希望と絶望は、不幸と幸運に似ている。   作:an-ryuka

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4.

 

 死体発見を告げる放送が止まっても、日向の耳にはあの陽気な声が残っていた。

 

 十神は動かない。

 床へ流れた血だけが、照明の下で濡れて光っている。

 

「十神さん……」

 

 ソニアが掠れた声で名前を呼んだ。

 

 返事があるはずはない。それでも誰も、すぐには死体へ近づけなかった。

 

「退いてくださぁい!」

 

 最初に動いたのは罪木だった。

 

 震える脚で机の間を抜け、十神のそばへ膝をつく。首へ指を当て、呼吸を確認し、それから身体の下へ広がった血を見た。

 

 罪木の顔が青ざめる。

 

「だ、ダメです……。もう……」

 

「そんなわけあるかよ!」

 

 左右田が叫んだ。

 

「ついさっきまで普通に仕切ってただろ! 停電なんか、何分もなかったじゃねーか!」

 

「時間の長さは関係ありません。これだけ深い傷が、いくつも……」

 

 罪木は最後まで言えなかった。

 

「うぷぷ。せっかくボクが説明してあげたのに、やっと現実味が出てきたみたいだね!」

 

 いつの間にか、モノクマが机の上へ座っていた。

 

「テメーがやったのか!」

 

 終里が飛びかかろうとする。弐大が後ろから胴を抱え、床へ踏みとどまった。

 

「離せ弐大! こいつぶっ潰せば終わりだろ!」

「早まるな! 今殴れば、何をされるか分からんぞ!」

 

「ボクじゃないよ。やったのは、オマエラの中の誰かです」

 

 モノクマは十神の死体を指した。

 

「これより一定時間、捜査をしてもらいます。その後は、お待ちかねの学級裁判! みんなで議論して、十神クンを殺したクロを当ててください!」

 

「当てられなかったら、どうなるの?」

 

 七海が聞く。

 

「クロだけが島を卒業。残ったシロは全員おしおき! 正解したらクロだけがおしおきされます。簡単でしょ?」

 

「簡単なわけないでちゅ!」

 

 モノミが泣きながら前へ出た。

 

「仲間が殺されたばかりなのに、今度はみんなで犯人を探して、その子まで殺すなんて……!」

 

「殺すんじゃなくて校則違反へのおしおきですー。言葉は正しく使おうね」

 

「同じでちゅ!」

 

 モノクマは取り合わなかった。

 

「はい、捜査に便利なモノクマファイルをどうぞ。それじゃ、頑張ってねー!」

 

 電子生徒手帳へ新しい情報が届く。

 

 十神白夜。死亡推定時刻、午後十一時三十分頃。死因は、胸部から腹部に受けた複数の刺創。凶器は不明。

 

 ほんの数行だった。

 

 十神が一人分の文章へ変わってしまったようで、日向は画面を閉じた。

 

「あいつの言う通りにするしかないのかよ……」

 

 左右田が歯を噛みしめる。

 

「正解しなければ全員が殺される。なら、やるしかない」

 

 辺古山の声がした。

 

 いつ戻ったのか、広間の入口に立っている。顔色は悪かったが、視線は真っ直ぐ十神へ向けられていた。

 

「ペコ、お前どこ行ってたんだよ!」

 

 小泉が振り返る。

 

「便所だ。停電中に出ようとしたが、暗くて動けなかった」

 

「それ、証明する人いるの?」

 

 西園寺の問いに、辺古山は黙った。

 

「いない」

 

「じゃあ、怪しいじゃん」

 

「待てよ。九頭龍だって最初から来てねえぞ」

 

 左右田が言った直後、旧館の外から足音がした。

 

「騒がしいと思ったら、何やってやがる」

 

 九頭龍が入口へ現れ、床の血を見て止まった。

 

「……マジかよ」

 

「テメー、今までどこにいた?」と左右田が詰め寄る。

「自分のコテージだ。こんなくだらねえ集まりに来る気はねえって言っただろ」

「証明できんのか?」

「できねえよ。だからなんだ」

 

 九頭龍は一歩も引かなかった。

 

「今は誰か一人を疑って終わりにする場面じゃないよ」

 

 狛枝が静かに言った。

 

 声も表情も、昨日までと変わらない。

 十神の死体を前にしているのに、妙に落ち着いて見えた。

 

「間違えたらみんな死ぬ。だったら、可能性を一つずつ調べよう。十神クンが命を懸けてくれたんだ。ボクたちも、その犠牲を無駄にはできないよ」

 

