最初に動いたのは、メカ弐大だった。
「破壊してよいなら、ワシがこの壁を打ち抜くぞ!」
拳を引く。
『施設を壊したら校則違反だからね! 修理費の代わりに、おしおき代をいただきまーす!』
天井のスピーカーが、待っていたように答えた。
「閉じ込めておいて、出口壊すのは禁止かよ」
九頭龍が吐き捨てる。
左右田は返事もせず、扉の縁へ指を差し込もうとしていた。蝶番も錠も室内側にはない。継ぎ目を上から下まで辿り、次に壁へ耳を当てる。
その反対側では、葦原が床へ膝をついていた。
ストロベリー模様の敷物を捲り、壁との境目を押す。左右田とほとんど同じ順番で調べているのに、二人は一度も相談しなかった。
「二人とも、分かりそうか?」
日向が聞く。
「分かるも何も、開ける側の部品がこっちにねえんだよ」
「壁も表面だけ。叩いた音が途中で変わるから、裏に空間はある」
葦原は立ち上がり、赤と白で塗り分けられた壁を見た。
「この色使い、ムカつくんだけど」
「そこは今どうでもいいだろ!」
「ずっと見なきゃいけないなら、どうでもよくない」
左右田は言い返しかけ、赤い壁を見たあと、舌打ちだけした。
閉じ込められた部屋の外にも、通路は続いていた。
一行は手分けをせず、全員で移動した。誰か一人が見えなくなる状態を作らないためだった。
赤色で統一された棟には、客室、談話室、電話、そして中央の大きな塔へ続く扉がある。別の場所へ繋がるエレベーターもあった。
エレベーターで移動した先は、緑色の建物だった。
「今度は葡萄……いえ、マスカットでしょうか」
ソニアが壁の模様へ顔を近づける。
「ストロベリーよりは目に優しいね」と七海が言った。
「比較対象が悪すぎる」
葦原はエレベーターの扉が閉じるまで、床と枠の隙間を見ていた。
マスカット棟にも、ストロベリー棟と同じような客室と談話室があった。間取りは左右を反転させたように似ている。中央の塔へ入ると、壁の色だけが赤から緑へ変わった。
「さっきの塔とは別か?」
終里が天井を見上げる。
「確かめてみよう」
七海が言った。
日向の電子生徒手帳を、床の端へ置く。一度マスカット塔を出てストロベリー棟へ戻り、逆側から塔へ入った。
赤い壁の前に、日向の生徒手帳が落ちていた。
「同じ部屋だな」
九頭龍が、反対側にあるはずの扉を振り返る。そこには扉の代わりに赤い壁が続いていた。
「片方を開ける時、もう片方を隠してる」
葦原が床へ屈み込む。
「二棟が横並びって前提が違うんだと思う」
葦原は塔の天井、床、入口の順に指を向けた。
「高さをずらして重ねてる。エレベーターは棟の間じゃなく、上と下を移動してる。塔も一つ。こっちが動くのか、通路側が切り替わるのかまでは開けないと分かんない」
「なら、エレベーターが開けられれば、一番下まで降りて外へ出られないか?」
日向が聞く。
「停止位置をこっちで決めれりゃな。さっきからそれ調べてんだよ!」
左右田の声が尖った。
「操作盤の裏は封印、繋がりそうな天井板も固定、非常停止もこっちから触れねえ。 気を失った時に工具ごと取られて道具も足りねぇんだよ!」
左右田が床を殴る。
葦原は黙って、もう一度エレベーターへ向かった。扉の合わせ目へ爪を入れ、すぐに離す。今度は左右田も怒鳴らなかった。
構造が分かったところで、制御部分は壁の向こうにある。
メカ弐大が扉を左右へ引いても、動かなかった。田中の破壊神暗黒四天王が通れそうな隙間さえ、内側へは続いていない。七海がストロベリー棟とマスカット棟の電話を繋ぎ、日向と九頭龍が同時に扉を操作しても、片方の塔が開いている間はもう片方が反応しなかった。
最後には、モノクマがエレベーターの上へ現れた。
「仕組みを見抜くなんて、さすが専門家コンビ! でも、脱出ゲームじゃないから正解の出口はありませーん!」
「無理やり閉じ込めて殺し合いって、コンセプトずれてない?」
葦原が見上げる。
「ずれてないよ。閉じ込めるところからが、学園長こだわりの演出です!」
「演出なら、せめて色を増やして」
「ストロベリーとマスカットだけでーす!」
