二番目の島へ続く橋は、朝食の最中に開いた。
モノクマの声がレストランに響く。
『オマエラが一つの事件を乗り越えたご褒美に、新しい島を大開放! 仲間を二人も失ったのに観光地が増えるなんて、差し引きではお得だよね!』
「お得なわけあるか!」
左右田の怒鳴り声を残し、モノクマは帰った。
七海が地図を拡大する。
中央の島から南東へ伸びた橋の先に、昨日まで何も表示されていなかった建物が並んでいる。
「新しい場所なら、外へ出る道具があるかもしれないな」
日向が言う。
「エンジンの部品もな!」
左右田は食事を放り出しかけ、小泉に襟を掴まれた。
「食べてから行きなさい。あと、一人で動かないこと」
「分かってるっつーの!」
旧館には狛枝と監視役を残さなければならない。
午前の当番だった弐大と終里が残ると言い、終里は探索より食事を選んだことを十分後には後悔していた。
「新しい島に食いもんあったらどうすんだよ!」
「帰還した者に運ばせればよかろう!」
「全部食われたあとじゃ遅いだろ!」
二人の声を背に、残りの者は橋を渡った。
二番目の島には、最初の島より生活に近い物が揃っていた。
薬局では、罪木が棚の前から動かなくなった。
「抗生物質も鎮痛剤もありますぅ! 縫合用の器具まで……これなら、何かあっても前よりちゃんと治療できます!」
「何かある前提で喜ぶなよ」と日向が言う。
「そ、そうですよね! 不謹慎ですみませぇん!」
「違う。謝れって意味じゃない」
田中は薬瓶の並ぶ棚へ破壊神暗黒四天王を近づけまいと、両腕でマフラーを押さえていた。
「この領域には生命を救う霊薬と、魂を刈る毒が同居している。貴様ら、封印に触れるでないぞ」
「ハムスターに言ってるのか、オレらに言ってるのか分かんねーな」と左右田が呟く。
海岸のビーチハウスには、更衣室とシャワー室があった。
ソニアが海を見て目を輝かせ、澪田はその場で水着大会の日程を決めようとする。左右田が参加を表明するより早く、小泉が男子は別だと切り捨てた。
「海は全員のもんだろ!」
「更衣室は別よ!」
シャワーは栓を回しても水が出なかった。
左右田が配管を叩き、葦原が壁の点検口を開く。
「途中で塞がってるな。ポンプが動いてねー」
「直せる?」と小泉が聞く。
「部品がありゃな」
葦原は配管を覗き込んだあと、すぐに蓋を戻した。
「こっちも一の島と同じ。人が作った途中がない」
「使えそうな部品は?」
「取ったら建物の機能を壊した扱いになるかも。モノクマに聞いてから」
左右田は不満そうだったが、前に飛行機を分解しようとしてモノクマに止められたことを思い出し、手を引っ込めた。
図書館では、日向とソニアが島の記録を探した。
古い観光案内と、読めない言語の本ばかりが並び、島の外へ繋がる地図はない。
葦原は本より棚の裏を調べていたが、数分で止めた。
「同じ?」と七海が聞く。
「うん。見える場所だけ別の建物。裏は一緒」
新しい場所へ来たときの勢いは、既に消えていた。
葦原は左右田と、薬局の器具をエンジンへ転用できるか話し始める。七海には、島そのものより、手元で組み替えられる物へ逃げたように見えた。
七海は布を掛けられた筐体を見つけた。
テーブルと椅子の奥に、一台だけ不自然に置かれている。
布を取ると、古いブラウン管と操作レバー、いくつかのボタンが現れた。
「アーケードゲームだね」
電源は入っていない。
七海が背面のコードを確認しようとした瞬間、筐体の画面が白く光った。
「触ってないよ」
画面へ、赤い文字が滲むように浮かぶ。
――トワイライトシンドローム殺人事件。
「うぷぷ。見つけちゃったね!」
カウンターの上からモノクマが顔を出した。
「今回の動機は、なんとゲームです! 失われた学園生活を、遊びながら思い出せる教育的な一本なんだよ!」
「動機って言った?」
七海は画面から目を離す。
「言ったよ。クリアすれば、オマエラが忘れちゃった大切な過去と、記念写真をプレゼント! 知ったら誰かを殺したくなるかもしれないし、知らないままなら隣の人に先を越されるかもしれない。やらない自由もあるから安心してね!」
