「剣の聖地…」
「もうあんな遠くだけどさ…ふん、鍛えた甲斐があったと思わせて欲しいもんだねぇ」
「お師匠様は、相変わらずですね」
「水神」レイダ・リィアと彼女の弟子である「水王」イゾルテ・クルーエル
二人は剣の聖地から帰る道中だった
滞在の理由は、「剣神」ガル・ファリオンからの、自身の弟子を見て欲しいという頼みによるものだった
弟子の名前は、エリスと言った
彼女の強さがどれくらいのものか、確かめてやろうという好奇心が強くあった
そして、その強さに驚かされた
イゾルテとの合同訓練により、彼女たちはとても成長した
これからの若者の活躍に期待できる
そんなことを考えていた時だった
突然、目の前の地面が光り出したのだ
「お師匠様!これは…?」
「慌てるんじゃないよ!」
そして、光の中から、三体のキングドラゴンが現れた
光がだんだん小さくなり、ドラゴンが自分たちの方を見た
普通の冒険者なら、絶望する数だ
だが…
「…なんだ、三匹かい」
レイダは剣に手をかけることすらしなかった
今までドラゴンは幾度となく倒してきた
この時は、彼女もまだ焦っていなかった
違和感
なぜドラゴンが自分たちを襲わない
「お師匠様…あれは…一体?」
「あぁ…あたしも気づいているさ…」
キングドラゴンの足元に、ローブを纏った人が居た
魔物を従える人間なんて聞いたことが無い
ローブの人物が剣の聖地の方を指差した
すると、全てのドラゴンが、差された方向に飛んでいった
まるで人の言語を理解しているかのように
ローブの者
不気味な奴だ
少し様子を見てみるかね…
「おいそこのローブの…あんた、何者だい?」
イゾルテは既に剣に手を置いている
フードを外し、奴が振り返る
赤い仮面
それが露わになった瞬間、レイダは咄嗟に剣を抜いた
イゾルテの呼吸が乱れている
レイダもまた、無意識に息を浅くしていた
目の前の男から感じるものが、あまりにも異質だった
奴が放つ邪悪な雰囲気に呑まれそうになった
ただ、目の前にいるだけで、身体が、こいつには近づくな、と警告している
「お前らに興味はない…俺がここに来た目的は…一人の少女だ」
喋った
当たり前だ
だが、会話という行為でさえ、奴には違和感を覚えた
声は魔術か何かで変えているのか、変に感じる
「なんだ?答えてやったのに…まぁいい」
奴は背を向け、剣の聖地へ歩き出す
「待ちな!」
コイツを行かせちゃマズイことになる
このままコイツを生かしておいてはいけないねぇ
「アンタは、何をする気だい?」
奴が立ち止まる
「あ?なんでお前らなんかに…まぁいいか」
邪悪な雰囲気が場を支配する
息を吸うのにも体力を使う
奴の一挙手一投足が自身の死に繋がるような気がする
「あそこにいる…エリスって女の子を、殺そうと思うんだ」
いとも当然のように、奴はそう言い放った
「邪魔しなければ、お前らに危害は加えない。だからそこに居てくれ。無関係の人間を殺したくはない」
殺したくはない…ね…
このあたしにそんなセリフを吐ける奴が、アイツら以外に居たとはね
「幾年ぶりにそんな言葉を聞いたね…エリスは殺させないよ!」
いつの間にか、奴は鉄の棒を持っていた
「そうか…出来ればドラゴンが到着する頃には着いておきたいんでな。本当にすまない」
奴の持っている鉄の棒から、赤い光が伸びていった
「一応言っとくか…スゥ―…我が名はセンチュリー…この世界を憎み、俺が望む形へ作り変える者…じゃ、参る」
そう言って、センチュリーは一瞬でイゾルテの死角に回り込んだ
「イゾルテ!」
考えるより先にイゾルテを蹴り飛ばし、センチュリーに向かって剣を振る
センチュリーの赤い剣と、自身の剣が交差する
そう、交差する
…はずだった
だが、違った
奴の剣は、あたしの剣の内側へ潜り込んでいた
「……ッ!」
当たる直前で身をよじる
「し…師匠!」
「しくじったかね…!」
左肩から先の感覚が無い
まだだ
まだ倒れるな
剣を見ると、根本が斬られていた
剣を斬る剣
…でたらめだ
実力の問題などではない
「よくも師匠を!」
やめな
逃げなイゾルテ
アンタが勝てる相手じゃない
センチュリーが剣を一閃した
「…クッ…!」
イゾルテの上半身が地に落ちる
「この…野郎が…!」
センチュリーは、意味の分からない行動に出た
倒れたイゾルテの前にしゃがみ込み、手を合わせた
そして、そっと彼女の瞼を閉じる
衣服の乱れを直し、乱れた髪を整える
まるで、親しい誰かを弔うように
レイダには、その行動の意味が理解できなかった
なぜ、そこまで丁寧に扱う?
