裁判場から戻ったあと、旧館まで移動する気力が残っている者はいなかった。弐大が狛枝を椅子へ座らせ、裁判中から残っていた縄を背もたれへ回した。
誰かが眠れば、別の誰かが起きている。
そうして一晩を越えた。
西園寺は小泉が使っていた席へ顔を伏せ、罪木が近づくたびに追い払った。左右田は何度も外へ出て、救急車が戻ってこないか確かめた。ソニアと田中は窓際で交代しながら島を見張り、終里は空腹を訴えることすら忘れて眠っている。
葦原は、狛枝から三つ離れた椅子に座っていた。
考え込んだ顔のまま、昨夜から一度も話しかけてこなかった。
それでも帰らなかったことを、狛枝は数えないようにしていた。
「そろそろ決めなきゃね」
七海が、伏せていた顔を上げた。
「狛枝くんの拘束を、このまま続けるかどうか」
「続けるに決まってんだろ」
左右田が即答する。
「コイツが前にやったこと忘れたのかよ。十神を殺そうとして、花村に殺させて、二人死なせたんだぞ」
「忘れてないよ」
七海は狛枝を見た。
「でも、何のために縛るかは決め直さないといけない。罰として縛ってるなら、いつまで続けても終わりがないから」
「危ねえからだろ!」
「縛っていた間にも、小泉さんは殺された」
左右田が黙る。
「狛枝くんを動けなくすることと、次の殺人を防ぐことは同じじゃなかった。見張りに毎回二人使うせいで、ほかの人が動ける組み合わせも減ってる」
「だからって、自由にしてまた仕掛けられたらどうすんだよ」
「そのときは、また捕らえればよい!」
弐大が腕を組んだ。
「縄を解くことは、警戒を解くこととは違う。こやつが妙な動きをすれば、ワシが押さえる」
「あたしも手伝うぞ」
終里が机へ突っ伏したまま片手を上げる。
「お前は起きてから言え!」
「起きてる。腹減った」
いつもの返事が戻り、弐大が僅かに息を吐いた。
「あ、あのぉ……私も、縄は一度外した方がいいと思います」
罪木がおずおずと手を上げた。
「手首の皮膚が擦れていますし、肩もずっと同じ向きへ引かれていました。このままだと、痺れが残るかもしれませぇん」
「残ればいいじゃん」
西園寺が顔を上げないまま言った。
「みんなを殺そうとした罰でしょ。解いて、また誰か死んだら、解こうって言ったやつが代わりに死んでよ」
誰もすぐには返せなかった。
小泉を失ったばかりの西園寺へ、正しい話だけを返せる者はいない。
「次に誰も死なないとは、わたくしにはお約束できません」
ソニアが西園寺へ言った。
「ですが、縄を残せば約束できるわけでもありません。ペコ山さんが事件を起こすまで、わたくしたちは彼女を警戒していませんでした。狛枝さん一人を縛っても、次に動く方は止められないのです」
「鎖で獣を封じれば、番人もまた鎖の端に繋がれる」
田中が窓際から振り返る。
「封印を解くならば、その牙を全員の目で追えばいい」
「ボクは、どちらでも構わないよ」
狛枝は笑った。
「みんなが安心できるなら、このままでいい。ボクみたいな人間へ二人も見張りを使ってくれるなんて、申し訳ないくらいだけどね」
「その言い方が腹立つんだよ!」
左右田が椅子の脚を蹴りかけ、弐大に止められる。
「本人の希望は、判断材料にしなくてよくない?」
葦原があれから初めて口を開いた。
「狛枝くん、自分を危険に置く方を選びやすいから」
「では、葦原さんはどうお考えですか?」
ソニアが尋ねた。
葦原は椅子へ回された縄を見た。
「拘束しておけば、狛枝くんの位置と、話した相手が分かる。監視の仕組みとしては簡単」
「外しても、行き先を報告させればいいんじゃないかな」
七海が言う。
「一人で誰かを呼び出さない。コテージへ勝手に入らない。移動は誰かが見える範囲でする。それなら、ほかのみんなに決めたルールと大きく変わらないよ」
「うん。……そうだね」
葦原はあっさり認めた。
それでも、続ける。
「でも、今日決めなくてもよくない?」
左右田が葦原を見た。
「今決めなかったら、今日もコイツ縛ったままだろ」
「一日増えても、判断に使える情報は――」
