【AI利用実験中】ポケモン世界に転生したら、旅どころではなかった 作:うどん風スープパスタ
2週間後……
色々な準備を重ね、とうとう母さん達がバザーに初出店する日がやってきた。
天気は快晴。朝の光がミズハタウンの街並みを鮮やかに照らす中、俺たちの乗った車が舗装された道路を滑るように走り、バザール会場の近くにある駐車場へと滑り込む。
「よぉし! 着いたぞ!」
気合の入ったイワオさんに続いて、俺達も車から降りる。背中にはずっしりとした重み。両親が買ってくれた、大きなリュックサックの感触だ。今日は1日中屋外にいることになるので、飲み物やタオル、あとはお小遣いなど必要になりそうなものを詰め込んである。
『ウノ、リュックがちょっと重いか?』
(このくらいなら大丈夫! それに、場所についたら近くのベンチで休憩もできるし)
『それもそうだな』
脳内でそんな会話をしながら、俺はリュックの肩紐をそっと握り締めた。傍らでは、父さんとイワオさんが車のトランクから手際よくクーラーボックスを下ろしている。下ろされた荷は父さんの“オーロンゲ”とイワオさんの“カイリキー”が軽々と持ち上げた。
「お待たせ!」
「急いで荷物を入れちゃいましょう」
作業を見ていると、別の車で先行していた母さんとシズカ先生が、受付から予約していたレンタルキッチンカーを引き取って来たようだ。横付けされて間もなく、シズカ先生が車両後部の扉を開放。
素早くクーラーボックスが搬入され、一部の中身は備え付けの冷凍庫や冷蔵庫にも移動。あっという間に搬入を済ませたら、そのままキッチンカーに乗り込んで、会場となる大通りへ向かう。
今の時間はまだ一般のお客様が入っておらず、出店者限定で車の通行が可能。路肩には出店準備にいそしむ人たちの姿が見える。
慌ただしく台車を押して走る人、カラフルなテントの骨組みを組み立てている人、よくわからない芸術的なナニカを飾り付けている人等々……バザール会場はこれから始まる一日に向けた活気で満ちていた。
……
…………
………………
「受付で貰った番号はここだな。もうお隣の人が来てるみたいだし、先に挨拶に行こう」
キッチンカーで割り当てられた場所に到着。準備は家と駐車場でほとんど済んでいたので、両親と右隣に位置する出店スペースへと足を運ぶ。そこは頑丈な木製の荷台に網と炭火の焼き台がはめ込まれた、本格的な串焼きの屋台だ。準備をしているのは大柄な男性が1人だけ。
「おはようございます」
「お忙しいところすみません。お隣で出店させてもらう者です」
「おっ? お隣さんか。気づかなくてすまねぇ、火の調子が悪くてよ」
父さんが丁寧に頭を下げると、大柄な男性は持っていたうちわの手を止めて豪快な笑顔を見せた。ぶっきらぼうだが、悪い人ではなさそうだ。
「見ない顔だけど、参加も今日からかい?」
「はい。将来のことは分かりませんが、これからなるべく長く続けたいと考えています」
「そうかい。良い店が増えるとこのバザーも賑わうから、頑張ってくれよ。
……しかし奥さん、どっかで会ったような気が……」
ここで男性の目が俺に、そして俺が使っている杖に向くと、太い眉を大きく跳ね上げた。
「ああ、ネコメ婆さんのニャースの!」
「あっ、あの時のおじさん」
よく見ればその男性は、最初に来た時にニャースのことを聞いた人だった。
「あらっ? すみません気づかなくて」
「いやいや、ちょっと道聞いたくらいの人の顔なんてそうそう覚えてないだろ。俺もすっかり忘れてたよ。あの後、大丈夫だったかい?」
こちらにも顔を向けてくれたので、笑顔で答える。
「はい、あの時はニャースのことを教えてくれてありがとうございました! 僕、ウノです」
「おう! 俺はゲンだ。ゲンさんって呼んでくれ」
「はい、ゲンさん」
