希望と絶望は、不幸と幸運に似ている。   作:an-ryuka

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13.

 

 裁判場へ降りるエレベーターの中で、誰も口を開かなかった。

 

 狛枝は壁へ肩を預け、片手で松葉杖を支えている。熱は下がったが、顔色までは戻っていない。

 

 葦原は隣に立っていた。

 

 何度か狛枝の膝へ視線を落としたが、声はかけなかった。

 

 円形の裁判場へ着く。

 

 澪田と西園寺の遺影が、それぞれ空席へ置かれていた。弐大の席も空いている。ただし、そこに遺影はない。

 

「それでは始めましょう!」

 

 中央からモノクマが飛び出した。

 

「澪田唯吹さんと西園寺日寄子さんを殺したクロを見つける、豪華二本立て学級裁判でーす!」

 

「二人分だからって、おしおきも二倍にすんのか?」

 

 九頭龍が睨む。

 

「それはクロになってからのお楽しみ! 正解すればクロだけがおしおき。間違えれば、クロ以外のみんながおしおきされまーす!」

 

「いつもと同じじゃねーか!」

 

「被害者が二人だと、説明にもお得感が出るでしょ?」

 

 左右田が机を殴るより先に、七海が口を開いた。

 

「まず、澪田さんの死が自殺かどうかから考えよう」

 

「映像じゃ、自分で輪っかに首入れようとしてたぞ」

 

 終里が言う。

 

「病気のせいで命令されてたなら、自分でやっても自殺じゃない」

 

 葦原は一度モノクマを見た。

 

「でも、今回はそこじゃなかった」

 

 モノクマファイルを開く。

 

「澪田さんの死因は、首への圧迫。死後に縄で吊られた可能性がある」

「はい……」

 

 罪木が小さく手を上げた。

 

「首に残っていた痕は、吊られてできるものとは少し違いました。身体の重みがかかれば、縄の痕は顎の方へ斜めに上がります。でも、澪田さんの痕は、ほぼ横向きでしたぁ」

「じゃあ、別の何かで首を絞められてから吊られた」

 

 日向が言う。

 

「映像の首吊り自体が、死因ではなかったんだ」

 

「ですが、その映像では澪田さんが生きて動いていたはずです」

 

 ソニアが眉を寄せる。

 

「その直後に、日向さんがライブハウスでご遺体を発見しました」

「映像の途中で火が消えた。死ぬ瞬間は見てない」

 

 日向は、黒くなったモニターを思い出した。

 

「俺が見たのは、袋を被った誰かが脚立へ上がって、輪へ手をかけるところまでだ」

「つまり、映像の人物が澪田さんだという前提から疑う必要があるね」

 

 狛枝が言った。

 

 声はまだ弱い。

 

 けれど、病室で嘘を吐いていた時の曖昧さはない。

 

「映像の人物は、澪田さんと同じ病院着を着て、頭から袋を被っていた。それだけだよ」

 

「じゃあ、誰かが澪田のふりしてたのか?」

 

 九頭龍が聞く。

 

「それを考える前に、もう一人の順番を決めたい……と思うよ」

 

 七海が澪田の靴底へ残っていた血について話した。

 

「西園寺さんの血と同じだった。澪田さんは、西園寺さんが首を切られたあと、その血があった床へ足をついてる」

「西園寺が先に死んだってことか」

 

 左右田が舞台を思い出す。

 

「けど、日向が最初に見つけたのは澪田だけだぞ」

「西園寺さんは、最初から柱にいた」

 

 葦原が答えた。

 

「厚紙で柱ごと覆われて、見えなくなってた。日向くんが出たあと、紙だけ剥がされた」

「床に落ちていた厚紙と、照明の上に残った破片が証拠ですね」

 

 ソニアが続ける。

 

「では、殺害順は西園寺さん、澪田さん。しかし、発見された順は澪田さん、西園寺さんに見せかけられていたのですね」

 

「映画と同じ順番だな!」

 

 終里が言った。

 

「最初に袋被ったヤツが首吊って、その次に小せぇヤツが柱にくっつけられてたぞ」

「モノミの魔法使い、感動の名場面です!」

 

 モノクマが胸を張る。

 

「誰も感動してねーよ!」

 

 左右田が怒鳴る。

 

「犯人は映画に見立てたかったのかな」

 

 七海が首を傾ける。

 

「それだけじゃないよ」

 

 狛枝は西園寺の遺影を見た。

 

「一人を隠せば、日向クンがライブハウスを離れている間に二人目が殺されたように見える。殺害順だけじゃなく、殺害時刻までずらせる」

「西園寺さんは偶然だったんでしょうか」

 

 ソニアの声が沈む。

 

「わたくしが、ライブハウスの鏡を教えてしまいました。もし、あのことを申し上げなければ……」

「でも、それを犯人も聞いてた」

 

 葦原が遮った。

 

「通信してた時、病院側にも音は届いてた。罪木さんも、日向くんも、私もいた」

「え……」

 

 ソニアが顔を上げる。

 

