七武装輪転の転生者は平穏に暮らしたい   作:ポーンδ

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林間合宿編
平穏は山に落ちていない


第1話 平穏は山に落ちていない

 

薄暗い部屋だった。

 

光源は壁一面に並べられた無数のモニターだけ。

 

そこに映し出されているのは、雄英体育祭の映像。

 

爆発。

 

氷結。

 

歓声。

 

そして。

 

その中心に立つ一人の少年。

 

七瀬刃人。

 

「面白い」

 

男は静かに呟いた。

 

オール・フォー・ワン。

 

現代最悪のヴィラン。

 

幾つもの個性を奪い、幾つもの人生を踏みにじってきた怪物。

 

その視線は一人の少年へ向けられていた。

 

映像が切り替わる。

 

鎖。

 

仮面。

 

異質な能力。

 

だが情報は断片的だった。

 

「それほど気になりますか」

 

背後から黒霧が問いかける。

 

「ああ」

 

オール・フォー・ワンは微笑んだ。

 

「実に興味深い」

 

世の中には数え切れないほどの個性が存在する。

 

炎。

 

氷。

 

爆発。

 

重力。

 

強力な個性など見飽きるほど見てきた。

 

だが。

 

七瀬刃人は違う。

 

「情報が足りない」

 

確認できている能力は僅か。

 

個性の全容は不明。

 

限界も不明。

 

制約も不明。

 

「未知というのは魅力的だ」

 

椅子にもたれながら呟く。

 

「人は理解できないものを恐れる」

 

そして。

 

ゆっくりと笑った。

 

「私は理解できないものを欲しくなる」

 

黒霧は沈黙した。

 

長い付き合いだ。

 

だから分かる。

 

この男は本気で興味を持っている。

 

ただ強いからではない。

 

ただ珍しいからでもない。

 

七瀬刃人という存在そのものに。

 

「林間合宿だったかな」

 

オール・フォー・ワンが呟く。

 

「そろそろ少し観察してみよう」

 

その声には楽しげな色が混じっていた。

 

まるで新しい玩具を見つけた子供のように。

 

「死ぬなよー!!」

 

次の瞬間。

 

俺は空を飛んでいた。

 

「は?」

 

意味が分からない。

 

本当に意味が分からない。

 

雄英高校に入学して数ヶ月。

 

ようやく理解したことがある。

 

この学校にはまともな人間がいない。

 

教師も。

 

生徒も。

 

校長も。

 

特に校長。

 

常識という概念を一回どこかに置いてきている。

 

「さあ走れ!」

 

「ここからキャンプ場まで三時間!」

 

「敵はこの森にいるぞ!」

 

プッシーキャッツの声が山に響く。

 

その直後。

 

周囲から悲鳴が上がった。

 

「うわあああああ!」

 

「聞いてねぇ!」

 

「死ぬぅぅぅぅ!」

 

次々と山に投げ込まれていくヒーロー科の面々。

 

俺は木の枝に着地しながら心の底から思った。

 

帰りたい。

 

今すぐ帰りたい。

 

孤児院で本でも読んでいたい。

 

子供達とゲームしていたい。

 

ナイチンゲールの説教を聞き流したい。

 

せめて平和な休日を過ごしたい。

 

だが。

 

現実は残酷だった。

 

「七瀬!」

 

緑谷が振り返る。

 

「大丈夫!?」

 

「大丈夫に見えるか?」

 

「え?」

 

「山に投げ込まれた時点で大丈夫じゃない」

 

「そ、そうかな……」

 

「普通の学校なら訴訟問題だぞ」

 

「雄英だから大丈夫じゃないかな……」

 

それは大丈夫とは言わない。

 

感覚が麻痺しているだけだ。

 

俺は小さくため息を吐いた。

 

森へ足を踏み入れる。

 

そして。

 

誰にも聞こえないように呟く。

 

「……来るんだよな」

 

林間合宿。

 

ヴィラン連合襲撃。

 

爆豪誘拐。

 

神野事件。

 

前世の記憶は年々曖昧になっている。

 

それでもこの辺りは忘れられない。

 

忘れたくても忘れられない。

 

最悪だからだ。

 

だが問題は一つ。

 

知っていても止められない。

 

未来を知っています。

 

だから警戒してください。

 

そんな話を誰が信じる。

 

証拠もない。

 

根拠もない。

 

結局できることは限られている。

 

自分の身を守る。

 

生き残る。

 

それだけだ。

 

「面倒だな……」

 

思わず漏れた。

 

本当に面倒だ。

 

この世界は。

 

オールマイトがいて。

 

オール・フォー・ワンがいて。

 

ヴィラン連合がいて。

 

数年後には戦争まで起きる。

 

その中で俺が欲しいものなんて大したものじゃない。

 

世界平和でもなければ正義でもない。

 

ただ。

 

平穏な日常。

 

それだけだ。

 

それなのに世界はいつだって俺を放っておいてくれない。

 

「おら行くぞ!」

 

爆豪が前方で叫ぶ。

 

「トロトロしてると置いてくぞ!」

 

元気だな。

 

本当に。

 

その元気を少し分けてほしい。

 

俺は無理だ。

 

本気で帰りたい。

 

そんなことを考えながら歩いていると。

 

ガサリ。

 

茂みが揺れた。

 

巨大な影が飛び出してくる。

 

熊。

 

いや。

 

熊を模した土製の怪物だ。

 

プッシーキャッツの訓練用。

 

身長三メートル以上。

 

普通の生徒なら驚くだろう。

 

だが。

 

「邪魔だな」

 

俺は足を止めた。

 

怪物が突進してくる。

 

その拳が振り下ろされる瞬間。

 

「――七武装輪転」

 

ルーレットが回転する。

 

光が弾ける。

 

そして停止。

 

現れた武装を確認する。

 

「……第一か」

 

銀色の鎖が腕に絡みつく。

 

次の瞬間。

 

鎖が射出された。

 

轟音。

 

熊型の怪物を拘束する。

 

さらに引き倒す。

 

地面へ激突。

 

完全沈黙。

 

一秒。

 

二秒。

 

三秒。

 

静寂。

 

後ろで上鳴が口を開いた。

 

「え?」

 

切島も固まる。

 

「は?」

 

緑谷が戦慄する。

 

「速っ」

 

俺は拘束された怪物を見下ろした。

 

「よし」

 

当たりだ。

 

少なくとも機導兵装じゃない。

 

その時点で十分だった。

 

「行くぞ」

 

そう言って再び歩き出す。

 

後ろで誰かが言った。

 

「普通科って何だっけ……」

 

俺もたまに分からなくなる。

 

だが考えても仕方ない。

 

今考えるべきはただ一つ。

 

どうやって面倒事に巻き込まれずに生き残るか。

 

それだけだった。

 

しかし。

 

七瀬刃人はまだ知らない。

 

この林間合宿で。

 

人生最大級の面倒事が自分へ向かっていることを。

 

そして。

 

その面倒事は。

 

日本最悪のヴィランによって、既に動き始めていることを。

 

続く。

第1話完

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