「ぬぁ〜もういいや。で、なんの干し肉?」
トムが疲れた顔で干し肉に近寄る。鼻を近づけ、正体を探るように目を閉じる。
「アナライズ、っと」
【ビーフジャーキー(無添加)】
原産地:アメリカ東部
「アメリカ産ビーフジャーキー、無添加だとさ」
「おお、じゃあ食えそうだ。もらっていいか?」
「どーぞ、授業料の先払いな」
トムは返事を聞くなり、くくられた束から一本引き抜いてかじりついた。クワクワと硬い音を立てながら、美味そうに平らげていく。
「んで、何を聞きたかったんだっけ?」
「まあ、色々聞きたいんだけど…とりあえずここは何処なんだ?」
「ここは香港の九龍、アジア最大の港町さ。大量の物と人が集まるトコロだ…むぐむぐ…」
「香港?マカオじゃなくて?」
「マカオ?一体どうして…子供がスコラ商会の極東支部に何の用があるんだ?」
ジャーキーを咥えたまま、急にトムが顔を上げた。知っているマカオとは違う場所のようだ。
「は?スコラ?なに?」
「むぐぐ…はぁ、あのなぁ…言葉以外の記憶がホントにないんだな」
「悪かったな、バカで…」
「ボード関連を取り仕切ってるやつらさ。あいつらのせい…おかげで、俺は猫の格好で放浪してるわけ」
「ボード…ってなんだよ?」
トムがウンザリといった風に手で顔をこする。常識すぎることを聞いてしまったのかもしれない。
「あー…うーん…知らないか…。とりあえず手の平どうしを近づけてくれ」
「こう?」
自分の手のひらを合わせるように近づける。
「そう。で、手から青い液体を出そうとしてみてくれ。手と手の間を満たすイメージでさ」
「液体…ね」
恐らく魔力的なやつだろう。秘めたる中二心を湧き立たせ、手の内に流し込む。仄暗い二次性徴の記憶が目を覚まし、鮮やかな色に変わっていく。
(んん…?)
格好だけに終わった記憶のそれとは違い、手の内に光が揺らめいた。優しく暖かな、青い灯り。
「よし、それを掴んでみろ」
「掴むって、えぇ…液体を?」
水は、掴めません。水はすくうのです…とかなんとか。
ムニッ
(おお?)
皮膚が柔らかい感覚を捉える。指でムニムニと変形する、スライムみたいな触覚だ。
「エーテルっていうんだがなぁ。それをグッと横に引っ張れ」
言われたとおりに引き伸ばす。
ズモモモ…!
手の中で不自然に大きくなっていく。伸ばす方向以外にも縦に広がり、最後には正方形を形作った。
「ボードの完成だ。ん…?本当に初めてだったようだな。洗礼が掛かっていない」
「そんな、あたしゃ無宗教なんだけど」
「はぁ…まぁいいさ。ちょっと失礼」
トムがピョンと左肩に乗ってきた。ほんのり獣臭と温もりが顔にかかる。
正方形の板には英語でアナライズと刻印された、大きなカードが張り付いていた。ほぼ全面がそのカードによって覆われている。
「で、これってなんなの?カードっぽいのが引っ付いてるけど」
「ふむん…やっぱりアナライズで容量一杯だよなあ…でもテイマースキルがないのに…」
「な?俺はテイマーじゃないんだ」
「…ああ、お前は異端だ。噂に聞く、禁忌の方法で追加のボードを持ってるんだろう?記憶もその副作用か、過程でヘマして消されたか…」
(なんかヤバい奴だと勘違いされてるねぇ…)
どうやら、ボードは原則1枚、ヤバい方法なら増やせるという感じのようだ。なるほど、どおりでアナライズとテイマーの両立に驚いたわけだ。
「いやいや、なにか勘違いしてないか?そもそもエーテルってものが何か知らないんだが…聞いてもいいか?」
「…エーテルってのはな、お前の魂の血だ。血と同様、いろんなモツを流れて動かしているし、減りすぎれば死ぬ」