モノクマはカウンターの陰へ沈み、そのまま消えた。
誰もすぐには筐体へ近づかなかった。
「これ、誰か一人でやらせるの、まずいね」
葦原が言った。
「知った人と知らない人ができる。情報格差って人を動かすのにもってこいだし」
「じゃあ、やらなければいいんじゃない?」
西園寺が顔をしかめる。
「誰も触らないって決めても、守ったか確認できない」と七海が答えた。「ゲームなら、わたしは内容を隠さず進められると思うよ」
「七海さんがやってるの、できるだけ全員で見よう」
葦原は周りを見回した。
「選択肢も、押す前に読む。見てない人には、画面の順番ごと報告する。一人だけ先に知る状態を作らない」
小泉が頷いた。
「それが一番マシかもね。旧館の当番にも、交代したら全員で説明しましょう」
七海は操作盤へ手を置いた。
「大人数での協力プレイだね。後ろから全員に指示されるゲームは、難易度高そうだけど頑張るよ」
*
その日の午後、その筐体を十人以上が囲んだ。
旧館には左右田と田中が残り、終わったあとで狛枝と一緒に説明を聞くことになった。
九頭龍は声を掛けても来なかった。辺古山は一度探しに出たが、放っておけと言われたらしく、入口近くへ立っていた。
「画面見えないんだけど!」
西園寺が前の背中を叩く。
「日寄子ちゃん、椅子に乗る?」
「子供扱いしないでよ、真昼おねぇ!」
「見えないって言ったのそっちでしょ」
澪田は紙と鉛筆を持ち、記録係を名乗った。
「台詞は唯吹が全部書き取るっす!」
「澪田さんの字、あとで読めるんでしょうかぁ」
罪木の心配は正しかった。
最初の画面を記録した時点で、紙には文字より大きな似顔絵が三つ並んでいた。
「文字は俺が書く」
日向が別の紙を取った。
七海がスタートボタンを押す。
ゲームの中では、放課後の希望ヶ峰学園が夕暮れに沈んでいた。
顔をぼかされた女子生徒たちは、名前の代わりにAからEまでの記号で呼ばれている。廊下、教室、音楽室。見覚えがあるはずなのに誰も思い出せない場所で、女子生徒の死を巡る会話が進んだ。
最初に示されたのは、音楽室で殺された一人の生徒だった。
Aたちは何かを知っている。Eは怯え、Dは写真を持っている。それでも、誰も警察へ全てを話さない。
「なんか、この喋り方……」
澪田の鉛筆が止まる。
「唯吹にちょっと似てないっすか?」
「自意識過剰じゃない?」
西園寺は笑おうとしたが、声が硬かった。
ゲームの少女の一人は、気弱に何度も謝る。
罪木が自分の腕を抱いた。
「わ、私ではありませんよぉ……。こんな学校、覚えてませんし……」
「まだ誰とも決まってないよ」
小泉が罪木の肩へ手を置く。
日向は画面と小泉を見比べた。
ゲームのDは、写真を使って状況を整理していた。
「真昼おねぇに似せてる」
西園寺が先に言った。
「モノクマが、あたしたちを疑わせるために作ったのよ」
小泉は画面を見たまま答えた。
「似てるだけで本人って決めたら、あいつの思うつぼでしょ」
七海はゲームを進めた。
数日分の場面を終えると、廃屋でEの死体が見つかった。
頭を金属バットで殴られ、写真を周囲へばらまかれている。犯人は分からないまま、画面には不自然な一文だけが残った。
――ごかいした。
「誤解したってことでしょうか?」
ソニアが言う。
「うーん。 たぶん……」
七海はタイトル画面へ戻った。
一度、操作レバーを下へ入れる。二度。三度、四度、五度。
五回目に、タイトルの赤い文字が上下へ割れた。
隠されていた別の章が始まる。
「さすが七海さんです!」
ソニアが身を乗り出す。
「まだ褒めるところじゃない、と思うよ」
七海の声から、いつもの眠たさが消えていた。
隠し編は、最初の死から始まった。
Eが、水着へ水槽の砂利を詰める。即席の凶器で音楽室の生徒を殴り、そのあとで証拠を隠す。Dは現場を写した写真から真相へ辿り着きながら、Eを庇うため写真を処分した。
そして、殺された生徒の兄であるFが、Eを廃屋へ呼び出す。
金属バットを振り下ろしたところで画面が暗転した。
誰も喋らなかった。
筐体の音だけが、やけに明るく鳴っている。
「兄か……」
辺古山が入口を見た。
