希望と絶望は、不幸と幸運に似ている。   作:an-ryuka

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6.

 

 監視当番の表は、完成する前から何度も書き直された。

 

「だから、一人になる時間を作っちゃダメなの!」

 

 小泉はレストランの壁へ紙を押しつけた。

 縦に時間、横に名前。二人ずつ組ませた表の上には、既に何本もの線が引かれている。

 

 今は日向と七海が、仮の見張りとして旧館に残っている。二人を交代させるまでに、次の二十四時間分だけでも決めなければならなかった。

 

「俺はやらねえぞ」

 

 九頭龍が椅子へ座ったまま吐き捨てた。

 

「あいつが誰を殺そうが、誰に殺されようが知ったことか」

「そういうわけにいかないでしょ。狛枝が逃げたら、あんただって危ないのよ」

「だったら勝手に見張ってろ」

 

 九頭龍は席を立つ。

 

「九頭龍の分は、私が引き受けよう」

 

 辺古山が言った。

 

「そういう話じゃないの。誰かに負担をかけ過ぎないようにって、考えてるんだから」

 

 辺古山は小泉を見たあと、黙って引いた。

 九頭龍は振り返らずにレストランを出ていった。

 

「チビヤクザなんか最初から数に入れなくていいよ」

 

 西園寺がテーブルへ頬杖をつく。

 

「でも、わたしもあの旧館行きたくない。人が死んだとこで一晩過ごすとか、趣味悪すぎ」

「日寄子ちゃんは私と一緒。昼間の短い時間にしたから」

「真昼おねぇとなら、まぁ……」

 

 返事が急に素直になった。

 

「わ、私も、誰かと一緒なら頑張りますぅ!」

 

 罪木が手を挙げる。

 

「ただ、もし狛枝さんが急に暴れたら、私では押さえられないかもしれなくて……役立たずですみませぇん」

「蜜柑ちゃんには唯吹がつくっす!」

 

 澪田が罪木の背後から両肩を掴んだ。

 

「凪斗ちゃんが動き出したら、大声で歌って怯ませるっすよ!」

「頼りにしてますぅ……」

 

 罪木の小さな声は、澪田には届かなかった。

 

「わたくしは田中さんとですね!」

 

 ソニアが言う。

 

「破壊神暗黒四天王がいらっしゃれば、狛枝さんの不穏な動きも察知できるはずです!」

「フハハハ! 我が眷属の感覚器官をもってすれば、あの男の企みなど闇へ芽吹く前に摘み取れよう!」

 

 田中のマフラーから、ハムスターが一匹だけ顔を出した。

 

「ソニアさん、オレと組みましょうよ。 ハムスターより役に立ちますから!」

「左右田さんは弐大さんと組んで、縄の確認をなさるのでしょう?」

「そんな!」

「不満か、左右田!」

 

 弐大が左右田の背を叩く。

 左右田の身体がテーブルへ突っ込んだ。

 

「不満しかねーよ!」

 

 騒ぎの横で、葦原はテーブルへ伏せて眠っていた。

 

 夜通し旧館にいたあと、左右田たちに連れ戻され、朝食を半分食べたところで動かなくなった。これだけ声が飛び交っているのに、顔を上げる気配はない。

 

「葦原はどうすんだ?」

 

 左右田が、声を落として聞いた。

 

「起きてから確認する。でも、昨日一晩やったんだから、今日は外すわよ」

 

 小泉は葦原の名前へ斜線を引いた。

 

「誰か一人に偏らせるのもなし。狛枝を見張るために、別の誰かが倒れたら意味ないから」

 

 小泉は、今も旧館にいる日向と七海の名前を翌日の欄にも書いた。見張り方に問題がなかったかは、交代したあとで二人から聞くつもりだった。

 

 小泉は最後の空欄へ名前を書き込んだ。

 

「交代するときは、次の二人が来るまで帰らない。 何か変わったことがあったら、次の当番だけじゃなくて全員に知らせる。これでいい?」

 

 誰も反対しなかった。

 

 納得したというより、ほかに案がなかった。

 

 十神がいなくなったあと、誰かが決めなければ何も進まない。

 小泉は壁へ当番表を貼り、曲がった端を何度も押さえた。

 

 すぐ後ろでは、終里が葦原の残した朝食へ手を伸ばし、弐大に手首を掴まれていた。

 