自分で殺しておきながら
謎の力で地面に穴を開け、センチュリーは、彼女を静かに横たえた
「まだ生きている相手を前にして、随分と余裕じゃないか…?」
「あぁ、俺はもう、絶対にお前には負けないからな」
コイツは殺さなくてはいけない
イゾルテの為にも
この先、コイツに殺されるであろう人の為にも
右腕だけでもやってやる
「さぁ、アンタ一人に使ってやるよ。光栄に思いな!」
【剥奪剣界】
使って分かった
レイダは確信した
コイツには魔力が一切ない
なら、魔術の警戒はしなくていい
それなら
あたしが剣を振れば、奴の首は落ちる
これなら、まだ勝機はある
片腕が無かろうが
剣が折れていようが
あたしはコイツを殺さねばならない
さぁ動きな
その瞬間にアンタの首が宙に舞うよ…
「なるほど、ほんの少しでも動いた相手への超高速カウンター。魔力も対象だったのか。まぁ、俺には関係ないけどさ」
剣ではない
魔術でもない
なら、何が起こった…?
いきなり体に電流が走って…
「言っても無駄だけどさ、コレ、フォースライトニングって言うんだ。魔術じゃないし、予備動作もいらないからカウンターが反応しなかったようだな」
もう剣も持てない
動くことも出来ない
詰みか…
こんな最期とは思っていなかったねぇ…
「それで?なんか言うことある?」
言ってやることなんかねぇが
コイツの喜ぶことだけはしてやるものか
「アンタがこっちに来る時を…ガフッ…一足先に…待っててやるよ…」
「そうか…」
センチュリーが剣を振り上げる
「ありがとうな…」
「ねぇギレーヌ…キングドラゴンって群れるんだったかしら?」
彼女の名はエリス
「水神」との修行を終え、「剣王」の領域へと達していた
今、彼女はギレーヌと共に、アスラ王国へと向かおうとしていた
「いや、あまり聞いたことは無いが、私たちの敵ではなかったな」
彼女はギレーヌ
「剣王」にして、エリスの世話役である
彼女たちは突如現れたキングドラゴンの群れ
それを二人は難なく斬り伏せた
「崖際で襲ってくるなんて、幸先悪いわね…」
「全くだ」
「もっと悪くなるかもよ?」
エリスが振り向きざまに剣を抜く
それよりも早く、ギレーヌが声の方向へと突っ込んでいった
ギレーヌは打撃を繰り出した後、違和感を覚えた
確かな手応えがない
手には岩壁を砕いた感触しか無かった
確実に声の主を仕留めたつもりだったにも関わらずだ
「主はちゃんと見守っておかないとさ」
ギレーヌは声の方を見る
「エリス!」
ソイツは、エリスに赤い剣を向けていた
剣が振り下ろされ、彼女の身体が分かれるかと思ったその時
「舐めるんじゃ…」
エリスの剣は、彼の剣を捉えていた
「…ないわよ!」
相手の剣を振り払い、ギレーヌの側まで後退する
「まじか…ライトセーバー耐えんの…?」
男は驚いている様子だった
「ギレーヌ…アイツは…?」
「分からん、旅人を狙う賊かもしれん」
彼は剣に何かしらの操作をし、赤い剣を収めた
彼は特徴的な赤い仮面をつけていた
「ねぇ~!君の剣って、この世界で何番目にスゴイ剣なの?良かったら教えて欲しいんだけど」
何だこいつは
エリスは率直に疑問に思った
殺しにかかってきたと思えば、馴れ馴れしく話しかけてくる
目的が分からない
「アタシの剣はスペルド族のルイジェルドから貰ったものよ!それで!あんたの目的は何よ!」
「あぁ~ルイジェルドか。彼か…なら納得だよ。聞きそびれてたことが分かって良かったよ」
「ルイジェルドのこと知ってるの!ならなんでアタシを襲うの!」
「あぁいや、こっちが一方的に知ってるだけだ。それとこれとは別だからさ。しかしキングドラゴンを無傷で倒すとはね…ここまでとは思ってなかったよ」
やはり全容が掴めない
基本的に、友達に対するそれのような話し方を崩さない
「結局、お前の目的はなんだ」
ギレーヌが聞く
「あぁそうだった。聞かれてたことと話したいことが食い違うことってあるよね。俺だけかな」
「べらべらと…叩き切られたいのか、貴様」
「ごめんって。話したがりなんだ。ホントは口数少ない方なんだけどさ。しばらく人と話してなかったせいでさ。友達がいないもんでね…あぁごめんよ、また脱線したね」
彼はさも当たり前かの様に、日常会話のように言い放った
「そこのエリスを殺したいんだ。抵抗しなければ、サクッと終わらせるからさ」
その言葉を聞いた瞬間、二人は剣を構えた
目の前の相手を、悪意にまみれた敵だと認識した
「抵抗する感じか…そりゃそうだよね…仕方ない…俺も心苦しいよ」
彼が深紅の刃を走らせた瞬間、空気が変わった
二人は無意識のうちに半歩下がっていた
彼が放つ底なしの悪意を
空っぽの殺意を
本能で
心で
恐れていた
