第16話 終焉の方程式
《崩壊》。
発砲。
黒い閃光が走る。
だが。
当たらない。
オール・フォー・ワンは避ける。
最小限の動きで。
《崩壊》が通過した場所だけが消える。
床。
壁。
鉄骨。
存在そのものが抉り取られる。
それでも。
男には届かない。
「惜しいな」
オール・フォー・ワンが笑う。
次の瞬間。
轟ッ!!
衝撃波。
七瀬が吹き飛ぶ。
壁へ激突。
呼吸が止まる。
白銃。
《再成》。
発砲。
傷が戻る。
折れた骨。
潰れた内臓。
裂けた筋肉。
全部元通り。
だが。
オール・フォー・ワンは止まらない。
衝撃波。
熱線。
空気砲。
複数個性の連撃。
避ける。
撃つ。
避ける。
撃つ。
避ける。
撃つ。
当たらない。
届かない。
轟ッ!!
再び直撃。
地面を転がる。
《再成》。
再生。
また攻撃。
また再成。
また攻撃。
また再成。
終わらない。
気付けば。
呼吸は荒い。
腕は震えていた。
《再成》は傷を戻せる。
だが。
疲労までは消せない。
精神までは戻せない。
第二武装は強い。
だが。
目の前の怪物はそれ以上だった。
「どうした」
オール・フォー・ワンが笑う。
「終わりか?」
七瀬は立ち上がる。
息を吐く。
本当に。
心の底から。
使いたくなかった。
黒銃を見る。
沈黙。
そして。
静かに口を開く。
「なあ」
「何だ?」
「E=mc²って知ってるか?」
沈黙。
オール・フォー・ワンが目を細めた。
「もちろんだ」
即答だった。
「アインシュタインの質量エネルギー等価式」
「質量はエネルギーへ変換できる」
「エネルギーは質量へ変換できる」
流石だった。
理解が早い。
本当に。
嫌になるくらい。
だが。
その途中で。
男の表情が僅かに止まる。
黒銃を見る。
周囲の瓦礫を見る。
歪む空間を見る。
そして。
辿り着く。
《崩壊》。
情報分解。
物質分解。
存在の消去。
その先。
あり得ない結論。
本来なら。
馬鹿げている。
だが。
目の前にいるのは七瀬刃人だった。
「なるほど」
オール・フォー・ワンが静かに笑う。
「そういう使い方も出来るのか」
余裕は消えていない。
だが。
警戒はしている。
本気で。
七瀬は苦笑した。
「正解」
その瞬間。
周囲の瓦礫が浮いた。
鉄骨が軋む。
コンクリートが崩れる。
物質が分解されていく。
粒子へ。
情報へ。
そして。
エネルギーへ。
空気が震える。
地面が揺れる。
建物そのものが悲鳴を上げる。
その時だった。
轟音。
壁が吹き飛ぶ。
瓦礫が舞う。
「見つけたぞ!!」
聞き慣れた声。
オールマイト。
続いて。
ベストジーニスト。
相澤消太。
グラントリノ。
ヒーロー達が突入してくる。
神野決戦。
原作通りの光景。
だが。
何かがおかしい。
グラントリノの動きが止まる。
「……ん?」
違和感。
説明出来ない。
理屈も無い。
だが。
長年修羅場を潜り抜けてきた勘が叫んでいた。
まずい。
非常にまずい。
グラントリノは七瀬を見る。
黒銃を見る。
収束するエネルギーを見る。
理解は出来ない。
だが。
危険だけは分かる。
顔色が変わる。
「おい」
誰も反応しない。
全員AFOを見ている。
グラントリノが叫んだ。
「全員下がれぇ!!」
沈黙。
オールマイトが振り返る。
「先生?」
ベストジーニストも眉をひそめる。
「何事です」
「いいから下がれ!!」
珍しかった。
グラントリノがここまで声を荒げるのは。
七瀬から目を離さない。
「あの小僧」
「何かやらかすぞ……!」
その言葉に。
オールマイトも異変を察した。
七瀬を見る。
黒銃を見る。
集まり続ける異常なエネルギーを見る。
そして。
直感した。
危険だと。
「全員退避!!」
オールマイトが叫ぶ。
ヒーロー達が動く。
ベストジーニスト。
相澤。
グラントリノ。
全員が戦場から離脱する。
少しでも遠くへ。
少しでも早く。
オール・フォー・ワンはその様子を見ていた。
そして。
七瀬を見る。
黒銃を見る。
収束していく膨大なエネルギーを見る。
「撃つつもりか」
七瀬は答える。
「お前を殺せるなら」
沈黙。
オール・フォー・ワンは笑った。
だが。
今までとは違う。
ほんの少しだけ。
硬い笑みだった。
「なるほど」
短い沈黙。
そして。
「流石にそれは困るな」
初めてだった。
AFOが心からそう思ったのは。
七瀬は黒銃を構える。
神野の倉庫街。
元々避難誘導が完了している区域。
一般人はいない。
ヒーロー達も退避した。
残るのは。
魔王と。
自分だけ。
だから。
撃てる。
空間が震える。
瓦礫が浮く。
地面が崩れる。
全てが。
黒銃へ集まっていく。
第二武装最大火力。
七武装最強。
質量を。
純粋なエネルギーへ変換する禁忌。
《マテリアル・バースト》
七瀬は引き金に指を掛ける。
そして。
静かに呟いた。
「じゃあな」
引き金が引かれる。
白。
世界が白く染まった。
空も。
地面も。
建物も。
何もかも。
白い光が呑み込む。
オール・フォー・ワンですら。
表情を消した。
本能が理解する。
危険。
致命的。
回避不能。
だから。
魔王は初めて。
本気で力を使う。
「黒霧!!」
叫び声。
歪む空間。
そして。
白。
白。
白。
神野の夜は消えた。
昼よりも明るく。
太陽よりも眩しく。
世界は白焔に包まれた。
後に。
多くの記録は封印される。
多くの証言は秘匿される。
だが。
神野にいた者達だけは忘れなかった。
あの光を。
夜を焼き尽くした終末を。
平和の象徴ですら沈黙した一撃を。
後に人々はその事件をこう呼ぶ。
『白焔の神野』
それは。
魔王と最高傑作が激突した夜。
そして。
七瀬刃人という少年が。
世界へ初めて爪痕を刻んだ夜だった。
続く。