境界記録帯(ゴーストライナー)×ストーンワールド 作:ターミナル カフェ
・本作品は『Fate/Grand Order』×『Dr.STONE』のクロスオーバー二次創作です。
・原作には存在しないオリジナルキャラクター、オリジナル設定が登場します。
・原作キャラクターの設定や関係性に独自解釈・改変があります。
・原作とは異なる歴史、展開、世界観が存在します。
・今後の展開によっては、複数のFateシリーズ作品および関連作品の設定を扱う予定です。
以上の点をご了承いただいた上で、お楽しみください。
第十二話「科学の灯」
【涼音side】
「……ん」
重たい瞼を開けると、最初に見えたのは心配そうにこちらを覗き込むお兄ちゃんの顔だった。そこまでは、まだ理解できる。問題は、そのすぐ隣で腕を組み、こちらの様子を観察している人物だった。逆立った白菜みたいな髪、細い目、何か面白い実験材料でも見つけたような顔。三千七百年前、あの緑色の光を見る直前まで科学部で一緒にいた先輩――石神千空が、そこにいた。
「お、起きたか」
「千空……先輩?」
自分の声なのに、ひどく間の抜けた響きに聞こえた。夢かと思って何度か瞬きをしてみるが、目の前の人物は消えない。それどころか、私の反応を見て面倒そうに眉を寄せる仕草まで昔のままだった。
「……本物?」
「あ゛ぁ? 起きて一発目がそれかよ」
「だって、千空先輩が三千七百年後にいる方がおかしいじゃないですか!」
勢いよく身体を起こそうとした瞬間、腕から力が抜け、ふらついた私をお兄ちゃんが慌てて支えた。
「まだ寝てろって。さっきまで気絶してたんだぞ」
「気絶……?」
その言葉で、意識を失う直前の記憶が少しずつ戻ってくる。ゲンを先に村へ行かせ、私たちは森の陰から様子を見ていた。村の人たちに囲まれかけているゲンを見て、危ない、守らないと――そう強く思った。覚えているのは、そこまでだった。
その先だけが、まるで映像を切り取られたように消えている。代わりに頭の奥には、先ほどまで見ていた夢の残滓がこびりついていた。現代の京都、石畳の路地、和菓子屋から漂う甘い匂い。そして、頭を撫でながら「焦らなくていい」と笑っていた男の人。はじめちゃん――その呼び方だけは不自然なほどはっきり思い出せるのに、名前を辿ろうとすると「斎藤」という二文字のあたりでノイズが走り、それ以上先へ進めない。
「ゲンを助けなきゃって思ったところまでは覚えてる。でも、そのあとが何も……」
「やっぱそこからか」
千空先輩が短く答えた。その声に嫌な予感がして顔を上げると、お兄ちゃんは困ったように視線を逸らしている。
「何。その反応」
「涼音。落ち着いて聞けよ」
「その言い方されると余計怖いんだけど」
「テメー、そっから先は完全に別人だったぞ」
千空先輩によれば、意識を失った私は突然黒いスーツ姿になり、腰に二本の刀まで現して、ゲンを囲もうとしていた村人たちの武器だけを一瞬で無力化したらしい。しかも声を掛けられても反応せず、明らかに私とは別の戦い方をしていたという。
「……二刀流? 私が?」
「そうだ」
「知らない知らない! そんな記憶ひとかけらもないんですけど!」
「見りゃ分かった。だから今すぐ答え出そうとすんな。情報足りねぇ時に結論出すのが一番アホだ」
悔しいけれど、その通りだった。クマの時も私は自分の意思とは関係なく沖田総司の力を使い、終わったあとにはほとんど記憶が残っていなかった。今回も同じフェイト・レプリカントの現象なのだろうか。ただ、夢で見た人物は沖田さんとは違う。あの飄々とした男の人が誰なのか、どうしてあんなにも懐かしく感じたのか、今の私には答えが出せない。
「で、そっちは後回しとしてだ。もっと聞きてぇことあんだろ」
「……ありますよ。なんで千空先輩がここにいるんですか」
私とお兄ちゃんは、あの日の光を見た直後に意識を失い、目が覚めた時には三千七百年後の森にいた。レフさんから未来へ飛ばされたのだと説明されたものの、その仕組みも、なぜ自分たちだったのかも分かっていない。千空先輩はそこまでお兄ちゃんから聞いたらしく、腕を組んだまま「俺はテメーらと違う」と言った。
「俺はガチで三千七百年、石だった」