モノクマが消えたあとも、出口は増えなかった。
葦原は塔の中央へ戻ってくると、狛枝の隣へ座った。背中を丸め、膝へ額がつきそうなほど俯く。
「お疲れさま」
狛枝が声をかける。
「何もできてない」
「仕組みは分かったんでしょう?」
「分かったところで、何も出来ない」
葦原は赤い床を指先で二度叩いた。
「工具があれば?」
「いくつか試せる。成功する前に、モノクマが禁止すると思う」
「ずいぶん信用されているね」
「エンジンもそうだったでしょ」
あと一つで動くところまで作らせて、そこから連れ去った。
狛枝が答える前に、左右田が塔の向こうから叫んだ。
「葦原! 勝手に諦めてんじゃねえ! もう一周見るぞ!」
葦原は顔を上げた。
「どこ」
「客室だ! 使える金具があるかもしれねえ!」
立ち上がりかけたところで、天井のスピーカーから笑い声が落ちる。
『備品を分解したら器物損壊だからね!』
左右田が両手を上げた。
「ほらこれだよ!」
*
客室は、各棟に五つずつあった。
豪華な部屋が二つ、普通の部屋が一つ、粗末な部屋が二つ。
「男女で棟を分けた方が、夜に何かあった時も分かりやすいと思います」
ソニアが提案した。
「オレはどっちでもいいけど」と終里が言う。
「オレはソニアさんと同じ棟で全然――」
「分けるぞ」
九頭龍が左右田の言葉を切った。
「では、ストロベリー棟の部屋はじゃんけんで決めようではないか!」
メカ弐大が右手を掲げる。
「待って」
全員が拳を出す前に、葦原が狛枝を見た。
「普通の部屋、取ろうとしてみてよ」
「ボクが?」
「うん。幸運がどう決めるのか見たい」
「欲しいと思わなきゃ駄目かな?」
「どう思う?」
狛枝は、三種類の扉を見た。
「客観的には豪華な部屋が当たりだろうね。普通の部屋を選ぶことが、あとで一番いい結果に繋がる可能性もある。でも、今のボクが本当に欲しがっていないなら、条件としては弱いかな」
葦原は一度、三種類の扉を見比べた。
「普通の部屋になったら、狛枝くんの頭撫でてあげる」
左右田の拳が途中で止まった。
「豪華な部屋なら何もなし」
「それなら、普通の部屋が一番欲しいな」
「本気で?」
「もちろん。超高校級の設計士に幸運を認めてもらえる機会なんて、そうないからね」
「撫でるのは幸運認定と別」
「どちらでも、ボクにとっては十分なご褒美だよ」
「オメーら、部屋決めで何やってんだよ!」
左右田が怒鳴った。
「実験」と葦原が答える。
「何でもかんでも実験に使うんじゃねえ」と九頭龍が続けた。
じゃんけんが始まった。
狛枝は、最初に勝ち抜けることも、最後まで負け残ることもなかった。
豪華な部屋を選べる二人が先に抜け、普通の部屋が一つだけ残っている順番で勝った。
「本当に取ったね」
葦原が言う。
「キミが欲しい物を用意してくれたからだよ」
狛枝が少し頭を下げる。
葦原は右手を置き、白い髪を二度、ゆっくり撫でた。
周囲が静かになる。
「……これでいい?」
「うん。普通の部屋でよかった」
「こいつの幸運、そんなことにも使えんのかよ……」
左右田が呟く。
「相応の供物に、因果が応えたまでだ」
田中は腕を組んだ。
「頭を撫でるのが供物なわけね」
葦原が手を離す。
最後まで残ったのは、日向だった。
「俺、廊下かよ……」
「マスカット側の部屋が一つ余ってるよ」
七海に言われ、日向は女子側の粗末な部屋を使うことになった。
それまで何も言わずに札を見ていた葦原が、口を開く。
「じゃあ、別に男女で分けなくてよくない?」
声が、さっきより少しだけ低かった。
「日向さんだけ廊下は可哀想です」
ソニアが答える。
「安全のためでもあります。 ほかの方は最初の分け方を守りましょう」
「そう」
葦原は自分の部屋の札を持って、先にマスカット棟へ戻った。
狛枝は遠ざかる背中を見た。
普通の部屋を取った時には撫でてもらえた。
同じ棟を望めば、幸運は何を当たりと決めるのだろう。
今夜それを試す理由はなかった。
彼女が先に言わなかったことまで、自分の都合で明らかにしたくはなかった。
