【1】
世界がまだストランドという未知の力に困惑し、その奔流をどのように御すべきか、誰もが手探りで模索していた黎明期。
男とその相棒である『ゴースト』は、シティの境界線、バンガードの監視網が薄れる無法地帯に佇む、建物の奥へと案内されていた。
静まり返った回廊を歩む、その男 ── 死を超越した光の戦士『タイタン』の装甲が、重たい音を響かせている。
腰に無骨に下げられているのは、テックス・メカニカ製のハンドキャノン、『ファースト・カース』。
歴史の彼方に消えたはずの伝説の銃。
それは精巧に作られた見た目だけのレプリカに過ぎない。
しかし、そのフレームには使い込んだ痕跡があり、彼がこの銃をどれほど大事にしているかが窺えた。
道中、ゴーストは端末に記録された通信データを虚空に投影し、その明滅する文字を眺めながら、どこか楽観的な電子音を鳴らした。
「楽な仕事ですね」
「非常に怒ってはいますが、じつに理路整然とした、丁寧な言葉遣いです。きっとこちらの言い分も、紳士的に聞いてくれますよ。ねぇ、タイタン?」
ゴーストはその文面の極めてエレガントな仕上がりから、依頼主の正体を『悪徳商人に騙され、パニックに陥っている、引退したライトベアラー』あたりだろうと推測していた。
【2】
たどり着いた最奥の部屋の扉が開かれる。
そこは、過度な華美さを排しながらも、洗練された調度品で上品に飾り立てられた部屋だった。
だが、奥に置かれた一脚の椅子を守るように、重装甲で身を固めたカバル兵たちが壁際に布陣していた。
「カ、カバル…!? なぜ彼らが此処に…?」
完全に計算を狂わされ、ゴーストのシェルが恐怖で細かく震える。
その緊迫した沈黙を破るように傍らに一機のゴーストを従えた、アルビノ ── 銀髪紅眼の美女が優雅な足取りで入室してきた。
人の手で造られた精緻な人形を思わせる、どこか無機質な美貌。
あまりの存在感に、ゴーストは硬直する。
彼女は、絹のような美しい銀髪にカバル製の貴金属細工の髪飾りを留め、高機能素材で作られたモノトーンのドレスを隙なく着こなしている。
「ようこそ、光の戦士。私はオル・アムラル。この武器庫の主人よ」
彼女は椅子に座り、にこやかに、鈴を転がすような声で言った。
しかし、微笑みが消えたのは一瞬のこと。
彼女の紅い瞳は、一転して冷徹な刃となってタイタンたちを射すように見据えた。
「ええっと…随分と丁寧なメッセージを書かれるのですね」
ゴーストは機械の身体でありながら、その場の空気が一瞬で氷結するような強烈なプレッシャーを味わった。
「あぁ、あれはナンニに代筆させたのよ。余りにも無礼な男だったから、淑女にあるまじき言葉遣いになってしまったわ」
「あれは罵倒と言うのです」
冷徹な声のトーンを崩さぬまま、彼女は傍らに浮遊する自身のゴースト『ナンニ』を鋭く睨みつける。
ナンニはピクリとも動かず、無機質に滞空している。
「もう少し、推敲されても良かったのでは?」
タイタンのゴーストが、その張り詰めた空気を和らげるように控えめに言った。
「私に」
鈴を転がすようだった声が、一転して重く沈む。
「そのようなことに。時間を割けと?」
今度は彼が睨まれる番だった。
ゴーストは縮こまる。
彼女は相当頭に来ているらしい。
無理もない、自分の抗議文をシティ中にばら撒かれたのだ。
「それで ── 貴方達は何の用があって、私に会いに来たのかしら?」
オルの声の響きは、それ自体が凍てつく凶器のようだった。
その言葉に呼応するように、守りを固めていたカバル兵たちが、一斉に巨大な銃口をタイタンたちへと向けた。