【AI利用実験中】ポケモン世界に転生したら、旅どころではなかった 作:うどん風スープパスタ
「ふぅ……」
『ウノ、そろそろ少し休もう。日も高いから水分補給だ』
(もうちょっと)
『ダメだ。俺達は回復してきたとはいえ、まだ体が弱ってるんだから。倒れたりしたら、それこそ作業ができなくなるぞ』
(……分かった)
渋々といった感じでウノ少年が作業中のスコップを地面に刺して、日陰に設置されたテーブルセットの椅子に座る。作業に集中して喉の渇きを忘れていたのか、土で汚れた手袋を外すことも忘れて水筒を手に取り、中のお茶を喉に流し込んだ。
カゴの実を拾ってから、一月が経過。
ミニーブの技できのみを育てたことが大人たちの興味を引き、全面的な協力の下に俺とウノ少年は“きのみの世話”を行っている。そしてこの“興味”が功を奏したようで、喜ばしいことにウノ少年が再びこの体を動かすようになった。
まだきのみの世話と、ミニーブとのおやつタイムに限るけれど、最初の無気力状態からすれば急激な進歩だ。
『それにしても、畑は立派になったな……若干、立派過ぎる気がしないでもないけど』
(収穫したら枯れるから)
優しい大人たちの協力とウノ少年の努力によって、家の裏は様変わりした。最初は合計8本の木が並んでいたところが、研究を繰り返す内に5倍の40本になったのだ。しかも果樹の育て方を取り入れたことで葉は生い茂り、実る果実は1本につき20個前後と大豊作。
……正直、魔改造しすぎたと思っている。
『きのみの重さで枝が折れかけるくらい実るとか、これもうちょっとした果樹園だろ……最短3日で1つのサイクルが終わるから、トライアンドエラーが捗って仕方ない。
まだ植えてから収穫までに間隔があるし、大人たちのポケモンも消費してくれているからいいけど、このままだとじきに無駄が出てくるんじゃないか?』
(その時までに、消費する方法を考えればいい)
『現状維持する気はないのか……まぁ、俺も強く止める気はないけどな』
きのみを育てることでウノ少年の状態が改善しているのは間違いないのだから、このまま継続してもらいたい。俺も消費方法を考えておこう。ドライフルーツにして保存できればある程度消費に余裕が──ん?
果樹園の木々の間から、一瞬何かが見えた。野生のポケモン? にしては動きがない。というか、そもそもこの家の周りに野生のポケモンは近づかない。なぜなら父やイワオさん達が自衛のために持っているポケモンが、この付近の野生ポケモンより強いから。
野生のポケモンから見れば、ここは人間と滅茶苦茶強いポケモンがいる超危険地帯なのだ。だからこそ、俺たちもこうして1人で自由に行動させてもらえている。
しかし、そうなると一体なんだろう? 気のせいか? と思っていたら、何かを見たのはウノ少年も同じだったらしい。
(体は1つなんだから、当たり前)
『そうでした。俺が見てればウノ君も見てるよな』
(それより確認してみる)
『草むらには入るなよ』
気楽に構えていられたのは、何かが見えたあたりに近づくまでだった。
そこには一匹のポケモンが傷だらけで、今にも死にそうなほど弱った状態で倒れていた。その姿が一瞬にして、あの忌まわしい事件の記憶を脳内に引きずり出す。
(────!!!!)
『ウグッ!?!』
(あぁっ!? 嫌だ! やめろ!?)
