元引きこもりのTS転生美少女と素直になれない一軍ギャル〜勇気を出して助けたら恋人になっていました〜 作:あかぱん
「……に、逃げ……た……?」
アプリのサイレンを止めると、路地裏に静寂が戻ってきた。
男の足音が完全に聞こえなくなったのを確認した瞬間、全身から一気に血の気が引いた。
ぷつん、と張り詰めていた糸が切れる。
「ひゃっ……!?」
膝の力が完全に抜け、俺の身体は重力に従ってストンと地面へ崩れ落ちた。
アスファルトにへたり込み、荒い息を繰り返す。心臓が胸を突き破りそうなくらい暴れていて、両手はまだ小刻みに震えていた。
(怖かった……! 死ぬほど怖かった……!! 前世でも今世でも、あんなデカい声出したことねぇよ……!!)
遅れてやってきた恐怖とアドレナリンの切れ目に涙目になっていると、背後からぎゅっと、温かい体温に抱きしめられた。
「……まひろ……っ!!」
「わっ……!? リ、リオちゃん……!?」
リオが後ろから俺の首元にかじりつくように抱きついてきた。
ぎゅうぎゅうと強い力で抱きしめられ、肩口にぽたぽたと温かい雫が落ちてくる。
「バカ……っ、まひろのバカ……! なんで来たの……!? あんなの、まひろまで危ないじゃん……っ!!」
「だ、だって……リオちゃん、一人でずっと怖がってたから……」
抱きしめられたまま、俺は消え入りそうな声で答えた。
「私、運動もできないし力もないけど……リオちゃんが困ってるのに、見ないふりなんて絶対に嫌だったから……」
「……っ」
リオの腕に、さらにぎゅっと力が込められた。
普段の教室では、男子を相手に毅然とした態度を崩さず、大人たちからの偏見にも平気な顔をして笑っていた女の子。
そのリオが、俺の背中で子どものようにしゃくりあげて泣いている。
「……怖かった……っ、すごく怖かったの……っ」
「うん……」
「誰も助けてくれないって思ってた……。なのに、なんで……なんでまひろが助けに来てくれんの……っ」
いつも「守ってあげる」と言って俺の前に立ってくれていたリオ。
けれど今、この瞬間だけは、俺が彼女の支えになれたのだと実感して、少しだけ鼻の奥がツンとした。
どれくらいそうしていただろうか。
ひとしきり泣いて落ち着いたのか、リオはぐすっと鼻をすすりながら、ゆっくりと身体を離した。
目元を真っ赤に腫らしたリオと、視線が真正面から絡み合う。
「……まひろ」
「な、なに……?」
リオの瞳が、じっと俺の顔を見つめていた。
その瞳の奥には、恐怖の涙だけではない、熱っぽく揺れるような光が宿っている。
(……え? リオちゃん?)
リオの視線は、普段の「可愛い友達を見る目」とはどこか違っていた。
さっきまで震えていたはずのリオの頬が、今度は別の理由のように朱色に染まっていく。
胸の奥で、トクン、と大きく跳ねる音が聞こえたような気がした。
「……まひろってさ」
「う、うん」
「……声ちっちゃくて、おどおどしてて、守ってあげなきゃって思ってたのに……」
リオは自分の胸元をぎゅっと押さえながら、照れくさそうに、でもどこか切なそうに視線を泳がせた。
「さっきのまひろ……めちゃくちゃ格好よかった……。あんな風に庇われたら、誰だって……ドキドキしちゃうじゃん……」
「えっ……?」
予想外の言葉に、俺の思考がフリーズする。
格好いい? 俺が? ただガタガタ震えながら大声でハッタリかましただけなのに?
ぽかんとする俺を見て、リオは恥ずかしさを誤魔化すように「あーもう!」と立ち上がり、乱暴に涙を拭った。
「決めた!! 今日の命の恩人には、最高級のパフェを奢る!!」
「え、パフェ……?」
「そう! うちのおごり! 駅前のファミレス、まだ開いてるから行くよ!!」
リオはそう言うと、地面に座り込んだままの俺に向かって、スッと右手を差し出してきた。