「さぁ、ついたぜ。コーヒーハウス、ソート&スートだ」
「めっちゃ混んでる…」
コーヒーとタバコの匂いに包まれた異様な空間が、表通りの一角にあった。オープンテラスは満席、入り口の横にはコーヒーの木が植わった鉢が並んでいた。
「…あそこに入って行けと?」
「ああそうさ。鑑定持ちの孤児が、飯と仕事探しでやってきたって事で通すんだ」
トムはピョンと肩に飛び乗ってきた。死ぬ前に就活終わったばっかだったのに、また就活すんのかぁ…
「坊や、ここは子供にはちと早い…って、オスカーじゃないか。懐くなんて珍しいな?」
「コーヒー問屋のオヤジ、ケマルだ。トルコ訛りのログリッシュを話す、コーヒーには砂糖たっぷり」
(ログリッシュて…英語…?なんだろうな)
ガキにはませた場所だと、太目のおっさんが近寄ってきた。おそらく今のプチ情報は、私以外には鳴き声にしか聞こえてないんだろう。
「あー…俺、その、大きな不幸に遭って。泣いてたら…こいつが隣にいたんだ」
「ほほぅ…あいも変わらず不思議な猫だ。坊やはコーヒー、飲んだことあるか?」
「え?うん、まぁ…」
「なるほど、ということはそこそこの家の出なんだな。まぁ、とりあえずマスターにあってみな、お達者で」
手に持ったキセルでカウンターのほうを指し、ミシミシと音を立てながら元いた煙たいテーブルに戻っていった。
「お前、コーヒー飲むのかよ?」
「まあ、人並みには?みんなは飲まないの?」
「手間がかかるし、平民はわざわざ飲まないってだけだな。俺にはあれは泥水だ、紅茶がいい」
(ログレス王家は伊達じゃないってか?)
やや暗い店内の奥、カウンターに近寄る。やはりというか、このボディではカウンターのテーブルが目の高さとなる。
「ガキにはあわせてねぇよ、おとなしく椅子によじ登るんだな」
トムは肩からカウンターに飛び移り、高みからこちらを煽る。その椅子というのも、微妙に高さがあるのだ。
「猫はいいよな、人並みの高さは普通に飛べるなんてさ」
ぽいとカウンターにジャーキーの束を投げ、両手で椅子によじ登る。小さくても男児の体、力はそれなりにあって助かった。
「おやじ、今日も来てやったぜ!」
「毎日来てんのかよお前」
「…話が通じる風には話すなって」
(そうだった…いまのは普通に鳴いただけなんだよな)
トムがバックヤードに向けてやや大きめに声を投げた。周りから見れば鳴いただけ、だけど。
「おお、オスカー。今日も来てくれたか…って、その子供はなんだ?」
メガネをかけた、ベストとネクタイの似合う中年が奥から出てきた。推理モノにはマストなキャスト、とてもダンディだ…
「えっと…その…仕事探しです。今日のねぐらもないんです」
「おや、ワケアリかい?ハンサムなのに哀れなこった」
カウンター下からふたつのカップを取り出し、目の前に並べた。背が少し低く、平たいモノ、背が少し高く深めのものだ。
(ティーカップとコーヒーカップ…だっけ?)
「なに、ここではどっちのカップが正解かわかればいい。それで資格は十分だ」
恐らくはコーヒーの方を選べというとだろう。
「じゃあ、こっちで」
迷わず背の高い方を指差した。
「いいセンスだ。」
マスターは金属製の筒をカウンター下から取り出し、カポッと開ける。香ばしいナッツのような香りが漂った。
「おお、南米系…」
「ほう、そこそこの嗜みがあるのか…」
(意識高い”系”JDの嗜みだ。もちろんここまでであり、細かい産地は全くわからないがな)
「ドブ汁の違いなんて何もなあなあやろがい。それよりおやじ、ミルクくれや」
トムが悪辣なことをボヤいてるとは知らぬだろう。マスターはカシャッとフタにひとすくいの豆を出し、ミルに入れた。
「オスカー、意外な上玉だぞこの少年。あとは…」
「クチが立つかだな」
ホー…とおもむろにマスターの頭にハトが出現してひと鳴きした。
ハトは、ログレスの国旗だろうか、青色背景にライオンをあしらった旗を咥えて投げ…
緑と赤、左寄りに盾っぽい紋章の旗を咥え上げた。これは…ポルトガルだっけ?
(ん、幻覚か…!?いや、もしや…?)
ふと、トムの方をちらりと見た。首を傾げ、マスターの顔をぽかんと見つめている。ミルをキコキコと回す音から耳をそらしつつ…
「あ、なんて言った?急に何語話してんだ?ログリッシュじゃないのはたしかだけど…」
(言葉を変えたってこと?口が立つって…)
「クチは立ちますけど…」
「聞き取れはしてるようだが、話せないか?」
マスターは少し残念そうな顔をして、ミルから挽きたての粉を小さな鍋にいれた。
「ええ…?」
(言葉が通じるっていったって、なぁ…?)
英語を口から出してるだけのようだ。切り替え、言語変え?スキルでもないのに、そんなの…
やけくそでハトの咥えている旗に、イメージで手を伸ばしてみる。すると、スッと脳内でキュルルルと掲揚台の上がる音がした。
(ん、いったかも?)
「ええ、もちろん…甘いものも好きですよ」
「!?随分とまあ流暢な!いい教養を感じるじゃないか〜」
今までの冷めた顔から、急に暖かみのある笑顔に変わった。こっちが母国語なのか、言外に方言じみたナニカが伝わってくる。
「いやいや、急にお前まで何を話して…やいハカル、記憶喪失なんじゃなかったのかよ!」
どうやら、トムは人の話すログリッシュが通じているだけだったようだ。トムの頭の上にログレス国旗を咥えた猫が現れ、毛を逆立てて威嚇している。
トム本人はイカ耳でじっとこちらを見ていた。
(意思疎通の警鐘的な…副次効果、みたいな?見えてるのは自分だけっぽいし)
「じゃあ、砂糖は?」
「おすすめの通りで。」
「そうこなくちゃな」
鍋に砂糖をやや多めに入れ、ヤカンから水をそそぎ、いつの間にか火がついていたコンロにかけた。
「言葉の数だけ、稼ぎが増える。それが港町さ。ウチのとこに居てくれりゃ、心強い」
おもむろに、マスターのハトがスッとログレス国旗を上げ直した。
「あ、何話してたのさ、おやじ」
トムが疲れた顔で鳴く。それを横目に、マスターは目を細め、遠い目をしながら、
「ま、そんな使える奴は…早々に上客にスカウトされるだろうがな。ルーゾは意外と貴重だ…」
「ルーゾ?ああ、ルシタニアのか…うちのババアが話せるらしいが、アホな俺は話せないわ」
(自分も、こうやってやらなきゃ無理なんよなあ…)
自分の中で上げてる旗を変えるイメージをし、ログリッシュにもどした。