俺は自分の目を疑った
まさかシルフィが負けるなんて
「嘘だろ…」
「おいおいまじかよ…」
「あの無言のフィッツが?」
周りの生徒もざわついている
俺は壁に背をもたれながら隣にいる彼女に聞いた
「なぁ…奴の名前は…なんと言った…?」
女はクスッと笑って言う
「彼の名はルーデウス…ルーデウス・グレイラットですわ」
その日は、確実に俺の記憶に残る、忘れることの出来ないであろう日だった
この日の始まりは、こんな思いから始まった
俺達がラノア魔法大学に入学してから随分と時間がたった
フィッツも、もう15歳だ
俺はというと、あれから大して成長していない気がする
いや、力はまぁまぁついたと思うのだ
瞑想や剣術も中々に上達した
問題は、物理的な面にある
身体が全く成長していないのだ
腹は減るし風邪もひく
だが、俺の身体は高校生のままだ
七星に問うと、彼女も同じく、老化が止まっているらしい
もしかすると、俺たちは老いないだけで、身体の寿命そのものは普通の人間と変わらないのではないか
そう思うと、俺はいつか自分でも気づかないうちにポックリ逝くんじゃないかと不安が湧いてきた
アリエル様は生徒会長となった
まぁ、俺からしてみれば、今までそうでなかったのが不思議なくらいだ
そして、その日はなぜか生徒が騒がしかった
たくさんの生徒の中心にはフィッツが居た
後方にルークがいるのを見て、話しかける
「ルーク…この騒ぎは…なんだ?」
「あ?知らないのかスモーク。新しい特別生の試験として、フィッツが相手をするんだよ。こいつらは、その見物」
「お前も…その一人と…いうことか」
「ま、そういうこと。それでな、お前、聞いて驚くなよ?」
「お前に…そう言われて…驚いた…試しがない」
ルークはふん、と鼻を鳴らし、話を続ける
「まぁ聞け。それでな、その新入生というのが、例のフィッツの憧れてる奴らしいぜ?」
「まさか…フィッツの…思い人と…いうことか?」
ルークはニヤニヤと少し気持ち悪い笑みを浮かべた
「あ~そういうことだな~」
『普段はカッコつけてんのに、色恋の話になるとホント気持ち悪いな』
「ん?なんか言ったか?」
「いや…何も…」
日本語って便利だな
訓練場に着くと、好青年が立っていた
金髪で背もそこそこ高い
杖を持っているということは魔術師なのだろう
それにしても、いったいいくらする杖なのだろう
魔術に詳しくない俺が見ても分かるほど、素晴らしい出来だ
横にはフィッツと同じ、長耳族の女が居た
やけにべたべたしていて、距離が近い
まさか、彼の恋人だろうか
だとすると、フィッツには余りにも酷だ
俺は彼女との護衛生活で、その思い人の話を幾度となく聞いてきた
彼との思い出を語るフィッツの顔は俺やルーク、アリエル様に見せるそれとは訳が違っていた
気になるな
彼らの関係を聞きたい
そう、フィッツの為だ
決してただの興味ではない
俺は彼らに近づいて話しかける
「すいません…少し…お話を…」
二人が俺の方を見る
女の方が返事をする
「もし?貴方、私の知り合いですの?ルーデウス、貴方は心当たりがありますの?」
女が男に聞く
「いや、失礼ですが、僕は知りません。エリナリーゼさんの知り合いなんですか?」
「あの…すいません…少し…聞きたいことがあるのですが…よろしいですか?」
そう言うと、男の方が答えた
「冒険者の話が聞きたいのかもしれません。話してあげたらどうです?エリナリーゼさん。あと…」
男はエリナリーゼの耳元でコソコソと話し出す
「う~ん、保証は出来ないですわ。さ、行きましょう」
「あ…どうも…」
俺はされるがまま、彼女に着いて行った
観客席のようだ
「話は試合を見てからですわ。それで、あなたの目には彼はどう映りますの?」
「どうって…?」
何故そんなことを聞くのだろう
彼女はじっと俺の方を見つめている
まるで、俺の全身を値踏みしているかのような視線だった
まぁいい
聞かれたのだから、答えておこう
「フィッツは…この大学でも…指折りの…魔術師だ…」
俺は男の方を見る
服で分からないが、ずいぶんと鍛えているようだ
立ち姿で分かる
魔術の腕は、試合が始まらなければ分からない
「彼の力が…どの位かは…知らないが…フィッツに勝てれば…その実力は…相当な…ものだろう…」
「なるほど…ですわ。あなたにはそう見えますのね。さぁ、始まりますわよ」
「試合…開始!」
教師が開始の合図をかけた瞬間
フィッツが詠唱を始め、自身の周りに魔法を漂わせる
男が手をかざした
「
すると、いきなりフィッツの魔法が弾けて消えた
「え…なんで…?」
「さて、なんででしょう」
俺は思わず身を乗り出した
『なに!?』
魔術を消しただと
そんな術があるとは
魔術を消す魔術なんて聞いたことが無い
俺はエリナリーゼに聞いた
「なんだ…あの魔術は…
「フフ…まぁ見てごらんなさい?」