「ウノ坊は素直だな。うちの息子とは大違い──っと、そうだ。おいシン! ちょっとこっち来い!」
ゲンさんがいきなり歩道を挟んだ先に広がる“自然公園”に向かって叫ぶ。すると、木々の向こうから一人の少年がやってきた。
「なんだよ親父、うるせぇなぁ。俺忙しいんだけど」
「ほっつき歩いてるだけのくせして何言ってんだ! 忙しいっていうなら手伝いの一つもしやがれ! ──じゃなかった、お隣に新しい人が来たから挨拶しとけ。お前と同じくらいの子もいるぞ」
短く刈り込んだ黒髪に、日に焼けた健康的な肌。俺よりも頭一つ分ほど背が高く、非常に活発そうな印象を受ける少年が、少し面倒そうな顔をしながらこちらへと歩み寄ってくる。
「親父に言われたからじゃないけど、俺はシンです。13歳。お前は?」
「ウノ、10歳です」
「そっか。ウノ、よろしくな!」
彼は母さんたちに会釈をしたのち、俺の名前を聞いてニカッと笑った。ゲンさんとの会話を聞くと、反抗期なのかもしれないけれど、この子も悪い子ではなさそうだ。
そんなことを考えていたら、今度は左隣のスペースから賑やかな声が聞こえてくる。
「あら、ゲンさん、おはよう。今日も朝から元気ね」
ふと見れば、リヤカーを引いた女性と少女が、俺達の場所の前を通りかかっていた。
「おっ、タエさん。丁度良かった。俺らの間に新しい人が来たぞ」
「あら、やっぱり? 見慣れない車があったからもしかしてと思ってたのよ~。
はじめまして、私はタエと申します。こっちは娘のルリ。趣味で作った小物をお隣で売らせてもらうので、よろしくお願いしますね~」
のんびりとした喋り方の女性は、さりげなくリヤカーを覆っていた布をめくる。そこには陳列用のテーブルや椅子に加えて、色とりどりのポーチや編みぐるみ等々……素人目に見てもプロ顔負けの小物が積み込まれていた。
こちらこそ、と父さんたちが挨拶を返すと、大人達はそのまま井戸端会議を始めてしまう。すると残るのは俺、シン、そしてルリという女の子の子供組。彼女とも自己紹介を済ませたのだけれど、
「ウノ君、シンが迷惑だったらいつでも私に言ってよね。コイツ馬鹿だし人の気持ちとか全然考えないから」
「おい、ルリ! 誰が馬鹿だって!?」
彼女は中々気が強そう。そしてシンと同じ十三歳で幼馴染らしく、シンに対しては遠慮がない。そしてそれはシンも同様。ルリの言葉にすかさずシンが噛みつき、二人は火花を散らしている。
タエさんとゲンさんは苦笑いをするだけで何も言わないところを見るに、きっと2人はこれが平常運転なのだろう。
「んっ?」
「あら?」
森のログハウスから運んできたカレーが温まってきたみたいだ。キッチンカーの小窓から湯気とカレーの香りが立ち上っている。広がる香りにつられて、2人の言い合いも止まった。
「なぁ、ウノ。お前んとこ、バザーで一体何売るんだ? すっげぇいい匂いがすんだけど」
「うちは“きのみ料理”を売るよ。これはきのみを使ったカレーの匂いだね。他にも色々あるけど」
「きのみ?」
ジョウトではきのみ文化が発達していないというのは本当だったようで、シンもルリもピンときていない様子。
「説明するより、食べてみる? どうせ開場前に機材チェックも兼ねて一通り作って確認する予定だったから」
「いいのか? じゃあ俺そのカレーが食いたい! バザーの日はいつも、出店で朝飯を済ませてるから、腹が減っててさ」
「ちょっと、少しは遠慮ってものを覚えなさいよ。ったく、がっついて恥ずかしいわね」
「気にしなくていいよ、それよりルリさん? もよければどうぞ。表にメニューあるから」
「そう? それじゃ、ありがたくいただくわ」
「結局お前も食うんじゃねぇか」
「せっかくの厚意を断るのも失礼でしょ!」