「ほーん…で、このボードってのもエーテルが流れてるわけか」
「そういうことだ。…ところで、俺をアナライズしたときになんて出てたんだ?」
「うーん…項目が多いからなぁ…」
アナライズをすると、画面のようなものが出る。トムにもう一度アナライズを掛け、画面を出してみる。
手を伸ばし、その画面を手で触ると…さっきのボードのように掴むことができた。
「おっ?やっぱりか。こんな感じだけど見えるか?」
「あぁ、急に出てきたな。うーん…ぬうぅ、素性は完全に筒抜けになってんなぁ…ログレス…はぁ…」
ログレスって、たしかイギリスのことだったっけ?てことは香港の元宗主国だな。
…コッチの歴史ではどうか、そもそもコッチが元の世界のいつ頃にあたる情勢かも分からんが。
「猫の王子様、なかなかにロマンスある逸材では?それも、太陽の沈まぬ国、ログレスってね」
右手で額を抑え、くしくしとこする。何か頭から追い出したいように。
「もう地位はねえ、ただちょっと生意気な野良猫なんよ。獅子の家紋も…その威厳は皆無の子猫さ」
「じゃあ何で襲ってきたのさ?殺意あふれる首締めだったぞ」
首締めじゃなくてブスッと掻き切る方だったかもしれないが。
「やらなきゃやられる。それが、商会に逆らった者の定めだからな」
「逆らうって…そんなヤバい奴らに?なんで?」
「それはな…ぬ?」
トムが耳を立たせ、路地裏の奥を睨みつける。自分には何も見えないし聞こえてこない。
「誰か来そうだぜ、ちょっと場所変えようか。肉を忘れんなよ」
「ええ…これどうすんのさ。こんな大量に」
「これから行くとこへの土産さ」
言われるままに、くくり紐をキュッと締め直して持ち上げた。
「えっ、あぁ…でもどこ行くんだ?」
「ひと目を撒けて、食い扶持も転がってるトコだ」
「そんな都合のいいトコがあんのかよ」
「コーヒーハウスだ。目覚ましの一杯から儲け話まで、ってな」
んん?コーヒーハウス?ああ、なんか世界史の授業に出てきたような…でも子供が入れるのか?
「俺はそこの常連の招き猫なのさ」
「あーなるほど…アイドル猫か。賢い猫は好かれるからな〜」
「ああ、情報も飯もそこで調達できる。お前の顔なら給仕くらいはイケるイケる」
イケメンてのは、いつの時代も生きるのがラクなんだなって。
入り組んだ路地裏を抜け、トムが表通りを先導して歩く。
「さっきの続き聞いてもいいか?」
「…お前、わかってないな?」
「はぁ?」
「テイマーってのは貴重なんだぞ?俺に話しかける奴はコーヒーハウスにもいるが、こっちの言葉は一つも伝わらねぇ」
そ、そうか。今の俺はネコに話しかけているんだった。ネコを可愛がってるだけ、と見られると思うんだけど。
「まぁいいか、お前は子供だし。ちなみにテイマーは、ログレスにだって100人いるかいないか、そんなレベルだ」
「そ、そんな、絶対音感とかより珍しいのか…」
「ああ、まぁ…ケタが違う。テイマーは商会でも滅多に出回らないし、新聞沙汰の競売になる」
というか出回るとかって、どういう事だ?スキルとかを渡したり売買できたりするのか?
「なあ、スキルとかって売ってるのか?」
「…ああ、売ってるさ。人の持ち札であるスキルを、商会はカネで売買しているんだ」
「ん?スキルって渡せるのか?」
「そうだ。本人が自分の意思でボードから引き剥がしたら、な」
なんとまぁ、システム化された仕組みなこった。これは貧富の壁が厚くなるな。
「そいつは穏やかじゃないな」
「まぁ、手札さえ知られなけりゃ大丈夫さ」