「ご利用有難うございました。良い運がありますように」
ガチャッ バタン…
タクシーから降りると、煌々と輝くホテルが姿を現した。宵の闇に漏れ出す光と喧騒が、その建物がただのホテルではないことを知らしめている。
「良い運かぁ…ソシャゲに持ってかれてないといいけど」
アジア最大の賭場であるマカオ。そこにおける最古参で最大手のフィールドが目の前にある。
「とりあえず記念撮影、っと」
ホテルを背景にスマホで自撮りして、SNSに一言添えて投稿する。
【学生最後の夏休みを賭ける!ドレスコードも遵守で、過去最高にシャレてまっせ?】
あまり褒められたことじゃないが、私はかなり本気で賭けをしようとここに来ている。
旅行資金をここで賭けて、増やすことができれば旅行延長、ヨーロッパの方まで足を伸ばす。負ければ旅行終了、最低限残した資金で日本へ帰る。
私の大学4年生の夏休みは全て運にかかっているという訳だ。何、女子一人で旅行は危ない?いや、誰も力士のようなJDなど襲いはせんよ。
「さて、戦場へ参ろうか…」
自らを奮い立たせ、ホテルのロビーへ足を進めた。
煌めきと高揚…天国と地獄…
感情の残り香がかすかに残る…
ロビーより先の出来事は、一瞬にして記憶から消え失せた。
次に目覚めたとき、視界を占めていたのは、燃えるような朱に染まった空と、不自然にそびえ立つ巨大な石造りの壁(ファサード)だった。
マカオの象徴、聖パウロ教会跡(大三巴牌坊)。火災で焼け落ち、正面の壁だけが残されたその場所は、まるで現世と異界を隔てる「未完成の門」のようだった。
「よく寝れたか?」
頭上から降ってきたのは、低く、どこか心地よいハスキーな声。見上げると、ファサードの最上部、聖母像のすぐ傍に一人の男が腰掛けていた。
もじゃもじゃの髭、肩まで伸びたウェーブがかった髪。白いラフなローブを纏い、手にボトルワイン。満点の聖者コスプレだ。
「皮肉だよなぁ?焼いたワインをもたらした盟主が、誇りを焼かれるなんてよ?」
ぽんぽんとボトルの側面を叩き、彼はボトルをグイと一あおりする。美味そうに袖で口を拭い、直後、壁の上から飛び立った。
「サークーラーー…メントーッッス!」
宙でクルクルと回り、3点で接地する…いわゆるスーパーヒーロー着地。膝に悪いはずのモーションに砂埃一つ立てず、彼は私の目の前に立った。
「えっと…ワタクシは死んでしまったのでしょうか?」
「ご明察。アンタ、賭けで勝ち過ぎたばかりに、秘密裏にキュッと…ね」
「ロビーに入ってからの記憶がないので、そう言われても…もしや慰み者に?」
私は試合に勝って勝負に負けたのか…いや、記憶がないから判定できないな。ん?溜息ついてるが、どうしたんだろう?
「それは…アンタは覚えていないほうがいい。あいつ等がモトを取れることをした、とだけ言っておこう」
「あ、じゃあいいです」
「ま、呑んで忘れとけ。マカオの景勝にゃ相応しいだろ?」
飲んでいたボトルを掲げ、呑兵衛しぐさで差し出した。ぐいと呑むなり、内臓の構えを大きく崩す…暴力的なまでの甘みと芳醇な果実の香り、そして強烈な度数。
「キツ…甘ッ…!」
「でも美味い?」
「あと引くやつっすね、美味しい」
原因不明の客死に冬眠していた五臓六腑をたたき起こした。ポートワインというやつだ。それもかなり上質の。
「強く投げた賽は遠目じゃ全くわからない。だが、その分掛け甲斐がある」
そう言うと、懐から見覚えのあるものを取り出した。透明な円筒、中には三つのサイコロがある…マカオで愛される博打「大小(シックボー)」のシェイカーだ。
「シックボー?」
「そう、いい音なるよな」
男はそれをマラカスのようにシャカシャカと振り始め、軽快なリズムを刻み出す。
「博打にはな、酒と音楽が必要ってものだろ?」
男が朗々と歌い始めたのは、聞き覚えのある旋律だった。
『バーバー イェッツ イェッツ リエー…』
文明盛衰の賛歌、『Baba Yetu』。私は驚き、そして酒の勢いも手伝って、笑いながらその歌に声を重ねた。
『ビングーニ イェッツ イェッツ アミーナー…』
マカオの夕焼けの下、多文化が入り交じる壁の前で、聖者(仮)&さまよう女子大生が奏でる奇妙なセッション。
歌が最高潮に達し、太古より人を結ぶ言語『歌』として溶け合った瞬間、男の手の中でサイコロの筒が眩い光を放った。
「これは……私の数取り器?」
光が収まったあと、そこにあったのは見慣れたカウンターだった。押すと数字が上がってカチッと鳴く…シンプルだが換えの効かない鳴き声なのだ。
「ああ、だがそいつは数えるだけでは終わらない。数えた数を…解き放つ」
「リセットするとなんか起きると?」
「ま、やってみな」
慣れた手付きでカチカチ押してみる。カチカチ、カチカチ…電車やバスを待つとき、微妙な待ち時間を埋めてくれる音だ。
2拍を5回、【10】の数字をメーターは指している。恐る恐るツマミを捻り上げてみると…
ガシャッ!キリキリキリ…!
メーターが引っ込み見えなくなった。そして猛烈な勢いで回る音が響き…いきなり、メーターが初期値で顔を戻す。
【10カウント : アナライズ習得】
「うわ〜ぉ…典型的なラッキーガールじゃぁないか」
「何ッスかこれ?」
「まぁなんだ、次のテーブルのルールで、かなり強い役がもらえた…そういうことさ」
顎髭をフサフサといじり、眉をひそめてこちらを見つめている。値踏みか好奇心かはわからないが、さっきのは割と跳ねた出目だったのかも知れない。
「…よし、次は9カウントでしてみな」
「うっす」
カチカチ…
押して、ひねりあげる。
ガシャッ!キリキリキリ…!
(何が出る…?)
【9カウント:絶不調(90分)】
「不調?…ぐうッ!?」
視界、内臓、足元、全てがそれぞれの意味で『グニャリ』とひずんでいく。耐えられず地に両手をつき、体を支えながら倒れふした。
「また死んじまうっての…」
「やっぱハードラックもデカく跳ねる…面白い奴だよ。」
「なんてことだ…もう助からねぇ…」
「オーバーリアクションはカジノじゃご法度だ…さ、ディーラー共がお待ちかねだぜ?」
にやりと笑ったかと思うと、不敵な笑みが一瞬映り、またもや暗転した。
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一つだけ言っておこう…さっきのセッションで、お前さんは『スペル(綴り)』から解き放たれた。あらゆる存在と意思が交わせる…良くも悪くもな…
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