「増えねーよ。オメー、自分が旧館気に入ってただけじゃねえのか?」
葦原の言葉が止まった。
「そこ行けば狛枝がいて、人もいて、勝手に寝てただろ。コイツを自由にしたら、あの場所なくなるから渋ってんじゃねーだろうな」
数人の視線が葦原へ集まる。
葦原は否定しなかった。
「それは、少しある」
「あるのかよ!」
左右田が頭を抱えた。
狛枝の胸の奥に、場違いな熱が生まれた。
拘束の合理性ではなく、そこへ来れば狛枝がいるという理由で、葦原は一日だけ結論を遅らせようとした。
自分の居場所が、彼女の選択へ混ざった。
嬉しいと思った。
その感情が形を持つより早く、反対側から冷たいものが追いついた。
葦原は、昨夜も皆から理解されなかった。
辺古山の道具という話を成立すると言い、九頭龍を死なせろと言った。そこへ狛枝とばかり話していた事実まで重なれば、彼女の考えは全て狛枝に影響されたものとして扱われるかもしれない。
希望ヶ峰に認められた才能が、自分のそばにいるせいで仲間から切り離される。
それを惜しいと思う一方で、自分だけが彼女を理解できればいいと考えかけた。
狛枝は、自分だけでいいと考えた方を、言葉になる前に潰した。
「葦原さんの意見は、数えなくていいんじゃないかな」
葦原が狛枝を見る。
「どうして?」
「今のは、みんなの安全についての意見じゃないからだよ。ボクがここにいれば、質問する相手を探さなくて済む。人が集まるから、一人で眠らなくてもいい。キミにとって便利だっただけでしょ?」
「だったら、もうボクのところへ来ない方がいい」
声が重くならないように、狛枝は笑った。
「ボクみたいなゴミに付き合って、葦原さんまで疑われるなんてもったいないよ。キミの考えがどれだけ変わっていても、ボクとは関係がないんだから」
「狛枝くんと話してることと、昨日言ったことは関係ないよ」
「みんながそう分けてくれるとは限らない」
葦原は数秒、狛枝を見た。
「狛枝くんが、もう話したくないってこと?」
正確ではなかった。
否定すれば、彼女はまた来る。
「その方がいいと思うよ」
狛枝は答えた。
葦原の指が、椅子の端から離れた。
「そう」
視線が縄へ戻る。
「じゃあ、解放でいい。拘束を続ける理由は薄い」
それ以上、狛枝を見なかった。
投票ではなく、一人ずつ意見を出した。
左右田と西園寺は継続。罪木、七海、ソニア、田中、弐大、終里、澪田、日向、葦原は解除。狛枝自身の意見は数えなかった。
「決まりだな」
日向が言った。
「自由にする。でも、信用したわけじゃない。決めたことを一つでも破ったら、また拘束する」
「もちろんだよ。みんなの判断に従うよ」
弐大が狛枝の背後へ回る。
椅子の背へ食い込んでいた縄が緩み、手首が自由になる。狛枝は腕を前へ戻した。肩に鈍い痛みが走り、指先へ遅れて血が戻ってくる。
罪木がすぐに手首を取り、擦れた皮膚へ薬を塗り始めた。
「痛かったら言ってくださぁい」
「大丈夫。ボクにはもったいないくらい丁寧だよ」
「そういうのいいから、ちゃんと言ってください!」
罪木が珍しく声を強くする。
狛枝は少し驚いてから、痛む場所を伝えた。
縄のなくなった椅子は、軽く押されただけで床を滑った。
葦原はその音に振り返らず、西園寺とソニアがいる席へ移った。
*
狛枝を解放して二日目の朝、左右田はレストランの隅で葦原を見つけた。
机へ片腕を置き、その上へ顔を伏せている。反対の手には鉛筆が残り、頬の下には描きかけの図面が半分潰れていた。
「おい、起きろ」
肩を揺らす。
「起きてる」
「寝てるヤツの返事だろ、それ!」
葦原は顔を上げた。
目はほとんど開いていない。
「コテージ戻って寝ろ。紙によだれついてんぞ」
「ついてない」
「すぐ分かる嘘つくなよ!」
隣の席で七海が図面を覗く。
「図面の方は無事みたいだね」
「そこを確認してんじゃねえ!」
厨房から終里が顔を出した。
「コイツ、夜中もいたぞ。食い物見張ってんのかと思った」
「誰から守るの?」
「オレ」
「犯人お前じゃねーか!」
