元引きこもりのTS転生美少女と素直になれない一軍ギャル〜勇気を出して助けたら恋人になっていました〜 作:あかぱん
カラオケの個室に戻ってきたリオは、いつもの明るい笑顔を浮かべていた。
けれど、その笑顔がどこかぎこちなく、無理に貼り付けたものだということは、前世で人の顔色ばかりを伺って生きてきた俺には痛いほど伝わってきた。
店を出て、駅へと向かう夕暮れの帰り道。
人通りの少ない路地を並んで歩きながら、リオはふと思い出したように口を開いた。
「あーあ、今日のクレープ代もカラオケ代も、今週のバイト代から捻出しなきゃな〜」
「……リオちゃん、平日もバイトしてるの?」
「うん。駅前のドラッグストアで週四日くらいレジ打ち。うち、母子家庭だからさ。お母さんもスーパーのパート掛け持ちしてて、あんまり家にいないし」
リオはあっけらかんと言った。まるで「今日のご飯はカレーなんだ」とでも言うような軽さで。
「お父さんは?」
「うちが小学生のときに離婚しててさ。養育費も途中で振り込まれなくなって、今どこで何してんのかも分かんないんだよねー。だから、自分の服代とかスマホ代くらいは自分で稼がないと、お母さんに負担かけちゃうからさ」
そう言って笑うリオの横顔は、教室で見せる勝気なギャルの顔でも、友達と遊ぶ無邪気な女子高生の顔でもなかった。
家庭の事情を背負い、大人の都合に振り回されながらも、必死に自分の足で立とうとしている――そんな強さと脆さが同居していた。
「リオちゃんは……偉いね。私なんて、家で親に甘えてばっかりなのに」
「えー、まひろはそれでいいんだよ! 大事に育てられてるお嬢様って感じで超似合ってるし」
リオは笑って俺の肩を軽くつついた。
けれど、駅の改札が近づくにつれ、リオの視線がせわしなく周囲を泳ぎ始めた。
スマホを握る手に力が入り、背後を歩く通行人の足音にビクッと過剰に反応する。
「……リオちゃん? やっぱり、どっか体調悪い?」
「えっ? ううん、全然! 超元気だし!」
「でも……さっきから、ずっと誰かを気にしてるみたいで……」
俺がそう告げると、リオは息を呑み、気まずそうに視線を落とした。
隠しきれないと悟ったのか、リオは改札の柱の影に移動し、小声でぽつりと呟いた。
「……まひろには、隠せないかぁ」
「……」
「実はさ……最近、バイトの帰り道とか、家の近くで……視線を感じることがあって」
「視線……?」
「うん。気のせいかなって思ってたんだけど、さっきのカラオケでも、非通知の着信とか無言のメッセージが来ててさ……」
リオの声が、わずかに震えていた。
いつも男子をバッサリと切り捨てていたあの強気なリオが、怯えている。
「警察とか、学校の先生には相談した……?」
「できるわけないじゃん……」
リオは自嘲気味に口元を歪めた。
「先生に言ったって『そんな派手な格好をしてるからだ』『夜遅くまでバイトしてるのが悪い』って言われて説教されるのがオチだし……警察だって、実害がないと動いてくれないでしょ? お母さんには、これ以上心配かけたくないし……」
――頼れる大人が、どこにもいない。
学校からも、家庭からも孤立し、たった一人で得体の知れない恐怖と戦っている。
「だから、大丈夫! うち、見た目は派手だし気合でなんとかなるって! まひろを巻き込んじゃったら危ないから、この話は忘れて!」
リオは無理やり満面の笑顔を作り、俺の両肩をポンと叩いた。
「じゃ、また明日ね! 今日は楽しかったよ、ありがと!」
そう言って、リオは改札へと足早に吸い込まれていった。
背中を丸め、どこか周囲を警戒しながら歩くその華奢な後ろ姿を見送りながら、俺の胸の中には重くて冷たい塊が居座っていた。
(……大丈夫なわけ、ないだろ)
いつも俺の前に立ち、世界を広げてくれた恩人が、あんなに震えているのだ。
ただの引きこもりで、非力な女子高生の身体になった俺に、何ができるのか。
改札前で立ち尽くしながら、俺の頭の中は急速に回り始めていた。