翌朝、レストランへ先に集まったのは六人だった。
ソニアは暗黒四天王の籠を隣の椅子へ置き、林檎を細かく切っている。終里が横から一切れ取ろうとすると、四匹が一斉に頬袋へ詰め込んだ。
「速えな、こいつら」
「食料を奪おうとなさるからです」
「一個くらいいいだろ」
「終里のはそっちにあるだろうが」
九頭龍が指す。
「あれはオレの分だ」
「だから、それを食えっつってんだよ」
左右田は入口を何度も見ていた。
「あいつら、また二人揃って来ねえぞ」
「同じコテージへ行ったんだから、一緒に寝てんだろ」
終里がパンを齧りながら言う。
「知ってるよ! 問題は、その先だろ!」
「何が問題なの?」
七海が首を傾ける。
「なんつーか、順序とか、距離とか、色々あんだろ!」
「左右田くんが管理することではないと思うよ」
「オレだって管理してえわけじゃねえ!」
「朝から他人の寝床の話すんな」
九頭龍がスープを飲む。
「本人に聞けばいいだろ」
「聞けるか!」
「オレが聞くか?」
終里が言った。
「やめろ!」
左右田が止めるより先に、レストランの扉が開く。
葦原と狛枝が並んで入ってきた。
「おはよう」
葦原が普段と同じように言う。
終里は挨拶を返さず、正面から聞いた。
「お前ら、昨日やったのか?」
葦原の足が止まった。
「終里!」
左右田の悲鳴が遅れて響く。
「何だよ。聞けって言っただろ」
「オレは言ってねえ!」
「それ以外に何を聞くんだ?」
葦原は終里から目を逸らした。
何を指しているか分からなかったわけではないらしい。耳が少しずつ赤くなっていく。
「……言わない」
「否定しねえんだな」
「言わないって言った」
「じゃあ狛枝に――」
「狛枝くんも言わないで」
答えようとした狛枝を、葦原が先に止めた。
「分かったよ。二人の秘密にしておこうか」
「その言い方やめて」
狛枝の口元に浮かんだ笑みを見て、左右田が両手で顔を覆った。
「何なんだよ、こいつら……」
「終里さん。殿方と女性の夜を、食卓で詳らかになさるものではありません」
ソニアが真面目な顔で注意する。
「あとで女性だけの席で伺いましょう」
「ソニアさんまで聞くんですか!?」
左右田が頭を抱えた。
「プライベートイベントの選択肢を間違えたね」
七海が言う。
「正解あったのかよ」と日向が聞いた。
「何も聞かずに朝食を始める、かな」
「最初に出せ」
実際に何をしたか、周囲が想像しているものとは違っていたけれど、訂正する理由を、狛枝は見つけなかった。
葦原は空いている席へ座り、狛枝が当然のように隣へ入る。
左右田は二人を見比べ、何か言おうとして諦めた。
軽口が終われば、空席が残った。
弐大の大声も、田中の芝居がかった挨拶もない。
昨日まで二人がいた場所を避けるように、残った者たちだけが小さく集まっていた。
その全員が、狛枝には以前と違って見える。
素晴らしい才能を持ちながら、その才能を絶望へ使った者たち。
その中に一人だけ、未来機関から送り込まれた希望がいる。
誰なのかは、まだ分からない。
葦原がそうであればいいという考えは、資料から導いた推測ではなかった。
ただの願望だ。
「なぁ、昨日のファイル」
日向が二人を見て言った。
「朝になったら、どうするか決めるって言ったよな」
葦原の手が一度止まる。
狛枝は上着の内側からファイルを出し、机へ置く。
「今ここで読んでもいいよ。ボクは別に困らないからね」
「駄目」
葦原が答えた。
「また隠す気か?」
「いつもと一緒なら、第五の島へ行けるはず。エンジンに使える部品があるか、先に確かめたい」
「ファイルと何の関係があるんだよ」
「この中には、今の私たちを分断させる可能性を持つ情報がある」
食卓の空気が変わった。
「モノクマが作った記録だから、全部本当とは限らない。でも、読んだら無視できない。エンジンが完成するまでその疑心暗鬼を作る必要はない」
「何を疑うんだ」
九頭龍が低く聞く。
「それを今言ったら、読んだのと同じになる」
「勝手に決めるなよ」
日向が机へ手を置く。
「俺のことは、裁判で勝手に話しただろ。それ以外だけ伏せておくなんて納得できるか」
「ボクが話したんだよ。葦原さんじゃない」
「同じファイルを二人で隠してるのは変わらない」
狛枝は答えず、葦原を見た。
今読ませれば、全員が絶望の残党だと知る。
裏切り者を探す場は、すぐに始められる。
それでも、葦原が他の方法を試したいと言うなら、止める必要はなかった。
それに彼女がエンジンへ使う時間を、狛枝は別のものへ使える。
「あと、どれくらいで完成するんだ」
九頭龍が左右田へ聞いた。
「足りねえ部品が見つかれば、二日。見つからなきゃ完成しねえ」
「なら二日だ」
