境界記録帯(ゴーストライナー)×ストーンワールド 作:ターミナル カフェ
・本作品は『Fate/Grand Order』×『Dr.STONE』のクロスオーバー二次創作です。
・原作には存在しないオリジナルキャラクター、オリジナル設定が登場します。
・原作キャラクターの設定や関係性に独自解釈・改変があります。
・原作とは異なる歴史、展開、世界観が存在します。
・今後の展開によっては、複数のFateシリーズ作品および関連作品の設定を扱う予定です。
以上の点をご了承いただいた上で、お楽しみください。
第四話「目覚め、そして出会い」
身体が、どこか遠い場所から引き戻されていくような感覚があった。水の底から浮かび上がるようでもあり、何か巨大な流れに放り出されたようでもある。妹はどうなった。兄は無事なのか。学校を包んだあの緑色の光は何だったのか――考えようとするたび、記憶の一部に白いノイズが走り、掴みかけたものが指の隙間からこぼれていく。
やがて、瞼の裏に光が差した。鳥の声、葉擦れ、土と青草の匂い。少なくとも病院ではない。恐る恐る目を開けば、最初に映ったのは木漏れ日と、どこまでも続く緑だった。
「「……は?」」
ほぼ同時に漏れた兄妹の声だけが、静かな森にひどく場違いに響いた。
【達人side】
いや、待て。テレビのドキュメンタリーかよ――最初に浮かんだのは、そんな現実逃避じみた感想だった。俺はついさっきまで学校にいたはずだ。科学部の部室で涼音が何かを説明して、大樹先輩が杠先輩への告白だと騒いで、それから窓の外が緑色に光った。そこまでは覚えている。
だが、その続きを辿ろうとすると頭の奥がざらつく。代わりに五感だけが、ここが夢ではないことを容赦なく突きつけてきた。湿った土、頬を撫でる風、聞いたことのない鳥の声。道路も電柱も、遠くに見えるはずの建物もない。
「涼音、大丈夫か?」
「う、うん。お兄ちゃんは?」
「俺も……たぶん」
横には妹がいた。それだけで少し息が戻る。ところが次の瞬間、涼音の視線が俺の肩越しで固まった。振り返ると、少し離れた茂みの向こうで、茶褐色の影がいくつも動いている。
最初は大型犬かと思った。いや、そう思いたかった。けれど鬣のある一頭がこちらへ顔を向け、金色の目と視線が合った瞬間、そんな希望は綺麗に消えた。
「……ライオン?」
「ここ、日本だよね?」
「知らん! とりあえず逃げるぞ!」
低い唸り声。地面を蹴る音。考えるより先に俺は涼音の手を掴んで走り出した。背後で枝が折れ、獣の足音が追ってくる。冗談じゃない。学校から気を失って、次に目を覚ましたら森の中でライオンに追いかけられているなんて、状況の飛躍にも限度がある。
走りながら気づいた。制服の感触が違う。見た目は似ているのに、生地は妙に軽く、森の枝に引っかかっても破れる気配がない。だが今は考えている場合じゃない。前方の地形が開けたと思った瞬間、今度は崖が現れた。
「うそだろ……!」
背後にはライオン、前には崖。左右へ逃げる余裕もない。涼音の呼吸は限界に近く、俺も肺が焼けるようだった。
【涼音side】
「ゼハァ……お兄ちゃん、もう無理……!」
「それは後ろのライオンに言ってくれ!」
言えるわけないでしょ、と返す余裕すらなかった。お兄ちゃんが手を引いてくれなかったら、とっくに追いつかれている。怖い。足が震えている。でも、それ以上に腹が立った。私はまた、お兄ちゃんに守られているだけだ。
周囲を見回す。石、枝、崖、木々。使えそうなものは何もない。手の甲には見覚えのない模様が浮かび、着ている服も学校の制服とは微妙に違う。疑問は山ほどあるのに、考える時間がない。
「涼音、俺の後ろにいろ」
「え?」
「大丈夫だ。俺が守る!」
お兄ちゃんが私の前へ出た。武器なんてない。相手はライオンなのに、それでも迷わず盾になろうとする。
「お兄ちゃん、無茶――!」
一頭が跳んだ。時間が引き延ばされたみたいに、鋭い爪と牙が近づいてくる。
その瞬間。
《ガンド》
聞き覚えがあるような、ないような言葉が響き、白い光弾が横から走った。飛びかかろうとしていたライオンは空中で弾かれ、地面へ転がる。残った群れも突然の攻撃に足を止めた。
呆然とする私たちの前へ、一人の男が姿を現した。長く伸びた白銀の髪。白を基調に深紅の意匠が入った、衣装とも鎧ともつかない豪奢な装束。腰から垂れる赤い布と飾り紐が、風に合わせて静かに揺れている。
「やれやれだ。運が悪い」
助けてもらった。それは分かる。なのに私は、その人を初めて見た気がしなかった。危険だと思うより先に、胸の奥に妙な安心感が生まれる。
「あなたは……誰? どうして助けてくれたの?」