そこに九頭龍はいない。
「こんなの嘘だよ」
西園寺が小さく言う。
「わたし、誰かが人殺したの隠したりしてない。覚えてないもん」
「覚えていないことと、起きていないことは同じではない」
辺古山が答えた。
西園寺が睨む。
「じゃあ、これ本当だと思ってるの?」
「分からない。だから確認する必要がある」
小泉が筐体の前へ出た。
「確認するなら、全員の前でよ。誰かを一人で問い詰めるのもなし。ゲームに似てるってだけで犯人扱いするのもなし」
その声は強かった。
だが、日向には、小泉が握った拳も見えていた。
画面にエンドロールが流れる。
A、B、C、D、E、F。最後まで本名は出ない。
代わりに筐体の下部から、一通の封筒が排出された。
『祝・クリア! みんなで仲良く見たプレイヤーさんには、みんなで仲良く一つの賞品です!』
モノクマの録音された声が流れる。
封筒には、希望ヶ峰学園の校舎を背景にした集合写真が一枚だけ入っていた。
写っているのは、今より少し違う制服姿の自分たちだった。十神と花村もいる。狛枝も、九頭龍も、葦原もいた。
「これ、合成じゃないの?」
西園寺が聞く。
小泉は写真を光へ透かした。
「少なくとも、雑に作ったものじゃないわ」
「希望ヶ峰学園に、私たちはいた」
葦原が写真の校舎を見る。
「私たちが覚えてない時間に」
小泉は写真を封筒へ戻した。
「これは全員がわかる場所に保管する。ゲームに関係する物を見つけても、一人で持たない。誰かから呼び出されても、一人では行かない。いいわね?」
一人ずつ頷いた。
九頭龍だけは、そこにいなかった。
*
夕方、日向と七海と葦原は、記録した紙と集合写真を旧館へ持ち込んだ。
狛枝の監視をしていた左右田は、紙の束を見て顔をしかめた。
「ゲーム一本で何枚書いてんだよ」
「澪田さんの絵を除けば、半分くらいかな」
七海が答える。
本人はいないのに、紙の端に描かれた澪田の似顔絵は抗議しているようだった。
田中は集合写真を見下ろした。破壊神暗黒四天王も、マフラーから顔を出している。
「封じられた時の彼方で、我らは既に一堂に会していたということか」
「その可能性が高くなっただけだ」
日向は狛枝の前へ椅子を置いた。
ゲームの進行を七海が説明し、日向が足りない場面を補う。
狛枝は黙って聞いていた。
才能ある仲間たちが、人殺しと証拠隠滅へ関わっていたかもしれない。
モノクマが用意した話を信じる理由はない。それでも、集合写真の中で並ぶ彼らは、狛枝の知らない時間を確かに持っているように見えた。
「希望ヶ峰学園で、しばらく一緒に暮らしてた場合」
説明を終えた葦原が言った。
「その時は普通に希望扱いされてたんだよね。才能がある人として」
「そうだね。少なくとも、入学した時点では」
「何かがあって、希望が失われた。だからここで希望のカケラを集め直してる。更生施設だと考えたら、辻褄合わない?」
左右田が眉をひそめる。
「何から更生すんだよ」
「ゲームが事実なら、殺人とか隠蔽とか。ほかにもあるかもしれない」
「オレら全員、犯罪者だったって言いてーのか?」
「可能性の話」
葦原は集合写真の自分を指した。
「この島の見えない場所に、私の設計の癖がある。更生させる場所を、まだ希望だった頃の私たちが作ったとか。自分たちが入るとは思わず、学園の仕事で」
狛枝は写真へ目を落とした。
「そんなに都合よく繋がるかな?」
「ああ、そこで狛枝くんの体質とか」
左右田が嫌な顔をする。
「また混ぜんのかよ」
「仮定で話すよ」
葦原は床へ指で線を引いた。
「希望ヶ峰学園にいた狛枝くんが死にそうになる。生き残るのと引き換えに、何かものすごく低確率の出来事を引き寄せて、私たち全員から希望がなくなった。仮にこれを一組にする」
「ボク一人の幸運が、みんなを巻き込んだと?」
「仮定。狛枝くんの出来事、周りも巻き込むから」
葦原は次の線を足す。
「希望がなくなった結果、この更生施設へ入る。これは幸運じゃなくて、流れの結果。両親が死んで遺産を受け取ったのと同じ」
「モノクマはどこに入るんだよ」と日向が聞く。