「九頭龍!」
「ただし、終わったら全部見せろ。船が使えようが使えまいが、その先は待たねえ」
九頭龍が葦原を見る。
「それでいいか」
「うん」
「狛枝は?」
「みんながそう決めるなら、構わないよ」
狛枝はファイルを懐に仕舞った。
葦原は何も言わなかった。
食事が終わる頃、レストランの入口からモノミが転がり込んできた。
「み、みなさん! 最後のモノケモノを倒しまちた!」
白い身体のあちこちが汚れ、片耳に泥のような染みが付いている。
「これで、五番目の島へ行けまちゅ!」
「最初から全部倒せよ」
九頭龍が吐き捨てる。
「できたら、とっくにやってまちゅ!」
モノミが両耳を振り上げた。
それぞれ第五の島へ向かう準備を始める。
レストランを出たところで、葦原が呼び止める。
「第五の島、一緒に行こ」
「左右田クンと行かなくていいの? エンジンに使える部品があるかもしれないよ」
「必要なものがあったらその時連絡すればいい」
「それなら、七海さんや日向クンでもいいんじゃない?」
「狛枝くんと行きたい」
ファイルを読む前と、何も変わらない調子で言われた。
「ボクが、キミを殺すかもしれないよ」
「今は殺さないでしょう」
「どうして分かるのかな」
「今、私一人を殺しても、裏切り者を残すことにはならない。狛枝くんの目的に合わない」
狛枝は僅かに目を細めた。
裏切り者以外をどうするつもりか、葦原へ話したことはない。
けれど、彼女はオクタゴンで資料を読んだ時から、狛枝がどこへ進むかを考えていたらしい。
「目的とは関係なく殺すかもしれないよ」
「それなら、昨日寝てる間にできた」
「ずいぶん信用されているね」
「信用じゃなくて、今までの結果」
「何か隠しているかもしれないよ」
「だから近くにいる」
「キミは警戒しているのか、一緒にいたいだけなのか、どちらなんだろうね」
「両方」
葦原は答えを一つに決めず、狛枝の前へ手を出した。
取るべきではない。
絶望である彼女と距離を置き、未来機関の人間を探すことだけに集中するべきだ。
それでも狛枝は、その手を取った。
「本当に、ボクは困ってばかりだね」
「嫌?」
「嫌じゃないから困ってるんだよ」
二人は手を離さないまま、第五の島へ向かった。
*
第五の島には、これまでの島とは違う大きな建物が並んでいた。
軍事施設、工場、研究施設。観光客が休暇を過ごすための場所には見えない。
左右田たちは、機械部品がありそうな、ワタツミ・インダストリアルという看板が残る施設に集まっていた。
「ここ知ってるぞ」
左右田が看板を見上げる。
「絶縁材とか機械部品を作ってる会社だ。そんなデカい会社じゃねえけど、研究設備は結構いいって聞いたことある」
建物の内部には、用途の分からない機械が何台も並んでいた。
人型の骨格を組み立てる腕。金属板を切り出す装置。別の区画には、動物を模した大型機械の部品が積まれている。
「モノケモノを作った場所かな」
七海が装置を見上げる。
「元からじゃない」
葦原は床へ屈み込み、機械の脚と基礎の境目を見ていた。
「柱と搬入口は研究施設の使い方。製造設備だけ後から入れてる」
「モノクマが作ったのに、後も先もねえんじゃねえのか?」
左右田が聞く。
「作った順番はなくても、設計の順番は残る。最初からこの機械を置くなら、柱を二十センチずらす。排気もこんな遠回りにしない」
葦原は天井へ伸びる管を目で追う。
元の建物を壊さず、新しい設備を収めるために、配管は二度折れ曲がっていた。
「建物が先。モノケモノが後」
工場の奥には、密閉型の軸受けや防水処理された部品が保管されていた。
左右田が一つを持ち上げ、型番を確認する。
「これ使えるぞ! 海水が入るとこの処理、ずっと弱かったんだよ!」
葦原も別の箱を開ける。
「軸継手もある。寸法合えば、遊園地のモーターと繋げられる」
「持って帰って測る。オメーも来い」
「ほかの建物見てから」
「先にやることあんだろ!」
「どれが使えるか決めるのも先」
左右田は言い返しかけたが、葦原が既に次の棚を見ているのを見て諦めた。
「勝手に軍事施設の武器触んなよ!」
「誰に言ってるの?」
「二人ともだよ!」
左右田は使えそうな部品を台車へ載せ、先にホテルへ戻っていった。
別の区画にはモノクマの顔をした工場があった。ベルトコンベアの上を大量のモノクマが流れ、無人の機械によって次々と組み立てられていた。
葦原は製造線ではなく、工場全体を見ていた。
入口。
柱。
天井を通る配線。
製造線の横へ続く細い通路。
視線が、一つずつ順番に動いていく。
やがて、葦原は何も言わずに歩き出した。
製造線の流れへ逆らい、工場の右端へ向かう。
そこには、継ぎ目のない白い壁しかない。
