「おーい…生きてんのかぁ…」
むにむに…
妙に柔らかい触感が顔に当たる。
「んうぅ…母さん…就活は終わってんだから…」
「何言ってんだ。そこ邪魔だって…」
げしげし…
「んん?」
目を開くと、狭い青と白い枠が見える。路地裏で仰向けに寝ているようだ。
「目が覚めたかぁ?俺の寝床で勝手に寝やがってよぉ」
「しゃべる黒猫!?月にかわってシバかれるの!?」
にゅっ、と視界に黒猫が現れた。自分の寝床だと不満を漏らしているようだ。
「ぬぅ?言葉が通じ…てそうだな。やっとテイマーに巡り会えたのか…」
目つきが変わった…しゃべる上に人間じみた顔をする猫だ。
「ほらさっさと起きてくれ。俺の布団がヘタっちまう」
「ああ、すまんすまん」
起き上がって下を見ると、無数の布切れが押し固められていた。ここに送られた私を、猫の寝床が受け止めてくれたようだ。
「うわぁ…ぬぅぅぅ、俺のベッドが…」
「…悪いね、黒猫ちゃん」
猫は寝床に駆け寄るなり、ガクリとうなだれた。布切れをほぐす小さな手が、ポフポフと寂しい音をたてる。
「お前テイマーだろ?なぁ?」
「言葉は通じてるっぽいけど、多分違う…」
「そうじゃなきゃ話せねぇよ、ガキ」
「ガキ…?いや…うん?声が?」
見下ろすと、そこにはやや太めの少年の手足が有った。髪を触ると、サラサラでツンツンの手触り。
「オーマイゴッド…まさかなぁ…?」
近くに窓を見つけ、覗き込む。そこには、銀髪のイケメン少年が映っていた。背が低めの中2ぐらいといったところか。
「美少年だ…!まごうことなきイケメン男子、発育もほどほどで栄養バランスがいい」
夢女子の願うこの上ない容姿。美少女など到底いたらぬ輝きをもつ男子である。
「なーにをぶつぶつぼやいてるんだ、ナルシストさんよぉ、そろそろいいかぁ?」
猫が怪訝な顔つきでこちらを見ていた。
「腹減ってんだ、なんか食わせろ」
「餌のようなものは持ってないねぇ…それに無一文だし」
「もしや不法移民か?それとも捨て子か?身なりからは分からんね…」
妙に知性のある猫だ。言葉が通じれば野良猫ってこうなのか?というより、言葉が通じるのは…なんでだ?さっきのよくわからない脳内アナウンス…によるのか?
「名前はなんだ?ツラからしてジパング人だろうが」
その人種は日本人…なのか?多分そうだろう。そうしておこう。
「ああ、わた…俺はカズミ・ハカルだよ」
「ハカルだな。俺は…あぁ…トムと呼んでくれ」
なんか誤魔化したな、今の。うーむ、疑念が膨らむばかりだ…そういえばアナライズとか言うスキルを獲得したっけ。
(どう使うんだ…?むむっ、アナライズ!)
【名前:トーマス・アーサー・ログレス】
・称号:ログレス王家、双子、失格者
・ステータス:猫化(永続)
・………
「ん?ログレス?」
「おお、やっぱりそっちだったか」
シュタッ…
突然、トムの顔が目の前に現れた。首に鋭い圧迫を感じる。爪で組み付かれたようだ。
「な!?」
「偉い奴らだ、全く。こんなアジアの果てまで探しに来るとはねぇ」
「くっ、ぐぅぅ…ち、ちが」
剥かれた牙が首に迫る。このままだと、弁解の余地無く掻き切られそうだ。
(一か八か、これに賭けて…)
ポケットの中に手を入れ、カウンターを連打する。悪い結果を思い出すが、今はつまみを回すしかない。
ガシャッ!キリキリキリ…!
【11カウント:落雷(単発)】
ドッシャーン!!