『ウノ! しっかりしろ! ウノ!! うッ……』
突如として脳内に響き渡る、ウノ少年の絶叫。同時に過去の記憶が濁流のように、ウノ少年だけでなく、俺の意識も飲み込んでいく。
(やめろ)『助けなければ』(誰か来て)『止めて』(お母さん)『誰でもいいから』(ミニーブを)『あの子を』(死んでしまう)『治療を』
「誰か!! 誰か!!」
頭に溢れた記憶と言葉が口から洩れ出して──目の前が真っ暗になった。
……
…………
………………
~食堂~
医師であるシズカを除いた大人たちが一堂に会し、重苦しい雰囲気を漂わせている。
特に母親のアケノは涙を流して取り乱し、今はウドに抱きかかえられて落ち着いたばかり。
ここで医務室からシズカが出てきた。
「先生! 息子は!?」
「ウノはどうなったんですか!?」
「大丈夫よ。ウノ君は気を失っているだけで、命に別状はないわ。怪我は転んだ時についたとみられる擦り傷が少しあるだけ」
その報告を聞いて、大人たちは安堵する。
「ウノ君が倒れていたのは……状況から見て心的外傷後ストレス障害、所謂トラウマによるパニックと過呼吸でしょう」
「トラウマというと、例の事件のかね?」
「おそらくね」
イワオの問いに端的に答えたシズカは、次にミヤビに目を向けた。
「最初にウノ君を見つけたのはミヤビ君だったわね? もう一度状況を説明してくれるかしら」
「……要領は得ませんでしたが“やめろ”とか“助けて”、あとは“ミニーブ”とも口にしていました。それから彼のミニーブがモンスターボールを持って大騒ぎしていました」
「そのミニーブが持っていたモンスターボール、中身を確認したら傷だらけのポケモンだったのよ。色違いの」
「あぁ……野生の色違いは群れから排斥されやすいからな……群れの仲間にやられたか、追い出された後で他のポケモンにやられたか」
「どちらにしても傷だらけなその子を見て、ウノは事件のことを思い出したと」
ウドの言葉に、シズカは頷いた。
「先生、ウノは今後どうなるのでしょうか? また、以前のようにふさぎこんでしまうのでしょうか?」
「それは目が覚めてから、様子を見なければなんとも言えません」
「そう、ですよね……すみません」
「アケノさんが謝ることなんてありませんよ。ウノ君のことを大切に思っているからこそ、親としては聞きたくなるのも当然でしょう」
「シズカ先生、我々はウノのそばについていても大丈夫でしょうか?」
「もちろんよ、ウドさん」
ウドはシズカ、次に全員にむけて一礼し、アケノの体を支えながら医務室へと入っていく。
「大丈夫でしょうか……ウノ君はもちろん心配ですけど、親であるお二人も」
「そうだね……アケノさんはウノ君の傷の酷さやその苦しみを一番近くで見てきた。ウド君は最も苦しい時期に一緒にいられなかったことを今でも悔いている。きのみの件でウノ君の状況に改善の兆しが見えてきたところだから、余計に苦しいだろう」
「……実際のところ、ウノ君はどうなんですか?」
ミヤビが曖昧に尋ねると、シズカは少し悩む素振りを見せてから、観念したように答えた。
「医師として適当なことは言えないし、良いことを言って後から悪い状態だとなった場合、2人に余計なおいうちをかけると思ったから言わなかったけど……個人的には、ウノ君の状態が悪化する可能性は低いと思っているわ」
その言葉を聞いた皆の表情が明るくなるが、確実ではないとシズカは話を続ける。
「医学的な話になるけど、まずは一般的にトラウマと呼ばれる“心的外傷”と“心的外傷後ストレス障害”は別物よ。
簡単に説明すると、トラウマとは強い衝撃を受けてできた心の傷そのもの、またはその体験を指す言葉で、位置づけとしては原因やきっかけであって、正式な病名ではないの。そしてトラウマは期間の基準はないけれど、時間とともに和らぐことも多いと言われている。
一方の心的外傷後ストレス障害は正式な病名であり“トラウマから生じた治療を要する病気”よ。特徴としては1か月以上続き、生活に大きな支障が出るとされているわ。