「西園寺さんがライブハウスへ行くかもしれないことを、犯人が知ってた可能性はある。来る時刻までは分からないけど」

 

「でも、あの時はまだ殺人なんて起きていませんでしたよぉ!」

 

 罪木が慌てて両手を振った。

 

「皆さん同じお話を聞いていましたし、それだけで犯人が西園寺さんを待っていたなんて――」

「うん。決めてない」

 

 葦原は罪木の言葉を止めなかった。

 

「偶然だとも、まだ決められないってだけ」

 

 罪木の肩が僅かに下がる。

 

 日向はその動きを見た。

 

 怯えて縮こまったようにも見えた。

 

 ほっとしたようにも見えた。

 

     *

 

「西園寺さんは、ご自分でモーテルを出たのでしょう」

 

 田中が腕を組んだ。

 

「閉ざされた部屋の鍵は、彼女自身の懐にあった。獣に引きずり出された痕跡もない」

「ライブハウスまで一人で行って、そこで犯人と会った」

 

 九頭龍が低く言う。

 

「着物を自分で着られるようになりたかっただけなのにな」

 

 誰も返さなかった。

 

「舞台で殺されたことは間違いないよ」

 

 狛枝が言う。

 

「床に拭き取られた血の跡があった。西園寺さんを別の場所で殺して運んだなら、澪田さんの靴底へ血がつく理由をもう一つ作らなきゃいけない」

「犯人は西園寺を殺して血を拭いた。でも、全部拭く前か、乾く前に澪田を歩かせた」

 

 日向が続ける。

 

「澪田は言われたことを疑えなかった。床に血があっても、犯人に進めと言われれば進んだ」

「その後で首を絞められた」

 

 七海が言った。

 

「だから、二人を殺したのは同じ人だと思う」

 

「凶器はどうするんだ?」

 

 九頭龍が罪木を見る。

 

「西園寺の首を切った刃物は、まだ見つかってねえ」

「それについて、ちょっと待ってくれ」

 

 左右田が足元の袋を持ち上げた。

 

 中には、ライブハウスで回収した壊れたカメラが入っている。

 

「捜査中、これを証拠だからって開けなかった。けど、運んでる時から中で何か鳴ってんだよ」

 

「今開けるの?」

 

 七海が聞く。

 

「壊れてる部分を外すだけだ。証拠は壊さねえよ」

 

 左右田はドライバーを差し込み、ひび割れた外装を外した。

 

 小さな金属音がする。

 

 薄い刃が、机の上へ落ちた。

 

「……メス?」

 

 日向が息を止める。

 

 刃は布へ包まれていた。拭き取られてはいるが、付け根に赤黒い線が残っている。

 

「はーい、サービス検査のお時間です!」

 

 モノクマが刃を拾い、鼻先へ近づけた。

 

「西園寺さんの血液が付着しておりまーす! 見事、大当たり!」

 

「凶器をカメラの中へ隠したのかよ」

 

 左右田の顔が歪む。

 

「カメラを外して、外装まで開けられるヤツ……」

 

 途中で言葉を切る。

 

 視線が、葦原へ向きかけた。

 

「私ならできるね」

 

 葦原が先に言った。

 

「やってないけど、できるかどうかならできる」

「だからって、お前だって決まったわけじゃねーだろ!」

 

「決まってないよ」

 

「お前はもうちょい自分を庇え!」

 

 左右田の声が裁判場へ響いた。

 

「ですが、映像を切り替える工作にも、機械の知識が必要でした」

 

 ソニアが静かに言う。

 

「病院の受信機へ、後から別の線が増やされていました。その線は二階の会議室へ繋がっていたのですよね?」

「ああ」

 

 左右田は渋々頷いた。

 

「元のライブハウスの映像を切って、会議室から直接入れられるようにされてた」

「つまり、日向さんが見た映像は、ライブハウスではなく病院の会議室から送られた」

 

「会議室には黒い布、蝋、脚立の跡があった」

 

 日向が言う。

 

「映像と同じものが揃っていた」

 

「そして、映像が流れた時――」

 

 罪木が口を開き、すぐに閉じた。

 

「どうした?」

 

 日向が聞く。

 

「い、いえ……言ってはいけないと思って……。でも、皆さんのお命がかかっていますから……」

 

 罪木は泣きそうな顔で、葦原を見た。

 

「映像が流れた時、私は日向さんと一緒に一階にいました。左右田さんたちはモーテルです。病院の二階にいたのは……葦原さんだけですぅ」

 

 場が静まった。

 

 葦原は否定しなかった。

 

「そうだね」

 

「お、おい」

 

 左右田が振り返る。

 

「でも、私は狛枝くんの病室にいた」

 

「それを証明できる人は?」

 

 七海が聞く。

 

「狛枝くん」

 

 葦原は隣を見る。

 

「意識なかったけど」

「残念ながら、ボクの証言に価値はないね」

 

 狛枝は笑った。

 

「目を覚ましていなかったんだから、彼女がずっといたかどうかは分からない」

「でもよ、お前が呼吸止まりかけてから、こいつずっと張りついてたんだぞ!」

 

 左右田が言う。

 

