希望と絶望は、不幸と幸運に似ている。   作:an-ryuka

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12.

 

 朝の放送で、日向は目を覚ました。

 

 見慣れた自分の天井が近い。

 

 隣では罪木が眠っている。

 

 同じベッドへ横になっていることを理解するまで、数秒かかった。

 

「罪木!?」

 

 日向が身体を起こすと、罪木も目を開けた。

 

「ご、ごめんなさぁい! 私、また勝手にベッドへ……!」

「いつ来たんだ?」

「狛枝さんの状態が持ち直したので、日向さんにもお伝えしなければと思って……。でも、お顔を見たら安心してしまって、そのまま……」

 

 罪木は毛布を胸元へ引き寄せた。

 

「本当にすみませぇん! 気持ち悪いですよね、勝手に隣で寝ていたなんて!」

「気持ち悪いとかは後でいい。狛枝が良くなったのか?」

「はい。危険な数値からは少し離れました」

 

 日向はベッドから降りた。

 

「病院へ行こう」

 

     *

 

 病院の二階では、葦原が狛枝のベッド脇に座っていた。

 

 狛枝の熱は下がり始めている。呼吸も昨夜より深い。ただ、目はまだ開かない。

 

「葦原、ずっとここにいたのか?」

「うん。罪木さんに良くなったって聞いた。もう起きるかもしれないって」

 

 日向が窓の外を見ると、既に朝の光が強くなっていた。

 

「お前、寝たか?」

「今それいいから。罪木さん、熱見て」

 

 罪木は狛枝を診察し、数値を記録した。

 

「危険な状態は抜けていますぅ。もう少しすれば、意識も戻ると思います」

 

 葦原の肩が僅かに下がった。

 

 罪木が隣の病室へ向かう。その時だった。

 

 受付の通信装置の呼び出し音が鳴る。

 

「……まだ決まりの時間じゃないよな」

「何かあったんでしょうか……」

 

 日向が一階へと降り、罪木も続いて降りてくる。

 

 通信装置の画面が点いていた。

 薄暗い映像だった。

 

 一本の蝋燭が、黒い幕の前で揺れている。

 

 病院着を着た人物が、頭から白い袋を被り、脚立へ足を掛けていた。

 

 顔は見えない。

 

 袋の右下だけが僅かに折れ、暗い画面の中に細い線が走っている。

 

 服と体格から、日向は澪田だと思った。

 

「澪田!」

 

 画面の中には声が届かない。

 

 袋を被った人物は、頭上から下がる輪へ手をかけた。

 

 次の瞬間、蝋燭の火が消え、映像が黒くなる。

 

 日向は立ち上がった。

 

「ライブハウスだ!」

 

 罪木が澪田の病室へ駆け込む。

 

「澪田さんがいません!」

 

 二階へ上がった罪木の声が、廊下へ響いた。

 

 葦原が狛枝の病室から顔を出す。

 

 隣の病室では、終里が毛布を被ったまま眠っている。その横のベッドだけが空だった。

 

 毛布は床へ落ち、病院着もない。

 

「いつから? 何があったの」

「分かりませぇん! 夜中にお水を渡した時はいました。ライブカメラに澪田さんらしい映像映って……!」

 

 葦原は階段へ視線を向けたあと、狛枝の病室を見た。

 

「……病院に残る人も必要でしょ。私ここにいる」

 

 日向は何か言いかけ、やめた。

 

「分かった。何かあったら呼べ」

 

 階段を降りる。

 

「日向さんは先にライブハウスへ! 私は終里さんと狛枝さんを確認してから追います!」

 

 日向は一人で病院を飛び出した。

 

     *

 

 ライブハウスの入口は、押してもすぐには開かなかった。

 

 鍵ではない。扉の縁が何かに貼りつき、鈍い音を立てている。

 

 日向が体当たりすると、二度目で扉が開いた。

 

 中は暑かった。

 

 空調の風が熱気を回し、舞台の黒い幕を揺らしている。照明は消え、床に置かれた蝋燭だけが残っていた。

 

 舞台の上に、澪田がいた。

 

 病院着の身体が、天井から伸びた縄に吊られている。

 頭には、映像と同じ袋が被せられていた。

 

 日向は舞台の手前で立ち尽くした。

 

 映像で見た直後なのに、目の前の光景は繋がらなかった。

 

