境界記録帯(ゴーストライナー)×ストーンワールド 作:ターミナル カフェ
・本作品は『Fate/Grand Order』×『Dr.STONE』のクロスオーバー二次創作です。
・原作には存在しないオリジナルキャラクター、オリジナル設定が登場します。
・原作キャラクターの設定や関係性に独自解釈・改変があります。
・原作とは異なる歴史、展開、世界観が存在します。
・今後の展開によっては、複数のFateシリーズ作品および関連作品の設定を扱う予定です。
以上の点をご了承いただいた上で、お楽しみください。
第五話「ストーンワールド」
【達人side】
――懐かしいコーヒーの香りがした。父さんが淹れてくれた、子供には少し苦すぎるコーヒー。隣には誰かがいて、俺は二人の話を聞きながら大人になればこの味が分かるのだろうか、と考えていた気がする。
『世界がどれだけ残酷でもいい。そこに希望を見つけられる人間であれ。熱を失うな、達人』
父さんの言葉だった。その後に誰かが何かを言った気がするのに、そこだけ音が抜け落ちている。
目を開けると、夢の代わりに布の天井があった。焚き火の匂いと、森の湿った空気。身体を起こしかけた瞬間、ライオンの群れと、涼音を庇ったところまで記憶が戻る。
「っ……涼音は!?」
「お兄ちゃん!」
テントの入口が開き、涼音が飛び込んできた。泣きそうな顔をしているくせに、俺が起き上がるのを見た途端、怒ったように眉を寄せる。
「よかった……! 二日も起きなかったんだからね!」
「二日?」
「そう。二日。まずそこに驚いて」
「お前、怪我は?」
「私は無事。助けてもらったから」
そこでようやく周囲を見る。森の中にしては整いすぎた簡易テント、水、布、応急処置用の道具。俺たちだけで用意できるはずがない。
「……誰が?」
「ようやく目覚めたか。思ったより早いな」
外から聞こえた声に、頭の奥が鋭く痛んだ。知っている。いや、知らない。相反する感覚が同時に押し寄せ、思わず額を押さえる。入口に立っていたのは、白銀の髪を持つ男――レフだった。
「さて。起きたのなら、この世界について話そう」
「その前に一個いいですか?」
涼音の声が妙に冷たい。見ると、笑顔なのに目だけがまったく笑っていない。
「レフさん。お兄ちゃんにガンドってやつ、思いっきり当てましたよね?」
「何のことかな。我はライオンと人間の区別くらいつく」
「聞こえてますからね、その言い訳」
どうやら俺は、ライオンに襲われたから倒れたわけではないらしい。
「普通に兄まで巻き込んで、その結果二日間気絶です。どういうことですか?」
「……想定より少々繊細だった」
「悪気があって撃ったなら怒りますよ」
「悪気はない」
「じゃあ事故?」
「状況が悪かった。距離が近く、獣の跳躍角度が予測より鋭く、達人があの位置で蹲っていたことも――」
「早口で責任分散しないでください」
「状況分析だ」
「言い訳です」
俺はまだ痺れの残る身体で苦笑した。初対面に近いはずなのに、涼音は昔から知っている相手みたいに遠慮がない。そしてレフも、文句を言いながら本気で怒っている様子はない。
「……お前ら、朝から元気だな」
そう言うと涼音はようやく肩の力を抜いた。
レフが軽く咳払いをすると、空気が変わった。
「茶番はここまでだ。本題に入る。ここは、お前たちが生まれ育った世界だ」
「……この森が?」
「ただし、お前たちが知る時代から約三千七百年が経過している」
俺と涼音は顔を見合わせた。意味が分からない。数字として大きすぎて、冗談にすら聞こえなかった。
「三千七百……年?」
「そうだ」
「待って。私たち、学校にいたよね?」
「いた」
「それで光って、気を失って……起きたら三千七百年後?」
「概ねその認識でいい」
レフは淡々と説明する。俺たちは石化したわけではなく、あの瞬間に何らかの退避処理が働き、未来の時間座標へ移されたらしい。ただし、その仕組みについて詳しい説明をされても、今の俺たちには理解しきれないだろうと言った。
「要するに……一方通行のタイムスリップみたいなもの?」
「言葉を選ぶなら、それで構わん」
涼音は理解しようと必死に頭を回している。俺は逆に、現実感が遠のいていくばかりだった。三千七百年。家は、学校は、知っている人たちは――。
