第5話 救助
サイレンが鳴り響く。
重いゲートがゆっくりと開いた。
その先に広がっていたのは、まるで本物の災害現場だった。
倒壊したビル。
砕けた道路。
黒煙を上げる車両。
至る所に転がる瓦礫。
そして。
助けを求める人々。
「助けてください!」
「誰かいませんか!?」
「こっちは怪我人だ!」
開始と同時に受験者達が飛び出した。
戦闘ではない。
救助だ。
第一次試験とはまるで違う。
誰かを倒す必要はない。
誰かを助けなければならない。
だからこそ。
今まで以上にヒーローとしての本質が問われる。
七瀬は走らなかった。
まず周囲を見る。
状況を確認する。
焦ったところで救える命は増えない。
そんなことを考えながら右腕を軽く振る。
ジャラリ。
《戒律の鎖》が揺れた。
すると鎖が独りでに地面を這う。
まるで何かを探しているように。
「……そっちか」
七瀬は歩き出す。
近くにいた受験者が振り向いた。
「ん?」
だが七瀬は説明しない。
そのまま進む。
建物の裏側。
瓦礫の山。
誰も近付いていない場所。
鎖がぴたりと止まった。
七瀬は足を止める。
「下に3人だな」
周囲には誰もいない。
しかし。
鎖は間違えない。
ジャラリ。
瓦礫の隙間へ潜り込む。
数秒後。
反応。
三人。
生存。
「誰かいる」
七瀬はそう呟いた。
近くにいた受験者達が振り向く。
「え?」
「いや見えないぞ?」
七瀬は答えない。
代わりに瓦礫へ鎖を巻き付ける。
そして引いた。
重い音と共に瓦礫が動く。
受験者達も慌てて手伝う。
数分後。
埋もれていた三人が発見された。
「本当にいた!」
「どうやって分かったんだ!?」
誰かが叫ぶ。
七瀬は首を傾げた。
「いたからだ」
「そうじゃなくて!」
意味が伝わらなかったらしい。
だが説明は面倒だった。
そのまま次へ向かう。
助けるべき人間はまだいる。
その途中。
女性の悲鳴が聞こえた。
「痛いっ……」
瓦礫の脇。
若い女性が足を押さえている。
七瀬はしゃがみ込んだ。
鎖を伸ばす。
先端が傷へ触れる。
状態確認。
骨折なし。
捻挫。
歩行困難。
重傷ではない。
七瀬は鎖を巻き付けた。
淡い光。
女性の表情が変わる。
「え?」
痛みが和らいでいく。
呼吸も落ち着く。
完全回復ではない。
だが。
避難するには十分だった。
「立てるか」
「た、多分」
「なら避難所へ行ける」
女性はゆっくり立ち上がる。
歩けた。
驚いた顔になる。
「ありがとうございます!」
七瀬は軽く頷いた。
礼を言われるほどのことではない。
助けを求めていた。
だから助けた。
それだけだった。
しかし。
少し離れた場所で見ていた採点役は違った。
対応。
判断。
処置。
どれも早い。
しかも的確だった。
端末へ評価が入力される。
高評価。
だが七瀬は知らない。
気付いてもいない。
その時。
さらに大きな悲鳴が響いた。
「危ない!!」
全員が振り向く。
崩れかけた高架道路。
下には子供。
そして巨大なコンクリート片。
今にも落下しようとしていた。
近くの受験者が飛び出す。
だが距離がある。
間に合わない。
七瀬は鎖を放った。
ジャラッ!!
高速で伸びる鎖。
一瞬でコンクリートへ到達。
巻き付く。
拘束。
固定。
ギシギシと不気味な音が鳴る。
それでも落ちない。
完全に停止していた。
「止まった!?」
「鎖で止めた!?」
周囲が固まる。
その間に受験者が子供を抱えて離脱する。
救助成功。
数秒後。
七瀬が鎖を解く。
轟音。
コンクリートが落下する。
地面が揺れた。
もしあと少し遅かったら。
間違いなく巻き込まれていた。
助けられた子供が涙目で七瀬を見る。
「お兄ちゃんヒーローなの?」
七瀬は少し考えた。
そして答える。
「まだ候補だよ」
「そうなんだ!」
子供は笑った。
その笑顔を見て。
近くの受験者が小さく呟く。
「普通に凄くないか?」
「凄いな」
「めちゃくちゃ万能な鎖じゃん向いてるじゃん」
「めちゃくちゃ救助向いてるじゃん」
「猫の人なのに」
最後だけ失礼だった。
しかし誰も否定しなかった。
猫の人。
その呼び名は完全に定着していた。
七瀬が知らないところで。
「観測されたな」
と言った瞬間の映像が広まっていたからである。
本人だけが知らない。
その時だった。
ビーッ!!
警報が響く。
会場全体が揺れた。
受験者達が一斉に空を見る。
モニターが点灯する。
『緊急事態発生』
その文字と共に。
さらなる崩落映像が映し出された。
『大規模二次災害を確認』
ざわめき。
悲鳴。
避難民役達が一気にパニックを起こす。
「助けて!」
「まだ家族が!」
「逃げなきゃ!」
混乱が広がる。
今までとは比べものにならない。
本番だった。
怪我人を助けるだけでは終わらない。
避難誘導。
状況整理。
パニックの抑制。
全てが求められる。
一人の受験者が焦った声を上げる。
「どうする!?」
「人手が足りない!」
「こっちにも負傷者いるぞ!」
現場が崩れ始める。
七瀬は静かに周囲を見た。
助けを求める声。
泣く子供。
怪我人。
瓦礫。
危険区域。
やることは多い。
だが。
迷いはなかった。
ジャラリ。
戒律の鎖が揺れる。
七瀬は前へ出た。
助けを求める人がいる。
なら。
助ける。
それだけだ。
そして。
本当の意味での第二試験が始まった。
第6話へ続く。