そして、男は岩砲弾をフィッツの顔スレスレに打ち込んだ
フィッツは尻もちをついてしまった
見物の生徒や、教師すらも驚いて声も出せなかった
男はフィッツに近づいて、彼女の手を取った
「なぁ…奴の名前は…なんと言った…?」
女はクスッと笑って言う
「彼の名はルーデウス…ルーデウス・グレイラットですわ」
その後、俺は彼女の部屋に連れていかれた
話を詳しく聞きたいならばゆっくりと出来る所で、ということだ
「お茶でもどうですの?」
「あぁ…頂こう…」
しかし今日はだいぶ驚かされたな
まさかあのフィッツが一方的に負けるとは
あのルーデウスとかいう男
確か、特別生になるという話だった
調べ上げ、アリエル様に報告しておかないと
「それで?何を聞きたいんですの?」
「あぁ…あなたと…ルーデウスの関係を…知りたい…」
「へぇ…?まぁいいですわ」
話によると、彼らはただの冒険者仲間で、そういう色恋はないらしい
良かった
思い人にコテンパンにされた彼女に、少しはいい報告が出来るだろう
いずれにしても、彼らの冒険の話はとても面白い
無詠唱魔術の使い手であり、冒険者としての腕も高い
そして、彼ははぐれ竜を一人で討伐したらしい
そりゃあフィッツでは敵わないわけだ
「話をしてくれて…ありがとう…では…俺はこれで…」
俺は帰ろうとしてベッドから立ち上がった
すると、彼女に袖を掴まれた
「なんだ…どうし…」
彼女の雰囲気が先ほどとは、何か、少し変わっていた
「ふぅ…少し…熱い…ですわね…」
彼女は少し制服をはだけていた
胸元にはかすかに肌色の谷間が見えていた
何をしているんだ、この人は
彼女の目は、先ほどまでとは明らかに違っていた
俺を見つめる彼女の顔は恍惚としていた
俺が黙っていると、彼女の手が俺の頬に触れる
「待ってくれ…俺には…忠誠を誓った女性が…」
そう言うと、彼女は顔を背け、俺から離れてしまう
俺はベッドに座りなおし、彼女に向き直る
「そうですわよね…こんな淫売………いやですわよね…」
『え、ちょ、いや、その…』
俺は日本語が出るくらい慌ててしまった
そこには、悲しみに暮れているただの女の人がいた
先ほど聞いた冒険の話からは想像出来ない姿だ
俺は泣き止んでもらおうと思い、彼女の肩に触れた
その瞬間、振り返った彼女とぶつかってしまった
俺と彼女も、そのままの勢いでベッドに倒れこむ
そうして、しばらく見つめあった
…見つめあってしまった
互いの唇がだんだん近づいていき…
朝日が窓の少し空いたところからかすかに差し込む
あそこからのことは、思い出せない
そう
うん
昨日のは悪い夢だ
俺はあの後ちゃんと自分の部屋に帰った
そしてそのまま眠りについた
はずだ…
恐る恐る横に目をやる
『いないか…セーフ!』
よ~し!
良かった
俺はアリエル様に忠義を尽くすと誓った身
無事、貞操を守り切ることが出来た
『いやー良かった良かっ…』
「あら、起きましたの?」
『はいオワッター』
俺はベッドに仰向けに寝転がり、手で顔を覆う
やってしまった…
目の前の状況を見れば、誰が見てもやったのは明らかだった
これは彼女のせいではない
俺の心の弱さが原因だ
「あぁ…おはようございます…」
彼女は既に制服に着替えている
「何か飲みますの?」
「あぁ…頂きます…」
二人で並んでコーヒーを飲む
「おいしい…です…」
「そう…ですの…」
俺はコーヒーを飲み終わると、彼女の方を向く
「ごめんなさい…!」
「ごめんなさいですの!」
「え…?」
「へ?」
彼女に謝られるとは思っていなかった
彼女が黙ってしまったので、俺から先に話し出す
「すいません…一度は断って傷つけたのに…また…あなたを…傷つけてしまった…申し訳…」
謝ろうとすると、彼女が俺の口に手を当て、首を振る
「謝るのは私の方ですわ。あなたには大切な方がいらしたというのに…少年を誘った私の責任ですわ…申し訳ありませんわ」
二人で落ち込んでしまった
気まずい空気が流れる
そこで、俺は提案する
「昨夜のことは…お互いに…なかったことに…しませんか…?」
「そう…ですわね。えぇ、あなたさえ良ければ。では、次会う時からは他人ということで…」
俺は他人という言葉に少し寂しさを感じた
「友達では…駄目でしょうか…?」
そう言うと、彼女の顔が明るくなる
「えぇ…えぇ、そういたしましょう!」
俺は服を着がえて、彼女の部屋を後にする
ふぅ…
にしても昨日の出来事は、確実に俺の記憶から消えることはないだろう
今はアリエル様達に会いたくないな
なぜか彼らを裏切ったような気がするから
別にそんなわけでもないのに
駄目だ
こういうことを考えると何故か出会ってしまうんだ
別のことを考えよう
「お、どうしたんだ?スモーク」
「あぁ…なんだルークか……なんか買いに行こうと思ってな…新しい靴とか…」
ん?
今俺は、なんだルークか?って言ったのか?
で、なんでルークが?