「澪田……?」

 

 返事はない。

 

 舞台へ上がりかけ、日向は止まった。

 

 一人で触れてはいけない。

 誰かを呼ばなければならない。

 

 その時は、舞台脇の柱に不自然な継ぎ目があることも、貼られた紙の向こうに何が隠れているかも分からなかった。

 

 日向はライブハウスを飛び出し、モーテルへ走った。

 

     *

 

 モーテルでは、左右田がベルの点検に外へ出ていた。

 そこへ、日向が走りこんでくる。

 

「朝から何だよ。 何のためのベルだと思って……」

「澪田が……!」

 

 左右田の手から工具が落ちた。

 

 七海、九頭龍、ソニア、田中が部屋から出てくる。

 

「どこだ」と九頭龍が聞いた。

「ライブハウス。首を吊ってる。映像が病院に流れて、それで――」

「西園寺さんもいません!」

 

 ソニアが廊下の奥から叫んだ。

 

 西園寺の部屋は、扉が細く開いたままだった。

 

 中に人はいない。ベッドもほとんど乱れていなかった。鏡の前には、結びかけの帯と小さな櫛だけが残っている。

 

「いつからだ?」

「分かりません。昨夜、部屋へ入るところは見ましたが……」

「鍵、持って出たのか?」

 

 左右田が机を探す。

 

「ねえ。まず澪田さんの方へ行こう」

 

 七海の声だけが、廊下の空気を切った。

 

「西園寺さんも、ライブハウスに行ったのかもしれない」

 

 九頭龍が腹を押さえ、廊下の先へ歩き出す。

 

「急ぐぞ」

 

 全員が動いた。

 

     *

 

 二度目にライブハウスへ入った時、日向は柱を覆っていた紙がなくなっていることに気づかなかった。

 

 先に、人の身体が目に入った。

 

 西園寺が柱へ固定されていた。

 

 幾重にも巻かれたテープが、小さな身体と柱を繋いでいる。首元には深い傷があり、着物の胸元まで赤く染まっていた。

 

「西園寺……」

 

 九頭龍の呼びかけが掠れた。

 

 ソニアが口元を押さえ、左右田は扉の前で立ち尽くす。田中の上着の中へ、四天王が一斉に隠れた。

 

 一同が二人の死を理解するより早く、島中へ陽気な音が二回響いた。

 

 死体発見を告げる放送だった。

 

 続けて、店内を含む島中の画面へモノクマの顔が映る。

 

「殺人が起きたので、動機のお時間は終了! 絶望病は、ただいまをもって完治しましたー!」

 

「しかも今回は二名様! 一度に二人も見つけるなんて、朝から豪華だねえ!」

 

「人が死んだら治る病気だったのかよ!」

 

 左右田が怒鳴る。

 

「病気で殺人が起きたから、もう十分なのです。病原体も空気を読んで撤収しました!」

 

「最初から病気じゃなくて、あんたが付け外ししてたんじゃねえか!」

「医療の神秘に失礼だなあ!」

 

 モノクマは笑い、捜査開始を告げて画面から消えた。

 

 会場に残った誰も、すぐには動かなかった。

 

 七海だけが、最初に見た日向の顔を確かめた。

 

「日向くん。さっきも、西園寺さんの身体は見えてた?」

「いや。なかった。少なくとも、見える状態じゃなかった」

 

 七海は柱の周囲を見た。

 

 床には破れた厚紙が落ち、端に新しい糊が光っている。

 

 罪木は肩で息をし、舞台の二人を見上げる。

 

「そんな……澪田さん、西園寺さん……!」

 

     *

 

 死体発見放送は、病院の二階にも届いた。

 

 葦原は椅子から立ち上がり、廊下を見た。

 

 隣の病室で、ベッドが軋む。

 

 終里が起き上がっていた。

 

「なんだ、あの放送。誰が死んだ?」

 

 声から怯えが消えている。

 

「病気、治ったんだ……」

 

 葦原が答える。

 

 背後で、小さく咳をする音がした。

 

 狛枝が目を開けていた。

 

「……葦原さん?」

 

 掠れてはいるが、聞き慣れた声だった。

 

 葦原はベッドへ戻る。

 

 狛枝の目が、自分を追って動くのを確かめた。

 

「……私のこと嫌い?」

 

