なんでもいいから、金が欲しい
平穏を脅かす存在が私の前にいる。家族を皆殺し、死後も陵辱の限りを尽くしたソレから逃げようと、窓からバレないようにバイクで逃げたい。息を切らし、普遍的な景色が今は地獄だ。ハァハァと喘ぎながら跨り発車しようとした時に転けてしまう。何を考えていたのかはわからないが、パニックになっていたんだ。
ソレがもうここまで来ている、ソレは仲間を見捨てた私を断罪しに来ている、ソレは私にも同じ末路を辿らせようとしている。そういった考えが頭を支配し、鍵を挿入していないことが原因であることに気がついていないマヌケは「すぐ傍にソレがいる!」という妄想に駆られていた。逃げろ
最近は野犬が出たんだと思う。本土に狂犬病患者が、しかも都市部で。患者の渡航歴はなく、彼は公僕だった。ニュースで見た時は瞳孔が開き、これはテロの1種ではないかと考えたこともある。しかし、今の私の考えは違う。これは前兆だったんだ、先程見たあの景色よりもアドレナリンが出ている。
あぁ私はどうしようもないほどのゴミだ
太腿に激痛が走りながらも、人々が集まっているシャクシャイン像がある場所まで逃げきれた。思わず倒れ込み、奇声に似た歓喜の声をあげ、狂っている自分を誇りに思いながら首の力を抜き、反対側の景色をふと見てみるとソレがいた。
ソレは深い翠の肌をしていて、ソレは地面を這うように歩き、ソレは随分と長い腕の先にある手に人間の頭を収めていた。その頭が私の家族であったことに気がつけない。狂気で塗り替えられた私の思考はソレと会ったことに深い悦びを感じていた。
今なら殺せる、根拠などどこにもないのに私は今、こいつを殺せる確信があった。武具などどこにもない、理外の存在には武術など通用するはずがない。でも、何故か殺せるはずなんだ。
四肢と鱗に翠の亜人、通称深きもの。魚もどきは体重を前に乗せながら腕を大きく振りかぶり、その空間を削り取るかのように振り下ろす。私が後ろに下がって避けると今度はフェイントを入れながら、抉れた爪で刺しに来る。あまりにも……知性のある戦い方だった。
蹴りに対応できずに瞼を切り裂かれ、眼球が露になる。痛みが顕著になっても私は笑っていた。しかし、無鉄砲という訳では無い。丸腰で勝てない、リーチがまず足りていない、センスが違う、根本的な能力が違う、何かないと私は負ける。それは分かっていた。
しかし、ここら一帯は片手で投擲できるサイズの小石やボランティア活動している人が使っているイメージがあるスコップもない。長物があれば、世界は笑ってくれる。そんな時、ふと視界の端に捉えたシャクシャイン像に取り付けられている刀を見つけてしまう。
ワンチャン抜けるかなと思いながら、力を入れる。わたしは勝った。
◆
化膿するかもしれないな、と呟きながら腐臭のする爪とこべりついた肉片を剥がしていく。穢らしい死体をどうするべきか迷う。市役所に持っていってもいいが、まず病院に……いや温泉か?
いやどちらでもない。まずはこの刀を返すべきだと思う。しかし、人間。1度手に入れたものは手放したくないのが性。戻さなきゃいけないとわかっているのに、偉人は尊敬しなきゃいけないのに、私は保身に走った。
このちょうど良い魚もどきの体内にいれよう。そうすればバレないだろう。よいしょと頭と恥部を切り、胴体だけとなった深きものにぐちゅぐちゅと臓物を潰しながら押し入れていく。余った手足を固く結び、リュックのようにして持ち運びやすくしたあと家まで歩をすすめた。
あぁそうだ、テレビをつけなきゃ。あの時に血がかかっていたのだろうか、テレビやテーブル、天井などにまで血が飛び散っていた。あそこにある小指ぐらいの大きさの穴はなんだろう。
いや、そんなことよりも、この世界にはバケモノが潜んでいるらしいんだ。私のように被害者はいないのかと仲間を探すため、ヌルヌルとしながら軽い弾力のあるボタンを押すと、直ぐに映像と音が流れ出す。しかし、そこに映っていたのは私の家だった。テロップを見ると、
「原因不明の家宅崩壊か、行方不明の徳井 幸さんの行方は?」
「警察は徳井さんの行方を調べています」
…………警察に捕まることの恐怖で私は正気に戻る。そして、結局は戻っても戻らなくてもきっと気がついていた真実に辿り着く。
何故ここに警察がいない。ニュースにもなっているんだろう?それならば1週間程は事件が解決しようがしまいが張り込むはずではないのか?