 犠牲、という言葉に日向は引っかかった。

 

 葦原も狛枝を見た。

 何も言わなかったが、先ほどまで十神の死体へ向いていた視線が、しばらく狛枝から動かなかった。

 

     *

 

 捜査は、十神の身体から始まった。

 

 罪木が傷を確認している間、日向と七海は机の周囲を調べた。十神が倒れていたのは、広間の中央近くに置かれた大きなテーブルの下だ。

 

「傷、かなり細いですぅ」

 

 罪木が恐る恐る報告する。

 

「刃の幅が広い包丁というより、細長い物を何度も刺したように見えます。方向は……下から、上へ向かっている傷が多いです」

 

「下から?」

 

 日向は床板を見た。

 

 今はまだ、意味が繋がらない。

 

「顔についてるの、暗視装置だと思うよ」

 

 七海が十神の頭部を指す。

 

 ゴーグルのような機械が掛かっている。昼間の検査では見なかった物だ。

 

「暗闇でも見えるように用意してたってことか?」

「たぶん。十神くんは、停電が起こることを知ってたのかな」

 

「知っていたなら、みんなに言うはずじゃない?」

 

 葦原が近くへ来た。

 

「自分だけ見えるようにするより、停電を止めた方が早い。だから、起こると確定してた訳じゃなくて、何かあった場合に備えて持ってたとか」

 

「あの十神なら、ありそうだな」

 

 日向は頷いた。

 

 テーブルクロスを持ち上げると、裏側へ何かが貼りついていた。

 

 一本のナイフだった。

 

 刃には血がついていない。柄と刃の一部に、淡く緑色に光る塗料が塗られている。

 

「これが凶器じゃないの?」

 

 小泉が言った。

 

「傷の幅が合いません」と罪木が首を振る。「このナイフなら、もっと傷口が大きくなると思いますぅ」

 

「じゃあ、なんでこんなところにあるんだ?」

 

 日向がテーブルの下を覗く。

 

 床に小さな白い紙片が落ちていた。

 

 葦原は一度見たが、そのまま別の脚の方へ視線を移した。

 

「これ、何だろう」

 

 七海が拾い上げる。

 

「ただのゴミじゃない?」と葦原が言った。

「狛枝くん、机の下まで掃除したって言ってたよね」

 

 七海の言葉に、葦原が紙片を見直した。

 

「じゃあ、掃除したあとに落ちた」

 

 紙片の片面には、粘着剤が残っていた。ナイフを固定していたテープの剥離紙らしい。

 

「私、こういうの拾うの向いてないね」

 

 葦原は特に悔しがる様子もなく言った。

 

「だからみんなで調べるんだよ」と七海が返す。

 

「うん。七海さん、こういうの得意?」

「探索ゲームでは、光る場所を全部調べるタイプだよ」

 

 二人の会話だけを聞けば、死体の横とは思えなかった。

 

 日向はナイフを見る。

 

 光る塗料。テーブルの下。停電。

 暗闇で、誰かがこの場所を見つけるために用意したのだ。

 

「犯人は、停電する前から机の下に隠れてたとか?」

 

 葦原が言った。

 

「暗くなったあと、十神が暗視装置で見つけて、揉み合った」

 

「それは難しいと思う」

 

 日向は会場を見回した。

 

「準備中は狛枝が机の下まで掃除してた。それにパーティーが始まってからは、十神が全員の位置を確認していた。誰か一人がずっと隠れてたなら、人数が合わない」

 

「九頭龍くんは最初からいなかったよ」と七海も加える。「辺古山さんが席を立ったのは、始まってからかなり後だった」

 

「じゃあ違うか」葦原はあっさり引いた。

 

「停電してから机の下へ行った人が、少なくとも二人いる。十神くんと、ナイフを取りに来た人」

 

「ナイフを置いた人と、取りに来た人が同じとは限らないよね」

 

 七海が言う。

 

「うん。停電を起こした人も別かもしれない」

 

 葦原は指を折る。

 

「用意した人。ナイフを使おうとした人。実際に十神くんを刺した人。今は一人から三人まである」

 

「三人も犯人がいるって言うの?」と小泉が顔をしかめた。

 

「可能性の話。一人かもしれないし、三人かもしれない」

 

 その言葉を聞きながら、狛枝は穏やかに笑っていた。

 

     *

 