 狛枝は、目を覚ました直後とは思えないほど長く黙った。

 

 熱に浮かされながら吐いた言葉を、途切れ途切れに覚えている。

 

 うるさい、迷惑だ、嫌いだと、熱の中で並べた言葉。

 

 どれも嘘だった。

 

 狛枝は、葦原ならそう分かっているはずだと思っていた。

 

「どうして?」

 

 ようやく出たのは、問い返す言葉だった。

 

 葦原は狛枝の顔を見たまま、僅かに口元を緩めた。

 

「『大嫌いだよ』って言葉、もう言わなさそうだね」

 

 安堵したように見える笑い方だった。

 

 狛枝には、それが痛かった。

 

「嘘だとは、分かっていたんだよね」

「分かってた。でも、逆の意味が一個じゃなかったから」

 

 嫌いではない。

 好ましい。

 いてほしい。

 休んでほしい。

 

 狛枝自身にも、そのうち一つだけを正解と呼ぶことはできなかった。

 

「ボクは、キミを嫌っていないよ」

 

 狛枝は言った。

 

「今のは本当?」

「病気は治ったからね」

「うん」

 

 葦原はもう一度、小さく笑った。

 

「よかった」

 

 狛枝が思っていたより、ずっと単純な言葉だった。

 

「キミなら、あれが嘘だと分かれば十分だと思っていたよ」

「嘘かどうかと、中に何があるかは別でしょ」

「そうだね」

 

 狛枝は目を閉じかけ、廊下の向こうを見た。

 

「それで、誰が死んだの?」

 

 葦原の笑いが消えた。

 

「まだ分からない。澪田さんがいなくなってる」

「二人だ」

 

 終里が病室の入口に立っていた。

 

「二回鳴った」

「終里さん、もう怖くない?」と葦原が聞く。

「何がだ? 腹減った」

 

 元に戻っている。

 

 狛枝は身体を起こそうとした。

 

「狛枝くんは待ってて。罪木さん戻るまで」

「捜査が始まったなら、寝ている場合じゃないよ」

「さっきまで死にかけてた」

「もう治ったみたいだね」

 

 そう言って立ち上がると、膝が揺れた。

 

 終里がすぐ横へ回る。

 

「運ぶか?」

「遠慮しておくよ。今のキミに抱えられたら、病気より先に骨が折れそうだ」

 

 葦原は壁際に立ててあった松葉杖を、狛枝へ一本渡した。

 

「これ使って」

「病院の備品を持ち出すのはどうなのかな」

「返すまで生きてればいいよ」

 

 三人は病院を出た。

 

     *

 

 ライブハウスへ着くと、入口でモノクマファイルを渡された。

 

 澪田唯吹。

 首への圧迫が死因。頭部を袋で覆われ、死後に縄で吊られた可能性がある。

 

 西園寺日寄子。

 首元を鋭い刃物で切られ、出血により死亡。凶器は見つかっていない。

 

 二人とも死亡推定時刻は不明だった。

 

「室温が高すぎますぅ。これでは、体温から時間を絞れません」

 

 罪木が空調の表示を見て言う。

 

「三十度か。ずっとこの設定だったのか?」

 

 日向が聞く。

 

「少なくとも、私たちが来た時から暑かった」と七海が答えた。

 

 葦原はモノクマファイルを読み終えると、舞台より先にモノクマを探した。

 

「質問」

「捜査相談窓口へようこそ!」

 

 客席からモノクマが顔を出す。

 

「病気の人へ『自分で首を吊って』って命令して、その人が本当にやったら、クロは誰?」

「ずいぶん具体的だねえ」

「澪田さん、何でも言うこと聞いてたから。自分で吊ったんだとしても、自殺とは限らない」

 

 モノクマは短い腕を組んだ。

 

「本人に死ぬ意思がなく、病気を利用した命令で死なせたと認定できれば、命令した方がクロです! でも、誰も命令していなければ、ただの自殺。最終判定は学園長であるボクが行います!」

「本人が考えて動いたかどうか?」

「辺古山さんの道具論をまだ引っ張るの? 物持ちがいいねえ!」

「人は物じゃないって話と、意思がない動作を誰の行為に数えるかは別でしょ」

 

 葦原は続けようとして、舞台の狛枝を見た。

 

「今は事件だった」

 

 自分で話を切り、モノクマから離れる。

 