「映像のために抜けると思うか?」

「思うかどうかと、抜けられたかどうかは別だよ」

 

 狛枝の声が冷える。

 

「ボクが葦原さんを信じたいからという理由で、みんなの命を賭けるわけにはいかない」

 

 葦原は狛枝を見た。

 

 何も言わず、視線を自分の机へ戻した。

 

「葦原さんは、朝の放送より前から病院にいましたぁ」

 

 罪木が続ける。

 

「私が狛枝さんの状態をお伝えしたら、先に行くとおっしゃったので……」

 

「葦原は、この程度の通信機の設計は楽勝だろうよ」

 

 左右田が歯を食いしばる。

 

「入力の変え方も分かる。カメラの固定も外せる。けど、それだけだ」

「それだけじゃないです!」

 

 罪木は自分の口を押さえた。

 

「ご、ごめんなさぁい! 疑いたくないんですけど……葦原さん、狛枝さんが死にかけた時、幸運が働く条件を何度も考えていましたよね?」

「……」

 

「病気を終わらせれば、狛枝さんが助かると思ったのではありませんかぁ……?」

 

 左右田が机を叩いた。

 

「殺人起きたら病気が治るなんて、あの時点で分かるわけねーだろ!」

「でも、殺人のための動機として、モノクマさんが病気を起こしたのは、皆さんも分かっていました。誰かが死ねば動機が終わると考えることは――」

 

「考えてない」

 

 葦原が言った。

 

「狛枝くんを助けるために澪田さんを殺した、とも言わない。私はやってない」

「証明はできる?」

 

 七海が聞く。

 

「できない」

 

 短い返事だった。

 

 左右田が顔を覆う。

 

「なんでお前は、そういう時だけ無駄に正直なんだよ……!」

 

「嘘ついたら、あとで困るでしょ」

 

「今困ってんだよ!」

 

     *

 

 葦原へ向いた疑いは、止まらなかった。

 

 映像の発信場所。

 機械を扱える技術。

 意識のない狛枝しかいない病室。

 朝の放送前から病院にいた事実。

 

 そして、凶器が隠されたカメラ。

 

 どれも一つでは決め手にならない。

 

 けれど、一人の名前へ集まり始めている。

 

「このままだと、葦原さんになりそうだね」

 

 狛枝が言った。

 

「随分、他人事だな」

 

 九頭龍が睨む。

 

「他人事じゃないよ。だから困っているんだ」

 

 狛枝は日向を見た。

 

「日向クン。映像で見た袋を、もう一度思い出してくれる?」

「袋?」

 

「澪田さんの遺体に被せられていたものと、本当に別のものだった?」

 

 日向は目を閉じた。

 

 蝋燭の火。

 黒い幕。

 病院着。

 頭から被せられた、白っぽい袋。

 

 映像にも、同じ位置に折れた後があった。

 

「同じだったと思う」

 

「暗かったんだぞ?」

 

 左右田が聞く。

 

「色までは分からない。でも、右下の角が少し折れてた。遺体の袋と同じ形だ」

「病院の洗濯袋でした」

 

 罪木が言った。

 

「一枚だけ、角を青い糸で直した古いものです」

「同じ袋が、映像の人物とライブハウスの死体に使われていた」

 

 七海がゆっくり言う。

 

「似た袋が二つあっただけかもしれませんよぉ!」

 

 罪木が声を上げる。

 

「病院には同じ備品がたくさんありますし、暗い映像だけで同じだなんて――」

 

「映像は生中継じゃなかった」

 

 日向はモニターを見上げた。

 

「澪田を殺す前に、あの袋を被せた映像を撮っておいた。翌朝、それを流したなら、同じ袋が遺体にあってもおかしくない」

 

「待てよ!」

 

 左右田が手を上げる。

 

「オレのカメラに録画機能はねえ! 映したものをそのまま送るだけだ!」

「黒い箱」

 

 葦原が言った。

 

「あれ、調べてないよね」

 

 葦原の視線が、左右田の足元へ落ちる。

 

 壊れたカメラとは別の袋。

 

 左右田が会議室から持ち出した、薄い黒色の箱が入っていた。

 

「これか?」

 

「受信機の裏に繋がってた。左右田くんは変換器だと思って持ってきた」

「ああ。見たことねぇ型だったから、裁判で確認しようと思って……」

 

 左右田が黒い箱を取り出す。

 

 表面の印字は削られている。側面には映像入力、映像出力。小さな画面の横に、録画、停止、再生と書かれたボタンが並んでいた。

 

「まんま録画機じゃねーか!」

 

「今気づいたの?」

 

「うるせぇ! 外装削られてたし、時間なかったんだよ!」

 

 左右田が電源を入れる。

 

 画面に一件だけ、映像ファイルが残っていた。

 

 記録時刻は、午前三時十七分。

 

「事件が見つかる四時間近く前だ」

 

 日向が言う。

 

「再生しろ」

 

 九頭龍が促した。

 

 裁判場の大画面へ、映像が映る。

 

 最初の数秒は暗い。

 