「寝たヤツの飯は早い者勝ちだろ」

「起きてから食うかもしれんじゃろうが!」

「冷めたらもったいねーぞ」

「起きたら私が温めてくるわよ!」

「食った方が早くねえか?」

 

 昨夜よりは、声が出ていた。

 それがいいことなのかどうか、小泉にはまだ分からなかった。

 

     *

 

 二日後、旧館の広間には、監視役より当番ではない者の方が多くいた。

 

 最初は、交代する二人だけが扉を出入りしていた。

 だが、食事を運ぶ者や、狛枝の健康状態を診に罪木が来た。左右田は縄が緩んでいないか不安になっては確認しに来て、葦原は誰かしらに用事を作っては入り浸った。

 

 来れば、監視役と二言三言話す。

 話が長くなれば椅子を出す。

 椅子を出した者が、次に来る者のため水を置いていく。

 

 何もなかった広間へ、少しずつ生活が戻ってきた。

 

「動かないでくださぁい」

 

 罪木は狛枝の背後へ膝をつき、縄と手首の間へ指を差し入れた。

 

「擦れて赤くなってますけど、痺れはありませんか?」

「少しあるけど、この程度なら問題ないよ。ボクなんかのために、超高校級の保健委員が時間を使う方が――」

「あるんですね! どうして最初に言ってくださらないんですかぁ!」

 

 罪木は狛枝の言葉を最後まで聞かず、左右田を呼んだ。

 

「ここの位置、少し変えてもいいですか? 神経を圧迫したままだと危ないですぅ」

「緩めすぎんなよ」

「分かってますぅ!」

「ひゃっ! 怒ってない! 怒ってねーから泣くな!」

 

 左右田が慌てる横で、澪田は床へ寝転がり、狛枝の顔を下から覗いていた。

 

「凪斗ちゃん、囚われのお姫様みたいっすね!」

「誰がお姫様だよ」

 

 日向が突っ込む。

 

「では、囚われの幸運王子!」

「格上げされたね」

「喜ぶなよ……」

 

 その日の当番は、日向と七海だった。

 七海は柱から少し離れた席でゲーム機を操作し、ときどき顔を上げて狛枝と扉を交互に見る。

 

「ゲームしながらで、本当に見張れてるのか?」

 

 日向が聞く。

 

「二人で同じ方向をずっと見てると、視界の外が同じになるよ。交代で見る方が効率いい、と思う」

 

 七海は一区切りつくたび画面を伏せ、今度は日向に休めと手で示した。

 

 広間の中央では、終里が大きな鍋の蓋を開けた。

 

「飯持ってきたぞ!」

「運んできたのはワシじゃ!」

 

 後ろから入った弐大が、もう一つの鍋をテーブルへ置く。

 

「今日は誰が作ったんだ?」と日向が聞く。

「わたくしです!」

 

 ソニアが胸を張った。

 田中がその隣で腕を組んでいる。

 

「古き東方の兵糧を参考に、米と野菜を一つの鍋で煮込みました!」

「お粥、だと思うよ」

 

 七海が画面を見たまま言った。

 

「さすが七海さん、ご明察です! こちらへ南国らしさを加えるため、果物も少々」

 

 鍋の中で、白い米と黄色い果肉が一緒に煮えていた。

 

「なんで入れたんですか……」と左右田が引く。

「島にある食材を活用いたしました」

「食えるなら何でもいいぞ」

 

 終里が椀を出す。

 

 ソニアが満面の笑みで椀を差し出す。

 

 狛枝は一連の騒ぎの途中で眠ってしまっていた。

 

 柱へ背を預け、顔をわずかに横へ傾けている。昨日も夜中まで起きていたらしく、罪木が手首へ布を巻いても目を覚まさなかった。

 

「寝てる間くらい、静かにした方がいいんじゃないか?」

 

 日向が言う。

 

「なんでオレらがコイツに気遣わなきゃなんねーんだよ」

 

 左右田はそう返しながら、声だけは少し落とした。

 

 広間の入口から、巻いた紙が飛んできた。

 左右田の頭へ当たり、床へ落ちる。

 

「何すんだ!」

 

 振り向くと、葦原が立っていた。

 

「静かにするんじゃなかったの?」

「投げつけたお前が言うな!」

 

 葦原は広間へ入り、床の紙を拾った。

 

「これ、前に話してたエンジンの設計図か?」

 左右田が聞く。

 