仲良く喧嘩する2人を置いておいて、キッチンカーの中にいたシズカ先生に連絡。快く引き受けてくれた先生は、すぐに2人分の料理を用意してくれた。
「はい、シン君にはカレーのからくちとモモナナラッシー。ルリちゃんにはパルデア風サンドイッチとチーゴコーヒー、モーモーミルクと砂糖入りね」
「「ありがとうございます!」」
プラスチック容器とコップに盛られた料理を受け取ったシンは、早速その場で一口。すると途端に目を輝かせ、
「うめぇ!! ピリッと辛いけど、どんどん食える! ってか飲める!」
「気に入ってくれたみたいで嬉しいけど、ちゃんと噛んでね?」
「本当にがっついてて恥ずかしいわね……もうちょっとこう、見た目とかも見なさいよ。せっかくお洒落なのに」
ルリちゃんは呆れたようにため息をついて、サンドイッチにかぶりつく。そしてやはり幼なじみだからなのか、
「ッ! すっごい! 何これ美味しいっ! お洒落な見た目だけじゃなくて、噛んだらジュワッとうま味が広がる!」
シンにも負けない勢いで目を輝かせている。母さんが商品のコンセプトを合わせるために作った特製きのみソースが利いたのだろう。
合間に飲んでいる飲み物も好評だし……この反応を見る限りうちのきのみ料理は、十分ジョウトの人にも通用すると見てよさそうだ。
「おーい」
「ゲンさん?」
「うちのシンにありがとな。これはお返しだ、よければ食ってくれ」
「あっ、ありがとうございます」
と、持ってきてくれたのはまだ熱気が立ち上る串焼き。受け取った時点で焼けた肉の香ばしい香りがふわりと鼻に届く。一口齧れば柔らかく、簡単に噛みちぎれる上に、嫌なにおいが全くない。
「味付けがシンプルに塩コショウだけなのに、凄く美味しい」
「そうだろう! うちは肉にこだわってるからな!」
「本当に美味しい。うちのカレーと一緒に食べてもいいかも……」
「このカレーと親父の串焼きを?」
ふとしたつぶやきに、シンが興味を持ったようだ。カレーを掻きこむ手を止めて、こちらを見ている。
「うちのきのみカレーはガラル地方のレシピを参考にして作ってるんだけど、今のレシピは基本の材料ときのみだけで作ってる一番シンプルなやつ。本場では他に“ヴルスト”とか“ミックスフライ”とか、他の食材を乗せて食べたりするんだよ」
「へー、そうなのか。親父の串焼きでもいいのか?」
「美味しいし、いいと思うよ」
「そっか……親父! 俺にも串焼き1本!」
「面白そうだな。ちょっと待ってろ、少しカレー残しとけよ!」
どうやら俺が思い付きで言ったことを、早速試すようだ。貰った串焼きを食べながら待っていると、ゲンさんが串焼きを2本持ってくる。そして1本はシンに手渡し、もう一本はシンの持つ器の中に軽く突っ込み、2人でカレーをつけて食べ始めた。
「「ッ!!!」」
2人が顔を見合わせて、頷く。
「ウノ! これめちゃくちゃ美味いぞ!」
「何? そんなに美味しいの? シン、そっちもちょっとちょうだいよ」
「あ? しゃーねーな……ならそっちのサンドイッチも少しよこせよ」
そしてシンとルリは料理を分け合って青春していたり、
「うちに来た客に一緒に勧めるのもアリかもな」
「あら、それもいいですね。せっかくご縁があったわけですし、お互いに協力できれば──」
大人達は商売の話を始めたりと、和気藹々とした空気が流れる。
「ウノ、すっげぇ美味かった! ごちそうさま!」
「そんなに美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
満足そうに笑って腹をさすっているシンを見れば、自然と“よかった”という気持ちが湧いてくる。
『きのみ栽培を始めた頃は、こんなことになるとは思ってなかったけど』
(材料の一部とはいえ、自分が作ったものをこれだけ喜んで食べてもらえれば、嬉しいよね)