問いかけた瞬間、口が勝手に次の言葉を作ろうとした。
「だって、あなたは――」
名前。私はこの人の名前を知っている。そう確信したのに、音にしようとした途端、頭の奥で耳障りなノイズが走った。
「っ……?」
男はわずかに目を細めた。
「ふん。やはりか。貴様たちの記憶は、まだ戻りきってはいないらしい」
「記憶……?」
「それより、兄を見ろ」
振り返ると、お兄ちゃんが頭を抱え、その場に膝をついていた。顔色が真っ青になり、歯を食いしばっている。
「お兄ちゃん!?」
「問題はない。我を見たことで、封じられている記憶の一部が反応しただけだ。今は処理が追いついていない」
「それ、問題あるようにしか聞こえないんだけど!」
男は答えず、お兄ちゃんの様子を見つめていた。その表情だけは、私たちよりずっと多くのことを知っている人の顔だった。
そこへ茂みから別のライオンが飛び出す。私は悲鳴を上げるより早く身構えたが、男の方が速かった。再び光弾が放たれ、獣は地面へ転がる。ただし、その光の余波は、頭を抱えていたお兄ちゃんまで見事に巻き込んだ。
「お兄ちゃーん!?」
お兄ちゃんは糸が切れたように倒れた。
「……今、兄まで撃ちませんでした?」
「気のせいだ」
「絶対気のせいじゃない!」
男は露骨に視線を逸らした。
それからしばらくして、ライオンの群れが去ったことを確認すると、男は意識のないお兄ちゃんを背負って森を進み始めた。大人一人を背負っているはずなのに足取りはほとんど乱れず、むしろ私の歩幅に合わせて速度を落としている。
「名前、聞いてもいい?」
「レフと呼べ。あるいは――」
もう一つの名を聞こうとした瞬間、また頭の中にノイズが走った。私は反射的に額を押さえる。
「……じゃあ、レフさんで」
「好きにしろ」
少し開けた場所へ着くと、レフさんは指を鳴らした。次の瞬間、何もなかった地面に簡易テントと生活道具が現れる。
「……え、なにこれ」
「黙って使え」
「はい」
声が怖くて反射的に返事をすると、レフさんの口元がほんの少しだけ緩んだ。その後、不安を隠せずにいる私の頭へ手を伸ばし、ぽん、と優しく撫でる。
(……前にも、こうしてもらったことがある?)
知らないはずの人なのに、懐かしい。声も顔も違うのに、なぜかパパのことまで思い出す。理由は分からない。でも少なくとも、この人は今の私たちを助けようとしている。
【レフside】
――眠ったか。
簡易テントの中で休む兄妹を見ながら、レフはわずかに目を細めた。こうして成長した姿を見ると、やはり似ている。性格で言えば、達人は忌々しいほどあの愚か者――父親によく似ていた。無茶を承知で誰かの前へ立とうとするところまで同じだ。一方の涼音は、幼い頃から“あの子”や多くの者たちに囲まれて育った影響か、想像していた以上にしっかりした娘になっている。
人理を突破した、あの二人。その間に生まれた、かけがえのない宝物。そう考えると、ほんの一瞬だけ懐かしさが胸を掠めたが、レフはすぐにその感情を切り捨てた。今は思い出に浸っている場合ではない。残された猶予は数日。礼装とフェイト・レプリカントの導入はどうにか間に合ったものの、二人を覆う記憶封印は予想以上に強固だった。無理に剥がせば、現在の人格や精神そのものへ負荷をかけかねない。ならば旅を続ける中で、必要な記憶が必要な時に自然解凍されるのを待つしかない。
「この子たちに、希望を渡すには……まだ必要な人物が揃っていない」
問題は、その“希望”を今ここで渡すことができないという点だった。彼らは、まだこの先の未来でしか出会えない存在。すべてを早く教えればいいというものではない。達人と涼音が南米へ辿り着き、そこで“希望となる二人”が揃った時、初めて渡すべきものを託す条件が整う。
そこまで辿り着くことさえできれば、あとは――あの場所の座標にて。真に“希望”と呼べるものを、誰かから与えられるのではなく、彼ら自身の手で回収することになるだろう。
レフは静かに森の奥へ視線を向けた。今はまだ遥か遠い南米。その先にあるものを思い浮かべながら、目を細める。
「さて。時間は少ないぞ」
第四話 了
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ようやく達人と涼音が、三千七百年後の世界へ本格的に足を踏み入れました。
そして登場した、二人を昔から知っているらしい謎の人物・レフ。
二人には思い出せない過去がありますが、記憶の奥には確かに何かが残っています。
「南米」「希望となる二人」など、今回出てきた言葉も今後に繋がっていきます。
次回もよろしくお願いします。