第6話 肝試し
林間合宿四日目。
夜。
雄英高校ヒーロー科による肝試し大会が始まろうとしていた。
「それでは組み合わせを発表するぞー!」
マンダレイの声が山に響く。
周囲では歓声が上がっていた。
楽しそうだな。
心の底からそう思う。
他人事として。
俺はため息を吐いた。
帰りたい。
本当に。
昼間の訓練だけで十分疲れている。
なぜ夜にイベントを追加するのか。
雄英は労働基準法の敵だと思う。
「七瀬」
名前を呼ばれた。
顔を上げる。
「おじろ」
尾白猿夫。
A組の良心。
常識人。
まともな人間。
この学校では絶滅危惧種だった。
「よろしくな」
尾白が笑う。
「よろしく」
普通の挨拶。
普通の会話。
平和だった。
尾白は少し首を傾げた。
「元気ないな」
「肝試しが好きじゃない」
「怖いのか?」
「面倒です」
「そっちか」
当然だった。
幽霊より面倒事の方が怖い。
周囲を見る。
上鳴が騒いでいる。
芦戸は楽しそうだ。
爆豪は相変わらず機嫌が悪い。
轟は無表情。
緑谷は何かをブツブツ言っている。
いつも通り。
本当に。
いつも通りだった。
だからこそ違和感があった。
森を見る。
暗い。
静かだ。
静か過ぎる。
嫌な予感がした。
胸の奥がざわつく。
原作通りなら。
今日だ。
ヴィラン連合襲撃。
爆豪誘拐。
神野事件へ繋がる夜。
覚えている。
忘れられる訳がない。
「……来るなよ」
思わず呟く。
「何がだ?」
尾白が聞いた。
「面倒事」
尾白は数秒考える。
そして。
「雄英でそれは無理だろ」
正論だった。
反論出来ない。
雄英に入った時点で諦めるべきだったのかもしれない。
「それでは女子チーム出発!」
マンダレイの声。
女子達が森へ入っていく。
賑やかな声が少しずつ遠ざかる。
続いて男子チーム。
俺と尾白も列へ並ぶ。
森の入り口が見えた。
暗い。
不気味だ。
肝試しにはちょうどいい。
そして。
ヴィランが襲撃するにも。
ちょうどいい。
「七瀬」
尾白が声を掛ける。
「何だ」
「何か知ってるみたいな顔してるぞ」
一瞬だけ動きが止まった。
鋭いな。
さすが尾白だ。
だが。
言える訳がない。
未来を知っているなんて。
そんな話。
信じてもらえるはずがない。
「気のせいだ」
「そうか?」
「そうだ」
尾白はそれ以上追及しなかった。
助かった。
本当に。
同じ頃。
遠く離れた場所。
薄暗い部屋。
無数のモニター。
その中心でオール・フォー・ワンは静かに映像を見ていた。
七瀬刃人。
第一武装。
戒律の鎖。
第三武装。
深海の釣竿。
第四武装。
機導兵装。
第五武装。
愚者の財宝。
第六武装。
死告の鎌。
第七武装。
仮面舞踏会。
どれも優秀だった。
どれも希少だった。
だが。
男が求めているのは一つ。
仮面舞踏会。
個性保存。
成長性。
適応力。
どれを取っても魅力的だ。
「欲しい」
小さく呟く。
死柄木が顔を上げた。
「あ?」
「彼の個性だよ」
オール・フォー・ワンは微笑んだ。
「素晴らしい」
「実に素晴らしい」
その視線はモニターから離れない。
「あれは完成すれば」
「私を超える可能性すらある」
死柄木が眉をひそめる。
「そこまでか?」
「ああ」
即答だった。
迷いも無い。
「久しぶりだ」
「ここまで欲しくなった個性は」
黒霧も黙って聞いていた。
珍しいことだった。
オール・フォー・ワンは滅多に執着を見せない。
だが今回は違う。
「必ず手に入れる」
穏やかな声。
しかし。
絶対に諦めないという意思だけは隠していなかった。
「時間を掛けてもいい」
「損失が出ても構わない」
「いずれ私のものにする」
モニターには森へ向かう七瀬の背中。
男は静かに笑った。
その頃。
林間合宿。
男子チームの出発時刻が近付いていた。
森の奥から風が吹く。
木々が揺れる。
静かな夜だった。
だが。
その静寂はもう終わる。
誰にも気付かれないまま。
ヴィラン達は既に動き始めていた。
そして。
七瀬刃人はまだ知らない。
数分後。
この夜が地獄へ変わることを。
続く。