第1話 七武装の七瀬
『特集! 雄英高校に現れた新たなる怪物!』
朝から響いた大げさな声に、七瀬刃人は読んでいた本から顔を上げた。
A組寮の共有スペースに設置されたテレビ。その画面いっぱいに、自分の顔が映されている。
正確には、雄英体育祭で轟焦凍と向かい合っている時の映像だった。
『雄英体育祭では、飯田天哉選手、八百万百選手、爆豪勝己選手、轟焦凍選手を次々と撃破! 普通科所属ながら、ヒーロー科の強豪を退けました!』
「朝からうるさいな」
刃人は興味を失い、再び本へ視線を落とした。
目立ちたくて戦ったわけではない。
孤児院の子供たちと交わした、優勝するという約束。それを守っただけだ。
しかし、世間はそんな事情など知らない。彼らが見るのは結果だけであり、その結果へ好き勝手な意味を付け加える。
「あっ、七瀬君の特集だ!」
共有スペースへ入ってきた緑谷が、テレビと刃人を交互に見る。その後ろから麗日や上鳴たちも集まってきた。
『職場体験では、これまでに確認された個体を大きく上回る、極めて強力な脳無と交戦! 被害の拡大を防いだとも報告されています!』
画面には規制線に囲まれた現場と、遠巻きに撮影された刃人の姿が映った。
あの脳無が何を基準に製造されたものなのか、世間はまだ知らない。当然、報道機関も正確な分類などできるはずがない。
だからこそ、情報は曖昧に処理されていた。
「改めて聞くと、やってることがおかしいよな」
上鳴が率直な感想を口にする。
「成り行きだ」
「成り行きで、そんな脳無を倒せる人はいないと思うな」
いつの間にかソファに座っていた尾白が、眠そうな顔で突っ込んだ。
書類上、刃人は普通科C組に所属している。
だが、実際の生活拠点はA組の寮だ。授業や訓練でもA組と行動する機会が多く、今では誰も彼が共有スペースにいることを不思議に思わない。
自分でも、妙な立場だと思う。
普通科でありながら、普通科らしい生活をしていない。それでいて、ヒーロー科の生徒になったつもりもない。
その中途半端な立場は、刃人にとって都合がよかったはずだった。
少なくとも、神野までは。
『そして、七瀬選手の名を全国に知らしめたのが神野事件です』
番組の雰囲気が変わった。
画面に映し出されたのは、大きく崩壊した神野区の映像。
その中心には、黒と白の双銃を手にした刃人の姿があった。
『敵連合に拉致された七瀬選手は、オール・フォー・ワンと交戦。詳細は公表されていませんが、オールマイト到着以前に、オール・フォー・ワンへ甚大な損傷を与えたとされています』
共有スペースが静かになる。
あの場にいなかった者たちも、神野で何が起きたのかは聞いている。ただし、その全容を知る者は少ない。
「随分と都合よく編集しているな」
刃人は淡々と呟いた。
甚大な損傷。
なんとも便利な表現だ。
実際には、《双銃・崩壊と再生》によってオール・フォー・ワンを戦闘不能に追い込んだ。
だが、そんな事実を公表すれば、新たな問題が生まれる。
十五歳の少年が、長年にわたって裏社会に君臨してきた怪物を倒した。その事実を知った者たちは、刃人を英雄として期待するか、制御不能な兵器として恐れるだろう。
どちらも御免だった。
英雄になりたいわけではない。
兵器として扱われるつもりもない。
望んでいるのは、ただ静かに本を読み、孤児院の子供たちと過ごし、信頼できる者たちとくだらない会話をする生活だけだ。
それだけの願いが、なぜこうも遠いのか。
『先日の仮免許試験においても、七瀬選手は単独で救助活動を続け、極めて高い評価を獲得したとされています』
映像が切り替わる。
瓦礫を撤去する刃人。
負傷者を抱えて運ぶ刃人。
救護所の設営を手伝う刃人。
どれも撮影された覚えはなかった。
「七瀬君、すごくヒーローらしいね!」
麗日が感心したように言った。
「試験だからやっただけだ」
救助対象を放置すれば減点される。だから効率よく救助した。
刃人にとっては、それだけの話だった。
「それでも、あれだけの人数を一人で救助するのはすごいよ!」
緑谷まで目を輝かせ始める。
その純粋な眼差しが、刃人には少し眩しかった。
