第8話 『始まる前の嵐』
USJ事件から数日。
雄英高校は妙な空気に包まれていた。
ヴィランの襲撃。
脳無の出現。
死柄木弔。
ニュースは連日その話題ばかりだった。
◇◇◇
当然。
学校中も同じだった。
「すげぇよな」
「本当にヴィランが来たんだろ?」
「脳無とかヤバすぎるだろ」
教室でもそんな会話が飛び交う。
俺は窓際で本を読んでいた。
平和だった。
少なくとも今は。
◇◇◇
「なあ」
心操が声を掛けてくる。
「なんだ」
「お前、本当に興味ないんだな」
「何が」
「USJ」
俺はページをめくる。
「別に」
「嘘つけ」
即答された。
◇◇◇
実際は興味がある。
いや。
正確には違う。
気になる。
これからのことが。
USJは始まりに過ぎない。
神野。
オールマイトの引退。
全面戦争。
原作の流れを知っているからこそ。
落ち着かない。
◇◇◇
だが。
それを話すわけにはいかなかった。
「俺は普通科だ」
本を閉じる。
「関係ないだろ」
「そういう問題か?」
「俺にとってはそうだ」
本心だった。
◇◇◇
ヒーロー科は危険だ。
だから避けた。
普通科へ来た。
ようやく安全圏へ来たと思った。
なのに。
USJ事件のせいで雄英全体が騒がしくなっている。
非常に困る。
◇◇◇
その日の昼。
ホームルーム。
担任が教室へ入ってくる。
そして。
一枚の紙を掲げた。
「体育祭について説明する」
教室がざわついた。
◇◇◇
俺は嫌な予感しかしなかった。
知っている。
雄英体育祭。
ヒロアカ世界最大級のイベント。
全国放送。
プロヒーロー注目。
就職活動の前哨戦。
つまり。
目立つ。
とんでもなく。
◇◇◇
「最悪だ……」
思わず呟く。
「始まったな」
隣の心操が言った。
「始まってない」
「お前の嫌そうな顔見る限り始まってる」
否定できなかった。
◇◇◇
放課後。
帰宅途中。
頭の中は体育祭でいっぱいだった。
出たくない。
本当に。
心の底から。
◇◇◇
だが。
雄英の行事だ。
不参加など認められない。
つまり。
出るしかない。
◇◇◇
「面倒だな……」
自然とため息が出る。
体育祭。
原作では一大イベント。
だが俺にとっては違う。
目立つイベント。
それだけだった。
◇◇◇
家へ帰る。
ひなたの家。
門を開けた瞬間。
子供達が飛び出してきた。
「お兄ちゃん!」
嫌な予感がした。
◇◇◇
「体育祭やるんでしょ!?」
「あ」
終わった。
◇◇◇
「テレビ映るんでしょ!?」
「優勝して!」
「頑張って!」
◇◇◇
囲まれた。
完全に。
◇◇◇
「無理だろ」
「出来る!」
「出来る!」
「絶対出来る!」
なんだこの信頼は。
重い。
非常に重い。
◇◇◇
夕食後。
縁側。
静かな時間。
のはずだった。
◇◇◇
「体育祭ですね」
アルトリアが隣へ座る。
「そうらしいな」
「頑張ってください」
「嫌だ」
即答だった。
◇◇◇
アルトリアは苦笑する。
「またですか」
「まただ」
「せっかくの機会ですよ」
「目立つ」
「良いことでは?」
「良くない」
本当に良くない。
◇◇◇
全国へ顔が売れる。
ヒーロー達が見る。
プロ事務所が見る。
そして。
オール・フォー・ワンも見る。
考えただけで胃が痛くなる。
◇◇◇
その時だった。
「ですが」
アルトリアが少し真面目な顔になる。
「子供達は楽しみにしていますよ」
言葉に詰まった。
◇◇◇
反則だろ。
それは。
◇◇◇
「刃人さん」
今度はナイチンゲールがやって来る。
「なんですか」
「体育祭」
嫌な予感がした。
◇◇◇
「頑張ってください」
やっぱりか。
◇◇◇
「別に優勝しなくても構いません」
ナイチンゲールは微笑む。
「ですが」
優しい声だった。
「頑張る姿は見せてあげてください」
◇◇◇
黙る。
言い返せない。
◇◇◇
孤児院のため。
子供達のため。
そう言われると弱かった。
とても弱かった。
◇◇◇
夜。
自室。
ベッドへ寝転ぶ。
天井を見上げる。
体育祭。
優勝なんて興味ない。
名声もいらない。
ヒーローになるつもりもない。
◇◇◇
だが。
あの子達は喜ぶだろう。
院長も。
アルトリアも。
ナイチンゲールも。
喜ぶかもしれない。
◇◇◇
「面倒だな……」
ため息を吐く。
そして。
小さく目を閉じた。
◇◇◇
もし。
もし本気を出すなら。
それは自分のためじゃない。
孤児院のためだ。
俺の居場所のためだ。
◇◇◇
それなら。
少しだけ頑張る価値はあるかもしれない。
そんなことを考えながら。
俺は静かに眠りについた。
まだ知らない。
この体育祭が。
平穏な人生を壊す最初の一撃になることを。
そして。
優勝という結果が。
オール・フォー・ワンに俺の存在を知らしめることになることを。
この時の俺は。
まだ知らなかった。
第8話 完