 やがて蝋燭へ火がつき、病院着の人物が脚立へ上がった。

 

 頭には、折れた後のある袋。

 

 輪へ手をかけた右手の親指に、剥げかけた黒い色が見えた。

 

「澪田さんの爪だ」

 

 七海が言う。

 

「右の親指だけ、黒いマニキュアが半分剥がれてた」

 

「じゃあ、映像にいたのは本当に澪田だったのか」

 

 終里が画面へ身を乗り出す。

 

「生きてる時に、これやらされたんだな」

「澪田さんなら、頼まれたことを疑わない」

 

 日向は罪木を見る。

 

「犯人に言われるまま、首吊りの映像を撮った。そのあとライブハウスへ行って殺された」

 

「しかし、この録画機はどこから現れたのです?」

 

 田中が黒い箱を指した。

 

「電気街に同型の魔具は存在していなかった。機械の探求者どもが見落としたとも考えにくい」

「そうだ。オレは見てねえ」

 

 左右田が箱を裏返す。

 

「こんな機械があったら、通信作る時に使ってる」

 

 狛枝が左右田へと近づく。

 

「貸してくれる?」

 

 黒い箱を光へとかざす。

 

 削られた印字の下に、僅かに残った白い塗装がある。

 

 丸い耳。

 半分だけ黒い顔。

 

「モノクマの形、だね」

 

「おやおや。見つかっちゃいましたか!」

 

 モノクマが笑う。

 

「それは映画を最初に見てくれたお客様へ贈られる、先着一名様限定のモノクマ・メモリアルレコーダーでーす!」

 

「映画館の特典?」

 

 ソニアが目を見開く。

 

「招待券には、先着特典があると書かれていました。ですが、内容までは……」

「映画の感想を撮って、好きなモニターで流せる優れもの! 外部カメラを入力へ繋いで録画、再生時刻も自由に予約できます!」

 

「説明書があれば、機械に詳しくなくても使える」

 

 葦原が言う。

 

「犯人は左右田くんか私である必要がない」

 

「でも、説明書なんて見つかってねーぞ」

 

 左右田が言った。

 

「機械だけ盗んだヤツが、使い方分かるのか?」

 

 狛枝が罪木へ顔を向けた。

 

「罪木さん。どう思う?」

「ど、どうして私に聞くんですかぁ?」

「キミは機械が苦手そうだからね。この箱だけを渡されて、録画できると思う?」

 

「無理ですよぉ!」

 

 罪木は即座に答えた。

 

「ライブハウスのカメラを映像入力へ繋がないと撮れないんですよね? 私にはやり方なんて……」

 

「予約再生って、録画ボタンを二回押せばいいのかな」

 

 狛枝が問いを投げる。

 

「違いますぅ。蓋の中の時刻設定を押してから、再生ボタンを二回――」

 

「へぇ……そうなんだ? ボクは今、適当に言っただけなんだけど」

 

 声が止まった。

 

 左右田が黒い箱を見る。

 

「……外装見ただけじゃ、使い方まで分かんねぇぞ」

 

 誰も口を開かなかった。

 

 罪木の顔から、怯えた表情だけが残る。

 

「どうして使い方を知ってるんだ?」

 

 日向が聞いた。

 

「い、今、モノクマさんが説明したじゃないですかぁ!」

「モノクマが言ったのは、外部カメラを繋ぐことと予約できることだけ」

 

 七海が言う。

 

「ボタンを押す順番までは言ってないよ」

 

「た、たまたまです! こういう機械なら、普通は――」

「普通じゃねえ」

 

 左右田が低く言った。

 

「予約設定のボタン、横にねぇんだ。説明書読まなきゃ分からねえよ」

 

 狛枝は笑わなかった。

 

「最初に映画を見たのは誰?」

 

「個人情報なので秘密でーす!」

 

 モノクマは一度そう言ってから、腹を抱えて笑った。

 

「なーんてね! 学級裁判に必要な情報だから教えてあげます! 記念すべき最初のお客様は――罪木蜜柑さんでした!」

 

     *

 

「違いますぅ!」

 

 罪木の声が裏返る。

 

「確かに特典は受け取りました。でも、いつの間にかなくなっていたんです! 葦原さんが盗んだのかもしれません!」

「存在を知らないのに?」

 

 葦原が聞く。

 

「誰かから聞いたかもしれないでしょう!」

「誰に?」

「それは……」

 

「録画時刻は午前三時十七分だ」

 

 日向が黒い箱の表示を指した。

 

「あの時間、病院へ泊まっていた健康な人間は罪木だけだ」

「葦原さんだって入れますぅ!」

「入ってない」

 

 葦原が言う。

 

「罪木さんが私のコテージに来たのは、その後。 私はまだ自分のコテージにいた」

「時刻を覚えているのか?」

 

 九頭龍が聞く。

 

「四時三十分くらい。……眠ってなかったから時計見てた」

「罪木が迎えに行ったなら、葦原がそれより前に病院へいたとは言えねえな」

 

 左右田が言う。

 

「そもそも罪木、お前が葦原を病院へ行かせたんだろ」

 

