境界記録帯(ゴーストライナー)×ストーンワールド 作:ターミナル カフェ
・本作品は『Fate/Grand Order』×『Dr.STONE』のクロスオーバー二次創作です。
・原作には存在しないオリジナルキャラクター、オリジナル設定が登場します。
・原作キャラクターの設定や関係性に独自解釈・改変があります。
・原作とは異なる歴史、展開、世界観が存在します。
・今後の展開によっては、複数のFateシリーズ作品および関連作品の設定を扱う予定です。
以上の点をご了承いただいた上で、お楽しみください。
【涼音side】
私が力を暴走させた後、お兄ちゃんたちと一緒に、傷ついたゲンくんを科学倉庫へ連れ帰った。千空先輩が状態を確かめ、応急処置を進めている間、私は倉庫の隅から動けなかった。アタランテ・オルタとの接続はすでに切れている。それなのに、あの時の怒りと、目の前にいる人間すべてが敵に見えた感覚だけは、身体の奥に冷たく残っていた。
マグマに襲われたゲンくんは、しばらくまともに動けないほど弱っていた。それでも最悪の事態を免れたのは、服の下にいくつもの血糊袋を仕込んでいたからだった。襲われた瞬間、それらが衝撃を和らげ、マグマにも致命的な一撃を与えたと思い込ませたらしい。相手の武器が石槍だったことも幸いしたのだと千空先輩は言った。
もし、もっと鋭い武器だったら。血糊袋のない場所を狙われていたら。そんな考えが浮かび、私はすぐに打ち切った。想像を重ねても、今のゲンくんを助けることにはならない。彼は生きている。ならば、私が見るべきなのは起こらなかった最悪ではなく、これから自分に何ができるかだ。
「相変わらず、用意だけは十億点だな。最初から襲われるつもりで来たわけじゃねぇだろうに」
「メンタリストたるもの、演出道具は多いほど安心なのよ。まあ、今回ばっかりは笑えないけどねえ」
横になったままのゲンくんが、いつもの調子を作ろうとする。その声を聞いて、ようやく胸の奥に詰まっていた息が抜けた。けれど安心した途端、今度は自分がしようとしたことを思い出してしまう。マグマを止めたかったのは本当だ。ゲンくんを守りたかったのも嘘ではない。しかし、守りたいという願いだけで、誰を傷つけてもよいことにはならない。
それからしばらくして、スイカが襲撃の理由を突き止めて戻ってきた。大きな葉を被ったまま、倉庫の中へ急いで入ってくる。
「つまりマグマは、コハクちゃんの強さに、私かゲンくんのどちらかが関わっていると思い込んだ。それで、先にゲンくんを狙ったということ?」
「そうなんだよ。けどマグマ、話している間もずっと震えてたんだよ。涼音のことを思い出すだけで怖いみたいだったんだよ」
「そりゃ当然だ。俺も対峙して分かったが、人間が英霊へ真正面から挑んだって勝負にならねぇ。逃げなきゃ、そこで終わりだ」
お兄ちゃんによれば、バーサーカーを憑依させた私は、ただ地面を蹴っただけで十数メートルもの高さまで跳び上がったという。アタランテ・オルタの身体能力が、狂化によってさらに引き上げられていたからだ。フォウくんの計算では、あのまま固有結界へ隔離されず力を振るっていれば、離れた村にまで影響が及んだ可能性があった。
その話を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。村には、スイカをはじめとした子供たちもいる。もし私の一撃が居住区へ向かっていたら。守ろうとした存在を、自分の手で危険にさらしていたかもしれない。指先が震え始めたのを見て、お兄ちゃんが隣へ来た。
「怖かったなら、その感覚を忘れるな。でも、起きなかったことだけで自分を潰すな。次に同じことを起こさないために使え」
「……簡単に言わないでよ。お兄ちゃんだって、私を止めるために無茶をしたでしょう」
「だから俺も一緒に考える。一人でどうにかしろとは言ってねぇ」
以前のお兄ちゃんなら、私の腕輪を取り上げるか、何も知らせず危険から遠ざけようとしたかもしれない。けれど今は、私の決断まで奪おうとはしなかった。記憶の世界で何を見たのか、お兄ちゃんはまだすべて話していない。それでも、あの戦いを経て少しだけ考え方を変えようとしているのは分かった。
《安全制限を再設定しました。バーサーカークラスは再び封鎖します。再接続には精神状態の安定と、涼音本人による明確な承認が必要です》
「その制限でいい。私も今は、あの力を使うべきじゃないと思う」