左右田の声で、葦原がまた目を閉じる。
「気にしないで」
机へ顔を戻しながら言った。
「別にひとりで寝れない訳じゃないから」
「ならコテージ戻れよ」
「今寝てるから、今は無理」
理屈になっていない。
「睡眠用の子守歌なら、唯吹にお任せあれ!」
澪田が両手を上げた。
「優しく静かな曲から、夢の中まで追いかける爆音まで、各種取り揃えてるっす!」
「最後のは寝かせる気ねーだろ」
「音増えると寝にくい」
葦原が目を閉じたまま断る。
「注文が細かいっす!」
罪木は何も言わず、畳んだタオルを葦原の額と机の間へ差し込んだ。
「これなら、少しは跡がつきにくいと思いますぅ」
「ありがとう」
「甘やかすなよ!」
左右田が言っても、タオルを抜く者はいなかった。
旧館にいれば、見張り当番が必ず二人いた。
狛枝が眠っていても、人の声は途切れなかった。
拘束がなくなってから、葦原は人のいる場所へ自分の眠る場所を移したらしい。
狛枝本人がいなくても、そこは構わないようだった。
その事実へ、左右田は少し安心して、別の意味で頭が痛くなった。
「毎晩ここで寝る気じゃねーだろうな」
「毎晩ではないよ」
葦原の返事は、タオルへ半分吸われた。
「昨日もいたぞ」と終里が言う。
「じゃあ今のところ毎晩っすね」と澪田が数える。
レストランの入口が開いた。
狛枝が入ってくる。
左右田は反射的に葦原を見た。
眠ったまま動かない。
狛枝も一度だけそちらを見たが、声は掛けなかった。反対側の席へ座り、日向へ朝の挨拶をする。
自分で突き放したくせに、気にしているのが丸分かりだった。
左右田は腹立たしくなったが、どちらへ怒鳴ればいいのか分からなかった。
そのとき、モノクマの声がレストランに響いた。
『お待たせしました! 第三の島を本日より大開放です! さらに、重傷の九頭龍クンは新しい島の病院で絶賛治療中だよ!』
葦原が顔を上げる。
目は覚めていた。
*
第三の島へ渡る橋の前で、また組み分けが揉めた。
「狛枝と二人は嫌だかんな!」
左右田が最初に宣言する。
「大丈夫。ボクも、左右田クンほどの才能を一人で独占するつもりはないよ」
「そういう問題じゃねえ!」
「五人で動けばいいと思う」
七海が日向、左右田、葦原、狛枝を順に指した。
「これなら誰も二人きりにならないよ」
日向が小さく頷く。
残った者たちは、弐大とソニアを中心に別の組を作った。西園寺は小泉のいない集団へ入るのを嫌がったが、最後には罪木と澪田の間を歩いた。
最初に見つかったのは病院だった。
白い廊下の奥で、九頭龍はまだ眠っていた。身体の大半へ包帯が巻かれ、透明な管が何本も繋がっている。
「生きてます」
罪木が機械の数値を確かめた。
「状態は安定しています。すぐに目を覚ますとは言えませんけど、今すぐ危険になる数値ではありません」
西園寺は病室の入口まで来て、中へ入らなかった。
「真昼おねぇは治してくれなかったくせに」
誰へ向けた言葉か分からない。
モノクマは現れなかった。
葦原は九頭龍の背中が見えない位置から、包帯と機械を見ていた。傷の話を口にはしなかった。
狛枝も、葦原へ話しかけなかった。
病院を出たあと、澪田は大きな音楽施設を見つけ、沈んだ空気を振り払うように入口へ駆け込んだ。
「ここを本日から、唯吹の南国ライブ支部に認定するっす!」
舞台へ上がり、最初のマイクを掴む。
甲高い音が建物中へ響いた。
「耳が! 耳が壊れる!」
左右田が両耳を塞ぐ。
「機材の挨拶っす!」
「敵意しかねーよ!」
田中の上着の中へ隠れたハムスターたちが、一斉に顔を引っ込める。
「澪田よ。次にその音を放てば、四天王への宣戦布告と見なす」
「ご、ごめんなさいっす!」
澪田が素直にマイクを置いた。
その隣には古いモーテルがあり、ソニアは映画で見た異国の逃亡者の宿のようだと目を輝かせた。
「宿泊客が偽名を使い、翌朝には車ごと消えているのです!」
「それ、いい宿じゃねーだろ」
「闇へ紛れる仮初めの砦か。悪くない」
田中だけは気に入ったらしい。