狛枝は普通の部屋へ入り、一人で扉を閉めた。
頭へ残った掌の感触は、豪華な寝具より長く消えなかった。
*
翌朝、午前七時。
食事の代わりに用意されていたのは、マスカット塔でのモノクマ太極拳だった。
「健康なコロシアイは、健康な身体から! 空腹なんかに負けず、元気よくいってみよー!」
モノクマが片足を上げる。
「朝飯も出さねえくせに、健康語んな!」
左右田の動きは、最初から太極拳になっていなかった。
メカ弐大だけが、モノクマより大きく腕を回す。
「体内の機構を起こすには有効な運動じゃあ!」
「動けば腹減るだろ!」と終里が叫ぶ。
「既に減っておるなら同じことよ!」
「同じじゃねえ!」
田中は四天王を肩へ乗せたまま、独自の型を作っていた。ソニアがそれを真似し、左右田がモノクマの型と田中の型のどちらに合わせるか迷って、両方とも崩す。
七海は目を閉じたまま立っていた。
「七海、寝るな」
「セーブ中……じゃなくて、呼吸を整えてるよ」
日向が肩を叩くと、七海は片目だけ開けた。
体操が終わっても、食事は現れなかった。
葦原と左右田は、すぐにエレベーターへ戻った。残った者は、空腹から意識を逸らせる話題を探した。
「なあ」
終里が、田中の肩を見た。
四天王が一斉に外套の内側へ隠れる。
「何も言ってないだろ」
「貴様の目は言葉より雄弁だ。破壊神暗黒四天王は非常食ではない!」
「まだ食わねえよ!」
「まだ、と言ったな?」
「三日くらいしたら考えるかもしれねえけど」
「一日たりとも考えるな!」
ソニアが真剣な顔で間へ入った。
「ハムスターさん一匹では、皆さまのお腹は満たせません」
「問題はそこではない!」
田中の声が談話室へ響く。
九頭龍が額を押さえ、七海が「この話は逆効果だったね」と呟いた。
葦原と左右田が戻ってきたのは、夕方だった。
エレベーターの扉を塞いでいる板を外そうと、客室の金具を使ったらしい。金具は途中でモノクマに回収され、板は傷一つない状態へ戻されていた。
「成功間際ですらねえぞ」
左右田は談話室の長椅子へ倒れ込んだ。
「道具にしようとした時点で没収された」
「ベッドの留め具一本くらい使わせてよ」
「校則違反の芽を早期摘発する、頼れる学園長ですから!」
どこからともなくモノクマの声がした。
葦原は天井を睨み、狛枝の方へ向き直る。
「今日、こっちで寝ない?」
談話室にいた全員へ聞こえる声だった。
「マスカット棟で?」
「朝の体操、こっちだし。ストロベリーから歩いて来るより近いよ」
「移動距離の問題なんだ」
「それもある」
葦原は、狛枝が続きを待っても理由を足さなかった。
「ちょっと待て!」
左右田が長椅子から起き上がる。
「昨日分けた意味どこ行った! 日向は例外だとして、狛枝はなんでいいんだよ!」
「私の部屋、長椅子あったし、狛枝くんはそこで寝れる」
「寝る場所の話じゃねえ!」
「同じ寝台は使わない」
「具体的に言うな!」
九頭龍が左右田の背中を叩いた。
「本人同士が決めたなら放っとけ。騒ぐ体力がもったいねえ」
狛枝はストロベリー棟の自分の部屋から毛布を持ってきた。
その夜から、葦原の部屋の長椅子が彼の寝場所になった。
*
二日目になると、話す言葉が短くなった。
三日目には、立ち上がる前に一度、息を整えるようになった。
メカ弐大を除く九人が、ほとんど同じ速さで弱っていった。
終里は普段なら誰より多く食べる。七海は一食抜いただけなら、眠そうな顔が増える程度だった。九頭龍と左右田では体格も違う。
それなのに、足取りが重くなった時刻も、声から力が抜けた頃も、驚くほど揃っていた。
葦原は午前の体操が終わったあと、一人ずつへ同じことを聞いた。
「今、十段階でどれくらい動ける?」
「なんでだよ」と日向が聞き返す。
「比較したいから」
「四くらい」
「俺は三だ」と九頭龍が言う。
「わたくしも、三か四でしょうか」
「オレは五……いや、四だな」
左右田は見栄を張りかけて訂正した。
終里も、田中も、七海も、答えは大きく違わなかった。
「やっぱり、身体の作りが雑なんだと思う」
葦原が言った。