「狛枝さんの無事をお知らせしただけですぅ!」

 

「違う」

 

 日向は、朝の自分の部屋を思い出した。

 

「罪木。お前は何時に俺の部屋へ来たんだ?」

「狛枝さんの状態が良くなったので、それをお知らせしようと……」

「何時だ?」

 

 罪木は答えなかった。

 

「俺は、お前が入ってきた時に起きてない。目を覚ましたら、隣で寝ていた。それだけだ」

 

 同じベッドにいた。

 

 それだけで、罪木も夜を通してそこにいたような気になっていた。

 

 けれど、日向は扉が開いた音も、罪木が横になった瞬間も知らない。

 

 部屋の鍵は壊れていた。

 

 罪木は好きな時刻に入り、日向を起こさず隣へ横になることができた。

 

「午前三時十七分に澪田の映像を録画した。そのあと二人を殺して、現場を作った。そして葦原を病院へ行かせてから、俺の部屋へ来たんだ」

「違います、違います、違いますぅ!」

 

「葦原を先に病院へ置けば、映像が流れた時に疑われる」

 

 七海が言う。

 

「罪木さんは、日向くんと一緒に一階で映像を見た。だから、生中継だと思っている間は、会議室にいた葦原さんが犯人に見える」

「録画機の存在を知っているのは、罪木だけだった」

 

 狛枝が続ける。

 

「キミは自分が日向クンの隣にいる時刻を予約したんだね。映像が流れた瞬間だけなら、完璧なアリバイになる」

「葦原さんは、狛枝くんの病室から離れない」

 

 日向は罪木が記憶を取り戻した日のことを知らない。

 

 それでも、その後に罪木が何を見ていたのかは分かった。

 

「葦原が狛枝しか見ていないことを、お前は知っていた。だから、会議室の線にも、澪田がいなくなったことにも気づかないと思った」

「しかも、ボクは意識がなかった」

 

 狛枝の目が細くなる。

 

「彼女のアリバイには使えない。機械を扱える彼女だけが、病院二階へ置き去りにされる。実に効率的だね」

 

「わ、私はそんなつもりで……!」

 

「だったら、なんで凶器をカメラに隠したんだ」

 

 左右田が机へメスを置いた。

 

「ライブハウスのカメラは、澪田の映像を録るために病院へ運ばれた。そのあと現場へ戻されて壊された。お前はメスまで中へ入れて、カメラを扱ったヤツが西園寺も殺したように見せた」

「それも葦原さんが――」

「映画の特典を持っていたのはお前だ!」

 

 左右田の声が響いた。

 

「説明書を読んだのもお前! 澪田を一晩中自由に動かせたのもお前だ! 葦原に全部被せるために、オレの機械使いやがったのかよ!」

 

「使った人が悪いだけで、作った左右田くんは悪くないよ」

 

 葦原が言った。

 

「今それ言うとこか!?」

 

「前にソニアさんも言ってたよ」

 

 左右田は言い返しかけ、口を閉じた。

 

     *

 

「西園寺さんについても、偶然ではなかったんだね」

 

 七海が言った。

 

「犯人は、ライブハウスの鏡を使うかもしれないと知っていた」

「待ち伏せていたとまでは決められない」

 

 葦原は罪木を見る。

 

「罪木さん。西園寺さんが来ると思ってた?」

「どうして私が……」

「来るかもしれないと思って、あの場所を選んだ?」

 

 罪木の唇が震える。

 

「答えなくても、順番は変わらない」

 

 葦原は続けた。

 

「西園寺さんを先に殺した。澪田さんに血の上を歩かせた。それから殺した」

「やめてくださぁい……」

 

「録画の時、澪田さんに何て言った?」

「やめて……」

「治療だって言った? 映像のテスト? 言われたら信じるって分かってたから――」

「やめてって言ってるでしょう!」

 

 罪木が机を両手で叩いた。

 

 裁判場が静まり返る。

 

 顔を上げた罪木から、泣きそうな怯えが消えていた。

 

 肩は縮こまっていない。

 

 視線も逸れない。

 

「ずっと、ずっと我慢してたんですよ」

 

 声だけは穏やかだった。

 

「皆さんが間違えるのを待って、怖がって、謝って……葦原さんへ投票してくだされば、それで終わったのに」

「やっぱり、葦原さんへ被せるつもりだったんだね」

 

 狛枝が言う。

 

「だって、ちょうどよかったんですもの」

 

 罪木は微笑んだ。

 

「機械が分かる。病院にいても不自然じゃない。狛枝さんから離れない。狛枝さんは眠っていて、何も証明できない」

 

 葦原を見る。

 

「私は、本当のことしか言っていません。狛枝さんの状態が良くなった。もうすぐ目を覚ますかもしれない。先に行っていてくださいって」

「うん」

 

「それだけで、葦原さんは自分から病院へ行きました。私がお願いしなくても、狛枝さんの病室から出なかった」

 

「うん」

 

「澪田さんを探そうともせずに」

 

 葦原の指が僅かに動いた。

 

「……うん。それも本当」

 

「葦原」

 