「田中さんもお分かりになりますか!」
「ソニアさん、そんな宿よりいつものコテージの方が安全ですよ」
左右田の訴えは、二人とも聞いていなかった。
電気街へ着くと、今度は左右田がほかの声を聞かなくなった。
「モーター、変圧器、基板、ケーブル……使えるもんだらけじゃねーか!」
店先の箱を次々と開ける。
「おい葦原、こっち見ろ! このインバーター生きてるぞ!」
葦原は端子を覗き込んだ。
「容量足りない。二つ並列なら?」
「制御合わせんのが面倒だな。けど、部品取りにはなる」
「このモーターは?」
「回転数はいいけどトルクが足りねえ。減速機かませりゃ――」
二人は道の真ん中へ部品を並べ始めた。
「探索、終わらなくなるよ」
七海が言う。
「持って帰れる物だけ分ける!」
「全部持って帰れる!」
左右田と葦原の答えが重なった。
「息合ってるね」と日向が言う。
「重い物は左右田が持つから」
「そこだけ勝手に決めんな!」
狛枝は少し離れた場所から、二人のやり取りを見ていた。
葦原は狛枝がいなくても、問題を見つければ動く。
自分と話せなくなった程度で失われる才能ではない。
当然のことに安堵しながら、声を掛けられないことへ落ち着かなさを覚える。
「狛枝、悪いけどそこのドライバー取ってくれ」
左右田に呼ばれ、狛枝は足元の工具を拾った。
「これでいいのかな?」
「先が細い方。……そう、それ」
「自由な狛枝くん、便利だね」
葦原が部品から顔を上げずに言った。
狛枝は返事を迷った。
「縛られていたときよりは、役に立てるかもしれないね」
それだけ答える。
葦原も、それ以上は続けなかった。
*
最後に入った映画館で、モノクマが待っていた。
「第三の島を安全に楽しむための、必修映像をご用意しました!」
「見ない」
葦原が即答する。
「まだ内容言ってないのに!?」
「必修って言ったから」
「残念! 見終わるまで出口は開きませーん!」
背後で扉が施錠された。
「やっぱり見ない」
「物理的に選択肢を消したよね!?」
モノクマが上映室へ全員を追い込む。
映画は、モノクマが島の安全を守る名指導者として活躍し、モノミが失敗するたびに全てを悪化させる内容だった。
澪田は途中から効果音へ勝手な伴奏をつけ、終里は暗くなって三分で眠った。七海は映像の端に隠された文字を探し、左右田は映画館の音響設備を分解できないか天井ばかり見ている。
葦原だけは、最初から最後まで画面を睨んでいた。
内容へ怒っているというより、次の場面へ進むたびに機嫌が悪くなっていく。
狛枝は何度か横顔を見て、そのたびに話しかけるのをやめた。
上映が終わり、扉が開く。
全員が外へ出る頃には、日が傾き始めていた。
左右田は電気街へ置いてきた部品を取りに戻り、七海と日向は病院の裏手を確認する。ほかの者たちも、互いに見える範囲で道へ散った。
葦原は映画館の壁へ背を預け、深く眉を寄せていた。
狛枝は通り過ぎようとした。
できなかった。
「葦原さん、映画そのものが嫌だったんだ?」
葦原が顔を上げる。
「狛枝くん、話さないんじゃなかったの?」
「質問しただけだよ」
「質問して、私が答えたら会話だよ」
「答えたくなければ、無視してくれていいんだ」
葦原は狛枝を見たまま、少し黙った。
「映画は嫌い」
結局、答えた。
「内容じゃなくて?」
「内容も嫌だったけど、映画そのもの。勝手に次へ進むし、考えてる途中でも待たない。見せたい順番で、見せたい長さだけ、他人の頭を使わせるでしょ」
「じゃあ、小説も嫌い?」
「映画よりはまだマシ。自分でペース決められるじゃん」
「ゲームは?」
「もっとマシ。止められるし、戻れるし、違う方へ行けることもある」
少し間を置き、葦原は付け足した。
「映画とか、ドラマとか、アニメも嫌い。でも映画が一番押しつけてくるから嫌い」
言ってから、僅かに視線を逸らす。
「普通の人が楽しむもの、まとめて馴染めないって言ってるみたいだよね」
「キミは、馴染めないことを恥ずかしいと思うんだ?」