自分で答えると、腕輪の光が一度だけ点滅した。力を失うのが怖いとは思わなかった。使いこなせない力を持っていることのほうが、今はずっと怖かった。
すると、横になっていたゲンくんが小さく手を挙げた。
「反省会の途中で悪いんだけどさ。俺からも一個いい?」
「……何?」
「助けようとしてくれたことまで、なかったことにしないでほしいんだよね。やり方はだいぶ怖かったけど、涼音ちゃんが俺を見捨てなかったのは分かってるから」
「でも、私は――」
「次は話を聞いてから助けて。そんだけでいいよ。それに俺、こう見えて交渉材料は大切にする主義なの」
最後の一言には、私だけでなく千空先輩も反応した。ゲンくんはまだ司へ報告を済ませていない。彼が見てきた科学王国の存在も、千空先輩が生きていることも、司へ伝えるかどうかはゲンくん次第だった。
その夜、倉庫の中が静かになってから、ゲンくんは千空先輩へ一つだけ尋ねた。この石の世界でも、昔飲んでいたコーラを作れるのか、と。千空先輩は材料も設備も足りない現状を前にしながら、一切迷わなかった。
「作れる。今すぐじゃねぇが、ロードマップを進めりゃ一瓶くらい余裕だ」
「それ、本当に約束してくれる?」
「科学に不可能はねぇ。キンキンに冷えた一本を用意してやる」
まだ存在しない一瓶を前に、二人は互いの考えを読み切ったような顔で笑った。友情と呼ぶには打算的で、取引と呼ぶには奇妙なほど相手を信じている。けれど、昨夜作った電気の灯と同じように、何もなかったところへ新しい関係が生まれようとしていることだけは分かった。
翌朝、ゲンくんの寝ていた場所は空になっていた。傷が完全に治ったわけでもないのに、誰にも告げず司のもとへ戻ったのだ。村の場所や科学王国のことを報告するためではない。千空先輩はすでに死に、村にも脅威になるものはなかったと信じ込ませるためだった。
「なんで止めなかったんですか。まだ一人で歩くのだってつらいはずなのに」
「止めりゃ、あいつがこっちについたって司に教えるようなもんだ。ゲンはそれが分かってる」
千空先輩は、ゲンくんなら必ず司を欺くと信じていた。私は見送りさえできなかったことが不安だった。それでも彼が自分で選んだ行動を、こちらの心配だけで否定することはできない。お兄ちゃんも、今度は追いかけようとは言わなかった。
コーラはまだどこにもない。ガラス瓶も、黒褐色の液体も、弾ける泡も、今は約束の中にしか存在しない。それでも千空先輩は、その一瓶を必ず完成させるつもりだった。私は空になった寝床を見ながら、ゲンくんが再び村へ来る日を待つと決めた。
【ゲンside】
司帝国までの道のりは、普段よりずっと長く感じられた。身体はまだ完全には回復しておらず、気を抜けば歩みが鈍る。それでもゲンは足を止めなかった。何も報告せず消えれば、司はすぐに異変を察する。千空と村を守るには、自分がこれまでどおり司側の人間を演じなければならない。
戻ってきたゲンを、司は静かに迎えた。派手な歓声も疑いを示す言葉もない。ただ、千空の生死を確かめられたのかと、まっすぐに問いかける。その視線の前では、余計な演技ほど嘘を目立たせる。ゲンは疲れた表情を隠さず、見てきた事実に一つだけ偽りを混ぜた。
「千空ちゃんは、もういなかったよ。墓も確かめた。あの村にも、司ちゃんが警戒するような科学の力は残ってない」
司はしばらく何も言わなかった。ゲンはその沈黙の間も表情を変えず、相手が納得するまで待った。やがて司が短く頷く。追及されなかったことに安心しても、それを顔へ出すわけにはいかない。報告は成功した。それでもゲンは、すぐ石神村へ引き返さなかった。報告直後に姿を消せば、自分の嘘を疑わせることになる。村へ戻る機会が訪れるまで、司帝国に残って演技を続ける必要があった。
夜になり、ゲンは一人で腰を下ろした。脳裏に浮かぶのは、電気の灯と、まだ存在しない一瓶だった。自分は善人ではないし、危険を冒した理由も美しいものばかりではない。それでも、何もない世界でコーラを作れると言い切った男の未来を、もう少し見てみたいと思った。
「約束を破ったら、承知しないからね。千空ちゃん」
同じ頃、石神村では千空がサルファ剤のロードマップを見上げていた。ゲンが戻ったという知らせは、まだない。それでも千空は、彼が役目を果たしたと信じて作業を進める。
一瓶のコーラは、まだ完成していない。ゲンもまだ村へ帰っていない。それでも、互いの姿が見えない場所で交わされた薄っぺらな同盟は、確かに最初の一歩を踏み出していた。