「うん。島にある材料だけで組むなら、燃料より先に冷却が足りない。海水そのまま入れると中が傷むから、別に回した方がいいと思う」

「見せろ」

 

 左右田は椀をソニアへ返し、図面を受け取った。

 

「左右田さん?」

「あとで絶対食べますから!」

 

 葦原は空いていた椅子を引き、左右田の隣へ座った。

 狛枝には近づかず、図面の端を指で押さえる。

 

「ここの配管、太くしたら?」

「太くすりゃ流量は増えるけど、ポンプが持たねーよ」

「二系統に分ける」

「部品増えんだろ」

「壊れてる空調から取れない?」

 

 二人の会話へ、弐大が椀を持ったまま首を突っ込む。

 

「その機関を作れば、島を脱出できるのか!」

「船体があればな」と左右田が答える。

「飛行機の方が近いかも。でも、外から見えるところだけ機体で、中身が再現されてないから」

「ならば一から作ればよい!」

「簡単に言うな!」

 

 葦原は図面を見たまま答える。

 

「作れても、使えるかは別。今できることがこれだからやってるだけ」

 

 希望があるとは言わなかった。

 諦めるとも言わなかった。

 

 日向には、葦原と左右田が動かす鉛筆の音だけが、島の外へ繋がっているように聞こえた。

 

 その横で、澪田がソニアの粥へ恐る恐る口をつける。

 

「んー……甘いお米と思えば、なくはないっす!」

「それ褒めてんのか?」

「蜜柑ちゃんもいくっす!」

「わ、私は皆さんのあとで!」

「毒見の意味なくなるぞ」と日向が言った。

 

 狛枝が眠っている柱の前で、食事が始まった。

 

 誰かが狛枝の分を取り分け、誰かが椅子を増やし、七海はゲームを中断して鍋へ近づく。

 旧館は十神が死んだ場所で、狛枝を閉じ込める場所だった。

 

 それでも、そこで話す声は、少しずつ事件と関係のないものになっていった。

 

     *

 

 狛枝が目を覚ましたとき、広間に残っていたのは五人だった。

 

 当番の日向と七海。

 図面の確認を続ける左右田と、その隣で図面へ線を足す葦原。少し離れた場所では、罪木が使った布を澪田が勝手に頭へ巻いている。

 

 狛枝が身じろぎすると、七海がゲーム機から顔を上げる。

 

「起きた?」

「おはよう。ずいぶん賑やかな夢を見ていた気がするよ」

「夢じゃないぞ」

 

 日向が水のボトルを持って立つ。

 

「飲むか?」

「ありがとう、日向クン」

 

 日向と七海が二人で縄の位置を確認し、狛枝へ水を飲ませる。

 葦原は図面から顔を上げただけで、近づかなかった。

 

 その様子を見て、狛枝は壁の当番表を思い出す。

 今日の夕方に、葦原の名前はなかった。

 

「葦原さん、今日は当番じゃないよね?」

 

 鉛筆の先が止まる。

 葦原は一度、壁の当番表を見たあと、少しだけ目を逸らした。

 

「自由時間にどこにいてもよくない?」

「もちろん。ボクが口を出せることじゃないよ」

「見張りは多い方がいいでしょ」

 

 左右田が図面から顔を上げた。

 

「お前、昼の自分の当番も来てただろ」

「それは当番だから」

「終わってからもずっといるじゃねーか!」

「図面見せに来た」

「ホテルでも見られる!」

 

 葦原は鉛筆を動かし直した。

 

「ここ、机広いし」

「理由がどんどん弱くなってんぞ!」

 

 狛枝は二人のやり取りを眺めた。

 

 葦原が昨夜の続きを聞きに来たのなら、分かりやすい。

 幸運の構造も、島の正体も、まだ答えが出ていない。未完成の図面を放置できないだけだ。

 

 けれど、狛枝が眠っている間、葦原は左右田と別の図面を見ていた。

 目を覚ましてからも、質問一つ寄越さない。

 

 それでも帰ろうとはしなかった。

 

「次の当番が来るまでなら、別にいいだろ」

 

 日向が左右田を宥める。

 

「人数が多い方が安全なのは本当だし」

「そうやって許してたら、ここホテルのロビーみてーになるぞ!」

「もう半分なってると思うよ」

 

 七海が、増えた椅子を見回した。

 

 左右田は反論できず、図面へ視線を戻した。

 