 左右田が呼ぶ。

 

「狛枝くんが起きるかもしれないと思ったから、残った」

 

 葦原は罪木から目を逸らさなかった。

 

「でも、それを罪木さんが二人を殺した理由には渡さないよ」

「理由なんて、必要ですか?」

 

 罪木は首を傾ける。

 

「私は、愛する人のためにやったんです」

「あの人って、誰だ」

 

 日向が聞く。

 

「私を見つけてくださった人です。何をしても、何をされても、全部許してくださった。私がどれだけ汚くても、壊れていても、必要としてくださった」

 

「今の罪木さんをそうした人?」

 

 七海が聞く。

 

「思い出したんです」

 

 罪木の笑みが深くなる。

 

「希望ヶ峰学園へ入ってからのことも。私たちが何をしたのかも。誰を愛していたのかも」

「おい、罪木何を言ってるんだ?」

 

 日向が言う。

 

「病気だなんて呼ばないでください。治ったんです。やっと、本当の私に戻れたんですよ」

 

 葦原の視線が、そこで初めて大きく動いた。

 

「……絶望病で、思い出した?」

 

 葦原の、困惑した声が差し込まれる。

 

 罪木は葦原へ顔を向けた。

 

「はい。私の病気は、思い出す病気でした」

 

「何を、どこまで?」

 

「葦原! 今は動機の話だぞ」

 

 左右田が止める。

 

「同じ話。思い出した内容で殺したなら、記憶が動機」

 

 葦原は罪木から目を離さない。

 

「希望ヶ峰へ入ったあとの記憶?」

「そうですよ」

「島へ来る直前まで?」

「教室までしか覚えていない皆さんより、ずっと先までです」

「どのくらいの期間?」

 

「それが、罪木サンの希望?」

 

 狛枝も、聞いた。

 

 罪木は狛枝へ顔を向けた。

 

「狛枝さんなら分かるはずです」

「分からないよ」

「今は、忘れているから」

 

 狛枝の表情が止まった。

 

「狛枝さんも、あの方のところにいたでしょう?」

 

 葦原が狛枝を見る。

 

 狛枝は罪木だけを見ていた。

 

「何の話?」

 

「ふふ。嘘ではありませんよ」

 

「罪木」

 

 日向が遮る。

 

「話を逸らすな。澪田と西園寺を殺したのは、お前なんだな」

 

「はい」

 

 罪木は簡単に答えた。

 

「西園寺さんは、来たら殺そうと思っていました。ソニアさんが鏡のことを教えていたので。来なければ澪田さんだけで終わらせるつもりでしたけど、ちゃんと来てくれました」

「ちゃんと、だと……?」

 

 九頭龍の声が震える。

 

「西園寺さんをメスで切って、柱へ固定しました。澪田さんには、そのあと脚立まで歩いていただきました。床が汚れていましたけど、何も聞かずに歩いてくれましたよ」

 

「澪田をどうやって殺した」

 

 日向が聞く。

 

「後ろから首を絞めました。暴れないでくださいと言ったら、暴れませんでした」

 

 終里が机へ拳を叩きつけた。

 

「ふざけんな!」

「終里さんだって、私の言うことを聞いてくださったでしょう? 注射器を見せなければ、とても扱いやすかったですよ」

 

「黙れ!」

 

 罪木は終里を見ず、話を続けた。

 

「二人を飾って、西園寺さんだけ隠しました。カメラの中へメスを入れて、壊して。入口を接着してから病院へ戻りました」

「接着剤は、俺を遅らせるためか」

 

「はい。日向さんが扉を開ける間に、私もライブハウスへ近づけますから。でも、すぐには入りません。日向さんが澪田さんを見つけて、誰かを呼びに出ていくまで待ちました」

 

「それから西園寺を隠した紙を剥がした」

 

「カメラはもう戻してありましたから、剥がすだけでした。急いだので、紙が照明へ残ってしまいましたけど」

 

 罪木は残念そうに息を吐く。

 

「もう少し時間があれば、綺麗にできたのに」

 

「そんなことより!」

 

 葦原が台に手を付いて、身を乗り出す。

 

「年単位で抜けてる?」

「何があったの」

「自分たちでやったの?強制されたの?」

 

 葦原は罪木へ聞いた。

 

「私たちは、本当に同級生だった?」

 

「ええ。皆さん、何も覚えていないんですね」

 

 罪木は嬉しそうに裁判場を見回した。

 

「かわいそう。自分が何をしたかも、誰を愛していたかも、全部取り上げられて」

 

「俺たちが、何をしたっていうんだ?」

 

 日向が聞く。

 

「それは――」

 

「投票のお時間でーす!」

 

 モノクマの声が、罪木の答えを塗り潰した。

 

「待てよ! 今の話は、この島へ来た理由に関係してる!」

 

「今回のクロが誰かには関係ありません! 寄り道しすぎると、先生は通知表に落ち着きがないって書いちゃうぞ!」

 

「もう分かってるんだから、答えくらい聞かせろ!」

 

 左右田も声を上げる。

 

「駄目なものは駄目! さあ、投票してください!」

 

