第3話 『七武装輪転』
平穏な日々は続いていた。
少なくとも。
この時までは。
◇◇◇
「刃人ー!」
庭から声が聞こえる。
今日も子供達は元気だった。
俺は縁側で本を読んでいる。
いつもの光景。
いつもの日常。
実に素晴らしい。
これこそ俺が求めている生活だ。
事件もない。
戦いもない。
ヴィランもいない。
ヒーローもいない。
平穏。
最高だった。
◇◇◇
異変が起きたのは突然だった。
身体の奥が熱い。
嫌な熱ではない。
むしろ力が巡っているような感覚。
「……?」
本から顔を上げる。
熱はどんどん強くなっていた。
胸の奥。
血管の中。
身体全体。
何かが流れている。
「刃人?」
アルトリアが気付いたらしい。
心配そうな顔をしている。
だが俺も何が起きているのか分からなかった。
そして。
次の瞬間。
理解する。
個性発現だ。
◇◇◇
この世界では珍しくない。
四歳前後で個性が発現する。
俺も知っていた。
いつか来るとは思っていた。
だが。
問題はここからだった。
目の前。
何もない空間に光が集まる。
円形。
金色。
そして。
「……ルーレット?」
思わず呟いた。
どう見てもルーレットだった。
金色の巨大な円盤。
数字が並んでいる。
カラカラと回転している。
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
◇◇◇
「なんですか、それは」
アルトリアも困惑していた。
分かる。
俺も困惑している。
なぜなら。
個性発現の瞬間に出てくるものとしては絶対におかしい。
「知らん」
素直に答える。
その間もルーレットは回り続ける。
そして。
不意に停止した。
数字は。
『4』
◇◇◇
光が溢れた。
身体が変形していく。
腕。
脚。
胴体。
全部。
形が変わる。
嫌な感じはしない。
だが。
どう考えても正常ではない。
そして。
数秒後。
変形は完了した。
「……」
沈黙。
「……」
アルトリアも沈黙。
長い沈黙だった。
◇◇◇
「刃人?」
「なんだ」
「なぜバイクになっているのですか?」
それが俺も聞きたかった。
◇◇◇
地面が近い。
視界がおかしい。
身体の感覚がおかしい。
見下ろす。
タイヤが見えた。
どう見ても大型バイクだった。
俺は。
バイクになっていた。
「なんでだよ……」
思わず漏れる。
本当に意味が分からない。
個性発現。
分かる。
特殊能力。
分かる。
だが。
バイクは分からない。
◇◇◇
「動けますか?」
アルトリアが聞く。
試しに動いてみる。
動いた。
しかも普通に走れる。
エンジン音まで鳴る。
余計に意味が分からない。
「どういう個性ですか?」
「知らん」
本当にそうだった。
分からない。
何も分からない。
◇◇◇
結局。
一時間ほどで変身は解除された。
元の身体に戻る。
助かった。
このままバイク人生になったらどうしようかと思った。
◇◇◇
その日の夜。
自室。
布団の上で考える。
ルーレット。
数字。
バイク。
どれも初めて見る個性だった。
だが。
違和感もあった。
どこかで見たことがある。
何かに似ている。
前世の記憶のどこかに。
だが思い出せない。
「最悪だな……」
ため息が出る。
強そうとか弱そうとか。
そういう問題じゃない。
まず意味が分からない。
◇◇◇
数日後。
再び個性を発動した。
現れた金色のルーレット。
回転。
停止。
今度は。
『1』
だった。
◇◇◇
光が集まる。
そして。
右手に銀色の鎖が現れた。
ジャラリ。
重い音が鳴る。
俺は目を見開いた。
頭の中に情報が流れ込んでくる。
拘束。
索敵。
治療。
制約。
封印。
理解した瞬間。
思わず固まった。
「嘘だろ」
知っている。
これは知っている。
前世で見た。
漫画で。
アニメで。
何度も。
◇◇◇
「クラピカじゃねぇか……」
完全に。
あまりにも。
まんまだった。
◇◇◇
さらに数週間後。
三度目の武装。
停止した数字は。
『3』
光が収束する。
現れたのは。
一本の釣竿だった。
「……」
◇◇◇
「……」
◇◇◇
「ハズレでは?」
アルトリアが言った。
珍しく同意だった。
どう見ても釣竿だ。
武器ですらない。
◇◇◇
試しに振る。
シュッ。
糸が飛ぶ。
その瞬間。
ズブッ。
木を貫通した。
壁を貫通した。
地面を貫通した。
そして。
感覚が伝わってくる。
生物の位置。
筋肉の動き。
鼓動。
全部。
分かる。
◇◇◇
「は?」
固まる。
そして思い出した。
ジョジョ。
第五部。
ペッシ。
ビーチ・ボーイ。
「あの釣竿かよ……」
頭を抱える。
なんでだ。
本当になんでだ。
クラピカの次はペッシ。
作品の共通点すらない。
◇◇◇
夜。
縁側。
一人で空を見上げる。
今まで判明した武装は三つ。
鎖。
釣竿。
バイク。
どれも元ネタがある。
つまり。
偶然じゃない。
俺の個性は。
前世で知っている何かを武装として再現している。
そう考えるのが自然だった。
◇◇◇
「ろくでもないな……」
ため息を吐く。
本当にろくでもない。
俺は平穏に生きたい。
目立ちたくない。
事件に関わりたくない。
なのに。
どう考えても目立つ個性だった。
普通の個性じゃない。
絶対に。
◇◇◇
だが。
まだこの時の俺は知らない。
ルーレットに残る数字。
『2』
『5』
『6』
『7』
その中に眠る能力が。
想像以上に厄介な代物だということを。
そして。
その力がやがて俺自身を平穏から遠ざけていくことを。
この時はまだ。
知らなかった。
第3話 完