「雑?」
日向が顔を上げる。
「現実の身体なら、体格も元の栄養状態も違う。全員が同じ段階で動けなくなる方が不自然」
「前に言ってたよね。ここがプログラムの中かもって」
「空腹の減り方も同じ設定ってこと?」
七海の問いに、葦原は頷いた。
「たぶん。空腹って状態だけ、同じ割合で足されてる」
「だが、苦しいのは本物だぞ」
九頭龍が腹を押さえる。
「うん。でも、これだけで死ぬ処理は入ってないかもしれない」
空気が少し変わった。
「餓死しねえってことか?」
左右田が聞く。
「可能性の話。私たちが順番に餓死しても、殺し合いにはならない。モノクマは学級裁判を始められないし、人数が減るだけでつまんないでしょ」
「だから、死なない程度に苦しませて、誰かが手を出すまで待つ……」
ソニアが言葉を引き取る。
「その方が、モノクマの目的には合う」
「死なない保証にはならないよ」
七海が静かに言った。
「うん。確かめるには、誰かが最後まで待つしかない」
その確かめ方を選べる者はいなかった。
空腹が死に繋がらないとしても、苦しさが消えるわけではない。むしろ、終わりがない可能性だけが増えた。
*
三日目の夜、全員がマスカット棟の談話室へ集まった。
一人にしないこと。眠る時間をずらし、誰かが必ず起きていること。塔やエレベーターを調べる時も、二人以上で動くこと。
日向が確認すると、九頭龍が頷いた。
「今はそれしかねえ。腹が減って正常じゃなくなってんのは、全員同じだ」
「誰かが殺すまで、これを続けるの?」
葦原が聞いた。
椅子の背へ寄りかからず、両手を膝の上に置いている。
「殺すのを待ってるんじゃない」と日向は答えた。
「私たち以外の誰かが死ねって思いながら待つの、殺すのと一緒じゃない?」
誰もすぐには返さなかった。
一人にしないための決まりは、殺人を防ぐためのものだ。
同時に、誰かがそれを破るまで時間を延ばす決まりでもある。
「同じではありません」
ソニアが答えた。
「考えてしまうことと、選んで命を奪うことは違います。同じなら、今こうして互いに一緒にいる意味もなくなってしまいます」
「でも、このままなら終わらない」
「だから、出口を探すんだろ」
左右田が言う。
「何回止められても、次を考えりゃいい」
「次も止められる」
「やる前から決めんな!」
葦原は左右田を見た。
「もう、みんな死んでよくない?」
椅子の軋む音がした。
終里が立ち上がりかけ、力が入らず座り直す。
「よくねえよ」
声だけは強かった。
「自ら生を捨てることだけは、断じて認めん」
田中が低く言った。
「生へしがみつく意志を失った時点で、貴様は既にこの箱庭の主へ屈している」
「生きるための鍛錬を放棄するなど言語道断じゃ!」
メカ弐大もそう続けた。
葦原は動くのも面倒、とでも言うようにゆっくりと答える。
「全員で死んだら、モノクマはつまんない。そしたら二度目はやらないでしょ。 次の私たちのための一手だよ」
「次がある保証はないよ」
七海が葦原を見た。
「ここがゲームに似ていても、わたしたちの命にリトライがあるとは限らない」
「あるかもしれない」
「今のオメーはどうすんだよ!」
左右田が立ち上がる。
「全部どうでもよくなっただけじゃねえか!」
葦原は否定しなかった。
狛枝には、その沈黙が、反論できない時のものには見えなかった。
反論するための問題を、もう手元から離そうとしている。
「ボクは賛成できないな」
狛枝が言う。
葦原がこちらを向く。
「全員がここで消えたら、何も残らない。キミたちの才能が、こんな仕掛けに負けて終わるなんて認められないよ」
「希望になる人が一人だけ出るためなら、誰か死んでもいい?」
「その死を踏み台にして、より強い希望が生まれるならね」
「じゃあ、やっぱり誰か死ぬの待ってる」
「そうかもしれない。でも、全員が同じ場所で終わるよりは、ずっと意味がある」
「その意味、死ぬ人には関係ないよ」
狛枝は笑った。
「キミは、こういう時だけはボクを迷わず否定するね」
「今は狛枝くんが変」
「今だけかな?」
