第8話 七つの影
脳無が崩れ落ちる。
森に静寂が戻った。
尾白が呆然と立ち尽くす。
「勝った……のか?」
「多分な」
そう答えながら息を吐く。
第五武装が出て助かった。
本当に。
もし第四武装だったら危なかった。
そう思った瞬間だった。
ゾクリ。
背筋が冷えた。
嫌な予感。
いや。
違う。
確信だった。
まだいる。
森の奥。
暗闇。
何も見えない。
それでも。
何かがこちらを見ている。
「七瀬」
尾白も異変に気付いたらしい。
「何かいるぞ」
「そうだな」
次の瞬間。
ガサリ。
森の奥から影が現れる。
一つ。
二つ。
三つ。
そして。
七つ。
沈黙。
異様だった。
脳無に似ている。
だが違う。
身体は人間に近い。
目には知性がある。
普通の脳無とは別物だった。
「何だよあれ……」
尾白の声が震える。
俺も知らない。
少なくとも。
記憶には無い。
七体の影は静かに立っていた。
誰も動かない。
ただ。
こちらを見ている。
異様な沈黙。
気持ち悪かった。
その中の一体が一歩前へ出る。
そして。
消えた。
「なっ!?」
轟音。
木が吹き飛ぶ。
地面が抉れる。
速い。
普通の脳無より遥かに速い。
俺は反射的に飛び退いた。
「七武装輪転」
ルーレットが回る。
光。
停止。
出た武装を見て顔をしかめる。
「よりによって……」
第六武装。
《死告の鎌 モルス》
巨大な黒鎌が姿を現した。
尾白が振り返る。
「駄目なのか!?」
「悪くはない」
「良くもない」
今欲しかったのは第五武装だった。
だが。
無いものねだりをしても仕方ない。
鎌を構える。
軍隊型脳無が突っ込んでくる。
速い。
まず一撃。
斬る。
《第一印》
身体能力低下。
だが。
止まらない。
二撃目。
《第二印》
平衡感覚低下。
軍隊型脳無の足取りが僅かに乱れる。
しかし。
まだ来る。
三撃目。
《第三印》
疲労蓄積。
息が荒くなる。
動きも鈍くなる。
それでも止まらない。
「何なんだよコイツ!」
尾白が叫ぶ。
俺も聞きたい。
本当に。
四撃目。
《第四印》
個性出力低下。
五撃目。
《第五印》
判断力低下。
ようやく動きが崩れ始める。
普通ならここで終わる。
普通なら。
だが。
相手は普通じゃなかった。
さらに鎌を振るう。
六撃目。
《第六印》
聴覚喪失。
軍隊型脳無の動きが止まる。
そう思った。
だが。
止まらない。
何事も無かったように前進してくる。
「……は?」
思わず声が漏れる。
聞こえていないはずだ。
それなのに。
迷いがない。
異様だった。
さらに鎌を振るう。
七撃目。
《第七印》
視覚喪失。
これで終わる。
普通なら。
終わるはずだった。
だが。
軍隊型脳無は止まらない。
歩く。
走る。
攻撃する。
正確に。
まるで何も失っていないかのように。
「嘘だろ……」
初めて。
本気で驚いた。
死蝕は入っている。
確実に効いている。
それは分かる。
身体能力も落ちている。
反応速度も鈍っている。
だが。
それでも。
こちらを捉えている。
理由は分からない。
理解出来ない。
分かるのは一つだけ。
こいつらは普通じゃない。
普通の脳無じゃない。
その時だった。
後方の一体が動く。
続いてもう一体。
さらにもう一体。
七体全員が前へ出る。
尾白の顔色が変わった。
「おい」
「冗談だろ」
「俺もそう思う」
七体。
全員がこちらを見ていた。
いや。
見ているように感じた。
気味が悪い。
本当に。
森の空気そのものが重くなる。
まるで。
何かを試されているみたいだった。
遠く離れた場所。
薄暗い部屋。
オール・フォー・ワンは静かにモニターを見つめていた。
死告の鎌。
第五武装ほど派手ではない。
しかし。
確実に相手を追い詰める能力。
男は笑う。
「素晴らしい」
本当に。
実に魅力的だった。
だが。
彼が見ているのは武装ではない。
七瀬刃人そのものだ。
追い詰められた時。
何を選ぶのか。
何を隠しているのか。
それを知りたい。
ただそれだけだった。
「もっと見せてくれ」
静かな声。
執着だけを滲ませる。
モニターの向こう。
七つの影と七瀬が向き合っている。
戦いは終わらない。
むしろ。
ここからが本番だった。
続く。