 事務室のブレーカーは自分が戻したと、モノクマ楽しそうに言って去っていった。

 

「やっぱりだ」

 

 左右田が盤面を確認する。

 

「モノクマが直接ブレーカー戻したとしても。落としたのはここじゃねぇ」

 

「もっと上流?」

 

 葦原が聞く。

 

「たぶんな。急に負荷が上がって、落ちたヤツだろ」

 

「負荷を上げた物、探せる?」

 

「手分けしよう」

 

 日向、七海、左右田、葦原の四人で事務室と倉庫を調べた。

 

 倉庫の奥で、左右田が声を上げた。

 

「これだ!」

 

 棚の陰に、三台のアイロンが並べて置かれていた。全て電源へ繋がり、底面にはまだ熱が残っている。延長コードは、昼間に狛枝が使っていた物と同じだった。

 

「なんでアイロンが三台も……」

 

 日向がコードを辿る。

 

「これだけなら、照明ごと落とすほどじゃねえ。けど厨房の調理器具と音響、それに空調が一斉に動けば話は別だ」

 

「空調は、停電の直前まで普通に動いてたよね」と七海が言う。

 

 壁の操作盤を見る。

 

 全ての空調に、同じ時刻でタイマーが設定されていた。午後十一時三十分。

 

「死亡推定時刻と同じ」

 

 葦原が呟く。

 

「アイロンはずっと負荷をかける。空調が時間になって一斉に動いて、限界を超えた」

 

 左右田は延長コードを睨んだ。

 

「少なくとも、どれくらいで落ちるか知ってたヤツだ。……俺じゃねぇからな!?」

 

「できるかで言うなら、私もできる。コードは狛枝くんが持ってたね」

 

 葦原が言った。

 

「うん。延長コードも使ってたね」と七海が続ける。

 

 日向は、机の下から出てきた狛枝を思い出した。

 

 落とし物をするかもしれない。

 あのときの言葉が、別の意味に聞こえた。

 

     *

 

 厨房では、花村が一人で調理器具を片づけていた。

 

 十神が死んだあとも、血のついた場所から離れていたため、遺体を直接は見ていないらしい。

 

「僕はずっとここにいたよ。停電したあとも、みんなに声を掛けたでしょ?」

 

「声は聞いた」と日向は答える。「でも、厨房のどこにいたかまでは分からない」

 

「暗闇で料理人がうろうろしたら危ないじゃないか。ちゃんとその場にいたよ」

 

 花村はいつもの調子で笑おうとしたが、口元が引きつっていた。

 

「厨房から、広間の床下へ入れる?」

 

 葦原が唐突に聞く。

 

「なんでそんなこと聞くのさ」

「この建物床下があるんだけど、どこから入れるか分からないんだよね」

 

「さ、さぁ? 僕は床下があることも知らなかったけど」

 

「そっか」

 

 葦原は厨房を出て奥を見た。

 

 食材庫の床に、四角い点検口がある。取っ手を引くと、湿った空気が上がってきた。

 

「待て、勝手に入るなよ」

 

 日向が止めるより先に、終里が屈み込んだ。

 

「オレなら行けるぞ」

「お前は何でも身体で確かめようとするな!」

 

 弐大に首根っこを掴まれ、終里が不満そうに唸る。

 

 七海が懐中電灯で中を照らした。

 

 低い空間が、広間の方へ続いている。人が這って通れる程度の高さはあった。

 

「繋がってる」

 

 葦原が旧館の方角を指す。

 

「広間のテーブルは、この延長上。床下を通れば、厨房から机の真下まで行ける」

 

「でも、床板越しに刺すなんてできるのか?」

 

「……たぶん?」

 

 広間へ戻り、十神が倒れていた床板を調べる。

 

 板と板の間には細い隙間がある。七海が明かりを落とすと、隙間の奥で何かが鈍く光った。

 

「下にも血がある」

 

 床下へ回って確かめると、十神の真下に血痕が残っていた。

 

「凶器は、床の隙間を通る細さで、十神の身体まで届く長さがある物だ」

 

 日向は厨房へ戻った。

 

 壁には調理器具の一覧が貼られている。

 

 包丁、鍋、フライパン。その中に、鉄串の記載があった。

 

「一本、足りないね」

 

 七海が数えた。

 

     *

 

 捜査時間の終了を告げる放送が鳴った。

 

 モノクマの指示に従い、全員で島の中央へ向かう。

 