日向が二人の間へ声を入れた。
「どっちにしても、俺は死ぬつもりはない。全員で死ぬ案も、誰かを犠牲にする案も選ばない」
「俺もだ」と九頭龍が続く。
「わたくしもです」
一人ずつ、短い返事が重なった。
葦原は全員を見回した。
「全員が同意しないなら、できないね」
「最初から同意すると思うなよ」
左右田は怒鳴ったあと、息が続かず椅子へ座った。
話し合いは、出口のないまま終わった。
*
部屋へ戻ってからも、狛枝は長椅子へ横にならなかった。
葦原は寝台の端へ座り、靴を脱ぐ途中で手を止めている。
「さっきの、どこまで本気だったの?」
狛枝が聞く。
「全員で死ぬやつ?」
「うん」
葦原は片方の靴を床へ置いた。
「誰か一人が死ぬよりはいいと思った」
「キミ自身も含めて?」
「狛枝くんを残して死ぬのも、狛枝くんが先に死ぬのも嫌だし」
もう片方の靴も脱ぐ。
「一緒ならいいやって思った」
「ボクと一緒なら、死んでも?」
「うん」
答えるまでに迷いがなかった。
狛枝は、頭を撫でられた時より長く、何も言えなかった。
自分と一緒にいたいと言われることを、望んでいなかったわけではない。
けれど彼女が選んだのは、同じ部屋でも、同じ朝でもなく、同じ終わりだった。
「それは、喜んでいい言葉じゃないね」
「喜ばせようとしてない」
「ボクを一人にしないために、ほかの全員まで巻き込むの?」
「それだけじゃない。全員が死んだら、モノクマの欲しい殺し合いにはならない」
「それでも、一緒に死ぬ相手へボクを選んだ」
葦原は狛枝を見た。
「狛枝くんがいいと思った」
狛枝の幸運は、欲しい物をどんな形で与えるか分からない。
普通の部屋を望めば、普通の部屋が残った。
葦原に近くにいてほしいと望めば、彼女は同じ場所で死にたいと言った。
それを幸運と呼べるほど、狛枝は自分の望みを単純にできなかった。
「ボクが死なず、キミも死なない方法があるなら?」
「そっちがいい」
「全員も?」
「できるなら」
葦原は寝台へ身体を横たえた。
「でも、今は見つからない」
狛枝は、部屋の隅に置かれた毛布を手に取った。
「まだ、調べていない場所が一つあるよ」
葦原が目を開ける。
狛枝が思い浮かべた時、葦原がその名を口にした。
「ファイナルデッドルーム」
命がけの脱出ゲームを突破した者に、最高の武器を与える。扉の横には、そう書かれていた。
「モノクマが言ってた船の部品も情報も、まだ見つかってない」
「残ってる場所、ファイナルデッドルームだけでしょ」
「お腹すいて、本当に動けなくなる前に行っておこうと思う」
葦原が言った。
「キミが?」
「仕様が分からないまま待つよりいい。何が命がけなのか、入らないと分からないし」
「入ったあとで、戻れないかもしれないよ」
「だから、動けるうちに行く」
狛枝は毛布を広げ、長椅子へ置いた。
「今夜はやめよう。明日の体操が終わってから、条件を整理して考えない?」
「狛枝くんも来る?」
「少なくとも、キミ一人では行かせないよ」
葦原はしばらく狛枝を見ていたが、やがて目を閉じた。
「分かった。明日」
それ以上話す体力も残っていなかったらしい。
呼吸が一定になるまで、長くはかからなかった。
狛枝は明かりを消さず、長椅子へ座った。
キミ一人では行かせない。
嘘ではない。
彼女と二人で入るとも言っていない。
誰かが危険を試さなければならないなら、葦原より自分の命を使う方が正しい。才能ある彼女を残し、何の役にも立たない自分が先に進む。
希望のためという形にすれば、いつもの選択と変わらない。それだけが理由なら、葦原の寝息を何度も確かめる必要はなかった。
狛枝は、寝台の上の葦原を見る。
全員で死ぬ案を口にした時より、今の方がずっと無防備な顔をしていた。
彼女が先に死ぬのは嫌だと、自分も思っている。
その理由だけは、希望という言葉で言い換えようとしなかった。
狛枝は音を立てずに立ち上がった。
毛布は長椅子へ残し、部屋の扉を開ける。
普通の部屋を引き当てた幸運が、死を名乗る部屋では何を選ぶのか。
葦原が目を覚ます前に、確かめればいい。