 投票装置が強制的に開いた。

 

 罪木は抵抗しなかった。自分の名前へ票が重なる画面を、笑いながら見る。

 

 最後の一票は、罪木自身が自分へ入れた。

 

 全員一致だった。

 

 罪木蜜柑。

 

 モノクマが正解を告げる。

 

 澪田と西園寺を殺したクロは、罪木だった。

 

     *

 

「もういいよね」

 

 判定が終わると同時に、葦原が言った。

 

「罪木さん。あなたは今、何歳?」

 

「そこから聞くの?」

 

 七海が僅かに目を見開く。

 

「身体が記憶から作られてるなら、本人の認識した年齢が形に影響するかもしれない。希望ヶ峰に入った直後から抜かれてるなら、消えた期間が分かる」

 

 葦原の声は速くなっていた。

 

「希望ヶ峰にはいた? 卒業はした?」

「卒業なんて、できるわけないじゃないですか」

 

 罪木が笑う。

 

「だって、希望ヶ峰は――」

 

 モノクマが大きく咳払いをした。

 

「愛する人って、何をしたの?」

 

 葦原は止まらない。

 

「私たちはその人を知ってた? 同じ側にいた?」

「知っていましたよ。あの方が、皆さんを――」

「私たちは、その人をなんて呼んでた?」

 

 罪木の唇が答えの形へ動く。

 

 その直前、足元から飛び出した鎖が罪木の身体へ巻きついた。

 

「質疑応答、強制終了!」

 

 モノクマが判定槌を振り下ろす。

 

「これ以上は次回以降のお楽しみ! クロにはクロらしく、おしおきを受けてもらいましょう!」

 

「待って」

 

 葦原が罪木へ手を伸ばす。

 

 届く距離ではなかった。

 

「一個だけ。思い出した方が、今のあなた?」

 

 罪木は鎖に引かれながら、葦原を見た。

 

「どちらも私ですよ」

 

 笑顔だけが残った。

 

「忘れていた私は、愛する人がいないから怯えていただけ。思い出した私は、もう一人じゃありません」

 

 狛枝の目が細くなる。

 

「それを希望みたいに言わないでくれるかな」

 

 罪木が狛枝へ視線を移す。

 

「希望ですよ。私にとっては」

「ここにいない誰かへ戻るために、今いる人間を二人殺した。キミが取り戻したのは、前へ進む意志じゃない」

 

「狛枝さんに分かってもらわなくていいです」

 

 罪木は穏やかに言った。

 

「私を分かってくれる人は、一人だけでいいんです」

 

 鎖が強く引かれた。

 

 罪木の身体が、処刑場の闇へ消える。

 

     *

 

 白い病室。

 

 中央には、人間の腕を模した巨大な台が横たわっている。その上へ罪木が固定されていた。

 

 天井から、ナース服を着たモノクマが降りてくる。

 

 両手には、罪木の身体より大きな注射器。

 

 画面へ文字が浮かぶ。

 

『いたいのいたいの、とんでいけ!』

 

 モノクマは巨大な腕へ注射針を突き刺した。

 

 透明な薬液が、一気に押し込まれる。

 

 腕が脈打つ。

 

 一度。

 二度。

 

 血管を模した管へ光が走り、巨大な指が痙攣する。

 

 罪木の身体が激しく揺れた。

 

 それでも、彼女は怯えていなかった。

 

 天井が開く。

 

 腕の後部から炎が噴き出した。

 

 巨大な腕は罪木を乗せたまま、病室を突き破って空へ飛び出す。

 

 白衣が風に裂かれ、髪が後方へ流れる。

 

 島が小さくなっていく。

 

 雲を抜ける。

 青い空を抜ける。

 画面の端が、熱で赤く焼ける。

 

 罪木は、遠くにいる誰かへ手を伸ばすように腕を上げた。

 

 口元は笑っていた。

 

 次の瞬間、巨大な腕は眩しい光に包まれた。

 

 通信映像が乱れる。

 

 白い点だけが残り、それも消えた。

 

 モニターへ一本の直線が走る。

 

『おしおき完了』

 

     *

 

 地上へ戻ると、既に夜だった。

 

 ホテルのレストランへ集まっても、誰も夕食を始めようとしない。

 

 左右田が、いつもの数だけ水を机へ置いた。

 

 三本多かった。

 

 途中で気づき、澪田と西園寺と罪木が使っていた席を見て、そのまま回収できなくなった。

 

「置いとけば」

 

 終里が言う。

 

「喉渇いて戻ってくるかもしれねえだろ」

 

 戻らないことは、終里にも分かっている。

 

 左右田は何も言わず、三本を机に残した。

 

 ソニアは温かい茶を淹れたが、自分の分には口をつけなかった。田中の四天王も、今夜は器から餌を取らず、マフラーの奥に固まっている。

 

 九頭龍は、西園寺の席へ背を向けて座った。

 

「昨日まで、うるせえくらい人のことチビヤクザって呼んでたくせによ」

 

 返す相手はいない。

 