葦原は壁の端へ指を掛けた。
狛枝には何もないように見えた場所から、細い板が外れる。その内側に、埋め込まれた取っ手があった。
「よく見つけたね」
「ここにあると思ったから」
取っ手を引く。
壁の一部が開き、狭い点検通路が現れた。
照明は自動で点く。
葦原は迷わず中へ入った。
「初めて来た場所だよね?」
「うん」
「どこへ繋がっていると思う?」
「制御室。途中で二つに分かれて、左が電源、右が製造線の裏」
通路は、葦原が言った位置で二つに分かれていた。
左へ進むと、予備電源と配線盤が並ぶ小部屋に出る。
右側には、工場全体を見下ろせる制御室があった。
葦原は室内へ入らず、入口で止まった。
「どうしたの?」
「これ、違う」
「何が?」
「ほかの建物と違う」
葦原は、ガラスの向こうで動き続ける製造線を見る。
「島の建物は、表に出るところが別の人で、見えないところだけ私だった。写真とか記録にない部分を、私の考え方で埋めたように見えた」
「ここも、点検通路はキミらしいんでしょう?」
「通路だけじゃない」
葦原は床を指す。
「柱を決めたところから私。搬入、製造、検査、保管をこの順番に置いたのも私。壊れた区画を切り離す位置も、予備線を二本に分けたのも」
「モノクマの顔まで?」
「顔と籠は違う。完成品をあんなところへ落としたら、検査と保管が繋がらない。見せるために後から変えてる」
巨大な籠の手前で、床の線だけが不自然に途切れている。
本来は、その先に別の設備が続いていたのかもしれない。
「でも、建物と製造線は私」
声は平らだった。
驚いているようにも、怯えているようにも聞こえない。
狛枝は制御室へ入った。
壁一面に、製造線の状態を示す表示が並んでいる。一つの区画を停止させるボタンはあるが、工場全体を止める操作は見当たらない。
「非常停止は?」
「製造区域にはない」
「危険じゃないかな」
「止める人を信用してないから」
葦原は制御盤の端を示した。
「一人が何かしても、その区画しか止まらない。隣へ迂回して製造は続く。管理側から全部切ることはできるけど、工場の中にいる人には触れない」
「作業する人より、作っている物を守るんだね」
「作業する人が壊しに来る前提なんだと思う」
「絶望らしい設計だ」
「そうだね」
葦原は否定しなかった。
「誰かに命令されて作った可能性は?」
「命令されたなら、要求された量を作れるところで止める」
葦原の指が、複数に分けられた製造線を順に辿る。
「これは、壊される前、止められる前、部品を抜かれる前まで考えてる。頼まれてない問題まで先に潰してる」
「キミが、作りたかった?」
「多分」
答えるまでに、長い時間はかからなかった。
「モノクマ一体を守るより、壊されても困らない数を作る。意識を一つにして、身体だけ交換できるようにする」
工場へ入った直後、葦原はモノクマを、同じ制御元から動く端末だと考えた。
初めて見た仕組みを推測したのではない。
過去の自分と同じ問題へ、同じ順番で答えを出したのかもしれない。
「作っていた時、楽しかったと思う」
葦原は工場を見下ろした。
「壊されても止まらない。私の理想に近い設計」
「働く人間の安全を、要件から外してる。現実なら通らない」
ファイルに書かれた一行より、ずっと明確だった。
葦原は、超高校級の絶望だった。
その才能を奪われたのではなく、自分から絶望のために使った。
嫌うべき理由が、ようやく中身を持った。
「素晴らしいね」
狛枝の口から笑いが出る。
「これほどの才能が、モノクマの身体を増やすために使われたんだ。希望の象徴だったはずの才能が、自分から絶望を守る仕組みを作った」
「狛枝くん」
「どうしたのかな?」
「何考えてるの?」
答えは決まっているはずだった。
絶望へ才能を捧げた葦原を、嫌悪するべきだ。
「才能の使い方について、かな」
「そう」
葦原はそれ以上聞かなかった。
製造線へ視線を戻す。
狛枝は彼女の横顔を見た。
怒りより先に、自分が感じたものを認めたくなかった。
見えない通路を迷わず進み、過去の自分が作った構造を一つずつ読み解いていく姿を、好ましいと思った。
絶望のために使われた才能なのに。
制御室のモニターへ、モノクマの顔が映った。
『いやあ、過去の自分との感動的な共同作業! 忘れていても、身体は覚えてるんだね!』
「この工場の図面、どこから持ってきたの?」
『自分の作品だって証拠はあるの? ちょっと似てるからって、何でも自分の物にするのはよくないよ!』
「違うなら、元の設計者を教えて」
『企業秘密でーす!』
モノクマの顔が消える。
否定はしなかった。
葦原は制御室を出る。
「もういいの?」
