境界記録帯(ゴーストライナー)×ストーンワールド 作:ターミナル カフェ
・本作品は『Fate/Grand Order』×『Dr.STONE』のクロスオーバー二次創作です。
・原作には存在しないオリジナルキャラクター、オリジナル設定が登場します。
・原作キャラクターの設定や関係性に、独自解釈・改変があります。
・原作とは異なる歴史、展開、世界観が存在します。
・読みやすさや文章表現の統一を目的として、既存話の文章・構成を一部改稿しています。そのため、以前公開していた内容と表現や描写が異なる場合があります。
・今後の展開によっては、複数のFateシリーズ作品および関連作品の設定を扱う予定です。
以上の点をご了承いただいた上で、お楽しみください。
【涼音side】
昨夜の灯は、朝になれば消えていた。それでも村の広場を通る人は、装置のそばで一度足を止める。暗闇の中に生まれた小さな光を、自分の目で見た場所だからだろう。私も同じだった。ダ・ヴィンチちゃんの名前を思い出したことが夢ではないか確かめるように、その場所を眺めてから歩き出す。千空先輩とクロムくんは次の作業について話し合っていて、昨夜の成功に浸る暇もなさそうだった。
ゲンは少し離れたところで、その様子を見ていた。司の側から来た人だということは忘れていないし、本人もどちらにつくかを簡単には明かさない。それでも、科学の話に耳を傾ける時だけは、いつもの軽口の奥に本気の興味が覗く。私はいつの間にか彼を、村で話せる相手の一人として数えるようになっていた。
「涼音ちゃん、昨日の光を見た後じゃ、もう何でも作れる気になっちゃうねえ」
「何でも、は言いすぎ。でも一つずつなら、できることは増えると思う」
答えると、ゲンは少し意外そうに笑った。話はそこで終わり、彼は村外れへ向かう。私も必要なものを探しに別の道を歩き始めた。遠回りして林の近くまで来た時、聞き慣れない声と、足早に動く複数の気配に気づく。最初はただの口論かと思った。だが木立の間に見えたのは、マグマたちに行く手を塞がれたゲンの姿だった。
声をかけるより先に、マグマが動いた。ゲンは身をかわそうとしたが、逃げ道は狭い。次の瞬間、彼は地面に倒れ、その場で起き上がらなかった。何が起きたのか理解するまでの短い時間が、ひどく長く感じられた。昨日まで軽口を叩いていた人が、目の前で返事をしない。私は名前を呼んだはずなのに、自分の声さえ遠く聞こえた。
「……ゲン?」
近づこうとして、足が止まる。幼い頃の記憶で見た赤い警報が、一瞬だけ今の景色に重なった。あの時の出来事はまだ思い出せない。けれど、大切な誰かが倒れている光景への恐怖だけが、記憶の奥から先に押し寄せる。助けなければと考える私と、二度と誰にも近づけさせるなと叫ぶような感情が、自分の中でぶつかった。
《涼音、停止してください。感情の急変を検出。フェイト・レプリカントの接続先が制限領域に――》
フォウくんの声が途切れた。身体の内側へ冷たい風が吹き込み、足元の土も木々のざわめきも急に遠のく。自分の手を見ているのに、それを動かしているのが自分ではないようだった。何かを守りたい気持ちは確かに私のものだ。だが、そこに重なった怒りはあまりにも大きく、私の言葉を呑み込んでいく。
《警告。制限クラス・バーサーカーへの接続を確認。真名照合――アタランテ・オルタ》
アルテミスの加護を受けた女狩人、アタランテ。その姿を反転させた英霊の思いが、私の視界を塗り替えた。倒れたゲンだけが守るべき子供のように見え、その周囲にいる者はみな、彼を脅かす邪悪な大人として映る。マグマたちだけではない。誰かが助けに来ても、今の私には区別できない。そう気づいても、身体を止める声が出なかった。
【達人side】
涼音を探して林のほうへ来た俺は、ゲンが倒れているのを見て駆け出した。だが次の瞬間、足を止めるしかなかった。妹がマグマたちの前に立っていたからだ。いつもの涼音なら、まずゲンの状態を確かめようとする。今は一歩も彼へ近づかず、ただ相手を見据えている。怒っているというだけでは説明できない、張りつめた気配が周囲を支配していた。