「本日二度目のやつ行きま~す…我が名はセンチュリー…この世界を憎み、俺が望む形に作り替える者…じゃ、参ります」
まず最初に動いたのは、ギレーヌだった
エリスは少し後に動き出し、彼女の背中にピタリと着いて走った
ギレーヌは剣を一閃し、目の前の男を切り裂いた
ハズだった
ローブだけ
宙に人の形を保ったまま浮いているローブのみが、斬られていた
ギレーヌはそこでようやく感づいた
後ろだ
だが、気付いた時にはもう遅かった
背中を斬られ、ギレーヌは倒れる
一撃だった
奴はエリスと自分のほんの少しの間に入り、回転しながら剣を振ったのだ
「エ…エリス…」
エリスは無事なのか
彼女の方を見る
「外したか…いや、ギレーヌが予想より硬かったせいで軌道が逸れたんだな…君ホント強いね…」
彼女は無傷だ
だが、センチュリーに踏みつけられて、身動きが取れなくなっている
「君は後で治療するか、人を呼んどいてあげるよ…」
センチュリーは剣を高く上げる
決してエリスからは視線を逸らさない
「この子を殺した後でね」
させてたまるか
背中が焼けるような痛みだ
だが、エリスをこんな賊に殺させるわけにはいかない
エリスを助ける
例え…
この身を犠牲にしてでも
「じゃあね、彼にはよろしく言っとくよ」
ギレーヌは立ち上がり、センチュリーに向かって走って行った
そのまま胴体に掴み掛り、動きを止める
「おぉ~、凄いね。まだ動けるとは思わなかったよ。でもさ…」
振り上げた剣をギレーヌに突き刺す
「グッ…アアアア!」
「その捨て身は勇気じゃなくて、無謀って言うんだよ」
「ギ…ギレーヌ…!お前…よくも…!」
止まるな
足に全力を込めろ
「もう止まれよ。動ける傷じゃない」
センチュリーの足がエリスから離れ、彼女が脱出する
「ギレーヌ!斬るわ!どいて!」
「だめだエリス!押せ!」
まだコイツには勝てない
今のエリス一人では絶対に死んでしまう
「んんもう!分かったわ!」
「あはは。何する気だよ」
センチュリーの身体がだんだん崖へと近づいていく
まだコイツが私たちを舐めている内に
コイツを崖から突き落とす
「ん?あぁ落とす気なのか。力比べって感じ?」
余裕の雰囲気で押し戻される
駄目だ
このままでは皆死ぬ
…せめてエリスだけは
そう考えた瞬間に、ギレーヌのやることは決まっていた
「グッ…エリス…!」
「え…何よ…!」
ギレーヌは彼女に穏やかな顔で笑いかけ、突き飛ばす
「…ギレーヌ?」
センチュリーを持ち上げ、自分ごと崖から落ちていく
「ギレーヌ!」
すまないエリス
私はお前を守りたい
そのためにはこうするしかなかったんだ
「プッ…アハハ!」
空中でセンチュリーが笑いだす
「何が…可笑しい?」
「いやいや~、君、死んで良かったの?彼女、まだ君のこと必要としてたんじゃあないの?」
「フ…フフ」
「あ?何がオカシイ」
「いやなに、お前には大切な人や、守るべき相手が居ないんだな」
「なんだと…?」
センチュリーは、初めて怒りらしいものをあらわにした
「フン、初めて人間らしいことを言ったな…それに、もうひとつ可笑しいことがあるぞ…」
「人間らしいだと…貴様…!」
「お前が…まだ自分が死なないと思っていることだ!」
そう言うや否や、ギレーヌはセンチュリーの首元に噛みつく
「グ…ガァアアアアアァァ!この畜生風情があああ!」
センチュリーは剣を振るおうとするが、ギレーヌが完全に密着しているのと、落下の風圧で狙いが定まらない
「離れろオオオオォォォ!」
もっとだ
もっと深くまで噛み砕け
コイツが落下で死ぬなら、あんな余裕で落ちる訳が無い
この空中で、コイツの息の根を止める
血が噴き出す
センチュリーの叫びは止まらない
いける
もう少しで首の神経を完全に断てる
勝てる
「…とか…思ってる…だろ!」
奴が手で私の腕を掴む
剣も無しで何が出来るのだ
いや
気にするな
このまま首を…
「フォース…ライトニング!」
いきなり体に電流が走った
顎の筋肉が一瞬こわばってしまった
その隙を突かれて、蹴りを入れられ、離れてしまった
首筋を押さえながら、センチュリーが喋り出す
「いくら獣人でも…生き物である以上…電気ショックには抗えないだろう…」
襟元を掴まれ、剣を向けられる
「やばいな…ホント…舐めてたよ…水神とか剣王とか、気にするべきじゃないな…まぁいい…お前の覚悟に免じて、今はエリスを殺さないでおいてやるよ…クソ…なんか負けた気分がする」
剣が振られ、身体に傷が走る
もう助からない傷だ
「エリスを守れた時点で…私の勝ちだ…じゃあ…な」
「あぁ…じゃあな…」
センチュリーは剣を壁面に突き立て減速する
ギレーヌは、もう動かずに落ちていく
センチュリーは、落ちていくギレーヌを見下ろした
「ありがとう…な」