 狛枝は何も言わず、澪田の足元を見ていた。

 

 靴底に、乾いた赤い汚れがついている。

 

「西園寺さんの血かな」と七海が言う。

 

 柱の前の床には、拭き取られたような薄い筋が残っていた。

 

「もし同じ血なら、澪田さんは西園寺さんが傷ついたあと、この床へ足をついたことになるね」

 

 狛枝の声はまだ弱いが、内容ははっきりしていた。

 

「吊られた場所まで、自分で歩いたとは限らないけど」

「死んだあとに運ぶなら、靴底は床につかない」と葦原が言う。「持ち方によるけど」

「犯人がわざと付けた可能性もあるよ」

「順番を誤認させるため?」

「それも、まだ決めない方がいいね」

 

 狛枝は結論を急がなかった。

 

 葦原は証拠より、答える時の狛枝の顔を見ていた。

 

 舞台の反対側では、左右田が壊れた通信カメラを拾い上げていた。

 

「これ、オレがつけたやつだ」

 

 外装は砕かれ、レンズにも亀裂が入っている。

 

「壊されたのはいつだ?」と日向が聞く。

「知るかよ。けど、殴って壊す前に一回外してんな」

 

 左右田は固定金具を指した。

 

「ネジ頭に新しい傷がある。工具で外して、また戻した跡だ。昨日つけた時はこんなんなかったぞ」

「病院で見た映像は、このカメラから?」

「そのはずだ。こいつに録画機能はつけてねぇからな。繋いだ映像をそのまま送るだけだ」

 

 左右田の顔から血の気が引いた。

 

「誰かが、オレの機械を使ったのか」

 

「作った人が悪いわけではありません」

 

 ソニアが言う。

 

「けれど、仕組みを知っている方は限られますね」

「説明書なんかなくても、端子見りゃ繋ぎ方くらい分かる。電気街の機械触れるヤツなら――」

 

 左右田は途中で口を閉じた。

 

 島でそれをできる者を、自分と葦原だけにしたくなかったのだろう。

 

「私は使ってないよ」と葦原が言う。

「分かってる。お前、ずっと病院にいたんだろ」

 

 狛枝が壊れたカメラへ手を伸ばす。

 

「借りてもいいかな。病院側の配線と比べたいんだ」

「落とすなよ。証拠だからな」

 

「今の狛枝くん、手に力入らないよ」

 

 葦原が横から言い、カメラを受け取った。

 

「ボクより信用されているみたいだね」

「お前より機械は落とさねえよ!」

 

 左右田の声だけが、一瞬、いつもの調子へ戻った。

 

     *

 

 西園寺のモーテルの鍵は、着物の内側から見つかった。

 

 誰かに無理やり連れ出されたのではなく、自分で部屋を出た可能性が高い。

 

「昨夜、帯を結び直していらっしゃいました」

 

 ソニアが西園寺の部屋で話したらしい。

 

「わたくしがお手伝いすると申し上げたのですが、お断りになって。ライブハウスの更衣室に大きな鏡があることも、お伝えしました」

 

 鏡の前には結びかけの帯が残っている。

 

「じゃあ、あいつ一人で練習しに行ったのか」

 

 九頭龍が低く言った。

 

「扉、開けてたのに。オレが気づいてりゃ――」

「九頭龍くんが隣の部屋を一晩中見張る約束はなかったよ」

 

 七海が言う。

 

「西園寺さんは、自分でできるようになりたかったんだと思う。その選択を、犯人が後から利用した」

「だからって、死んでいい理由にはならねえ」

「うん。ならないよ」

 

 七海は否定せず、帯を元の場所へ戻した。

 

 狛枝は部屋へ入らず、廊下から中を見ていた。

 

「西園寺さんは、計画に入っていなかったのかもしれないね」

 

 その声を聞いて、葦原が振り返る。

 

「偶然見たから殺された?」

「二人分を最初から用意したなら、隠す必要がない。柱へ紙を貼って一人だけ見えなくしたのは、殺す順番か人数を誤魔化すためだと思う」

「澪田さんだけが最初の対象」

「命令を疑えないから、扱いやすかったんだろうね」

 

 扱いやすい。

 

 狛枝はその言葉を、希望について話す時とは違う温度で口にした。

 

 葦原はしばらく狛枝を見ていた。

 

     *

 

