平穏
第1話『平穏』
人は生まれ変われるらしい。
少なくとも、俺はそうだった。
最初に違和感を覚えたのは、生まれて間もない頃。
赤ん坊の身体なのに意識があった。
言葉が分かる。
物事を考えられる。
記憶もある。
そしてある日、はっきり理解した。
俺には前世の記憶がある。
◇◇◇
転生。
それ自体は驚いた。
だが本当に問題だったのは、その後だった。
テレビから聞こえてきた言葉。
個性。
ヒーロー。
ヴィラン。
オールマイト。
その瞬間。
俺は理解した。
「ああ……」
ここ。
知ってる。
間違いない。
『僕のヒーローアカデミア』
その世界だ。
前世で何度も読んだ漫画。
大好きだった作品。
本来なら喜ぶべきなのかもしれない。
だが。
俺は違った。
むしろ絶望した。
◇◇◇
なぜなら。
この世界を知っているからだ。
ヴィラン連合。
死柄木弔。
オール・フォー・ワン。
USJ襲撃。
神野事件。
超常解放戦線。
最終決戦。
この世界は危険だ。
表面上は平和に見える。
だが実際は違う。
いつ爆発してもおかしくない火薬庫。
それがヒロアカ世界だった。
そんな場所で目立ちたいとは思わない。
ヒーローになりたいとも思わない。
主人公になりたいとも思わない。
世界を救いたいとも思わない。
俺の願いはたった一つ。
平穏に生きたい。
それだけだった。
◇◇◇
だから決めた。
目立たない。
関わらない。
巻き込まれない。
これを徹底する。
ヒーロー科には行かない。
危険な事件にも近付かない。
原作キャラとも必要以上に関わらない。
安全第一。
それが俺の人生設計だった。
完璧だと思った。
少なくとも、この時は。
◇◇◇
数年後。
「刃人ー!」
元気な声が庭から聞こえる。
俺は読んでいた本から顔を上げた。
ここは孤児院。
『ひなたの家』
俺が育った場所だ。
建物は古い。
裕福でもない。
子供も多い。
騒がしい。
正直、静かな環境とは言えない。
だが。
嫌いじゃなかった。
◇◇◇
縁側に腰掛けながら庭を見る。
子供達が走り回っている。
鬼ごっこ。
ボール遊び。
笑い声。
泣き声。
叫び声。
騒がしい。
本当に騒がしい。
なのに不思議と嫌じゃない。
前世では知らなかった。
こういう場所を。
帰る家。
家族みたいな存在。
自分の居場所。
そういうものを。
◇◇◇
「また本ですか?」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
そこには金髪の少女が立っていた。
「暇だったからな」
「外で遊べば良いでしょう」
「面倒だ」
即答。
少女は呆れたようにため息を吐いた。
俺も慣れている。
いつものやり取りだった。
◇◇◇
夕方。
空が赤く染まる。
庭では子供達が遊んでいた。
院長先生もいる。
職員さんもいる。
子供達もいる。
みんな笑っている。
その光景を見ながら。
ふと思った。
守りたい。
この場所を。
前世では思ったこともない感情だった。
世界なんてどうでもいい。
正義も悪も興味ない。
ヒーローもヴィランも知らない。
だけど。
この場所だけは失いたくない。
そう思った。
◇◇◇
平穏に生きたい。
その考えは変わらない。
ヒーローにはならない。
世界も救わない。
ただ。
もし。
この場所が危険になったなら。
この孤児院が傷付くなら。
その時くらいは戦うのかもしれない。
そんなことを考えて。
苦笑した。
面倒な話だ。
本当に。
◇◇◇
だが。
この時の俺は知らない。
雄英高校へ入学することも。
オール・フォー・ワンに狙われることも。
公安に目を付けられることも。
平穏を失うことも。
何も知らなかった。
ただ一つだけ。
確かなことがある。
この先どんなことが起ころうと。
俺はきっと。
世界なんて救わない。
だが。
俺の居場所だけは守る。
それだけは変わらないだろう。
これは。
平穏を求める少年。
七瀬刃人の物語。
そして。
平穏から最も遠い人生を歩くことになる男の物語だ。
第1話 完