 裁判場へ続くエレベーターの中は、息苦しいほど静かだった。

 

 十神のいた場所だけが空いている。

 

 葦原は狛枝の斜め前にいた。

 時々そちらを見るが、話しかけることはなかった。

 

 扉が開く。

 

 円形の裁判場に、それぞれの名前が記された席が並んでいた。

 

 モノクマが中央の椅子から両手を広げる。

 

「それでは、命懸けの学級裁判を始めましょう!」

 

     *

 

 最初に疑われたのは、パーティーの最中に広間へいなかった二人だった。

 

「辺古山おねぇはトイレ。チビヤクザは最初から来てない。どっちかが暗闇に紛れてやったんじゃないの?」

 

 西園寺が言う。

 

「俺は旧館にすら近づいてねえ」

 

 九頭龍が睨み返した。

 

「証明できないなら同じでしょ」

「テメーも一人だったくせに、よく言うな」

 

「やめなさい!」

 

 小泉が二人を止める。

 

「ペコは? トイレから広間へ戻れたんじゃないの?」

 

「停電してからは動いていない」と辺古山が答える。「明かりが戻ったあと、すぐに広間へ向かった」

 

「それも本人が言ってるだけだよね」

 

 疑いは消えない。

 

「犯人が床下から刺したなら、トイレから床下へ入れた可能性があるんじゃないの?」

 

「トイレから床下へも入れる点検口を伸ばすなんて、非常識な作りはなかったよ」

 

 葦原が建物の作りについて言った。

 

「一度外に出て、が外から厨房へ入るのは?」

 

「厨房の勝手口は、十神が内側から封鎖してた」と日向は答える。「壊された跡はない」

 

「じゃあ、二人とも今の経路では難しいね」

 

 西園寺が不満そうに口を尖らせる。

 

「でも、まだ別の方法があるかもしれないじゃん」

 

「別の方法が見つかったら考えればいい。今は証拠のある経路を追おう」

 

 七海の声は穏やかだった。

 

「まず、停電は事故じゃない」

 

 左右田が言う。

 

「倉庫に三台のアイロンが仕掛けられて、空調のタイマーもいじられてた。十一時半に一気に負荷を上げて、ブレーカーを落としやがったんだ」

 

「そんなこと、誰ができるんですか?」とソニアが尋ねる。

 

「やり方知ってりゃ誰でもできる。負荷計算は、まぁ、知識がねぇと……。 いや! 試す時間がありゃあ誰でもできるからな!」

 

「延長コードを持っていた人なら、いたよ」

 

 日向は狛枝を見た。

 

「狛枝。お前、掃除中に使ってたよな」

 

 全員の視線が集まる。

 

 狛枝は困ったように笑った。

 

「そうだね。ボクが使っていた物と同じだと思う」

 

「同じ、じゃねえ。その一本しかねぇんだよ!」

 

 左右田が怒鳴る。

 

「倉庫のアイロンに繋がってた!」

 

「じゃあ、停電を仕組んだのは狛枝おにぃじゃん」

 

 西園寺が吐き捨てる。

 

「ああ。停電を準備したのはボクだよ」

 

 狛枝はあっさり認めた。

 

 裁判場が静まり返る。

 

「……何言ってんだ、お前」

 

 日向の声が、自分のものではないように聞こえた。

 

「ナイフをテーブルの下へ貼ったのも、光る塗料を塗ったのもボクだ。暗くなったら机の下へ潜って、それを使うつもりだった」

 

「じゃあ、お前が十神を殺したんだな!」

 

 終里が身を乗り出す。

 

「コイツに投票すりゃ終わりだろ!」

 

「待って」

 

 七海が止めた。

 

「十神くんの傷とナイフは合わない。狛枝くんが停電を起こして、ナイフを取ろうとしたのは本当。でも、それだけでは十神くんを殺したことにならないよ」

 

「何言ってんだよ! 殺すつもりだったって本人が言ってんだぞ!」

 

「殺すつもりと、実際に殺した人は分けないといけない。間違えたら、わたしたち全員が死ぬから」

 

 左右田は歯を食いしばった。

 

「昨日の話、仮定じゃなかったんだ」

 

 葦原が狛枝へ言った。

 

「希望が欲しいから、自分で殺し合いのきっかけを作った」

 

「厳密には、希望が生まれるきっかけを用意したんだ」

 

「それ希望じゃなくない?」

 

「こんなときまでそこかよ!」

 

 左右田が叫ぶ。

 