「見たいところは分かった」
「止めなくていいのかな」
「止めても、別の端末が動く。管理側を探さないと意味ない」
工場の外へ出る。
次に入った軍事施設には、銃器、弾薬、爆発物が並んでいた。
殺し合いに使えと言わんばかりに、種類ごとに分けて保管されている。
狛枝は、遠隔操作用の装置が置かれた棚の前で足を止めた。
「狛枝くん」
「何?」
「さっきから爆弾ばかり見てる」
「島にある物を確認しているだけだよ」
「必要?」
「希望を残すために、必要になるかもしれないね」
葦原が狛枝を見る。
「持ち出したら分かるよ」
「止めるつもり?」
「その時に決める」
「今は止めないんだ」
「まだ、狛枝くんが何を作るか見てる」
葦原は棚と狛枝を、交互に見た。
警戒している。
それでも離れようとはしない。
狛枝は棚から目を逸らした。
*
その日から、葦原と左右田はエンジンの完成へ取りかかった。
ワタツミから運んだ部品を測り、遊園地のモーターと繋ぐ。空港に残っていた機体から使える部分を外し、小型船へ載せられる大きさまで組み直す。
「そっち持て!」
左右田が声を上げる。
日向と終里が軸を支え、九頭龍が台を固定する。七海は図面と実物を見比べ、ソニアは必要な部品を順番に渡していた。
葦原は製造途中のエンジンの周囲を何度も回る。
部品を一つ入れるたび、次に外す時の経路まで確かめている。
モノクマ工場を設計したのと、同じ才能だった。
壊されても止まらない工場。
この島から出るためのエンジン。
使っている思考は変わらない。
目的だけが違う。
狛枝は、その事実を受け入れられなかった。
才能は希望のためにある。
絶望へ使われた才能は、汚れている。
そうでなければ、自分が信じてきたものの境界が消える。
狛枝は作業を手伝いながら、何度かその場を離れた。
葦原はそれを見ただけだった。
*
二日後、エンジンは完成した。
浜辺では、残った全員が試運転を見守っている。
「電圧正常、冷却も問題なし。推進軸、回すぞ!」
左右田が操作装置へ手を置く。
「やって」
葦原が答えた。
スイッチが入る。
船尾のプロペラが海水を掻き、船体が前へ進み始めた。
最初はゆっくりだった速度が、徐々に上がる。白い航跡が岸から沖へ伸びていく。
「動いた……」
日向が呟く。
脱出できるかもしれない。
誰も口にはしなかったが、全員が同じものを見ていた。
船は無人にしてある。左右田が遠隔操作し、船首へ取り付けたカメラから映像が送られてきていた。
「五百メートル。信号問題なし」
左右田が画面を見る。
「六百。速度も落ちてねえ。七百――」
八百メートルを越えた瞬間、映像が白く乱れた。
「おい!」
左右田が操作装置を叩く。
「信号は切れてねえ! 電力も残ってる! 何で映像だけ――」
「海見て」
葦原が、船の進んだ方向とは反対側を指した。
沖へ向かったはずの船が、島の反対側から現れていた。
同じ速度を保ったまま、岸へ近づいてくる。
左右田が進路を変える。
船は再び島から離れた。
一定の距離を越えると画面が乱れ、今度は別の方向から現れる。
「座標が循環してる」
葦原は船ではなく、測定画面を見ていた。
「島を中心に、一定範囲の海しか作られてない。境界を越えた物体は、反対側へ移される」
「ふざけんな!」
左右田が操作装置を砂へ投げかけ、寸前で握り直した。
「海が続いてねえなら、最初から作らせんなよ!」
『だって、オマエラが作りたいって言ったんじゃん!』
砂の中からモノクマが飛び出した。
『ボクはちゃんと、完成するまで見守ったよ? エンジンは大成功! 脱出は大失敗! 別々に評価すれば五十点だから、赤点ではありませーん!』
「葦原の言い方パクってんじゃねえ!」
『世界の端まで作るのは大変なんだよ。使わない場所へ予算をかけない、素晴らしい設計思想でしょ?』
葦原の目が冷たくなる。
「この世界、私の思考をどこまで使ってる?」
『さあ、どうでしょう!』
「設計データ見せて」
『企業秘密でーす!』
モノクマは笑いながら消えた。
左右田は何も言わず、遠隔操作で船を岸へ戻す。
全員の顔から、先ほどまでの期待が失われていた。
「結局、何やっても出られねえんじゃねえか」
終里が吐き捨てる。
「エンジンは動いた」
葦原が言った。
「だから何だよ。外へ出られねえなら意味ねえだろ」
「脱出方法としては失敗。でも、作ったものは失敗してない」
「同じじゃねえか!」
「同じにしたら、次に使えるものまで捨てることになる」
「次って何だよ!」
「まだ決めてない」
葦原は船からエンジンを外す準備を始めた。
期待を奪われても、止まらない。
絶望を乗り越えたからではない。
起きた結果を分け、使えない条件を捨てただけだ。
