希望に満ちた無知   作:ナインボールの使者

1 / 4
【1/4】

 

【1】

 

世界がまだストランドという未知の力に困惑し、その奔流をどのように御すべきか、誰もが手探りで模索していた黎明期。

 

男とその相棒である『ゴースト』は、シティの境界線、バンガードの監視網が薄れる無法地帯に佇む、建物の奥へと案内されていた。

 

静まり返った回廊を歩む、その男 ── 死を超越した光の戦士『タイタン』の装甲が、重たい音を響かせている。

 

腰に無骨に下げられているのは、テックス・メカニカ製のハンドキャノン、『ファースト・カース』。

 

歴史の彼方に消えたはずの伝説の銃。

それは精巧に作られた見た目だけのレプリカに過ぎない。

 

しかし、そのフレームには使い込んだ痕跡があり、彼がこの銃をどれほど大事にしているかが窺えた。

 

道中、ゴーストは端末に記録された通信データを虚空に投影し、その明滅する文字を眺めながら、どこか楽観的な電子音を鳴らした。

 

「楽な仕事ですね」

 

「非常に怒ってはいますが、じつに理路整然とした、丁寧な言葉遣いです。きっとこちらの言い分も、紳士的に聞いてくれますよ。ねぇ、タイタン?」

 

ゴーストはその文面の極めてエレガントな仕上がりから、依頼主の正体を『悪徳商人に騙され、パニックに陥っている、引退したライトベアラー』あたりだろうと推測していた。

 

【2】

 

たどり着いた最奥の部屋の扉が開かれる。

 

そこは、過度な華美さを排しながらも、洗練された調度品で上品に飾り立てられた部屋だった。

 

だが、奥に置かれた一脚の椅子を守るように、重装甲で身を固めたカバル兵たちが壁際に布陣していた。

 

「カ、カバル…!? なぜ彼らが此処に…?」

 

完全に計算を狂わされ、ゴーストのシェルが恐怖で細かく震える。

その緊迫した沈黙を破るように傍らに一機のゴーストを従えた、アルビノ ── 銀髪紅眼の美女が優雅な足取りで入室してきた。

 

人の手で造られた精緻な人形を思わせる、どこか無機質な美貌。

 

あまりの存在感に、ゴーストは硬直する。

 

彼女は、絹のような美しい銀髪にカバル製の貴金属細工の髪飾りを留め、高機能素材で作られたモノトーンのドレスを隙なく着こなしている。

 

「ようこそ、光の戦士。私はオル・アムラル。この武器庫の主人よ」

 

彼女は椅子に座り、にこやかに、鈴を転がすような声で言った。

 

しかし、微笑みが消えたのは一瞬のこと。

 

彼女の紅い瞳は、一転して冷徹な刃となってタイタンたちを射すように見据えた。

 

「ええっと…随分と丁寧なメッセージを書かれるのですね」

 

ゴーストは機械の身体でありながら、その場の空気が一瞬で氷結するような強烈なプレッシャーを味わった。

 

「あぁ、あれはナンニに代筆させたのよ。余りにも無礼な男だったから、淑女にあるまじき言葉遣いになってしまったわ」

 

「あれは罵倒と言うのです」

 

冷徹な声のトーンを崩さぬまま、彼女は傍らに浮遊する自身のゴースト『ナンニ』を鋭く睨みつける。

 

ナンニはピクリとも動かず、無機質に滞空している。

 

「もう少し、推敲されても良かったのでは?」

 

タイタンのゴーストが、その張り詰めた空気を和らげるように控えめに言った。

 

「私に」

 

鈴を転がすようだった声が、一転して重く沈む。

 

「そのようなことに。時間を割けと?」

 

今度は彼が睨まれる番だった。

 

ゴーストは縮こまる。

彼女は相当頭に来ているらしい。

 

無理もない、自分の抗議文をシティ中にばら撒かれたのだ。

 

「それで ── 貴方達は何の用があって、私に会いに来たのかしら?」

 

オルの声の響きは、それ自体が凍てつく凶器のようだった。

 

その言葉に呼応するように、守りを固めていたカバル兵たちが、一斉に巨大な銃口をタイタンたちへと向けた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。