 葦原は左右田を見た。

 

「だって結局、殺し合いの原因が希望集めでしょ? 殺し合いは結果であって、別というか」

 

「別にすんな!」

 

「えぇ……」

 

 狛枝が小さく笑った。

 

「本当に変わらないね、葦原さんは」

 

「お前は黙ってろ!」

 

 日向も声を荒らげた。

 

「どうしてこんなことをした? 希望のためとか、そんな言葉で済むと思ってるのか?」

 

「ボクは、みんなの本当の希望を見たかっただけだよ」

 

 狛枝は、初めて会ったときと同じ穏やかな口調で答えた。

 

「仲間が殺されるかもしれない。自分も死ぬかもしれない。そんな絶望へ追い込まれたとき、素晴らしい才能を持つみんなが、どんな希望を輝かせるのか。考えただけで、胸が高鳴るじゃないか」

 

「ふざけないで!」

 

 小泉の声が響く。

 

「十神は死んだのよ! あんたが面白がるための道具じゃない!」

 

「もちろんだよ。十神クンは、自分の命を懸けてボクの計画を止めた。まさに希望の象徴だった」

 

「褒めればいいって話じゃないよ!」

 

 狛枝へ向く視線が、恐怖と嫌悪へ変わっていく。

 

 日向も同じだった。

 昨日まで隣で笑っていた男が、急に別の何かへ見えた。

 

「十神は、お前の計画に気づいたのか?」

 

「停電が起きた瞬間、ボクはテーブルの下へ向かった。でも、暗視装置をつけた十神クンが先に入って、ナイフを奪ったんだ」

 

「それで、十神くんが狛枝くんの代わりに刺された」

 

 七海が言う。

 

「実際の犯人は、二人が机の下に入るのを待っていた?」

 

「待ってたとは限らない」

 

 日向が首を横へ振る。

 

「床下からは、人の顔まで見えない。光る塗料の場所に誰かが来ると分かって、そこを刺した。狙ったのは狛枝で、十神が入れ替わったんだ」

 

「そして、犯人は光るナイフのことを知っていたことになる」

 

 日向は狛枝を見る。

 

「お前、誰かに計画を話したのか?」

 

 狛枝はすぐには答えなかった。

 

「掃除をしているとき、花村クンには少し相談したよ」

 

「なっ……!」

 

 花村の顔が引きつった。

 

「相談なんかじゃない! キミが勝手に、誰かを殺すって言ってきたんじゃないか!」

 

「花村が知ってたのか?」

 

 日向は花村へ向き直る。

 

「だから僕は止めようとしたんだよ! こんなことをしたらダメだって、何度も言った! それだけだ!」

 

「止めるために、床下へ入った?」

 

 七海が聞く。

 

「入ってないよ!」

 

「厨房からなら入れる。停電中も厨房にいたって証言と矛盾しない」

 

 花村の声が大きくなる。

 

「だからって僕が殺した証拠にはならないだろ! 床下には誰だって入れるんだ!」

 

「パーティー中、厨房に自由に出入りできたのはお前だけだ」

 

 日向は一つずつ言葉にした。

 

「凶器に使える鉄串も、厨房から一本なくなってる。お前は狛枝の計画を知っていた。光るナイフの真下に狛枝が来ると思って、床下から串を突き上げたんじゃないのか」

 

「ち、違う……」

 

「十神の傷は下から上。床下には血があった。全部繋がるよ」

 

 花村は首を振る。

 

「そんなの、たまたまだよ。鉄串だって誰かが盗んだかもしれない。僕は厨房で料理を守ってた。みんな、僕の声を聞いたでしょ?」

 

「声を出しながら、床下へ入ることはできる」

 

 葦原が言う。

 

「厨房から広間の机まで、這ってもそんなにかからない。停電時間は数分。刺して戻るだけなら足りる」

 

「足りないよ! 暗い床下を進んで、場所を探して、何度も刺して戻るなんて!」

 

「場所は光で分かる。経路も、準備中に確認してれば迷わない」

 

「確認したって証拠はないだろ!」

 

 花村の必死な声に、葦原は少し黙った。

 

「……ないね。経路としてできるだけ」

 

「なら決めつけるな!」

 

 花村の剣幕に押され、葦原は一度口を閉じた。

 

「いや、それで正しいはずだ」

 

 日向が続ける。

 

「狛枝の計画を知って、止めようとしたお前だけが、ナイフの下に誰かが来ると知っていた」

 