精神的なものだから診断基準は曖昧というか、線引きのしにくい部分が多くて正確な診断は専門の医師でなければ難しいところだけれど……皆も知っている通り、これまでウノ君はふさぎこみがちだった以外、普通に生活できていたでしょう?」
シズカの問いかけに全員が深く頷き、続きを促す。
「今回のような“フラッシュバック”は心的外傷後ストレス障害と診断される要素の1つだけど、他にも現れるとされる症状はあまり見られないか、比較的軽度だと私は考えているのよ。
たとえば常に警戒していたり、些細な音に怯えたり、不眠やイライラが続くとか……幸福を感じられなくなったり、自分や他人を過度に責めてしまったり、認知や感情がネガティブに変化するということもあるわね」
「そういうことなら確かに。部屋にこもりがちではありましたけど、きのみを育てている時だけは楽しそうでしたしね」
「俺たちに対しても普通ってか、歳を考えたら十分に丁寧な態度で落ち着いてたよな」
「ウドさんたちからもウノ君が眠れないみたいな話は聞いてないし、夜中に何かあったらおそらく僕達も気づく」
「そう。だから今日はパニックを起こしてしまったけれど、これまでは明確な病気としての症状は出ていなかった。そして辛い経験をした直後に一過性のトラウマ反応を起こすことは、実は珍しいことではないのよ。
医学的なデータによると自然回復を待っても60〜70%、専門的な治療を受ければ65〜86%の確率で回復する。また、多くの人が3か月程度で自然と、徐々に和らいでいくと言われている。これがウノ君が重症化する可能性は低いと私が考えている理由ね」
さらにシズカは、懸念となる部分についても捕捉を加える。
「いじめや暴力が原因の場合は長期化する傾向が強いというデータもあるから、懸念がないわけではないのだけれど、ウノ君には初日の診察から治療のためと説明すれば、いじめの話題を極端に避けるようなことはなかった。
おそらく今のウノ君は病気として診断される一歩手前から境界線の上あたり……今後の生活での注意と周りの対応で、改善が見込まれる可能性は高いと思うわ。
今回の症状の原因はほぼ間違いなく“命に関わるほど傷だらけのポケモン”を見てしまったこと。どの程度の怪我から問題になるかは分からないけど、今回保護したポケモンの怪我は、普通の生活で目にするようなものではないから」
「今回は運が悪かったということか……そして、仕事や行動には注意が必要かもしれないが、日常生活に支障をきたすほどではないと」
「確実なことは2人に話した通り、本人の目が覚めてからでないと分かりませんけどね」
それでも希望は残る。話を聞いていた大人たちの、重苦しい空気がやわらいだ。
しかし、そうなるとまた別のことが気になる者もいる。
「それにしても、一番悪いのは最初にウノ君を傷つけたクソガキ共だろ。ウノ君が怪我したのはそいつらも意図してない事故だったらしいが、5対1でポケモンを痛めつけるのがそもそもおかしい」
「同感……やっていることが野生のポケモン──いや、いじめとして楽しむためにやっていたのだから、より悪質」
「ウノ君と知り合ってからまだ2か月ですけど、ミニーブちゃんとは仲がいいですし、普通にいい子なのに。ウドさんもアケノさんも……なんであんなに良い家族が、あんなに苦しみ続けるんでしょう」
研究員の若手3人は顔を見合わせて溜息を吐く。
「元々共に仕事をしていたウド君は勿論、アケノさんとウノ君も良い人だからね。それが分かるだけに、君たちも現状を見ているとやるせないだろう。私も同じ気持ちだよ。
しかし、我々が暗くなっていても仕方がない。今後も我々の手が届く範囲で、友人として彼らを支える。そのために我々ができることを考えようじゃないか」
「……そうだな。とりあえず仕事に戻るわ」
「……ウドさんの今日の仕事、調査範囲が近いので僕が引き受けますよ」
「そういえば、今日のきのみの水やりって終わってるんでしょうか? 私、ちょっと見てきます!」
イワオの働きかけで気持ちを新たにした彼らは食堂を出ていく。
それを満足そうに見ていた夫婦も、各々の仕事に戻るのだった。