「少しはね。映画嫌いって言うと、大体内容の好みだと思われるし」
「他人が作った建物は平気なのに?」
狛枝が聞く。
「押しつけてくるのは、確かに建物にもあるけど」
葦原は映画館の入口を見た。
「入りたくなければ入らない。途中で止まれる。違う道を探せる。作った人がここを歩けって思ってても、あるかなければいいだけだし、最悪作り直せばいいと言うか……」
「最後だけ、普通の利用者には難しいと思うよ」
「私はできるし」
狛枝は笑った。
葦原も少しだけ口元を緩める。
その顔を見た瞬間、解放の朝から守っていた距離が、もうほとんど残っていないことに気づいた。
「じゃあ、誰かがキミのためだと思って、いる場所を勝手に決めるのも嫌いかな」
葦原の表情が戻る。
「狛枝くんの話?」
「一般論のつもりだったんだけど」
「今の流れで無理あるよ」
葦原は壁から背を離した。
「嫌だったよ」
狛枝は笑みを崩さなかった。
「ボクは、提案しただけだと思っていたよ」
「私が、狛枝くんが嫌ならやめるって聞いて、狛枝くんはその方がいいって言った」
「嫌だとは言ってない」
「その言い方で、私がどう受け取るかは分かってたでしょ」
否定できなかった。
「キミがボクのせいで疑われるのは、よくないと思ったんだ」
「それは狛枝くんの考え」
「仲間から離されるかもしれないよ」
「離されたら、そのとき考える。説明しても無理なら仕方ない」
葦原の返事は変わらない。
「狛枝くんが私と話したくないなら、来ない。でも、私が警戒されるかどうかは別。狛枝くんが二つとも決めないで」
「……ボクと話すのは、やめなくていいの?」
「狛枝くんが嫌じゃないなら」
「困ってはいないよ」
狛枝が答えると、葦原は少し眉を上げた。
「それ、また遠回しにしてる?」
「ボクみたいな人間が、キミと話したいなんて言うのは図々しいからね」
「言ってるのと同じだよ」
狛枝は返す言葉を失った。
葦原は映画館の壁を指で一度叩く。
「拘束を解くとき渋ったのは、ここに行けば狛枝くんがいるって分かるのが楽だったから。人も集まってたし、寝ても一人じゃなかった。だから、左右田の言った通り、私に都合がよかった」
「そこまで正直に認めるんだね」
「合理性薄いのは分かってたから、一回しか渋ってないよ」
「十分だと思うけどな」
「解放に入れたでしょ」
葦原は道の先を見た。
「今は、狛枝くんがどこにいるか分からないのが少し面倒」
「探してくれるの?」
「会ったら話す」
「探してはくれないんだ」
「探すこともあるかも。今みたいに近くにいたら、話す方が早い」
日向が少し先の道から、二人を呼んだ。
「置いていくぞ! 二人だけになるなって決めただろ!」
「今行く」
葦原が歩き出す。
数歩進んでから、狛枝を振り返った。
「映画の話、まだ途中だから」
「まだ続くの?」
「狛枝くんが聞いたんでしょ」
狛枝はそのあとを追った。
距離を置くために自由になった足で、前と同じ距離へ戻っていく。
*
その夜、レストランには電気街から運んだ部品が積まれていた。
左右田が一つずつ状態を確かめ、七海は隣でゲーム機を充電している。澪田は音楽施設から持ち帰った予定表の裏へ曲名を書き、罪木は病院とホテルを行き来するための薬品を分けていた。
葦原は一番端の机で眠っていた。
頬の下には、今度は最初から畳んだタオルがある。
狛枝が入ると、左右田が露骨に睨んだ。
「一人じゃねーからな」
「分かってるよ」
葦原の隣の椅子だけが空いていた。
狛枝は自分でそれを引き、座った。
脚が床を擦る音で、葦原が目を開ける。
「狛枝くん」
「起こした? ごめんね」
「いい。映画の続きする?」
「寝た方がいいんじゃないかな」
「ここで聞く」
葦原は顔をタオルへ戻した。
「映画館の椅子も嫌い。終わるまで座ってろって形してる」
「それなら、この椅子は?」
「いつでも立てるから、まだいい」
目を閉じたまま答える。
狛枝の椅子にも、葦原の椅子にも、もう縄はない。
どちらも好きなときに立てた。
それでも二人は、話が終わるまで同じ場所にいた。