「昔のキミも、壊されても止まらないものを作った」
狛枝が言う。
「うん」
「今も同じなんだね」
「目的が違う」
「才能そのものは同じだよ」
「才能に目的はないでしょ。使う人が決める」
葦原はそれだけ答え、エンジンの固定具へ手を伸ばした。
狛枝が信じてきた希望と、葦原の進み方は似ている。
だが彼女は、その才能を希望のためにも、絶望のためにも使えると言う。
その境界を、才能の中に置こうとしない。
ならば、残すべき希望は別に見つけなければならない。
「約束だ」
九頭龍が、狛枝と葦原を見る。
「今夜、あのファイルを開け。今度は待たねえぞ」
「うん」
葦原は、外されたエンジンへ手を置いたまま頷いた。
穏当な出口は閉じた。
同じ二日で狛枝が用意した、もう一つの結果を待たせる理由もなくなった。
*
その夜、約束どおり全員がレストランへ集まった。
狛枝がファイルを、机の中央へ置く。
「話せ」
九頭龍は、最初から狛枝を信用していなかった。終里も入口に近い位置で、狛枝を睨んでいる。
「トリックハウスで、ボクと葦原さんは、この世界の正体を知った」
ファイルを開いた。
「ここは未来機関が作った仮想空間だ。消された記憶を持つボクたちを更生させるための、精神治療用プログラムだった」
「おい、それって……」
左右田が笑おうとしたが、声が引きつっている。
「……葦原の妄想だよな?」
「今日、自分で海の境界を見たでしょ」
葦原が言った。
「建物の生成方法、身体の傷、記憶の削除、罪木さんの証言とも合う。ファイルの全部が正しい保証はないけど、仮想空間と未来機関の部分は、かなり確度が高い」
もう事実を伏せておく理由はなかった。
狛枝は次のページを開いた。
「そして、ボクたちは希望ヶ峰学園の生徒として、この島へ連れてこられたわけじゃない。外の世界で、ボクたちは超高校級の絶望と呼ばれていた」
「絶望……?」
ソニアが青ざめる。
「世界を壊した江ノ島盾子という人物に従い、才能を使ってあらゆる絶望を広めた残党。それがボクたちだよ」
「嘘だ!」
日向が叫ぶ。
「俺たちが、そんなことをするはずがない!」
「嘘じゃないと思う」
葦原が言った。
全員の視線が集まる。
「第五の島のモノクマ工場、たぶん私が設計した」
「何言ってんだよ」
左右田が葦原を見る。
「初めて行った場所だろ」
「点検通路も制御室も、見る前に位置が分かった。建物の補完だけじゃない。柱を決めたところから、製造線の分け方まで私だった」
「似たような設計したヤツがいただけかもしれねえだろ!」
「いや、ちょっと待て」
左右田が思い出すように口に手を当てる。
「モノクマ工場の予備線、二本を一緒に通さず、途中で左右に分けてただろ」
左右田の声が止まった。
「あれ、中学の時にオメーが描いてた機械室と同じだ。片方が壊れても、まとめて持ってかれねえようにするって……」
「うん」
「でも、だからって……」
「命令されて最低限作った形じゃなかった。私が作りたいように作った結果だった。だから、私から作ったんだと思う」
葦原は、自分を守る説明を一つも足さなかった。
「作ってる時、楽しかったはず」
レストランが静かになる。
ファイルに書かれた絶望が、初めて具体的な形を持った。
「キミは少し違うけどね、日向クン」
狛枝は、日向創の項目を開いた。
「日向クンは本科の生徒ですらない。才能を持たず、金を払って希望ヶ峰学園へ入った予備学科の人間だ」
「……裁判でも、そう言っていたな」
「最初から何もなかったんだよ。だから自分の才能を思い出せなかった。当然だよね。存在しないものを、どれだけ探しても見つかるはずがないんだから」
「狛枝くん」
葦原の声が低くなる。
「事実だけ言って」
「事実だよ」
「楽しんで言う必要ない」
「楽しんでなんかいないよ。期待していた分、失望しているだけさ」
日向は座ることもできず、机へ手をついた。
七海がその隣へ移動する。
「日向くん。今すぐ、全部信じなくてもいいと思う」
「でも、ファイルには……」
「ファイルに書いてあることだけで、今までの日向くんが消えるわけじゃないよ」
「随分優しいね、七海さん」
狛枝が呼びかけると、七海は静かにこちらを見た。
「この中には、未来機関から送り込まれた裏切り者が一人いる」
全員の空気が変わった。
「その人だけは、絶望ではない。ボクたちを監視し、更生させるためにプログラムへ入った、正真正銘の希望だ」
「誰なんだよ」
九頭龍が訊く。
「それを知りたいんだ」
「何だと?」
「明日の正午までに、裏切り者が名乗り出てほしい」
狛枝は、軍事施設から持ち出した操作装置を机へ置いた。
