雄英体育祭
第9話 『雄英体育祭』
体育祭当日。
朝。
目を覚ました瞬間。
思った。
「帰りたい」
本心だった。
◇◇◇
理由は簡単。
目立つからだ。
雄英体育祭。
全国放送。
プロヒーロー。
報道陣。
観客。
つまり。
平穏の天敵だった。
◇◇◇
「お兄ちゃーん!」
部屋のドアが開く。
子供達だった。
嫌な予感しかしない。
◇◇◇
「頑張ってね!」
「優勝して!」
「応援するから!」
朝から凄かった。
期待が重い。
非常に重い。
◇◇◇
「だから優勝は無理だって」
「できる!」
即答だった。
なんだろう。
この根拠のない信頼は。
◇◇◇
朝食。
院長が笑っている。
アルトリアもいる。
ナイチンゲールもいる。
全員楽しそうだった。
◇◇◇
「刃人」
院長が声をかける。
「なんだ」
「頑張ってこい」
「気が重い」
本音だった。
◇◇◇
院長は苦笑する。
「分かってる」
「だが」
少しだけ真面目な顔になる。
「ひなたの家のみんながお前を応援してる」
◇◇◇
言葉に詰まった。
ズルいと思う。
本当に。
◇◇◇
「別に優勝しなくていい」
院長は続ける。
「ただ」
優しい声だった。
「胸を張れるようにやってこい」
◇◇◇
朝倉春人。
俺にとって父親みたいな人だ。
だから弱い。
こういう言葉に。
◇◇◇
「分かった」
短く答える。
院長は満足そうに頷いた。
◇◇◇
雄英高校。
観客席は既に人で埋まっていた。
凄まじい熱気。
歓声。
報道カメラ。
◇◇◇
「最悪だな……」
思わず呟く。
「始まる前からか」
隣の心操が呆れていた。
◇◇◇
「帰りたい」
「無理だろ」
「知ってる」
◇◇◇
選手控室へ入る。
普通科。
サポート科。
経営科。
ヒーロー科。
全学科の生徒が集まっていた。
◇◇◇
周囲は騒がしい。
USJ事件の影響もある。
視線の多くがヒーロー科へ向いていた。
◇◇◇
不満。
嫉妬。
羨望。
色々混ざっている。
◇◇◇
「大変そうだな」
思わず呟く。
「他人事だな」
心操が言う。
「他人事だからな」
少なくとも今は。
◇◇◇
やがて。
全選手が競技場へ出る。
歓声が響いた。
大歓声。
耳が痛い。
◇◇◇
観客席へ目を向ける。
いた。
孤児院のみんなだ。
子供達。
院長。
アルトリア。
ナイチンゲール。
全員手を振っている。
◇◇◇
なんとなく。
胸の奥が温かくなった。
◇◇◇
その瞬間。
理解する。
◇◇◇
俺は優勝したいわけじゃない。
有名になりたいわけでもない。
ヒーローになりたいわけでもない。
◇◇◇
だが。
あの人達を喜ばせたいとは思っている。
◇◇◇
孤児院は居場所だ。
大切な場所だ。
だから。
少しだけ。
本当に少しだけ。
頑張ってもいいかもしれない。
◇◇◇
『さぁ始まるぜェェェ!!』
プレゼント・マイクの声が会場へ響く。
体育祭が開幕する。
◇◇◇
第一種目。
障害物競走。
原作通り。
ここから始まる。
◇◇◇
生徒達がスタート地点へ並ぶ。
俺も列へ加わる。
心操は少し離れた場所にいた。
目が合う。
◇◇◇
「負けるなよ」
心操が言った。
◇◇◇
少し意外だった。
◇◇◇
「お前もな」
そう返す。
心操が少しだけ笑った。
◇◇◇
悪くない。
こういうの。
◇◇◇
『On your mark!!』
空気が張り詰める。
◇◇◇
深呼吸する。
本気を出す理由はある。
孤児院のため。
あの場所のため。
それだけで十分だった。
◇◇◇
『START!!!』
号砲が鳴った。
生徒達が一斉に飛び出す。
俺も地面を蹴る。
そして。
個性を発動した。
◇◇◇
金色のルーレットが現れる。
高速回転。
カラカラと音を立てながら回る。
◇◇◇
頼む。
移動向きで来てくれ。
本気でそう思う。
◇◇◇
ルーレットが止まる。
表示された数字は――
『3』
◇◇◇
光が溢れる。
右手に現れたのは。
一本の釣竿だった。
◇◇◇
《深海の釣竿》
◇◇◇
沈黙。
◇◇◇
「終わったな」
思わず呟いた。
レース開始早々だった。
◇◇◇
だが。
止まるわけにはいかない。
あの子達が見ている。
院長も。
アルトリアも。
ナイチンゲールも。
◇◇◇
だから走る。
たとえ手にあるのが。
どう見てもレース向きじゃない釣竿だったとしても。
◇◇◇
雄英体育祭。
障害物競走。
七瀬刃人の戦いが始まった。
第9話 完