すぐ横の建物に雷が落ちる。とんでもない轟音に耳がキーンと遠くなる。人より耳が良いのであれば、耐えられない音量だ。
「んなぁああ!あぁぁ……」
迫っていた顔が痙攣し、視界からフェードアウトする。どうやら今回の賭けには勝てたようだ。
「まったく、酷い儲けだ…」
爪が立っていた所を触ると、へこみがついているだけ。血は見ないで済んだ。
「んにょぅ〜…」
「ハァ…私、愛猫家なんだけどなぁ」
足元からうめき声が届く。爪を出したまま伸びているトムからだ。鼓膜がやられていないといいが…
「さっきのアナライズからして、おそらく幸薄な被害者なんだろうな…」
いろいろとこの世界の知識は持ってるだろう。それに、頭のいい猫というのは色々役立つかもしれないし。猫好き故の言い訳かも知れないが…
「…ネコと和解せよ、ってね」
うにょんと伸びたトムを抱え、優しく寝床に横たえる。きっと起きるまで待てば、敵意がないと信じてくれるだろう。
(それまで、ちょっと試してみるか…)
ポケットからカウンターを取り出す。8カウント程度なら、悲惨な結果にはならないだろう。
(私はやっぱり、ギャンブル好き…いや、中毒者だな)
カチカチとカウンターを押しながら、ソシャゲやメダルゲーのことを思い出す。ああ…賭け狂うは人のサガよ。
(つぎは何が出るか…?)
キリキリキリ…!
【13カウント:カウンター改修チャンス】
「カウンター改修?…っ!?」
スロットの演出かのように、カウンターが表示されたままフル回転している。そして、急にAとBの字が不自然に宙に現れ、ボタンのように縁どられた。
【選んでください】
「当然、Aだッ!」
パチ屋でボタンをぶったたくようにAを殴りつける。勢いが大事なんだぜ、こういうのは。
【Congratulations!】
手の中からモノの感触がなくなり、慌てて手を見直す。カウンターが透け、残った輪郭が拡大していく。
「これは…懐中時計?」
透明な丸い輪郭が長いチェーンを下げて実体化する。チェーンで首から下げられる懐中時計の見た目で、カウンターが画面上側にある。
「カモフラージュになる訳か。イケメンと懐中時計、ね…」
これは映える、間違いなく。ああスマホがないとは勿体ない。
「フガフガ…にょ〜…?誰だお前」
「トーマス君、起きたかな?」
「ぬ!?捕まっちまったのか!?」
「5分くらい?かわいい寝顔を見てだけだぞ」
首元から時計を見せつける。ちなみにこいつはかなりの美猫、確かに可愛かった。
「どっかの王子様らしいけど、それはアナライズで知っただけ、な?」
「ア、アナライズ持ちなのか?テイマーなのに?」
「だから違うんだっての」
こういうのは最初は教えないのが定石だけど…いや、とりあえず色々聞いてみるか。
「変なこと聞くかもだけど、そういうスキル?みたいなやつのこと教えてくれないか?」
「はぁ?…何のこと言って…そういやお前何歳だ?」
「ああ〜…歳もわからないんだ。記憶喪失ってやつで、目が覚めたらお前の寝床なわけ」
(ありきたりな答えながら…この世界の知識なぞ皆無、記憶喪失で正解だろ)
トムが怠そうに、くしくしと顔をこする。面倒なやつに会っちまったと、しっぽが地面を力無く叩いている。
「いや〜、悪いね。礼に食い物でも差し出せたらいいんだけどさ…ちょっと待てよ?」
ここで、カウンターにかけてみよう。どうせ今どうなろうと、トムがいるから多分大丈夫。
カチカチカチカチカチ…
直感を信じ、リュウズ部分を長押しする。
ガシャッ!
【5カウント:干し肉500g】
ドサッ!
目の前の地面に紐でくくられた何かが出現した。メッセージから察するに、なにかの干し肉のようだ。
「トム、やったな。干し肉ゲットだ」
「…ぬぁ!?何やったんだよお前!?」
「ギャンブルの賞品ね。ハイリスクハイリターン、チャンスは無限大」