「だから、止めようとしただけだって言ってるだろ!」

 

「十神や俺たちに話せばよかったじゃないか!」

 

 小泉が叫ぶ。

 

「話したら狛枝が別の方法を使うかもしれない! あいつは本気だったんだよ! だったら、僕が直接――」

 

 花村はそこで止まった。

 

 自分の言葉が、何を認めたのかに気づいた顔だった。

 

「直接、どうするつもりだったの?」

 

 七海が静かに聞く。

 

「違う……違うんだべ」

 

 花村の声から、作っていた調子が崩れた。

 

「オラは、あいつを止めたかっただけで……。誰かが殺される前に、あいつさえいなくなればって……」

 

 裁判場が静かになる。

 

「狙ったのは、狛枝だったんだな」

 

 日向が聞く。

 

 花村は俯いた。

 

「暗くなって、光の真下へ来たヤツを刺した。狛枝だと思ってた。まさか十神が入るなんて、知らなかった……」

 

「だから事故だって言いたいの?」

 

 西園寺の声は冷たかった。

 

「違う! そうじゃない! オラだって、こんな島から出たかった! 母ちゃんがどうなってるか分からないんだ。店だって、母ちゃんだって、オラがいなきゃ……!」

 

 花村の声が震える。

 

 料理を作っていたときの軽さは、もうどこにもなかった。

 

 誰もすぐに返せない。

 

 日向も、花村の不安が嘘だとは思えなかった。

 

 だからこそ、十神の死と並べたときに、どちらを見ればいいのか分からなくなる。

 

「帰りたかったのは、本当なんだね」

 

 葦原が言った。

 

 花村が顔を上げる。

 

「狛枝くんを止めたかったのも、多分本当。でも、十神くんを刺した人が花村くんなのも変わらない」

 

「分かってる……分かってるよ……!」

 

 花村は顔を覆った。

 

 投票を促すモノクマの声が響く。

 

 ボタンを押さなければ、自分たちが死ぬ。

 押せば、花村が死ぬ。

 

 選択肢の形をしているだけだった。

 

 投票の結果、選ばれたのは花村輝々だった。

 

     *

 

 モノクマは約束通り、花村を処刑した。

 

 止める声も、泣く声も、何一つ届かなかった。

 

 派手な音と熱気の向こうで花村の姿が消え、料理の匂いだけがまだ服に残っていた。

 

 裁判場へ戻されたあと、誰も口を開かなかった。

 

 十神を殺した花村が死んだ。

 それで元へ戻ったものは、一つもない。

 

「これで、みんなの希望は一段強くなった」

 

 沈黙を破ったのは狛枝だった。

 

 左右田が狛枝の胸倉を掴む。

 

「テメー……!」

 

「何を怒っているの? 花村クンは絶望に負けた。でも、みんなは真実へ辿り着いて生き残った。彼の犠牲も、十神クンの犠牲も、無意味じゃなかったんだよ」

 

「人を二人死なせといて、犠牲で片づけんな!」

 

 左右田が拳を振り上げる。

 

 弐大が腕を掴んで止めた。

 

 左右田は荒い息のまま、狛枝を睨む。

 

「こいつ、また同じことするかもしれねえ。島へ戻ったら拘束するぞ」

 

「そうじゃな。ワシが押さえよう」

 

 狛枝は抵抗しなかった。

 

「みんなの判断なら、ボクは喜んで従うよ」

 

 その言い方まで、左右田を苛立たせる。

 

 葦原が少し離れた位置から狛枝へ声を掛けた。

 

「狛枝くん」

 

「何かな?」

 

 左右田が振り返る。

 

 葦原は狛枝を見たまま続けた。

 

「人が死ぬように仕組む人なんだね」

 

「失望した?」

 

「分かんない。何が目的?」

 

 狛枝は目を細めた。

 

「まだボクを分かろうとしてくれるんだ?」

 

「分からない方が危険でしょ」

 

 葦原はそれだけ答えた。

 

 左右田と弐大が狛枝を連れて、先にエレベーターへ向かう。

 

 日向もあとを追おうとして、振り返った。

 

 葦原は処刑場の消えた先を見ていた。

 狛枝を追うことも、誰かへ話しかけることもせず、その場に残っている。

 

 面白い相手と、危険な相手。

 二つは矛盾せず、同じ一人の中にあった。

 

 その夜、十神と花村は戻らず、狛枝だけが生きたまま拘束されることになった。

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