 病院へ戻ると、受付の通信装置は映像を出さなくなっていた。

 

 左右田が配線を開き、葦原が壊れたカメラの端子を並べる。狛枝は椅子へ座り、二人の手元を見ていた。

 

「ここ、増えてる」

 

 葦原が受信機の裏を指した。

 

「私たちが組んだ時になかった線」

「映像入力へ直接入ってるな」

 

 左右田が線を辿る。

 

 壁際を通り、二階の会議室へ伸びていた。

 

「病院の中から、別の映像を流したってことか?」

 

 日向が聞く。

 

「できる。元のカメラ切って、こっちへ映像入れれば、受付には同じように出る」

 

 受信機の裏へ腕を入れていた葦原が言った。

 

「……あった」

 

 壁との隙間から、薄い黒色の箱を引き出す。

 

 表面の印字は削り取られていた。側面には二つの端子があり、片方には会議室から戻る線、もう片方には受信機の映像入力へ入る短い線が繋がっている。

 

「これ、左右田くんの?」

「違う。こんな型、見たことねえ。電気街にも無かったぞ」

 

 左右田が受け取り、光へ翳した。

 

 削られた白い塗装の端に、丸い耳のような曲線だけが残っている。

 

 会議室の窓には黒い布が掛けられたままだった。

 

 室内の照明を消すと、背景は映像で見た舞台によく似た。床には脚立の脚と合う四つの擦れがあり、机の下へ蝋の小さな塊が落ちている。

 

「ここで撮影されたようだね」

 

 狛枝が言った。

 

「ライブハウスと誤認させるためかな。映像が暗いのも、そのため」

「縄へ首を入れる直前に火が消えた。俺は死ぬところを見ていない」

 

 日向は、画面の前で動けなかった数秒を思い出した。

 

「俺をライブハウスへ走らせるためだけの映像だったのか」

 

 狛枝は蝋の塊を見たまま、笑わなかった。

 

「これは希望じゃない」

 

 声から、熱とは別のものが抜けていく。

 

「この犯人は、何かを変えようとしていない。前へ進むためでも、誰かを救うためでもない」

 

 葦原は、狛枝へと振り返る。

 

「自分の望みのために殺すなら、狛枝くんにとってそれは希望じゃないってこと?」

 

「望みがあることと、希望であることは同じじゃないよ」

「じゃあ復讐は? 前に進むための復讐と、過去へ戻る復讐で変わる?」

 

 葦原はそこまで聞いて、会議室の床を見た。

 

「……今は、犯人を探す話だったね」

 

 自分で戻す。

 

「狛枝くん、さっきから声冷たい」

 

 日向が気づくより先に、葦原は言った。

 

「澪田さんの靴を見たあたりから。病院へ戻って、もっと冷たくなった」

「そうかな」

「病気の時と違って、今の返事はそのまま読んでいい?」

 

 狛枝はようやく葦原を見た。

 

「希望ではないものを、希望のふりで飾るほど、ボクは優しくないよ」

「犯人、分かった?」

「ほとんどね」

 

 名前は言わなかった。

 

 そこで、捜査終了を告げる校内放送が流れた。

 

 会議室の入口には、罪木が立っていた。

 

「皆さん、そろそろ集合するように、モノクマさんが……」

 

 狛枝は罪木へ視線を移す。

 

 そこに、病室で見せていた笑顔はなかった。

 

     *

 

 生き残った者たちは、中央の島へ集まる。

 

 九頭龍は一度も後ろを振り返らず、終里は弐大のいない列へ無理に割り込むように歩いた。ソニアと田中は、その両側から少し距離を空けてついていく。左右田は壊れた通信装置の部品を袋へ入れ、七海は西園寺の部屋で見つけた帯の形を日向へ説明していた。

 

 狛枝は松葉杖を使って歩く。

 

 葦原は隣にいた。

 

「裁判で倒れそうなら言って」

「絶好調だから心配いらないよ」

 

 葦原が足を止める。

 

 狛枝は少し遅れて、自分の言葉に気づいた。

 

「……今のは、ただの言い回しだよ」

「嘘?」

「強がりかな」

 

 病気が治っても、言葉がそのまま一つの意味になるわけではない。

 

 それでも、狛枝の声から病気の熱は消えていた。

 

 代わりに、別の冷たさが残っていた。

 

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