涼音が片腕を振る。その動きに合わせて空気が大きく揺れ、マグマは反射的に後ずさった。手が触れる前から、このままそこに立っていてはいけないと悟ったのだろう。普段なら強がる男の顔から余裕が消え、生まれて初めて死の恐怖に直面したように動けなくなる。連れの者も言葉を失っていた。
「マグマ、今すぐ離れろ! そいつを連れて村へ戻れ!」
俺が二人の間に入っても、涼音は視線を逸らさない。マグマたちが逃げ出す足音が遠ざかるにつれ、その目はゆっくり俺を捉えた。ゲン以外を見分けられないというフォウの警告が、腕輪から遅れて届く。そこにいるのが達人だと伝えても、今の涼音の耳へ届く保証はなかった。
《バーサーカーの霊基が涼音の判断を覆っています。通常の呼びかけだけでは解除できません。近づきすぎないでください》
「分かってる。けど、あいつをここに置いて行けるわけねぇだろ」
涼音は俺の言葉に応えず、倒れたゲンとの間へ入ろうとした俺を押し戻した。まともに向き合えば力の差は明らかだ。英霊の力をまとった相手に、今の俺の腕力など通用しない。それでも背後にはゲンがいる。何より、涼音は誰かを守ろうとして、自分が何をしているのか分からなくなっている。これ以上一人にしてはいけなかった。
昨夜の記憶が脳裏をよぎる。顔の見えない男は、守ることと閉じ込めることは違うと言った。涼音の意思を奪ってでも押さえつけるのが正解だとは思わない。ただ、今の彼女が自分の手で取り返しのつかない選択をする前に、もう一度自分の声を聞ける場所へ連れ戻したい。そのために俺ができることを、まだ諦めたくなかった。
ふと、頭の奥に一人の男の姿が浮かんだ。誰より速く駆け抜ける英霊。名前を思い出すより先に、その背を追ったことがあるという感覚が来る。今の俺の足では涼音へ届かない。それなら、力を借りる。妹と、友達になりかけたゲンを守るために。
「閉ざした記録よ、道を開け。遠き戦場を駆けた者よ、俺の身に宿れ。守りたい者へ届くための速さを、今だけ貸してくれ――アキレウス」
教わった覚えのない言葉が、途切れず口から出た。腕輪の表示が一度乱れ、次に力強い光を放つ。風が周囲を巡り、足元の感覚が変わる。俺の中に誰かの記憶が流れ込むわけではない。それでも、自分の身体の使い方だけは、さっきよりはっきり分かった。
《フェイト・レプリカント接続。真名――アキレウス。クラス――ライダー》
涼音の姿が目の前に迫る。俺は踏み出し、ゲンとの間に立った。速くなったからといって、妹を傷つけて止めるつもりはない。何度でも呼ぶ。そのための時間を作る。そう決めた瞬間、今度はフォウの声が鋭く響いた。
《このままでは周辺へ影響が及びます。腕輪内の固有結界を展開。対象、達人と涼音。退避を実行します》
「待て、ゲンは――!」
《彼は村側に残します。接近する千空たちが対応可能です。二人の接続を同時に隔離します》
木々の色が薄れ、足元に見知らぬ地面が広がった。ゲンの姿だけが遠ざかる。俺と涼音は、村から切り離された静かな空間に立っていた。ここなら誰も巻き込まない。けれど目の前の妹は、まだ俺を見ていない。俺は息を整え、名前を呼ぶために一歩近づいた。
【千空side】
林のほうで騒ぎがあったと聞き、千空はクロムたちと現場へ向かった。逃げ戻ったマグマの様子は、いつもの大げさな虚勢とは違う。説明を急がせても、女が突然変わったことと、達人がその前に立ちはだかったことしか要領を得ない。それでも、何かが起きた場所と、今そこに倒れている者の名前だけは分かった。
木立を抜けた千空が見つけたのは、地面に横たわるゲンだった。いつもの軽い調子はなく、呼びかけへの反応も鈍い。達人と涼音の姿は見えない。千空は一度だけ周囲を見回し、それ以上の捜索を仲間へ任せてゲンのそばにしゃがみ込んだ。
「おい、ゲン。話は後だ。まずはこっちに戻ってこい」
昨日、科学の灯を前に笑っていた男は、すぐには答えなかった。千空は表情を引き締め、クロムたちへ手短に指示を出す。誰が誰を襲ったのか、達人と涼音がどこへ消えたのか。確かめるべきことは山ほどある。だが今は、目の前のゲンを助けることが先だった。