「まだ対が来てない不運。もしくは狛枝くんが関係しないただの現象。 狛枝くん死にそうになってないし、自分で殺そうとしてたくらいだしさ」
「ボクの体質を原因にするには、足りない物が多いね」
「仮定だからね」
葦原は引いた線を手のひらで消した。
「……うん。作って直してる途中は楽しい」
少し笑う。
「設計って、完成するのもいいけど、違ったって分かって直すときが一番動くから好きなんだよね」
狛枝は、その笑顔を見た。
「ボクが分かりにくいままの方が、葦原さんには都合がいいのかな」
「分かったってなるのも気持ちいいよ」
葦原は答える。
「でも、次の瞬間に違ったんだってなると、ワクワクする」
「じゃあ、いつかボクのことが全部分かったら?」
「人のこと完全に分かるとか無理じゃない?」
葦原は首を傾けた。
「狛枝くんも変わってくでしょ」
「ボクが?」
「今も、島に来た最初の日と同じではないよね。人を殺そうとしたの分かったし、縛られてるし」
「変化としては、あまり喜ばしくないね」
狛枝が笑う。
「ああ、そういう意味じゃないか」
葦原は少し視線を逸らした。
「変わりにくい人もいるし、確かにつまらない寄りの人もいるけど。狛枝くんは、根本から考え方違うから、意見言い合ってるだけで楽しい気もする」
そこで一度、言葉を切る。
「……分かんないけどね」
左右田が大きく息を吐いた。
「オレら今、殺人ゲームの話しに来たんだよな?」
「そこから更生施設の話になった」と日向が答える。
「なんで最後こいつらの会話が楽しいかって話になってんだよ!」
七海は集合写真を封筒へ戻した。
「話が枝分かれしすぎたね。戻した方がいい、と思うよ」
日向は、ゲームに似た過去を持つかもしれない四人の名前を挙げた。
小泉、西園寺、罪木、澪田。そして、殺された妹の兄に似たF。
「九頭龍とは、明日みんなで話す。小泉も一人で会わないって言ってた」
「それなら、今できることは共有を続けることだね」
狛枝は穏やかに言った。
「隠したくなるほど絶望的な過去なら、それを乗り越えたときの希望も、きっと――」
「今それ言うと、また縛る縄増やされるぞ」
左右田に遮られ、狛枝は口を閉じた。
*
その夜、九頭龍は一人で二番目の島へ戻った。
全員の前でゲームを見る気はなかった。
だが、辺古山から聞いた内容が頭から離れない。
殺された妹。
復讐した兄。
写真を隠した女。
覚えてはいない。
それでも、画面の向こうに何があるかを知らずに眠れるほど、他人事ではなかった。
筐体には誰もいなかった。
九頭龍が筐体の前へ立つと、待っていたように電源が入る。
『お一人様での再プレイ、ありがとうございまーす!』
「黙れ」
九頭龍は操作盤を殴りそうになり、ぎりぎりで止めた。
ゲームを最初から進める。
辺古山から答えを聞いていたため、選択肢に迷うことはない。隠し編まで終えると、昼間にはなかった画面が表示された。
――個人賞を受け取りますか?
九頭龍は決定ボタンを押した。
筐体の下から、厚い封筒が落ちる。
中には何枚もの写真が入っていた。
音楽室の床へ倒れた女子生徒。
頭の周りへ広がった血。
散らばった水槽の砂利。
顔を見た瞬間、九頭龍の呼吸が止まった。
妹だった。
記憶はない。
妹と最後に交わした言葉も、いつ死んだのかも思い出せない。それでも、その顔を見間違えるはずはなかった。
次の写真には、制服姿の少女が数人写っている。
罪木、西園寺、澪田、小泉。その少し離れた場所に、ゲームのEと同じ少女がいた。
写真の裏には、短い文章が印刷されていた。
――Dは真相を知り、証拠を隠した。
九頭龍は小泉の顔を思い浮かべた。
全員の前で確認する。
一人で問い詰めない。
昼間、辺古山から聞いた小泉の言葉が、写真の文字へ重なる。
「知ってて隠したヤツが、今度は共有しろってか」
筐体の画面で、モノクマが笑った。
『この写真を信じるかどうかも、誰に見せるかも、九頭龍クンの自由だよ。プライバシーって大事だもんね!』
九頭龍は写真を封筒へ戻した。
周りを見渡すと、街灯の下に辺古山が立っていた。
「ついてくるなっつっただろ」
「中へは入っていない」