「名乗り出なかった場合、絶望の残党は全員死ぬ。希望である裏切り者だけが、ボクの幸運によって生き残る」
「何だよそれ……」
左右田が立ち上がる。
「俺ら全員殺すってのか!?」
「ボクの幸運が本物なら、必要な希望は残る」
「お前も死ぬんだぞ!」
「当然だよ。ボクも絶望の一人なんだから」
「仕掛けた場所は、七つ?」
葦原が唐突に聞いた。
「は!? 葦原は知らなかったのか!?」
日向が混乱した顔で葦原に聞く。
「今、初めて聞いた」
葦原は狛枝を見る。
狛枝も彼女を見た。
「邪魔しちゃ悪いかなって」
「エンジン作ってる間、狛枝くんがいなかった回数が七回」
「よく見てるね」
「どこに置いた?」
「教えると思う?」
九頭龍が机の操作装置へ手を伸ばす。
「それを壊せば――」
「起動装置が一つだとは言っていないよ」
九頭龍の手が止まった。
「ボクを拘束しても構わない。でも、正午に起きることは変わらないかもしれないね」
「てめえ……!」
九頭龍が狛枝へ近づく。
狛枝は椅子から立ち上がった。
葦原も続けて立つ。
「どこへ行く気だ!」
日向が呼び止める。
「狛枝くんと話してくる」
「あいつは、お前も殺すつもりなんだぞ!」
「知ってる」
「だったら――」
「止めるなら、何をしようとしてるか知らないと無理」
狛枝がレストランを出ると、葦原は迷わずついていった。
*
狛枝が向かったのは、旧館だった。
最初の事件が起きてから使われなくなり、今は誰も近づかない。広間からは血も料理もすべて消え、物置には、かつて狛枝を拘束していた椅子と、切られた縄の一部だけが残っている。
狛枝は椅子の背へ触れた。
「懐かしいね」
あの夜、葦原は縄を解かなかった。
危険だから拘束するという判断を変えないまま、水を飲ませ、朝まで狛枝の話を聞いた。不運と幸運は本当に釣り合っているのかと、狛枝が人生へ与えていた意味を、一つずつ外していった。
あの時はまだ、彼女の好意が自分へ向く可能性など考えていなかった。
「ここでキミがボクを見張っていた時は、ボクたちが絶望だなんて思わなかったよ」
「そうだね」
「ボクは最初から、絶望より酷い人間だったかもしれないけどね」
「そういうの、今いらない」
「相変わらずだなあ」
使い慣れた言葉は、今回も何の役にも立たなかった。
自分を先に貶しておけば、相手がそれ以上踏み込む必要はなくなる。ほかの誰かなら、呆れるか、怒るか、慰めるかするところだった。
葦原は、ただ不要な部品として外す。
葦原は物置の扉を閉め、鍵を掛けた。
「ボクを逃がさないため?」
「ほかの人を入れないためでもある」
葦原は出口と狛枝の間へ立った。
視線が、狛枝の持つ操作装置へ落ちる。
「爆弾?」
「全部の島を壊せるほどの量はないけどね」
「箱の中身、確認してない?」
「どうしてそう思うの?」
「軍事施設には、外見が同じ箱が何個もあった。全部が爆薬とは限らない」
「そうだね。ボクも見ていないよ」
「置いた場所も?」
「地図に番号を振って、引いた数字の場所へ置いた。何が入った箱を、どこへ置いたのかは知らない」
「誰がいる場所かも考えなかった?」
「考えたら、ボク自身が結果を選ぶことになるからね」
葦原は少し黙った。
何かを組み立てている時の沈黙だった。
「葦原さんは、よく見てるね」
「狛枝くんのことは見てる」
「それなら、どうして途中で止めなかったの?」
「止めたら、次は私に見えない方法に変えるでしょ」
葦原は操作装置を見る。
「裏切り者を名乗らせたいなら、何も言わずに起動はしない。期限を出すまでは待てると思った」
「ずいぶん危険な観察だね」
「うん。でも、直接聞きたかったから」
狛枝は笑った。
こんな時でなければ、もっと喜べたのかもしれない。あるいは、こんな時だからこそ、その言葉が欲しかったのかもしれない。
「私を殺すなら、狛枝くんが直接殺して」
狛枝の笑みが消える。
「私を殺すなら、幸運やモノクマへ任せず、狛枝くんの手で殺して」
断りの言葉は出てこなかった。
断れば、できない理由まで見つけられる気がしたからだ。
「約束した覚えはないよ」
「嫌だとも言わないんだね」
「起動装置を押すのはボクだ。それなら、殺すのもボクでしょう?」
「結果を選ぶのは幸運」
葦原はすぐに返した。
「全員死んだら、残すべき希望はいなかった。裏切り者だけ残ったら、狛枝くんの幸運が正しい希望を選んだ。どっちになっても、狛枝くんは自分が正しかったことにできる」
「希望が生き残れば、正しいよ」
「生き残らなくても、幸運に選ばれなかったから偽物だったって言える」
「何が言いたいの?」
声が、自分で思ったより低くなった。
幸運は、狛枝が何度も生き残ってきた理由だった。