     *

 

 しっかり椀を食べきったあとに、左右田は葦原を旧館の外へ引っ張り出した。

 

「で、何なんだよ」

「何が?」

「なんで当番でもねーのに、ずっとあそこにいんだよ」

 

 葦原は腕を掴んだ左右田の手を見た。

 左右田が離すと、旧館の壁へ背を向ける。

 

「言ったでしょ。図面」

「それだけじゃねーだろ」

 

 左右田は声を落とした。

 

「狛枝と話すの、そんなに楽しいのか?」

 

 葦原の視線が、旧館の扉へ戻った。

 

「……楽しい、かもしれないね」

 そう答えたあと、海の方へ目を逸らす。

 

「いや、危ない人と話すのを楽しいと思うのと、それが危険かどうかは別問題だし」

「誰もそこ聞いてねーよ」

「狛枝くんの見張り、やりたい人少ないでしょ。なら私がいる方が全体の負担も――」

「お前、今日当番じゃねーって話してんだけど」

 

 葦原は黙った。

 数秒して、小さく息を吐く。

 

「……自分で言ってて辛いな、この言い訳」

「今さらかよ!」

 

 左右田が叫ぶと、葦原は少し眉を寄せた。

 

「楽しい。楽しいね」

 今度は言い直した。

 

「そもそも島のこと考えるのストレスなんだよ。手掛かり少ないのに正解だけ求められて、作り直すこともできないエンジンは左右田と作れるけど、材料がない。 ストレス溜まりっぱなし」

 

 旧館の扉へ目を向ける。

 

「狛枝くんは、聞けば答える。答えが増えたら、組み直せる。違うって分かったら、また直せる」

 

 葦原は左右田を見た。

 

「うん。狛枝くんといる方が楽。私はね」

 

 開き直るように言われ、左右田は頭を抱えた。

 

「オレは楽じゃねーんだよ!」

「左右田も来ればいいじゃん」

「行ってるわ! 俺は縄の確認だけどな!」

 

 旧館の中から、澪田の笑い声が聞こえた。

 

 左右田は扉と葦原を交互に見た。

 

「いいか。話すなとは言わねーけど、一人にはなるなよ。何言われても、その場で勝手に決めんな。あと、島のこともエンジンも忘れんなよ」

「忘れてないよ」

 

 葦原は巻いた図面を持ち上げた。

 

「忘れたなら、これ作ってない」

 

 そこだけは、左右田も疑っていなかった。

 

     *

 

 当番制が始まって数日、狛枝は会話の最後に一つだけ話を残した。

 

「不運より先に幸運が来たことも、あったかも」

「あるの?」

「よく思い出してみないと、順番に自信がないんだ。続きは今度でもいいかな」

 

 葦原は不満そうに狛枝を見たが、追及はしなかった。

 

 翌日、彼女は自分の当番より二時間早く旧館へ来た。

 

 分かりやすい結果だった。

 未解決の材料を残せば、葦原は戻ってくる。

 

 狛枝は、思い出せる範囲を話した。

 結局、何を幸運の始まりと数えるかで順番が変わり、反例には使えなかった。葦原は前日に引いた線を一度消し、同じ場所へ引き直した。それでも、当番が終わってもすぐには帰らなかった。

 

 なら、次は材料を置かずに試せばいい。

 

 その日、監視役は辺古山と終里だった。

 辺古山は柱から一定の距離を保ち、終里は椅子へ逆向きに座って、何度も腹が減ったと呟いている。

 

 葦原の名前はその日、どこにもなかった。

 それでも、旧館へ現れた。

 

「葦原さん」

 

 狛枝が呼ぶ。

 

「今日は、幸運について新しく話せることはないよ」

「うん」

 

 葦原はそれだけ答え、いつもの椅子へ座った。

 

 困った様子も、帰る様子もない。

 膝の上には図面も本もなく、両手は空いていた。

 

 狛枝は、できるだけ意味のない話を選んだ。

 

「誰かが言ってたんだけど、ホテルの前で蟹を見たんだって」

「蟹?」

「うん。植え込みの方へ逃げていった。それだけだよ」

 

 葦原は少し待った。

 続きがないと分かると、椅子の背へ身体を預ける。

 

「この島、生き物もいるよね」

「牧場もあったくらいだしね」

「魚もいるかな」

「釣りでもしてみる?」

「あんまり興味無いかな……」

 