「……三千七百年?」
「石になってる間も意識を飛ばさず、時間を数え続けてた」
「秒単位で?」
「あぁ」
「相変わらず頭おかしいですね」
「ククク。褒め言葉として受け取っといてやる」
そのやり取りがあまりにも昔のままで、張り詰めていた胸の奥が少しだけ緩んだ。千空先輩は、自分の石像が硝酸の影響を受け続ける場所にあり、そこから偶然石化が解けたこと、その条件を調べて復活液へ辿り着き、大樹先輩も復活させたことを手短に説明してくれた。大樹先輩は杠先輩への想いだけで三千七百年も意識を保っていたらしく、「バカの執念だ」と言う千空先輩に、思わず笑ってしまう。
けれど話が獅子王司という人物に移ると、千空先輩の声からわずかに軽さが消えた。霊長類最強と呼ばれるほどの身体能力を持つ高校生でありながら、昔の世界にあった既得権益や腐敗まで復活させる必要はないと考え、若者だけの新しい世界を作ろうとしているらしい。
「司は復活させる人間を選ぶ。俺は全人類を叩き起こす。そこだけは百億パーセント譲れねぇ」
「……それで別れたんですね」
「あぁ。大樹と杠とも別行動になって、色々あってコハクに拾われて今ここだ」
「拾われたんですか?」
「そこだけ食いつくな」
やっぱり、変わっていない。三千七百年という途方もない時間を越えたのに、千空先輩は私が知っている千空先輩のままだった。その事実に安心した途端、全身に残っていた疲労が一気に戻ってきたらしい。千空先輩に「今は寝ろ」と言われ、反論しようとしたものの、お兄ちゃんまで同じ顔で頷くので諦めるしかなかった。
しばらく休んだあと、身体の痺れがほとんど抜けたのを確認して倉庫を出ようとすると、外から千空先輩とゲンの声が聞こえてきた。扉に手を掛けたまま何となく足を止める。
「で、鉄まで手に入れた千空ちゃんは次に何を作るわけ? 刀とか?」
「んなモンより先に作るもんがある。見りゃテメーも科学王国に入りたくなるぞ」
「へぇ~、随分言うじゃない。で、その素敵なニューアイテムは?」
少しの間も置かず、千空先輩は答えた。
「発電所」
外が静まり返った。私も扉の前で固まる。数秒遅れて、ゲンの声が裏返った。
「発電所ぉ!? 千空ちゃん、もうそこまで文明進める気なの!? ジーマーで!?」
「当然だ」
「いやいや、リームーすぎるでしょ。ここ石器時代なのよ? 電線も電球も何にもないじゃない」
「ねぇなら作る。それだけだ」
「その“それだけ”の規模がおかしいって言ってんの!」
ゲンが大げさに頭を抱えている姿が目に浮かぶ一方、千空先輩の声には迷いがなかった。電気があれば夜にも作業ができる。加工も実験も一段先へ進む。薬を作るにも、その先の文明を積み上げるにも必要になる。できないから諦めるのではなく、必要なら材料から作り、道具がなければ道具を作る。その積み重ねの先に、目標がある。
「千空ちゃんって、ジーマーでゴイスーな無茶を普通の予定みたいに言うよね」
「無茶じゃねぇ。手順が長ぇだけだ」
「それ普通は無茶って言うのよ」
「知るか」
思わず、私は小さく笑った。街も学校も、当たり前だった文明も、この世界にはもう残っていない。それでも石神千空は、失われたものを前にして立ち止まらない。ないなら作る。足りないなら一から積み上げる。その姿勢だけは、三千七百年前の科学部にいた頃から何一つ変わっていなかった。
文明が消えたストーンワールドで、もう一度、人の手によって科学が積み上がっていく。その最初の灯が、今まさに点ろうとしていた。
胸の奥には、まだ“はじめちゃん”の記憶が引っかかっている。千空先輩との再会も、南米へ向かう理由も、自分の中に眠る英霊のことも、何一つ片づいたわけじゃない。それでも目の前では、千空先輩がもう次の文明を作ろうとしている。
(だったら、私も立ち止まってる場合じゃないか)
分からないことは調べればいい。思い出せないことは、いつか思い出せる瞬間まで確かめ続ければいい。科学部でずっとそうしてきたように、答えのないものへ手を伸ばし続ける。そのやり方なら、今の私にもできる気がした。
第十二話 了
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