低い確率の先に必要な結果を残してきた。五発の実弾が入った拳銃からも、空の薬室を選んだ。
それを疑うことは、自分の人生にあった出来事を、意味のない事故へ戻すことと同じだった。
「選ぶのを、才能に任せてる」
葦原は操作装置を見た。
奪おうとはしない。
ただ、それを持っている狛枝を見る。
「私を殺したくないから、誰が死ぬか見なくていい方法にした?」
「キミだけを特別扱いするつもりはないよ」
葦原が絶望なら、ほかの残党と同じだ。
才能を世界の破壊へ使った人間に、生き残る価値はない。自分も、彼女も、例外ではない。
裏切り者が葦原であればいいと思ったことはある。
そうなら、彼女を残したいという願いも、希望を残すという目的へ変えられる。
「モノクマ工場を見たあとから準備を始めたよね」
「キミが絶望だった証拠を見つけたからね」
「それで、嫌いになれた?」
狛枝は答えなかった。
工場は、十分な証拠だった。
葦原は才能を奪われたのではない。
自分からモノクマの身体を増やし、絶望が止まらないための仕組みを作った。
嫌うべきだ。
狛枝は笑った。質問には答えない。
「結論は変わらないよ」
狛枝は操作装置を持ち直す。
「キミが工場を作った。自分から才能を絶望へ使った。今のキミがそれを覚えていなくても、過去にしたことは消えない」
「逃げた」
「もう一度、同じものを作るかもしれないよね」
「作れるよ」
葦原は否定しない。
「設計も嫌いじゃなかった。今見ても、よくできてた」
「それを平気で言えるから、キミは絶望だったんじゃないかな」
「そうかもしれない」
「後悔しないの?」
「覚えてないことを、後悔してるふりはできない」
葦原は少し考え、続ける。
「モノクマを増やすために使ってたことは嫌。でも、設計まで嫌いって言ったら嘘になる」
狛枝が用意した希望らしい答えを、彼女は選ばない。
過去の罪を悔い、世界を救いたいと言えばよかった。
絶望だった自分を捨て、もう一度才能を希望のために使うと言えば、彼女の中に生まれた希望として扱うことができた。
葦原は、自分の中に残る絶望らしい部分まで切り離そうとしない。
それでも、狛枝は彼女を嫌いになれなかった。
「葦原さん」
「どうして、そこまでボクに直接殺されることにこだわるのかな」
「狛枝くんが決めたって分かるから」
「それで何が変わる?」
「幸運に選ばれなかったんじゃなくて、狛枝くんが私を生かさない方を選んだって分かる」
「ボクに選ばれて、殺されたいの?」
「どうせ死ぬなら」
葦原の声は震えていなかった。
死ぬことを望んでいるわけではない。
誰が死んだかも見ない狛枝の幸運へ、自分の命を混ぜられることを嫌がっている。
最後の瞬間まで、狛枝の選択の中にいたいと言っている。
どこまで自分を欲しがるのか。
葦原は、触れられることも、同じ場所で眠ることも、狛枝が死ぬなら一緒に死ぬことも選んだ。
今度は、自分を殺す者にまで狛枝を選ぼうとしている。
喜んでいい言葉ではない。
それでも、ほかの誰かや、形のない幸運へ渡されたくないと思われたことを、狛枝は嬉しいと感じてしまった。
救いようがなかった。
彼女ではなく、その答えを欲しがった自分の方が。
「ボクはキミを好きだよ」
「うん」
もう、その言葉を避ける必要はなかった。
好きであることと、生き残る価値があることは別だ。
そう分けてしまえば、認めるのは簡単だった。
「でも、キミが生き残るべきだとは思っていない」
「それも聞いた」
「明日、裏切り者が名乗り出なければ、キミも死ぬかもしれない」
「狛枝くんも?」
「ボクも絶望だからね」
葦原は少し考えた。
何かを決める時の沈黙だった。
「前にも言ったよ。狛枝くんだけ死ぬより、一緒の方がいい」
「ボクと?」
「うん。私たちがデータなら、この島から出られるかすら怪しいし」
そこで一度、狛枝を見る。
「それで狛枝くんの気が済むなら」
「それを愛情だと思っているの?」
「分からない。でも、今はそう思う」
以前にも、同じ場所で死ぬなら構わないと言われた。
あの時より、言葉の意味は重くなっている。
狛枝が何をしようとしているか知り、彼女自身も殺す対象に入っていると分かったうえで、それでも隣にいると言っている。
「……キミは、ボクに嫌われたくないと言いながら、嫌われるための言葉ばかり選ぶね」
「狛枝くんが、私を嫌いになる理由を探してるから」
「それで、ボクが本当に嫌いだと言ったら?」
「嫌」
短い返事だった。
葦原は、自分を曲げてまで好かれようとはしない。それなのに、嫌われることは拒む。
矛盾している。
彼女はもう、その矛盾を解こうともしなかった。
「なら、もう少し希望らしく振る舞えばいいのに」
「狛枝くんに好かれるために、自分の考えを変えるのは違う」
