第20話 『平穏より遠く』
決勝戦。
轟焦凍。
七瀬刃人。
互いに満身創痍だった。
◇◇◇
会場は静まり返っている。
歓声もない。
野次もない。
ただ。
誰もが見ていた。
この一撃で終わると分かっていたからだ。
◇◇◇
仮面へ触れる。
微笑の仮面。
既に亀裂だらけだった。
◇◇◇
「限界か」
◇◇◇
『限界です』
◇◇◇
頭の中から返事が来る。
◇◇◇
「そうか」
◇◇◇
『はい』
◇◇◇
最後まで律儀だった。
◇◇◇
向こうを見る。
轟も肩で息をしている。
制服は焦げ。
氷も乱れていた。
◇◇◇
限界は向こうも同じ。
◇◇◇
「七瀬」
◇◇◇
轟が口を開く。
◇◇◇
「さっきの言葉」
◇◇◇
「本気か」
◇◇◇
親父と戦うな。
お前自身と戦え。
◇◇◇
俺は肩を竦めた。
◇◇◇
「本気だ」
◇◇◇
「お前強いだろ」
◇◇◇
「だったら親父じゃなくて自分を見ろ」
◇◇◇
轟は少しだけ俯いた。
◇◇◇
そして。
ゆっくり顔を上げる。
◇◇◇
その目に迷いはなかった。
◇◇◇
「そうか」
◇◇◇
短い返事。
◇◇◇
だが。
それだけで十分だった。
◇◇◇
轟の炎が燃え上がる。
◇◇◇
今までで一番大きく。
◇◇◇
今までで一番強く。
◇◇◇
観客席がどよめいた。
◇◇◇
エンデヴァーが立ち上がる。
◇◇◇
緑谷も。
飯田も。
八百万も。
◇◇◇
誰もが見ていた。
◇◇◇
轟焦凍が。
初めて自分自身の力として炎を使う瞬間を。
◇◇◇
その姿を見て。
刃人は少しだけ笑った。
◇◇◇
良かったな。
◇◇◇
本心だった。
◇◇◇
その瞬間。
仮面が砕ける。
◇◇◇
パキッ。
◇◇◇
微笑の仮面が崩壊する。
◇◇◇
「おい」
◇◇◇
嫌な予感。
◇◇◇
七武装輪転。
第七武装。
仮面舞踏会。
◇◇◇
感情によって姿を変える武装。
◇◇◇
そして今。
胸の中にあった感情は。
◇◇◇
高揚ではない。
◇◇◇
怒りでもない。
◇◇◇
悲しみでもない。
◇◇◇
守りたい。
◇◇◇
ただそれだけだった。
◇◇◇
孤児院。
院長。
子供達。
アルトリア。
ナイチンゲール。
◇◇◇
あの場所を守りたい。
◇◇◇
その感情へ。
仮面が応える。
◇◇◇
新たな仮面が形成される。
◇◇◇
怒りにも似た。
激情の顔。
◇◇◇
《憤怒の仮面》
◇◇◇
個性。
《生命進化》
◇◇◇
瞬間。
身体が変化した。
◇◇◇
筋肉が膨張する。
皮膚が硬化する。
視界が広がる。
◇◇◇
観客席がどよめいた。
◇◇◇
「変身した!?」
◇◇◇
「また新しい能力か!?」
◇◇◇
違う。
新しい能力じゃない。
◇◇◇
これも。
七武装の一つだった。
◇◇◇
「本当に面倒だな」
◇◇◇
思わずため息が出る。
◇◇◇
轟が炎を放つ。
◇◇◇
最大出力。
◇◇◇
灼熱。
暴風。
炎の奔流。
◇◇◇
だが。
刃人は止まらない。
◇◇◇
前へ進む。
◇◇◇
炎が皮膚を焼く。
◇◇◇
だが。
次第に熱へ慣れていく。
◇◇◇
《適応》
◇◇◇
生命進化の能力。
◇◇◇
炎へ適応する。
◇◇◇
完全無効ではない。
◇◇◇
痛い。
普通に熱い。
◇◇◇
だが。
進める。
◇◇◇
「来い!」
◇◇◇
轟が叫ぶ。
◇◇◇
「おう」
◇◇◇
刃人も応じた。
◇◇◇
距離が縮まる。
◇◇◇
残り十メートル。
◇◇◇
五メートル。
◇◇◇
三メートル。
◇◇◇
そして。
互いの拳が届く距離。
◇◇◇
轟の拳。
◇◇◇
刃人の拳。
◇◇◇
同時に放たれる。
◇◇◇
ドォォォォォン!!
◇◇◇
凄まじい衝撃。
◇◇◇
観客席が揺れる。
◇◇◇
地面が砕ける。
◇◇◇
煙が舞う。
◇◇◇
誰も結果が分からない。
◇◇◇
静寂。
◇◇◇
そして。
煙が晴れる。
◇◇◇
立っていたのは。
◇◇◇
一人。
◇◇◇
七瀬刃人だった。
◇◇◇
轟は膝をついていた。
◇◇◇
限界だった。
◇◇◇
ミッドナイトが前に出る。
◇◇◇
数秒。
轟は立ち上がろうとする。
◇◇◇
動かない。
◇◇◇
もう。
力が残っていなかった。
◇◇◇
「勝負あり!!」
◇◇◇
歓声が爆発した。
◇◇◇
『優勝ォォォォォ!!』
◇◇◇
『七瀬刃人ォォォォォ!!』
◇◇◇
会場が揺れる。
◇◇◇
拍手。
歓声。
絶叫。
◇◇◇
だが。
刃人は空を見上げていた。
◇◇◇
優勝した。
◇◇◇
孤児院のみんなも喜んでいる。
◇◇◇
院長も。
子供達も。
アルトリアも。
ナイチンゲールも。
◇◇◇
それは嬉しかった。
◇◇◇
本当に。
◇◇◇
だが。
同時に理解していた。
◇◇◇
終わった。
◇◇◇
平穏が。
◇◇◇
全国へ名前が広がる。
プロヒーローが見る。
公安が見る。
そして。
◇◇◇
オール・フォー・ワン。
◇◇◇
あの男も。
間違いなく見た。
◇◇◇
優勝した。
◇◇◇
その事実に後悔はない。
◇◇◇
孤児院のためだった。
◇◇◇
だが。
確実に。
◇◇◇
平穏から遠ざかった。
◇◇◇
「本当に最悪だ……」
◇◇◇
優勝者への歓声の中。
七瀬刃人のため息だけが。
誰にも聞かれることなく消えていった。
第20話 完