「一人で着られるようになって、それで死ぬとか、笑えねえだろ」

 

 七海が隣の椅子へ座った。

 

「うん。笑えないね」

 

 慰める言葉にはしなかった。

 

 日向は罪木の席を見た。

 

 三日間、誰よりも働いていた。

 

 昨夜は同じベッドで眠った。

 

 その前に二人を殺し、今朝は何も知らない顔で病院へ来た。

 

 どれか一つを偽物にすれば理解できる気がした。

 

 けれど、罪木はどちらも自分だと言った。

 

「葦原」

 

 左右田の声に、日向が顔を上げる。

 

 葦原はテーブルの端で、裁判中に聞き取った答えを紙へ書いていた。

 

 文字が途中から傾いている。

 

「オメー、もう寝ろ。病院でもほとんど寝てねえだろ」

 

「分かってる」

 

「分かってるヤツは、今その紙しまうんだよ」

 

 葦原は紙を折った。

 

 左右田へ反論はしなかった。

 

「コテージまで送るか?」

 

 日向が聞く。

 

「一人で帰れる」

 

 答えは普段通りだった。

 

 それ以上を聞かせない返しでもあった。

 

 一人ずつ席を立つ。

 

 誰も、おやすみとは言わなかった。

 

     *

 

 レストランを出たところで、葦原は後ろから続く松葉杖の音に足を止めた

 

 狛枝が追いつく。

 

「……寝られる?」

 

 左右田に言われた時、葦原は分かっていると答えた。

 

 同じ質問のはずなのに、狛枝には違う返事が返った。

 

「……無理かも」

 

 葦原は立ち止まった。

 

「目閉じると、考えてた順番がばらばらになる。眠いけど、寝られる感じしない」

 

「それでも、一人でコテージへ戻るの?」

 

「戻るつもりだった」

 

 過去形だった。

 

 狛枝は返事を待った。

 

 葦原はしばらく地面を見たあと、顔を上げる。

 

「狛枝くんの、寝てるところ見てていい?」

 

「病院で散々見たんじゃない?」

 

「あれは寝てるっていうより、死にかけてた」

 

「厳密だね」

 

「今は、普通に寝るだけでしょ」

 

 狛枝は自分のコテージの方角を見た。

 

「じゃあ、ボクが起きたら、今度は葦原さんが寝る?」

 

「……いいの?」

 

 確認する声が、普段より小さい。

 

「ボクなんかの寝顔でよければ、好きなだけ使ってよ」

 

「顔を使うわけじゃない」

「そこも厳密に分けるんだ」

 

 葦原の口元が、ほんの少しだけ動いた。

 

 二人は狛枝のコテージへ向かった。

 

     *

 

 部屋へ入ると、葦原はベッドの横へ椅子を置いた。

 

 病院と同じ位置になりかけ、一度だけ離す。

 

 手を伸ばして届かないくらいの場所で止めた。

 

「キミはそこで朝まで起きているつもり?」

 

 狛枝がベッドへ腰を下ろす。

 

「ボクが起きたら交代ね」

「ゆっくり寝てていいよ」

「起きなかったらどうするの?」

「人は朝になったら大体起きる」

「ボクじゃなくて、生理現象への信頼だね」

 

 狛枝は松葉杖を壁へ立て、横になった。

 

 熱はない。

 

 咳も、病院にいた時より減っている。

 

 葦原は何も質問しなかった。

 

「罪木さんから、もっと聞きたかった?」

 

 狛枝が尋ねる。

 

「うん」

 

「人が三人死んだ直後でも?」

 

「死んだから。次に聞けない」

 

 葦原は折った紙を膝へ置いた。

 

「希望ヶ峰に入ったあとの記憶が、年単位で消えてるかもしれない。罪木さんはその先を知ってた。今までで一番、答えに近い人だった」

 

「だから、処刑を止めたかった?」

 

「止められないでしょ。聞ける時間を伸ばしたかった」

 

 返事に迷いはなかった。

 

 狛枝は目を閉じた。

 

「キミらしいね」

 

「それ、いい意味?」

 

「今のボクは嘘をついていないよ」

 

「意味は一個じゃないって、今日話したでしょ」

 

「そうだったね」

 

 狛枝の声が少しだけ緩んだ。

 

「じゃあ、眠っている間に分類しておいてよ」

 

「今はしない」

 

「珍しいな」

 

「頭動かすと寝られないから」

 

 葦原は椅子の背へ身体を預けた。

 

 狛枝が眠るまで見ていると言った人間の方が、先に何度も瞬きをしている。

 

「おやすみ、葦原さん」

 

「おやすみ、狛枝くん」

 

 狛枝はそれ以上話さなかった。

 

 しばらくすると、呼吸がゆっくり一定になる。

 

 葦原はベッドから少し離れた椅子で、その音を聞いていた。

 

 病院にいた時のように、次の一息が来るか確かめる必要はない。

 

 やがて膝の紙が床へ滑り落ちた。

 

 狛枝が眠るのを見ていた葦原も、椅子の上で眠っていた。

 

 今度は、どちらの呼吸も数える者はいなかった。

 

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