「自分を曲げてでも、愛する人を止める。それを希望とは呼ばないの?」
彼女がここで、みんなを救うためだと言えばよかった。
世界を壊した罪を償いたい。未来機関の希望を信じたい。もう誰も死なせたくない。
どれか一つでも言えば、絶望だった彼女の中に生まれた希望として扱うことができた。
葦原は、狛枝が用意した答えを一つも選ばなかった。
「呼びたいなら呼んでいい。でも私は、世界を救うために止めるんじゃない」
彼女が近づく。
操作装置を持つ狛枝の手へ、自分の手を重ねた。
奪うための置き方ではなかった。
押さえつけるでもなく、指を外させるでもなく、ただそこに触れる。
「狛枝くんが死ぬのが嫌だから止める」
「随分と身勝手だね」
「そうだね」
否定しない。
「希望のためではないんだ」
「私のため」
葦原は、世界よりも、残された仲間よりも、狛枝が死ぬことを先に置いた。
希望を愛している狛枝なら、軽蔑するべきだった。
超高校級の才能を持つ彼女が、一人の価値のない人間へそこまで執着することを、無駄だと言うべきだった。
なのに胸の奥へ来たのは、嫌悪ではなかった。
そこまで自分を選んだことへの、醜い安堵だった。
「怖くないの?」
「狛枝くんが死ぬ方が嫌」
何を言っても、彼女は希望らしい理由を差し出さない。
正しく見られるために答えを変えず、絶望だと判定される可能性まで残したまま、狛枝の手を取っている。
狛枝が欲しがっていた答えは、たぶんこれだった。
才能や希望ではなく、葦原自身の都合で、自分を選ぶこと。
実際に渡されると、それはあまりに重く、希望と呼ぶには歪みすぎていた。
「狛枝くん」
「何?」
「今すぐ殺す?」
挑発ではなかった。
彼女の手には、ほんの少し力が入っている。
怖くないわけではないらしい。
それでも逃げず、今の狛枝にできるのかを確かめている。
操作装置を押す必要はなかった。
ここには二人しかいない。彼女一人を殺す方法なら、爆弾より確実なものがいくらでもある。
今殺せば、葦原が裏切り者かどうか確かめる前に、可能性の一つを消すことになる。
だから殺さない。
そう説明することはできた。
それだけなら、答えるまでに間を置く必要はなかった。
「……まだ期限前だよ」
「そう」
「安心した?」
「少し」
葦原の肩から、僅かに力が抜けた。
死んでもいいと言いながら、生きられる答えには安心する。
そのことへ、狛枝も安堵した。
期限前だから殺さなかった。
彼女を生かすと決めたわけではない。
狛枝は自分の中に残った境界を確かめる。
葦原は、操作装置に重ねた手を離さなかった。
狛枝も、その手を退けなかった。
その時、扉の取っ手が一度動いた。
開かない。
『おいお前ら! 聞こえてんだろ!』
左右田の声が外から響いた。
『島の遺跡、入口が変わってんだ!』
「遺跡?」
『前は開かなかった扉に、パスワードの入力装置が出てきた。七海が見つけたんだよ! 中へ入れりゃ、このプログラムを止める方法があるかもしれねえ!』
日向たちの声も聞こえる。
『パスワードの手がかりは、島のどこかにあるらしい。爆弾なんか使う前に、こっちを調べろ!』
狛枝は返事をしなかった。
遺跡の内部に、この世界の管理権限へ到達する方法があるのなら、爆弾より確実に裏切り者を見つけられるかもしれない。
「先にパスワード探そ」
葦原が言った。
「見つけた先に、絶望しかなくても?」
「それを見てから決めればいい」
「爆弾の期限は変えないよ」
「じゃあ、それまでに見つける」
「簡単に言うね」
「一人より二人の方が早い」
「ボクと一緒に探すつもり?」
「最初から」
葦原は、重ねたままだった狛枝の指を握った。
狛枝は、未来機関の裏切り者を希望の側へ置き、葦原と自分を絶望の側へ置いた。
葦原は、その分類を否定しなかった。自分だけを希望の側へ移せとも言わない。
絶望の側にいることを認めたまま、狛枝と一緒に別の結果を探そうとしている。
狛枝が彼女の命をどれほど自分の選択から外そうとしても、葦原は気づけばまた隣にいた。
「ネズミー城へ行こう」
狛枝が言った。
「どうして?」
「パスワードを隠すなら、目立つのに意味がなかった場所。遊園地で一番大きいのに、今まで何もなかったからね」
「外れたら?」
「ボクにそれを言うんだ」
「自信あるんだね」
「行こうか」
葦原が鍵を開ける。
期限を取り消したわけではない。
葦原を生かすと決めたわけでもない。
それでも狛枝は、彼女の手を取ったまま、爆弾とは別の結果を探しに行く。
それが未来機関の希望を見つけるためなのか。
葦原を、自分で殺さずに済む結果を探すためなのか。
もう、狛枝自身にも区別できなかった。