第2話 七武装輪転
朝食後。
地獄が始まった。
「それじゃあ個性強化訓練を始めるわよ!」
マンダレイの声が山に響く。
A組の生徒達はそれぞれの訓練場所へ向かっていた。
緑谷はやる気に満ちている。
切島は燃えている。
爆豪は最初から臨戦態勢だ。
元気だな。
本当に元気だ。
俺はもう帰りたい。
「七瀬くん」
「嫌です」
「まだ何も言ってないわよ?」
「嫌な予感しかしません」
「正解」
最悪だった。
連れて行かれた先には三人。
相澤先生。
ラグドール。
マンダレイ。
完全に逃げ場がない。
「何ですか」
「簡単だ」
相澤先生が言った。
「戦え」
「嫌です」
「戦え」
「はい」
拒否権はなかった。
地面が盛り上がる。
土が集まり。
巨大な人型へ変化していく。
土人形。
林間合宿名物の地獄訓練だ。
「まずは一体ね」
マンダレイが笑う。
「軽くでいいわよ」
「ありがとうございます」
本当に助かる。
軽くで済めばだが。
土人形が動いた。
ズシン。
ズシン。
重い足音を立てながら迫ってくる。
俺は小さく息を吐いた。
「七武装輪転」
ルーレットが回る。
光が流れる。
そして停止した。
「第一武装か」
少し安心する。
当たりだ。
少なくとも機導兵装ではない。
銀色の鎖が腕へ絡みつく。
戒律の鎖。
俺は腕を振った。
鎖が一直線に伸びる。
土人形の右腕へ巻き付く。
さらに足。
さらに首。
一瞬で全身拘束。
そのまま力任せに引き倒した。
轟音。
土煙。
数秒後には完全に沈黙していた。
静寂。
「終わり?」
上鳴が呟く。
「終わりだな」
切島も頷いた。
俺も頷いた。
終わりだった。
「便利ねぇ」
マンダレイが感心したように言う。
「便利です」
実際便利だ。
拘束。
索敵。
治療。
用途が広い。
かなり当たり武装だった。
その時。
ラグドールの瞳が光る。
個性《サーチ》。
俺へ向けられた視線が少しだけ鋭くなる。
嫌な予感がした。
数秒後。
ラグドールが首を傾げる。
「変ね」
「何がですか」
「情報が綺麗にまとまらない」
そりゃそうだ。
武装ごとに別物だから。
「面白いわね」
ラグドールが言う。
「個性というより個性の集合体みたい」
「そんな感じです」
否定はしない。
面倒だから。
「もう一回だ」
相澤先生が言った。
「え」
「戦え」
地面が盛り上がる。
今度は二体。
俺は空を見上げた。
理不尽だった。
「七武装輪転」
再びルーレットが回る。
停止。
現れた武装を見て少し驚く。
第三武装。
深海の釣竿。
珍しい。
「それは?」
マンダレイが首を傾げる。
「釣竿です」
「見れば分かるわよ」
その通りだった。
二体の土人形が迫ってくる。
俺は竿を構えた。
針を放つ。
一直線。
土人形の胸部へ吸い込まれる。
だが。
傷は付かない。
表面に変化はない。
「外れた?」
上鳴が言った。
「いや」
俺は竿を引いた。
ズルリ。
そんな音がした。
土人形の胸から拳大の石が飛び出す。
核。
「なっ!?」
ラグドールが目を見開く。
核は地面へ転がる。
次の瞬間。
土人形が崩壊した。
砂のように全身が砕け散る。
続けて二体目。
同じように針を撃ち込む。
引く。
核が抜ける。
崩壊。
終了。
沈黙。
「……は?」
上鳴が固まる。
「何した今」
「核を抜いただけだ」
「意味分かんねぇよ!」
俺も最初はそう思った。
ラグドールが興味津々で近寄ってくる。
「見えたの?」
「何がですか」
「核」
「見えてません」
「じゃあ何で分かったの?」
「感覚です」
実際それ以上説明出来ない。
見える訳ではない。
ただ分かるのだ。
「気持ち悪い能力ね!」
「褒め言葉として受け取ります」
「褒めてないわよ!」
最近よく言われる。
ラグドールは再び《サーチ》を発動した。
数秒。
そして。
また首を傾げる。
「おかしい」
「今度はさっきと全然違う」
「戦い方も能力も別個性みたい」
「そういう個性ですから」
俺は肩を竦める。
相澤先生が腕を組む。
「七武装か」
「はい」
「本当に七つあるんだな」
「あります」
「全部説明しろ」
「面倒です」
「説明しろ」
「善処します」
沈黙。
「絶対しない顔してるな」
鋭かった。
とても鋭かった。
ラグドールがこちらを見た。
そして。
少しだけ考え込む。
「ねぇ七瀬くん」
「何ですか」
「あなた、一つ隠してるでしょう」
心臓が少しだけ跳ねた。
だが表情は変えない。
変えたら負けだ。
「何の話ですか」
「勘」
最悪だった。
本当に最悪だった。
ヒーローの勘ほど当たるものはない。
「七武装なんでしょう?」
ラグドールが続ける。
「でも何か違和感があるのよね」
「そうですか」
「今まで見た武装って全部戦闘向きじゃない」
「まあ」
「だから逆に気になるの」
ラグドールは腕を組んだ。
そして。
不意に尋ねた。
「最後の武装って補助系?」
思わず沈黙した。
「あら」
ラグドールが目を細める。
「図星?」
「どうでしょう」
「回復能力とか?」
「さあ」
「治療系?」
「さあ」
「支援特化?」
「知りません」
全部曖昧に返す。
半分は本当。
半分は違う。
だが説明するつもりはない。
「ふーん」
ラグドールは納得していない顔だった。
しかしそれ以上は追及してこなかった。
助かった。
本当に助かった。
もし知られたら面倒だ。
強いからじゃない。
危険だからでもない。
ただ。
便利すぎる。
きっとそうなる。
公安も。
ヒーローも。
病院も。
全部寄ってくる。
だから。
出来れば一生知られたくない。
「今日はこんなところね」
マンダレイが手を叩く。
ようやく終わったらしい。
心の底から嬉しかった。
その場を離れながら、俺は山の奥を見る。
木々が揺れていた。
風だろう。
そう思った。
思いたかった。
だが。
胸騒ぎだけは消えない。
遠く離れた場所。
薄暗い部屋。
モニターに映るのは七瀬刃人。
第一武装。
第三武装。
その戦闘記録。
オール・フォー・ワンは静かに眺めていた。
「なるほど」
未知が多い。
だからこそ面白い。
「もう少し観察しよう」
そう呟いた男の前で。
別のモニターが起動する。
映し出されるのは七つの影。
整列する異形の存在。
人ではない。
脳無でもない。
その中間に位置する実験体。
彼らはただ静かに命令を待っていた。
来るべき戦いのために。