやっぱ付き合ってたんじゃねえか。」
「うん、まあ、そう。部分的にそう。」
「なんだよ。部分的にそうって、お前はアキネイターか。え?てか付き合ってたが部分的にそうってつまりそれってセフ
そう言いかけた石崎の頭に拳骨が落ちる。
「あ?イッテェな。何すんだよ、西野。」
「はぁ?アンタのノンデリ発言止めてやったんだからむしろ感謝しなさいよ。そもそも話したくなさそうな事無理に聞かないこと。みんなアンタみたいにノーテンキなわけじゃないから。」
「…そうだな。悪かったよ月下。」
「あ、うん。じゃあそろそろ勉強しようか。」
西野さんの助け舟もあって話は終わり私達は勉強を再開した。
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18時になり勉強会をお開きにする。西野さんは18時になる前に気づいたら帰っていて残っていたのは私と椎名さんと石崎の三人だけだった。その石崎も用があるらしく礼はまた今度すると言って足早に去って行った。私も勉強を教えるだけではなく龍園のことを聞かれた事もあり疲れた。さっさと帰ろう。そんな風に思っている私に椎名さんが声をかけてくる。
「よろしければ一緒に帰りませんか?」
いつもなら断るのだが今日は疲れてるので適当に返事をしてしまったらどうやら一緒に帰る事になってしまったらしい。しばらくは無言だったのだが無言に耐えかねてか椎名さんが話しかけて来た。
「やはり月下さんにとって龍園君は特別なのでしょうか?」
「え?なに、いきなり。」
「あぁ、すみません。別にさっきの話の続きがしたいわけではありません。恋愛感情があるかどうかは別にどうでも良いんです。ただ、やはり私達とは壁を感じますけど龍園君に対してはあまり感じないので恋愛感情はなくともやはり特別なのかと思いまして。」
そう椎名さんに言われて私は何と答えたら良いか考える。私にとって龍園は確かに特別だ。でもそれは恋愛感情があるからではない。どう説明しようか。
「私は…人が傷ついてる姿を見たくないの。だからあなた達には壁を作って一人でいるの。手当てしたり庇ったりするのもただの自己満足。それだけ。」
「なるほど。でもそれなのに龍園君に対して壁を作らないのは、龍園君は傷ついても良いと思ってるって事でしょうか?」
「う〜ん、なんかそう言うと語弊があるけどなんていうのかな。アイツは傷ついても折れない。どれだけボコボコにされても最後には勝つ。だから見てられるのかな。アイツが負けっぱなしなのは想像つかないから。」
そう言った私の顔を椎名さんは見つめてくる。そう、私の言ってることは矛盾している。そのことに気づいたのかもしれない。
「なるほど。それは随分とお優しいですね。いや違いますね。貴方はただ自分勝手で卑怯なだけですから。」
「卑怯か…」
「えぇ。傷つけたくないと言いつつもと人の間に壁を作る。その行動自体誰かを傷つけているかもしれないことから目を背けている。貴方は傷ついてる人を見たくないんじゃない。見ないようにしてるだけです。」
その通りだ。傷ついてる人を見たくないと言いつつも私は周りの人間に壁を作る。その事で傷つけているかもしれない。それに対して帳尻を合わせるように人を助ける事で私自身が人を傷つけている事から目を逸らしている。そんな卑怯な私が私も嫌いだ。
「椎名さんは優しいね。」
「え?」
予想外の発言だったのか目を丸くして驚いている椎名さんに私は話を続ける。
「わざと言ってるんでしょ?核心をついて傷つけた、そんな相手になる事でたとえ傷つけても罪悪感を感じにくくする。そうやって私との壁を壊そうとしてくれてる。でもやっぱりダメだよ。そんな優しい人が傷ついてるのはやっぱり見たくない。椎名さんとは仲良くできないよ。」
「…そうですか。すみませんでした。変な事言ってしまって。」
「ううん、大丈夫。全部事実だから。」
「でも一つだけ訂正させてください。別に私は優しくなんかないんです。」
「え?」
「いや月下さんと仲良くなりたかったのは事実なんですけどそれは別に優しさとかじゃないんです。私はただ…」
「ただ?」
「クラスに本のお話をする友達が欲しかっただけなんです。うちのクラス本を読む方がほとんどいないので。」
そう言って恥ずかしそうに目を逸らす椎名さんに私は思わず笑ってしまった。
「ははっ、確かに優しくないし自分勝手かも。私達似た者同士だしもしかしたら仲良くできるのかな?」
「なれると思います。似た者同士ですから。」
そうして私達は並んで帰った。いい加減私も前に進むべきなのかもしれない。