緑谷は本心から人を救いたいと思っている。理由も損得も関係なく、誰かのために体を動かせる。
自分には理解できない生き方だ。
同時に、自分にはできないからこそ、信頼できるとも思っていた。
『街の皆さんにも話を聞きました!』
『次のオールマイトになれるんじゃないですか?』
『強くて格好いいと思います!』
『でも、少し怖いですね。あの個性、本当にヒーローが持っていていいんでしょうか』
『敵になったら、誰が止められるんですか?』
刃人の足が止まった。
称賛、期待、憧れ。
そして、恐怖。
どれも勝手な評価だと思う。
だが、恐怖を抱く者の意見を否定する気にもなれなかった。自分の個性が危険であることは、誰よりも自分が理解している。
武装の一つが違えば、救助者にも破壊者にもなれる。
神野で引き当てた双銃なら、街一つを消し飛ばすことさえ不可能ではない。
そんな力を持つ人間を恐れるなと言う方が無理だろう。
だからこそ、刃人は目立ちたくなかった。
力を示せば期待される。
期待に応えれば利用される。
拒絶すれば危険視される。
どの道を選んでも、平穏から遠ざかっていく。
「ネットでもすごいぞ」
上鳴がスマートフォンを見せてくる。
「『普通科の怪物』『七武装の七瀬』『次世代最強候補』だってよ」
「最後のは余計だ」
「こっちは『国が管理すべき危険人物』だとさ」
「それはもうされている」
「え?」
「何でもない」
刃人は誤魔化すようにキッチンへ向かった。
冷蔵庫から水を取り出したところで、寮の玄関から足音が聞こえてくる。
直後、相澤が共有スペースへ入ってきた。その手には、場違いなほど整った白い封筒が握られている。
「七瀬、話がある」
「断る」
「まだ何も言っていない」
「その封筒を見れば十分だ」
相澤は否定しなかった。
嫌な予感が確信へ変わる。
「公安からだ」
差し出された封筒の表には、七瀬刃人の名前だけが記されていた。差出人も用件も書かれていない。
「仮免を取得したお前と、今後の活動について話し合いたいそうだ」
「話し合い、か」
刃人は封筒を受け取り、その言葉を頭の中で反芻した。
公安が自分と対等に話し合うとは思えない。
協力という名前の命令。
要請という形をした脅迫。
拒絶すれば、自分の周囲へ手を伸ばしてくるかもしれない。
「行かなかった場合は?」
「向こうから来るだろうな」
「最悪だ」
自分だけの問題なら無視できる。
だが、公安が孤児院やアルトリア、ナイチンゲール、心操たちへ接触する可能性がある以上、放置することはできない。
胸の奥に冷たいものが広がっていく。
怒りではない。
恐怖でもない。
大切なものへ手を伸ばそうとする存在を、どう排除するか。そのための思考が、静かに回り始めただけだ。
「随分と嫌そうだね」
尾白が言った。
「実際、嫌だからな」
「相手は公安だぞ。大丈夫なのか?」
刃人は封筒を片手で弄びながら、テレビへ視線を向けた。
画面の中では、専門家を名乗る者たちが七瀬刃人の危険性について議論している。
国が管理すべきだ。
正しく教育すべきだ。
ヒーローとして社会に貢献させるべきだ。
勝手な話だ。
自分の人生を、自分以外の誰かが所有しているように語っている。
「問題ない」
刃人は静かに答えた。
公安が、自分を脅せば従うと考えているのなら。
それは大きな間違いだ。
正義の名の下に行われてきた、表へ出せない仕事。
存在を消された者たち。
英雄を作り上げるため、その陰で処理されてきた不都合な事実。
刃人は、それを知っている。
原作で語られた知識が、この世界でも完全に同じとは限らない。それでも、公安という組織の本質まで変わっているとは思えなかった。
確認する方法はいくらでもある。
何より、相手には刃人がどこまで知っているのか判断できない。
「脅す相手を間違えたことくらいは、教えてやる」
守りたいのは世界ではない。
自分の居場所だけだ。
その居場所へ手を伸ばそうというのなら、たとえ相手が国家であっても、引き下がる理由はなかった。
今日からまた投稿再開します。
ペースはだいぶ遅くなりますが・・・・