「そして、あの緑色の光だ」
レフが森の奥へ視線を向ける。
「お前たちも、すでに見ただろう。人の形をした石像を」
言われて、目覚めた直後に見かけた異様な石像を思い出す。涼音は俺が眠っている二日の間に周囲を少し探索しており、一体や二体ではなかったと言った。
「まさか……」
涼音の顔から血の気が引く。レフは少しだけ間を置いた。
「あれは、人類が石化した成れの果てだ」
言葉が落ちた瞬間、森の音が消えたように感じた。
あの日の光。街中にいた人たち。大樹先輩、杠先輩、千空先輩。みんなが石に――考えたくないのに、頭が勝手に結論へ向かう。
「じゃあ……みんなは?」
「石化現象は全人類規模で発生した。文明は停止し、管理する者を失った都市は長い年月の中で崩壊した。道路も建物も森に呑まれ、今のお前たちが見ている世界になった」
涼音は膝の上で拳を握っている。俺も何か言おうとしたが、声が出ない。
三千七百年前まで当たり前だったものが、全部なくなった。
それでも俺と涼音だけは、なぜかここにいる。
「なぜ、俺たちだけなんだ」
ようやく絞り出した問いに、レフはすぐ答えなかった。
「その話は、順を追ってする。だが覚えておけ。お前たちがここにいるのは偶然ではない」
その言葉に、また頭の奥が鈍く痛む。父さんと母さんに最後に抱きしめられた記憶が、一瞬だけ鮮明になった。
(偶然じゃない……?)
何かが繋がりそうで、まだ繋がらない。
【レフside】
レフは兄妹の表情を静かに見ていた。今すぐすべてを話すことはできる。しかし記憶封印が残っている以上、情報を与えすぎれば再び拒絶反応が起きる可能性がある。
達人は父親の言葉を覚えている。涼音もまた、歴史を好む理由の中に父との記憶を残している。完全に失ったわけではない。必要なのは、無理に扉を壊すことではなく、自分たちの手で少しずつ開けさせることだ。
(まずは現状を理解させる。次に、両親のこと。そして南米へ向かわせる)
時間は少ない。
「休めるうちに休め。次の話は、もう少し重いぞ」
兄妹は答えなかった。ただ、三千七百年後の森を見つめていた。
涼音は石像のことを聞いてから、時折テントの入口へ視線を向けていた。森の向こうにあるものを確かめたいのに、確かめるのが怖いのだろう。俺も同じだった。もし知っている顔の石像を見つけたら、どうすればいいのか分からない。それでも、何も知らないまま目を逸らし続ける方がもっと怖かった。三千七百年という時間は、俺たちから選択肢を奪ったように見えて、その実、前へ進むか立ち止まるかだけはまだ残していた。
逃げずに見るしかない。
もし本当に世界が終わったのだとしても、俺たちまで終わったわけじゃない。そう思わなければ、目の前の森へ一歩踏み出すことさえできそうになかった。
世界が終わったと聞かされても、実感はすぐには追いつかなかった。昨日まであったはずの家も、学校も、コンビニも、スマートフォンの電波も、今ここには何一つない。それなのに身体だけは生きていて、空腹も感じれば、眠気も来る。世界の終わりという言葉と、自分がまだ生きているという感覚が、どうしても同じ場所に収まらなかった。
だからこそ、俺は思った。全部なくなったのなら、まず今ここに残っているものを数えるしかない。俺と涼音がいる。レフがいる。分からないことだらけでも、問いを投げる相手がいる。なら、まだ完全な終わりじゃない。そう考えるだけで、ほんの少しだけ呼吸がしやすくなった。
涼音も同じことを考えていたのか、しばらくしてこちらへ小さく頷いた。言葉にしなくても、今は二人で動くしかないということだけは共有できる。両親がいなくなった時から、分からないことがあれば兄妹で補い合ってきた。三千七百年後でも、そのやり方まで失ったわけではない。
第五話 了
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、達人と涼音が自分たちの置かれた状況を知る回でした。
文明が崩壊し、人類が石となってから約三千七百年。
二人にとっては、昨日まで存在していた世界が一瞬で消えてしまったようなものです。
ここから、本当の意味でストーンワールドでの旅が始まります。
次回もよろしくお願いします。