 葦原は床へ指を向けた。

 

「生き物って育つかな?」

「育たないものは生き物とは言わないんじゃないかな」

「私たち成長してる?」

「昨日より今日の方が、きっと希望に溢れていると思うよ」

「概念に戻った」

「期待に答えられなくてゴメンね」

 

 話は、狛枝の過去にも幸運にも繋がらなかった。

 それでも葦原は席を立たない。

 

 終里が会話へ割り込んだ。

 

「蟹、食えるのか?」

「小さかったって話だから、身は少ないと思うよ」

「殻ごと食っても美味いぞ!」

「捕まえる前提になってるね」と狛枝が笑う。

 

 辺古山は扉の方を見たまま言った。

 

「島の生き物を不用意に口へ入れるな。毒があるかもしれん」

「罪木に見せりゃ分かるだろ」

「毒にも詳しいのかあやつは」

「知らねぇけど、保健委員だろ」

「そうか」

 

 辺古山の声は真面目なままだった。

 終里が少し考え、納得したように頷く。

 

「なら田中のハムスターに――」

「それは絶対にやめろ」

 

 辺古山が初めて終里を見た。

 

 葦原が笑った。

 

 狛枝はその顔を見た。

 

 新しい情報がなくても、会話は続いた。

 だが、これだけでは足りない。蟹や生き物が葦原にとって新しい問題になっただけかもしれない。

 

 次に、狛枝は沈黙を選んだ。

 

 話しかけず、葦原が質問してきても、既に答えた範囲だけを返す。

 それでも葦原は帰らなかった。

 

 終里が空腹に耐えきれず、交代はまだかと騒ぎ始めた頃、次の監視役の、弐大と左右田が来た。葦原は椅子の上で何度も瞬きをしていた。

 

「眠いならコテージ戻れよ」

 

 左右田が言う。

 

「まだ大丈夫」

「頭落ちてんぞ」

「落ちてない」

 

 言い終わる前に、葦原の顎が胸元へ沈んだ。

 すぐに顔を上げるが、数分後にはまた目が閉じる。

 

「ここで寝る気かよ」

「人いるし、いいでしょ」

「よくねーよ!」

 

 左右田が怒鳴っても、葦原は椅子から立たなかった。

 

「一人で戻せばいいじゃん」と終里が言う。

「二人一組の決まりどこ行った!」

「じゃあ弐大と運べ」

「ワシならば容易いぞ!」

「そういう問題じゃねー!」

 

 騒ぎが続くうち、葦原はとうとう目を開けなくなった。

 

 左右田が肩を揺らしても、「起きてる」と答えるだけで起き上がらない。

 弐大が運ぼうとすれば、椅子の背を掴んだまま離さなかった。

 

「ここでいい……」

 

 言葉は途中で眠りへ溶けた。

 人の声が途切れない広間で、葦原は眠り続けた。

 

 狛枝は柱へ縛られたまま、その寝顔を見ていた。

 

 新しい話はしなかった。

 未解決の材料も残さなかった。

 それでも葦原は、当番ではない時間に来て、何も聞かず、帰らず、眠った。

 

 自分のそばにいたかったのだと考えるのは、あまりに都合がよすぎる。

 旧館にはいつも誰かがいる。彼女はただ、一人で眠るより、この騒がしい部屋を選んだだけかもしれない。

 

 なら、まだ試せる。

 

 次はもっと中身のない話をしよう。

 朝食のパンが少し硬かったことでもいい。

 

 それでも葦原が残るなら、また別の理由を探せばいい。

 

 狛枝はそう決めて、毛布を抱えて戻ってきた左右田へ笑いかけた。

 

「左右田クン。葦原さんは、一人で寝るのが苦手なのかな」

「知らねーよ。起きてる時に本人へ聞け」

 

 左右田は寝ている葦原を見た後、狛枝を睨んだ。

 

「変なこと考えてんじゃねーぞ」

「もちろん。ボクはただ、明日の話題を考えていただけだよ」

 

 翌日も、葦原の名前は夜の当番表になかった。

 

 それでも夕食前、旧館の扉が開いた。

 葦原がいつもの椅子を引くより先に、狛枝は用意していた話を始めた。

 

「今朝のパン、少し硬かったね」

「そう? 私はあれくらいが好き」

 

 葦原は椅子へ座った。

 

 当番ではない人の席は、その日も空かなかった。

 

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