そしてテレビも何故それを報道しない?各局のカメラマンが黄色のテープの外側から乗り出すようにしているあの景色を私は何故見なかった?
その時、私の考えの信憑性が増していく。テレビでマスゴミと警察の失踪が今、騒がれた。そして、違和感があったことにも今、気がつく。これは妻と子供の血痕の量じゃない。あまりに多く、乾ききっていない。本当に今、殺したみたいに。
恐怖に苛まれた私は後ろに向かって蹴りを放つ。しかし、ビュンと音を立てながら空を切る。何故?それは単純。彼の家族と警察&マスコミを惨殺した存在はここにいなかったから。しかし、疑ってしまったが最後。揶揄っているのだ、彼等は私のこの姿を見て嘲笑っているのだ、という妄想に取り憑かれた。もう一度狂いたくなる。
狂えないな、狂おうとしても私は。アレに身を委ねれば深く考える必要もなくなるが、私は人間でいたいとソファに身を沈める。あぁ疲れた、このまま眠ってしまいそう。
◆
眠っている私が見ている景色はある人物のある言葉と行動で消えてしまう。
「おい、起きろ!……起きるんだ!」
首をぐわんと後ろに倒しながら、閉じていた目をうっすら開くとそこには銃を額に突きつけている警官がいたんです。刹那の間に開き続けている瞼を警官は気がついてしまったんです。
「起きてんじゃねえか、カス」
彼はそう言って警棒を腹に突き刺す。口と目を大きくあけ、ゴフッと呻く。すぐさま、ソファの後ろに落ちるように仰け反る。
ガンと頭を打ち付けた音が鳴ると同時に警官はこちらにジャンプをして、私の臓物を瞬間的に圧迫した。しかし、私の汚らしい服のおかげで彼は滑ってしまう。這いつくばって、深きものバックまで行こうとしたら、継続的な圧迫へと変貌してしまう。
「こうなるのだったら、起きる前に押さえつけておくべきだった。もっと愚痴を吐きたいところではあるが、今はそんな時間は無い。簡潔に言うぞ、お前が盗んだシャクシャインのエムシを返せ」
「はぁ……はぁ、シャクシャインの刀だと?そんなものは知らないっ!」
「では、これはなんだ!」
彼はそう言って、お手製のリュックの中に仕舞っていた刀を取り出す。
「……私の蔵から見つかったものだ」
「?????そんなわけが無いだろう、そんな遺産を……先祖代々伝わってきた刀をこんな趣味の悪い加工した死体に入れるか!」
「うるっせぇぞ!緊急事態、ゴホッ、緊急事態だったんだ。こいつが、俺を殺そうとしたから取るしか無かった!」
「……まて、可能性の1つとして考えてはいたが、まさか使えたのか?」
「はぁ?そりゃ使えたから勝てたのであってね。」
「う…っそだろ」
警官はそう言ったあと、暫くスマホを弄っていた。いつまでこのままなんだと、聞くと彼は
「……シャクシャイン像があった場所で祈ったか?」
「祈るだぁ〜?そいつはなんだ、お盆みたいな感じでか?」
「それはーあれか?今年も見守っていてくださいとかか?
そうか……例えが幼稚園児並みのセンスだが、まぁ君が思っているニュアンスでいい。」
「まぁもっといい例えもあったけどね?」
「つづけるぞ、そのエムシは願いと反骨精神によって扱えるようになる。そしてお前の話を信じるなら、あの場所でこいつと戦い、生物としても差を無視して立ち向かったことからお前にも使えたんだ。」
……は?