『まったくだ』
と、脳内でウノ少年と笑い合っていたのだが──ここで思わぬ申し出を受けた。
「そうだ。俺、飯を食ったらいつもポケモンバトルをしに近くの競技場に行くんだ。トレーナーがいっぱいくるし、美味い飯のお礼に案内してやるから一緒に来いよ!」
(サノ)
『あー……流石にダメだな』
公式ルールに則ったバトルなら耐えられる、とはいえ負担になるのは事実。しかもたった一回で疲労を感じるのが現状だ。見ているだけでも、連戦は負担が大きい。
「誘ってくれたのは嬉しいけど、僕は遠慮しておくよ」
「何言ってんだ、遠慮なんていらねぇよ! あ、もしかしてケガしてるからか?」
「ちょっとシン!」
なるべくさらりと断るが、シンはバトルが大好きなのだろう。心の底から不思議そうで、悪意のない純粋な心配と質問が来た。
これにはどう伝えるか、と考えたが……返答に困って考える時点で、既に”何かがある”と言っているようなもの。本人も真っ直ぐな子みたいだし、変に拗れる前に事情を話すことにした。
しかし、これが正解だったのかは分からない。
いじめに関しては省いたが、5人がかりの一方的なバトルを強要され、大怪我をしたこと。そして、その影響でバトルや観戦で負担を感じ、限界を超えると発作を起こす可能性があることを伝えた。
なるべく暗くならないように努めたつもりではあるが……10代前半の子供には十分に衝撃的だったらしく、シンは口を半開きにしたまま固まってしまった。
「シン!! あんたって奴は、本当にデリカシーないわね!」
気まずい沈黙を破ったのは、鋭いルリの声。彼女はシンの腕を思いきり引っ張り、般若のような怒り顔で詰め寄る。
「痛っ! 引っ張るなよルリ! 悪かったけど、そんなつもりじゃ……」
「そんなつもりがないのが一番タチ悪いの! 少しはポケモンバトル以外にも頭を使いなさいよ! このバトル脳!」
「あの、ちょっと、そこまで気にしなくてもって、ええ……?」
二人の騒がしい口喧嘩が始まり、結果的に凍りついていた空気が和らいだ。
「ちょっとあなたたち、いい加減にしなさい。ルリも、あんまりやりすぎると逆にウノ君を困らせるわよ」
「でも!」
「まぁまぁタエさん、ルリちゃんの言ったことは間違ってねぇよ。
おいシン、いい加減少しは考えて喋るってことを覚えろ。考えなしになんでもかんでも言ってると、最後にゃ誰も相手にしなくなるぞ」
それぞれの親に諌められ、喧嘩は収まった。そしてシンは気まずそうに頭を掻きながら、俺の方へと一歩進み出る。
「……その、悪かった」
「謝られるほど気にしてないよ。こっちの事情でまだ早いってだけで、誘ってくれたことは善意なんだし、普通に嬉しかったからね」
だから気にするな、その方が困ると伝えると、シンはペコリと頭を下げた。
「そういうことだったら、やっぱ競技場には行かない方がいいな。バザーの日は他所から来る人も増える分、普段と違う相手とバトルできるんだけど、態度の悪い奴らもいるからな」
「そうなんだ、教えてくれてありがとう」
「おう! ……あ、そうだ。代わりにバザーが始まったら会場を案内してやるよ! バトルだけじゃなくて、店もいっぱい知ってるからさ」
シンが名誉挽回とばかりに提案すると、その隣からルリが一歩踏み出した。
「私も行く! シンだけに任せておいたら、ウノくんを自分勝手に引きずり回して疲れさせるに決まってるもの!」
「流石にさっきの今でそれはねぇって……あとお前は店の手伝いがあるだろ?」
「お母さん、行ってきてもいい?」
「ええ、いいわよ。店番なら私達でできるもの」
俺もキッチンカーの方を振り返ると、大人たちが優しく微笑みながら頷いている。
こうして今日は、2人にバザーを案内してもらうことになった。