辺古山は九頭龍の手にある封筒を見た。
「坊ちゃん。それは」
「あいつが写ってた」
辺古山の表情が止まる。
「殺されたあとの写真だ。あのゲームの通りなら、小泉は犯人を庇って証拠を消した」
「ゲームと写真が、モノクマの偽装である可能性は」
「ある。だから本人に聞く」
九頭龍は橋の方へ歩き出した。
「私も同行しよう」
「来るな」
「しかし――」
「これは俺と俺の妹の話だ。テメーは手ぇ出すな」
辺古山は足を止めた。
「……承知した」
九頭龍は振り返らなかった。
辺古山も、その場から動かなかった。
ただ、九頭龍が橋の向こうへ消えたあとも、彼女の手は竹刀袋の紐を強く握っていた。
*
翌朝、小泉のコテージの前に封筒が置かれていた。
差出人の名前はない。
中身を見れば、誰が置いたのかは分かった。
音楽室で死んでいる少女。
水着と砂利。
血のついた床を写した何枚もの写真。
小泉は、そのうち一枚の構図を知っている気がした。
床へ膝をつく角度。
画面の端へ入った机の脚。
人の顔より、何が起きたかを残そうとした写真。
自分なら、こう撮る。
そう思った瞬間、頭の奥でシャッター音が鳴った。
暗い音楽室。
泣いている少女。
濡れた水着。
それ以上は続かない。
「真昼おねぇ?」
背後から声を掛けられ、小泉は封筒を閉じた。
西園寺が、眠そうな顔で立っている。
「何持ってるの?」
「ゲームの写真」
嘘ではなかった。
「日寄子ちゃんは、何か届いてない?」
「何も。あんな気持ち悪いゲームの物、いらないし」
西園寺は小泉の手元を見た。
小泉は封筒を胸元へ引く。
「みんなに見せるんじゃなかったの?」
「まず、何なのか確認してから」
「誰に?」
小泉は答えなかった。
西園寺の顔から、少しずつ不満が濃くなる。
「真昼おねぇまで、わたしに隠すの?」
「日寄子ちゃんを巻き込みたくないのよ」
「もうゲームに出されてるじゃん!」
西園寺は踵を返した。
「待って、日寄子ちゃん!」
小泉が追いつくと、西園寺は目元を袖で乱暴に擦った。
「一人でどこか行ったらダメだからね」
「それ、真昼おねぇもでしょ」
痛いところを突かれた。
その日は、小泉も九頭龍も誰とも二人きりにならなかった。
朝食では日向たちがゲームの話をしようとしたが、九頭龍は来ない。小泉は、届いた封筒のことを言えないまま西園寺の隣にいた。
昼も、誰かが誰かのそばにいた。
旧館の当番へ向かう者には付き添いがつき、二番目の島へ行く者は四人以上で動いた。
何も起きなかった。
情報を一つに集めたことが、事件を止めたように見えた。
だが、小泉のコテージには写真が隠され、九頭龍の部屋には空になった封筒がある。
誰も共有していない過去が、二人の間だけで形を持ち始めていた。
*
翌日の午後、小泉のドアへ一通の手紙が差し込まれた。
短い文章だった。
――ゲームのことで見せたい物がある。二時半にビーチハウスで。日寄子。
西園寺の字に似ている。
朝から彼女の姿を見ていなかったこともあり、小泉はすぐに封筒の写真を持った。
一人では行かない。
昨日、自分で決めたことだ。
だが、相手は西園寺だった。
既に一人で二番目の島へ行ったのなら、誰かを探している間にも危険がある。
小泉はレストランのテーブルへ、二番目の島へ行くと書いた紙を置いた。
行き先までは書かなかった。西園寺が隠したがっていることを、勝手に全員へ広めたくなかった。
同じ頃、西園寺も別の手紙を握って橋を渡っていた。
――昨日の写真について話したい。二時にビーチハウスへ来て。真昼。
小泉の字に似ていた。
西園寺は怒っていた。自分には隠したまま、一方的に呼び出してきたことへ文句を言うつもりだった。
二番目の島のダイナーには、九頭龍の姿がない。
辺古山も、昼の監視当番を終えたあと、ホテルへ戻っていなかった。
午後二時半。
小泉はビーチハウスの前へ着いた。
砂浜に、西園寺の小さな足跡が一列だけ残っている。
「日寄子ちゃん?」
扉を開ける。
ベンチの上に、ゲームの写真が並べられていた。
奥の更衣室から返ったのは、西園寺の声ではなかった。
「待ってたぜ」
小泉の背後で、扉が閉まった。